第15話


 + 


 テスラキングに体術の型はない。

 力がびっくりするほど強いだけで、武術の方はおそらく素人だ。ライコウとは比べ物にならないほどである。

 おそらく本来の戦い方はグラノールのようになんらかの遠距離系魔術で攻撃してくるタイプだ。魔法による攻撃はまだ行われていないが、確実に切り札を持っているに違いない。

 相手がこちらをナメている内に、逃げ切ればこちらの勝ちだ。


「……死にかけたというのに、まだ絶望していないようですね」


 ゆったりと起き上がりながら、テスラキングが言う。

 グレシアの渾身の一撃も、まるで意に介していないようだ。


「どころか闘争心を増している。私もいくぶん若返ってしまいました」


 言われてみれば、テスラキングの服の寸法が体に会っていない。

 あの服装ならば格闘戦に支障が出てくるはずだ。

 ほんのすこしだけだが、光明が見えてきた気がする。


「……では、私の本来の戦い方に戻らせていただきましょうか」


 俺たちは校門の方へと走り出した。

 テスラキングは白衣の内側に手を入れて、中からひと抱えはある分厚い本を取り出した。魔道書ってやつか。

 思ってた通りだ。火の玉でも飛ばしてくるに違いない。


「“Blow the wind, id magic. Draw the ring, ego rule. I ordain you, A RASEN of spell trace the counterfeit DRAGON.”……」


 詠唱系の魔術のようだ。

 あのレベルの肉体を持っていて、そっちが本職じゃないってことは、とんでもない威力の魔術に違いない。フザケンナ。

 呪文は全く聞いたことのない言語だが、それがかなりやばいものだとはグレシアの顔色を見ていれば分かる。

 テスラキングの本が開かれて、中から得体の知れない文字列が飛び出してきた。


「“文字禍の如く螺旋する龍よTheodore”!」


 呪文は渦を巻いて龍を形作った。

 龍は大口を開けて走って逃げる俺たちに追いつき、噛み殺さんと牙をむく。


「“斬撃幻想ロア・ストライク”!」


 俺は刀を振って伝承撃を繰り出し、正面から龍にぶつけた。

 龍は斬撃をバクンと飲み込むと、その全てのエネルギーを腹のなかに収めて、何食わぬ顔で追尾を再開する。


「魔法が魔法を喰ったッ⁉︎」


 理解できない現象だが、相手はあのテスラキングだ。何が出てきてもおかしくはない。

 俺たちは校門まで距離を詰めたが、そこで龍に追いつかれてしまった。俺は全力で自分に防御魔法を施し

 かぶりつこうとする龍に向けて刀を振ったが、すり抜ける。

 龍は俺の右腕に食らいつくと、何かをちぎりとって食べ始めた。

 右手にかかる力が失せている。魔力を食われたのだろう。


「物理攻撃も魔法攻撃も効かないなんて、どうすればいいんだ……」

「どうにかするには、魔道書本体を叩くしかないのですよ」


 テスラキングは龍ほどではないにせよ、かなりのスピードでこちらの方へ歩いてくる。

 魔力切れで疲弊したところを殺すつもりなのだろう。


 ……が、誤算だったな。


「よし。いいかグレシア。やつは俺たちのことをナメているようだから、龍は気にせず校門まで突っ走れ」

「な⁉︎ 無謀ですよ! また囮になる気ですか?」

「俺の魔力備蓄量は半端じゃないのは知ってるだろ」

「ッ!」


 俺たちはうなずきあうと、校門まで猛ダッシュした。

 龍はグレシアの少し後を走る俺にまとわりついて、魔力を奪いまくったが、その程度で俺が疲弊することはない。


「おや? ……そうか。カジュ君の魔力のことを忘れるなんて、うっかりしていました」


 さすがにテスラキングも気がついたようだ。

 龍に襲わせるのはやめて、こちらの方へ走り出した。

 校門まであと五十メートル程度だ。

 このまま突っ切るのには少しキツイが、突っ切れたらこっちの勝ちだ。


 が、テスラキングが走る速度をあげると二秒で追いつかれてしまった。

 どんだけ足が速いんだっての。


「こンの腐れチート教師め!」


 俺は振り返って、刀でテスラキングの蹴りをいなした。


 ィィィィンッ!


 刀が悲鳴を上げてへし折れる。ただ蹴りを防いだだけで折れるなんて意味がわからない。

 蹴撃をなんとか防ぎきると、今度はこぶしの一撃がきた。

 俺は身をひねって攻撃をかわし切り、そのまま転がるようにして距離をとる。

 ついでに三歩のカウントをゼロにしておく。


 左足で地面を蹴って、右の前蹴りを繰り出す。攻撃はテスラキングの腹に命中して、相手の体がよじれた。効いているようだ。

 宙に浮いた左足を振り上げて、テスラキングのあごを撃ち抜く。固すぎてこちらの足が折れそうになる。

 今度は右足で着地して、追撃のかかと落としを後頭部にお見舞いした。


「……ぐっ。ふふ。この私がダメージを負うとは、なんと重い一撃なのでしょう。その才能が妬ましい」


 しかしテスラキングは平然としている。

 俺はすぐさま身を引いて転がり、呪いのカウントをゼロにする。


「“刃脚”の赤猫カジュくん。三歩しか歩けなかろうと、両足の双剣・・使いは健在のようですね」

「とっとと呪いを解きやがれ!」


 テスラキングは俺から標的を移し、先を走るグレシアの方へと向かう。

 俺が追いつくよりも早くテスラキングはグレシアにたどり着くと、その背中を思い切り蹴り抜いた。

 グレシアの体は弱い。胸に大きな穴が空いて、絶命していた。


 だが、不死身グレシアの体はすぐさま再生される。

 自分の死体から脱皮するように抜け出したグレシアの髪を、テスラキングが掴んだ。


「わ、私は死なない。死なない、死なな、い、しな、」

「でも痛いのは怖いですよね?」 


 頭を両手で掴み、万力のような力を込めて押しつぶした。潰れた頭をもいで、俺の方へと投げつけると、頭を起点としてグレシアの体が再生されてゆく。

 校門から距離が開いてしまった。


「さァ。絶望なさい」


 やばい。テスラキングがこっちに来る。

 俺はぐったりしたグレシアを叩き起こした。


「グレシアッ! 気絶してる場合じゃねえぞッ!」


 目を覚ましたグレシアはすぐに状況を把握したようだが、校門の前に立ちはだかるテスラキングを見て、震え上がった。

 俺も似たような顔をしているに違いない。折れた刀がカタカタと震えていた。


 勝てん。無理だ。どうしよう。殺される。


 そんなことをチラリとでも考えるたびに、テスラキングがどんどん大きく成長してゆく。

 深く暗い絶望がのしかかる。


「大丈夫だ。気を強く持つんだ」

「カ、カジュこそ」


 二人で立ち上がり、武器を構える。

 その様を、テスラキングは冷淡に観察していた。


「ふふふ、心地良い絶望ですね。しかしカジュ君。あなたの相方グラノールちゃんはどうしたのですか?」

「あいつなら……」


 諦めたのだ。


 心の中でつぶやいた途端、テスラキングが一回り大きくなった。


「……一周目の時。あなたは彼女を背負ってここまでやってきましたね。あの時の絶望ほど心地よいものはありませんでした。傍にいて、気がつけましたか? 彼女はいつも何かに失望して、恐れて、目をそらしていることに」


 どうだろう。諦めたのだ、なんて、単純な言葉で片付けられることだっただろうか。

 俺がもっとグラノールのことを理解していれば、話は違っていたのかもしれない。


「聞いちゃダメです! でないと、敵が強くなってしまう!」

「使えないからと、切り捨てたのですか?」

「違うッ!」


 俺が叫ぶとテスラキングはさらに大きくなった。

 テスラキングは、もはや人間の姿をしていない。一周目に俺たちがやられた魔法の正体がそこにあった。奴は他人の絶望を吸って大きくなる影のようなものなのだ。


「……え? 天使様? 天使様なのですか?」


 グレシアには影が天使に見えるらしい。

 俺にはそれが……グラノールに見えた。


“カジュに見捨てられたし、他にやることもないから、自殺することにするよ。バイバイ”


「やめろ……」


 なんてリアルな偽物なんだ。あいつなら……やりかねんだろうが。


“大好きだよ、カジュ。一緒に自殺してくれる?”


「やめろって」


 俺たちは、そういう関係じゃない。


“すべて投げ出して諦めてさ、また昔みたいに一緒に遊ぼ”


「………」


 ああ、そうだった。


 思えば俺の人生はこいつのやる気の無さとの戦いだった。俺はグラノールの世話係だったのだ。

 勉強したくないケロ、修行したくないケロ、外行きたくないケロ、人生楽しくないケロ、あいつが嫌いケロ、いじめられたケロ、朝起きるのが辛いケロ、暇さえあればリストカット……。

 ネガティブといえばグラノール。こいつを励ますような言動を繰り返していたから、俺はこんな性格になったのだろう。

 だから言っておきたい。


「うるせえぞ弱虫ッ! お前なんてもう知らんからな! 勝手にメソメソしてろ!」


 言ってしまえばすっきりした。

 うん。絶望なんて馬鹿馬鹿しい。滑稽なものだ。

 そんなふうに考えて影を見ると、影は霧散して消えてしまった。


「や、やっぱり、そんな風に思ってたケロか……?」


 すると背後から新たな偽グラノールが現れた。

 精神汚染系の攻撃なのだろう。かなりしつこいな。

 今度は泣き顔で登場していた。俺の罪悪感をくすぐろうって作戦なのだろう。そうはいくもんか。

 心を強く持つんだ、俺。


「ああそうだ。思えばいつもそうだったが、試験前が一番ひどかった! メンヘラこじらせたあいつをどんだけ苦労して外に連れ出したのか! 迷惑かけた周りにどれだけ謝ったことか! 森の中で一人で頑張るって言った時がピークだったな! 泣くほど嬉しかったけど、やっぱりダメな奴だったよ、お前は!」


「ごめんなさい。で、でも、頑張ってここまでやってきたケロ。……そこは褒めてくれるよね?」

「これたらな。無理さ。あいつはなんたって……メンヘラだからなッ!」

「……メンヘラにぃぃ、」


 グラノールはこぶしを握りしめ、


「メンヘラって言うなぁぁぁ!」


 俺のほおを殴りつけた。


 ……痛い、だと。かといってテスラキングに殴られたほどの威力もない。


 なぜだ。もしかして幻惑じゃないのか。

 ひやりと嫌な予感がよぎる。


「ま、まさか本物?」

「あったりまえだケロ! 私がどれだけの思いで……。うぅぅ」


 グラノールが泣き出した。


「ち、違うんだグラノール。お前は本当はやればできる子なんだぞ」

「うるさい! もう黙ってよ!」


 怒鳴られながら、俺は腹の底から安堵していた。

 あのグラノールが自分の意思で立ち上がって、本当に来てくれたのだから。


「……まったく。んで、これはなんの攻撃ケロか?」


 隣を見ると、催眠状態におちいったグレシアが見えない天使と抱き合って空気エアキスをしているところだった。こいつにとって絶望とは恋人と同義なのかもしれない。

 頭を叩いて目を覚まさせる。


「痛ッ。……はれ? ここは?」


 テスラキングは、校門の前まで引き下がっていた。

 俺は驚きのあまり目を見開く。

 テスラキングが急激に縮んでいたのだ。グレシアよりもちっちゃい子供になっている。


「……まさか」


 俺は涙ぐんでグラノールに抱きついた。


「グラノールっ! お前のおかげでやつが弱体化したぞ! やっぱりやる気はあるじゃないかっ!」

「あ、う、うん。そうみたいだね……」


 照れてはにかむグラノールの背中をグレシアが叩く。


「……ホント傍迷惑なやつなのです。登ってきたのなら、入学する気はあるのですね?」

「うん。私も学校にいきたい。……みんな・・・でね。これが今の私のやりたいこと」


 グラノールが校門と、その前に立ちはだかる小さなテスラキングを見据える。


「テスラキングが攻撃してこないね……。むこうは私たちを蹴散らすよりも、校門を守護することに全力を注ぐつもりらしいケロ。ちょうどいい。この場で今までの戦いで感じた手応えとかを教えて欲しいよ。それと……ライコウ!」


 グラノールが呼ぶと、遥か頭上からライコウが降ってきた。


「校門以外のとこからの入学はできたケロか?」

「……ダメだったな。防壁が張ってある。ただし、裏門があったぞ。お前の言っていた通り、メガネの教員が守護していた。あやつがカマクラか?」


 ライコウは俺を見てニヤリと笑った。

 こいつが戻ったのは、グラノールを連れてくるためだったのか。


「結局、お前も手伝ってくれるのか?」

「いいや。協力はここまでだ。お前たちがテスラキングとやりあっている隙に、カマクラの方を突破する。そういう約束をしたのだ。ではな、また会おう。礼ならその時に言えよ」


 そう言うと、ライコウはもの凄いスピードで崖を降りていった。


「……これで、側面突破の可能性はついえたケロね。せっかくの裏門も譲ってしまった。……ごめんなさい」


 グラノールが謝った。


「今更いいですよ。たぶん対策されるだろうし」


 死体のを着ながらグレシアが言った。


「きっとあれぐらい小さくなったテスラキングなら、どうにか蹴散らせるはずだ」

「……うん。多分カジュならできる。私たちのパーティ構成なら、結局最後はカジュの火力頼みになるケロ。だからこそ詰めていくべきケロ。二人とも、テスラキングの特徴を言っていって」


 俺とグレシアは戦って分かったことを思いつく限り言うことにした。


「身体能力が凄まじいな。正直やりあって勝てん。けど、体術はどうも素人しろうとくさい」

「素人?」


 グラノールが訊ねる。


「そうだ。殴りかかってきた時も、ただのテレフォンパンチだったからな」

「えっと、それから、魔道書を隠し持っていましたね。そこから文字の龍を召喚したんです。龍は魔法を食べてしまう力があります。きっとあれは否定の魔法……“退魔”属性に違いありません」


 グレシアが言う。


「今じゃ体が縮んで体術なんてロクにできんだろ。したがって、魔術による戦闘スタイルになるはずだ」


 俺たちの説明を聞いて、グラノールは小さく頷いた。


「ふむ。魔道書が問題ケロね。龍で防がれたら終わりだし、他にも色々と持っていそう。でも、退魔なんて魔法は滅多にないはずだケロ。その情報を持ち歩くのは、とても危ないから」


 確かに小さくなったテスラキングの方を見てみると、龍の姿は跡形もなく消えている。本の中に待機させているのだろう。

 遠距離攻撃もしてこない。そんなことをしなくてもいい余裕があるのか、そうする手段がないのか。おそらく前者だと思うけど。


「じゃあ、こっちの手札を考えてみるケロ」


「俺は足による“ロア・ストライク”を撃てる。こっちなら、剣の何倍も強力なものが撃てる。ちゃんとした装備がないから一発うてば足が使い物にならなくなるけどな。二発までだ」

「私は自分の死体を加工して、武器や鎧を作り出すことができます。ものすごい大変な自殺の仕方をしなければならないので、あまり多用はできませんし、威力も低いです」

「私は“宝樹魔法”があるケロ。大きな木を作って、枝葉と一緒になだれ込めばさすがのテスラキングもたまらないはず」


 だが、向こうには魔法を食う魔法がある。


「テスラキングが校門の前まで引き下がったのは、おそらくグラノールやカジュの大魔術を警戒したんだと思います。きっと龍で魔法を無効化するのを狙ってるのですよ」

「最終的に魔法を食われた状態で、戦うことになるんだろう」


 グラノールはしばらく目を閉じると、いつもより少し長く時間をかけて思考し、スッと開いた。


「………ゴールが狭いのなら、広げてしまえばいいのだケロ」


 半開きの目の中に、意思やるきの光が灯る。



 + 



「話し合いは終わりましたか?」


 テスラキングが話しかけてきた。


「ああ、バッチリだ。さっきみたく攻撃は仕掛けてこないのか?」


 俺は校門の方を向いておどけてみせた。


「私はこの校門を守護してさえいればいいのですからね」

「嘘つけ。余裕がなくなったんだろ」


 俺が言うと、テスラキングは正直に頷いた。


「……グラノールちゃんは、本当に見違みちがえるようです。死んだ魚のような目はどこに言ったのですか?」

「崖の下に置いてきたケロ」


 テスラキングが魔道書を開き、

 俺は刀を投げ捨て、

 グレシアがマントをはためかせ、

 グラノールは逆立ちをして、奥の手である種子を地面に蒔いた。

 最後の作戦開始だ。


「……“宝樹開演・世界樹降誕ユグド・マギア”」


 発芽した種子は岩盤を簡単に砕いて、地面を侵食してゆく。何十倍にも肥大化した植物はグラノールの指示に従って幹を太らせ、枝葉を実らせ、高く高く伸びあがる。


 “種子を育てて使う”タイプの植物使いグラノールには、奥の手と呼べる種子がいくつかある。

 里のお師匠様から禁呪指定されたものの中でも、ずば抜けて強力なのがこの『宝樹魔法』シリーズ。特別な種子を生贄に、名高い神話の大樹を擬似召喚するという。成長速度成長範囲は共に桁外れで、ひとたび使えば周囲の森の養分を吸い尽くして、天まで届く大樹幻想を作り上げる。


 巨大化する幹はテスラキングの守護する校門の方へと倒れ、斜めに成長して枝葉を伸ばし続けた。

 俺はグラノールを逆さまに抱きかかえると、グレシアと一緒に枝の一つに飛び乗って、移動を開始した。樹木に紛れていればこちらの動きはわかるまい。


 テスラキングは魔道書から出現させた巨大な火の玉で迎撃する。

 大樹は火の玉で簡単に焼け落ちたが、すぐに成長し、修復してゆく。

 キリがないと悟ったテスラキングは、火の玉による攻撃をやめて、今度は文字列の龍を呼び出す。魔法を食べてしまう龍だ。


「今だ」


 グラノールがパチンと指を鳴らして、大樹に回避の命令を下す。


「ほう……」


 と、テスラキングが不思議そうな声を出した。

 テスラキングから少しの距離をあけて、大樹の枝がぐるりと囲んだのだ。

 どうして攻撃を仕掛けてこないのか。


 ミシミシミシミシミシ………。


 足元の地鳴りを聞いたテスラキングが、少しだけ驚いた表情を浮かべる。


「………ッ⁉︎」


 こちらの作戦通り、大樹の根に侵食された岩盤が砕け散る。

 落下しそうになるテスラキングは、なんとか割れた岩にしがみついて持ちこたえていた。しかし大樹の成長は止まらず、岩盤のひびは加速してゆく。今や校門付近の地面は消え去っていて、巨大な崖が押し広げられていた。


「……ふふっ。流石はリョクアの末裔まつえい。この岩盤の歴史的価値を知っての狼藉ろうぜきですか?」


 テスラキングの目が俺たちを見上げる。

 そう、俺たちは校門の少し上の方に伸びた枝の上に潜んでいた。

 このまま枝葉と一緒になだれ込む作戦だったのだが……見抜かれていたようだ。


「させませんよ」


 テスラキングが文字龍をけしかけてくる。

 龍に触れた魔法の樹木は消失して、塵も残さず消え去ってゆく。

 落ちてきた俺たちの体・・・・・を見て、やつはもう一度驚くはずだ。


 テスラキングが狙ったのは俺たちではないことに。グレシアの死体を加工して作った分身だということに。


 そのさらに上の枝から空中へと飛び出した俺は、グラノールとグレシアを抱きかかえたまま別の枝に着地して、校門めがけて駆け下りてゆく。


 足から強い衝撃が伝わってきて足がもげそうになったが、気にしない。


 目の前には校門。

 崖を挟んでテスラキング。

 残り十メートルそこらが途方もなく遠く感じた。


 テスラキングを相手に走って逃げ切れるわけがない。こいつとは戦わないと、絶対に通してくれないだろう。

 俺はグレシアとグラノールを手放した。


「グラノール! グレシア! あとは頼むぞ!」

「任せろ」

「ぶっ飛ばすのです!」


 文字龍は離れていてテスラキングを防御できない。今がチャンスだ。


「“百刀千槍、筆にて示せBalbalore”!」


 開かれたテスラキングの魔道書から、数え切れないほどの剣先が飛び出してくる。


「“刃脚幻想ロア・ストライク”‼︎」


 俺は左足を振り抜いて斬撃魔法を放ち、これに対抗した。

 無数の刀槍と斬撃は猛烈な熱波を撒き散らしながら拮抗きっこうし……やがてこちらの斬撃が押し負けた。

 俺は全身で降り注ぐ槍と刀の流れ弾を受け、背後にいる二人に攻撃が当たらないよう耐えた。


「ぐぅ、ぅうぅッ……」


 あちこちから血が吹き出して筋肉がズタズタに裂けてゆく。左足に力が入らずバランスを崩して倒れこんだ。


「ああ、弱い。悲しいほどに弱い!」


 だからどうした。


「……ううぅ、ぅあ、あ……」


 俺はひざをついて立ち上がり、再び仲間たちの盾となる。


「だというのに、なぜそこであきらめないのですか?」


 俺は運がいい。俺には仲間を守る手段がある。俺には仲間がいる。

 テスラキングの姿を見てみろ。もう子供に戻りすぎて、言葉もたどたどしくなってきているじゃないか。

 痛みがどうした。俺にはまだ、両手と右足がある。俺にはまだ、手段がある!


 絶対に、勝つッ!


 ぶっ飛びそうになる意識をつなぎとめ、俺は全身の魔力を練り上げた。


「……らあああああああ‼︎  “血華一閃・刃脚幻想デモンズ・ロア”‼︎」


 持ちうる手札の中でも最大の一撃でテスラキングの魔法を迎え撃つ。

 血を犠牲にして解き放つ呪いの斬撃が、数え切れないほどの槍と刀をへし折り、その一端が魔道書を持つテスラキングの元へと届いた。


 小さな体が吹き飛ばされて、崖の下方へと落ちてゆく。

 そうだ。どれだけ強かろうと空中を歩く手段がなければ、重力に引かれて落ちるのは当然。グラノールの作戦がきちんとはまってくれたのだ。


「どうだ。さす、が、グラノール。……ちゃんと倒せ……た……ぞ」


 目がかすんでゆく。両足の感覚がなくなっていた。ちょっと寒い。


「……何言ってるのさ。すごいのは、いつもカジュの方なのに」

「……とっととゴールして治療しますよ、カジュ」


 俺はグレシアとグラノールに抱えられて、消えかかりつつある大樹の枝の上を進んでゆく。

 ゴールまであと少しだ。


「……まだ、喜ぶには早いでしょう」


 俺の背中にタコのような触手が絡みついてきた。

 振り返らずともわかる。テスラキングの魔法だ。


「ああ、かわいそうにカジュ君ときたら、自分の命を削る魔法ばかり教わったのですね。なんと言って教わったのですか? リョクアの末裔を守るために死ねとでも? 人生をめちゃくちゃに壊された怒りはないのですか?」


 ……こいつは本当に、なんでも知ってやがるな。


「グラノールちゃんもよくやりますね。そんな下僕なんてどこにでもいるでしょう? さっさと見捨てて入学して、他の人を見つけたらどうですか?」


 最後まで粘って、言葉で心をへし折りにきているのだろう。

 俺たちが少しでも絶望すれば向こうの勝ちなのだから。


「グレシアちゃんもどうしたのですか? 自分を優先して、一人で先にゴールしましょうよ。誰かに手を差し伸べて、得したことなんてありましたか? あなたを取り巻く世界とは、いつも打算と裏切りばかり」


 言葉でそそのかして、俺たちを崖の底へ引きずり落とそうとしてくる。


「……う、るせ、ぇ」

「黙れ」

「うるさいっ!」


 グレシアとグラノールが俺にしがみついて、ゴールの手前で踏ん張った。


 一度は諦めかけて、手放した夢が目の前にある。やる気だかなんだか知らないが、気持ちなんかで決まるなら、俺だってそこらの人間に負けるわけにはいかない。絶望がどうした。なんと言われようが、死んでもあらがってやる。


「「「邪魔すんじゃねええぇぇぇぇぇ‼︎」」」


 触手に流れていた魔力がとだえ、霞のように消え去ると、俺たちは勢いよく解放された。

 三人はもつれあって転がるように校門をくぐり抜け、気がつくと魔法学園の庭園の中に、仰向けに倒れていた。


 俺たちは第七魔法学園に入学した。


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