第16話
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三人の中でまともに動けなかったのは俺だけだったようだ。
治療しようとするグラノールを押しのけて、白衣の教師たちがぞろぞろと俺を取り囲んだ。
校門の向こうで待ち構えていたらしい。
俺は早速、医務室というところへと運ばれた。
骨まで粉々になった両足の幻想体を再構築するのに全治二週間。安い怪我だと思ったが、せっかくの入学式に車椅子で出るのはちょっと嫌だな。
医務室はとても広い部屋で、ベットがたくさん並んである。合格者の中で負傷したやつもかなりの数がここで寝かされているらしいけど、布で仕切られているので姿はわからない。
グラノールとグレシアは付き添ってくれていたが入学してからの手続きがあるらしく、先生たちに引かれて部屋を出ていった。
ふと腕時計型の端末を見ると、現在は合格者数は五十五人だった。ギリギリだ。
合格の実感がわかないまま、しばらく寝ていると昼になった。
「昼飯ですよ。食いなさい」
ぞんざいな言葉を投げかけられて、俺は目を覚ました。
テスラキング|(二十代前半)がお盆を持ってベットの側に立っていたのだ。
「げげぇ! テスラキング!」
絶対に倒せない大人版のテスラキングである。その顔を見ただけで俺は震え上がったのだが、よく考えてみれば試験は終わったのだ。もう殺しあう必要はない。だけど、怖いものは怖い。
「ふむ。テスラキングなんて仰々しい名前で呼ばれ続けるのもアレですから、今後はテスラ先生と呼びなさい」
「なんでお前を愛称で呼ばなきゃならないんだ」
もう顔も見たくないのに。夢に出てきそうだ。
「だって、これから私はあなたの担当の先生になるのですもの」
「………………え?」
テスラキングはお盆を台の上に乗せ、近くの椅子を引き寄せて、そこに座って足を組んだ。
「さ。何をしているのですか。食べなさい。そのついでに講義をしてあげましょう」
俺はスプーンを持って、粥をすくいとり、口の中に入れた。
味がしない。
……本当にこんな奴が俺の先生になるのか。というか、こんな殺人鬼が教師なんかやってていいのか。第七魔法学園の倫理観はどうなっているんだ。
「私との初めての授業を保健室でしたいですか?」
「いや。別に」
「絶望の反対はなんだと思いますか?」
断っても話す気か、コイツ。
「……希望」
適当に答えてみた。
「そう。一般的には希望だとされていますね。では、絶望に対抗するために必要なのは何でしょうか」
「知らねえよ。……しいて言うなら、希望を持つこととか? どうでもいいな」
「希望を持つこと。そうですね。それも正解。しかし、望み一切を断たれた状態にあって、ありもしない現実を希望することとは夢想と同じです。
……絶望に対抗する手段を人はそれぞれ持っています。大きな力でねじ伏せること。一歩引いて、他の手段を模索すること。他者と協力すること。誰かを身代わりにすること。……つまり、行動を起こすこと」
そういやグレシアに殴りかかってきた時もそんなことを言ってたような……
「行動を起こすには、“やる気”が必要だと」
「そう」
テスラキングがピンと人差し指を立てた。
「……どんな状況でも気の持ちようだと言いたいんだな、お前は」
そんなわけあるか。
ダメな時は何をやってもダメなことを、俺は今回の試験で学んだ。
俺が森の中でリタイアせずここにこれたのはグラノールが偶然グレシアを見つけてきたからだ。
運が良かった。今回はその一言に尽きる。
「しかし。やる気を起こさねば何も始まらないのもまた事実。絶望に対抗するために必要なのは、希望を持つなんて生易しいことではありません。そのような光が無くとも、抗い続ける強い心であること。これが一番難しい。熟練の冒険者でもその境地に立つことができるのは、ほんの一握りなのです」
「テスラキン……テスラ先生はそんなことができるのか?」
「いいえ。私の心はカジュ君の心よりも弱いでしょうからね」
俺は少し驚いた。
このクソ強いチートの塊のような先生が俺より弱いだなんて、ちょっと信じがたいことだ。
「だからこそ力を蓄え、知恵をつけて、武器を持って、そんな状況におちいらないように日々努力している。絶望の最中において、心の弱い人間のとる行動とはとても滑稽で醜いものですから」
素直に同意できるようなできないような……。俺には難しい話だった。あとでグラノールに話してみようか。
「食事の手が止まっていますよ。食べなさい」
「お、おう」
俺はせっせとスプーンで粥をすくって口の中に入れた。
今度はちゃんと味がした。
「……なんだかよく分からないけど、俺、テスラ先生のことが少しだけ怖くなくなった気がするよ」
「それはよかった」
テスラ先生が俺に向かって優しく微笑んだ。正直、この笑顔はまだ怖い。
「そんなことよりも、俺の“三歩しか歩けない”呪いはいつ解除してくれるんだ?」
俺が言うと、テスラ先生は驚くべき答えを口にした。
「あ。そう言えば、考えてませんでしたね……」
俺は硬直した。
「……は?」
ちょっと待ってくれ。俺はこいつの気まぐれで一生転び続ける人生になるのか。ふざけるな。
俺の殺意を敏感に感じ取ったらしく、テスラ先生は気まずそうに視線を逸らした。
「しかし、呪いを緩和する装置はあります。あとで持って来てあげましょう」
「いや。今、解けよ。まさか解けない魔法をかけたのか? ……オイ。てことはグラノールも魔法が使えないままなんじゃねえだろうな? だとしたら……」
「ああ。グラノールちゃんの方は大丈夫です」
何だそりゃ。
「じゃあ、なんで俺だけなんだよ」
「これはあなたが日頃から行使していた魔法に関わっています。学園生活に適合させるための、治療と呼んでも差し支えはないでしょう」
俺は怪訝な顔をする。
「大魔女リョクア子飼いの悪魔、その血統をくむ赤猫家の魔法のことですよ。私に向かって最後に撃ったでしょう? あれが一番いけなかった。歩行を封印することで、魔法全般を使えないようにしたのですが……」
血の魔法を使うたびに死ぬほど
「ともあれ入学おめでとう、カジュ君。試験の総評としてはまずまず。十分に及第点を超えていますが、満点には程遠い、そんなところでしょうかね。これからも油断はしないように」
テスラ先生は俺の頭に手をのせてひとしきり撫でまわすと、音もなく病室を出ていった。
「……なんだったんだ?」
俺はとりあえず冷めつつある昼食のスープを食べることにした。
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<能力(入学試験中)>
・赤猫のカジュ
身体技能 B(魔獣なみ)
健康値 F(病弱で薄幸の美少年なみ)
魔力値 X(理論上における人の限界値付近)
知性 D(人なみ)
気力 A(勇者なみ)
備考:『赤猫の血魔法』
術者の大切なものと引き換えに
奇跡を行使する悪魔契約の魔法
使い手は代々短命である。
・緑蛙のグラノール
身体技能 C(優れている)
健康値 B(健康な美少女なみ)
魔力値 X(理論上における人の限界値付近)
知性 B(とても優れている)
気力 E(豆腐)
備考:『植物使い』
植物の成長管理を統御する魔法
大魔女リョクアが得意としていた魔法である。
『大魔女リョクアの血筋』
リョクアの里の姫である証。
分泌液は上質な媚薬になる体質。代償として無気力になる。
常時、猛毒のように周囲を魅了するカリスマを放つ。
・グレシア
身体技能 D(大人なみ。子供にしては強い)
健康値 X(不死。容姿は美しい)
魔力値 C(優れている)
知性 C(わりと賢い)
気力 L(狂っている)
備考:『“他者掌握”ゴーレム操術』
支配下に置いた土くれその他を操る。
技量はあまり優れていない。
『“自己掌握”ネクロマンス』
自分の死体を操る。
健康を度外視した改造を施しているため
いつでも自殺し、戦闘用に作り変えることができる。
『リザレクション』
死ねない呪い。
グレシアの体は頭部を起点として再生されるが、
体の治り方は本人の意思によって変更できる。
『天使の加護』
天使に魅入られている。永劫の呪縛。
<キルカウント数>
赤猫のカジュ 四十名殺害
緑蛙のグラノール 十三名殺害
銘無しのグレシア 三名殺害
宝鳥のクアンチャ 百人以上殺害(詳細不明)
空歩のライコウ 殺害ほう助(少なくとも五十名の死亡に関与)
青栗鼠のウメガ ゼロ名殺害
試験における死亡者及び行方不明者数 五百七十二名
<総評:六十九代校長“
なかなか波乱のある試験だと思われておりましたが、
死亡者の割合で言えば例年と変わらずですね。
特定個人のキル数が目立ちますが、誤差程度に収まりました。
みなさんも例年と変わらず良い健闘ぶりでした。
合格した人たちは敗れた人たちのぶんも頑張りましょうね。
えいっ。えいっ。おーっ。
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