第14話
+ モノローグ/井の中のカエル姫の冒険
これはとおいとおい世界のできごと。
あなたたち人間が決して歩いてゆくことのできない、
とあるおとぎの世界のお話です。
その世界の隅っこにある深い森の奥に、
小さな魔女たちの里がありました。
里の真ん中にある高い塔のてっぺんには、
とても可愛らしいお姫様が住んでいて、
里のみんなから大切に大切に扱われて育ちました。
お姫様は大変賢くて、魔法もお上手。
お裁縫も、お料理も、運動もなんでもできる素晴らしいお姫様でしたが、
一つだけ、できないことがありました。
……なまけものの彼女は、
“一所懸命に頑張る”ことができなかったのです。
+ /回想:井の中のカエル姫の冒険
五人ぐらい求婚してきた奴がいて、カジュはその五人目だった。
親に言われて嫌々やってる感じが出てたのが印象深い。
私はそれぞれに無理難題をふっかけてやることにした。
“竜の球”をとって来いとか、“雀の子安貝”をとって来いとか。
みんなは次第に諦めていったが、最後に残った五人目だけは手元に置いておくことにした。
同年代だったし、何より求婚作業を真面目にやってなかったからだ。
理由をつけてはちょっかいを出して、遊びに連れ出した。
ちなみにカジュをお師匠様の教育プログラムに抜擢してやったのもこの私だ。都合のいい下僕を手元に置いておくためである。
でも私は奥ゆかしいので、面と向かってそんなことは言わない。カジュだって薄々は気がついているとは思うけどね。本当なら、カジュはこの私に平伏して感謝しなければならないのだ。
……そして私はカジュの事をそんな風に考えているやつなのだ。
一緒に勉強することになってからは、カジュと会う機会が増えた。
リョクアの里は女社会で、同年代の女の子はいた。だけど誰も私に近づこうとはしてこなかった。私はわがままだったし、私が権力を乱用して喧嘩相手の一族に手酷い待遇を与えた悪評を知っていたのだ。
誰も近づかなくなった代わりに、今度は周囲でひそひそ話をするようになった。
これは
女のひそひそ話ほど攻撃力の高い拷問道具はない。私は社交場がすぐに嫌になって、閉じこもるようになった。
はい。めでたく引きこもりの完成である。
魔法の勉強は本を読むだけでもできるし、里の外から持ち込まれる小説が大好物だ。むしろ私は幸せになったといって良いだろう。
“また外に出てないのか。不健康だぞ”
そんな私の元に、カジュはやってくる。
その頃の私にとってはありがたい存在だった。何しろお菓子は持ってきてくれるし、禁止されていた耽美小説も取り寄せてくれるのだ。世話を焼いてくれるし、言いつければ召使いよりも有能に働いてくれるし、結婚相手もカジュでいいやなんてくらいには考えていた。
この私が選んでやったのだ。ありがたく思えよ、なんて風にも思っていた。
まあ許嫁はいたし、それに、そんな風なそぶりを見せるのは絶対にしないけどね。負けた感じがするから。
そんなカジュがある日、こんなことを言い出した。
“……なあ、グラノール。そろそろ第七魔法学園の試験があるらしいんだけどお前は出ないのか”
第七魔法学園の入学試験のことは知っていた。致死率50%以上の最低最悪な試験だ。誰がいくものかと思っていた。だが、周囲はそうは思ってはくれない。
私は里長の娘で、傾国の大魔女リョクアの
欠席は魔術師としての沽券に関わるとして、許されない空気だった。
絶対に嫌だ。野蛮な民族どもめが。集団で私を殺す気か。
そんな風なことをオブラートに包んで両親に伝えると、言葉の代わりに幻滅した表情を返された。
あぁ、なんてこと。両親も野蛮な民族の一員だったのだ。
私に逃げ場はなかった。
同年代のひそひそ声は「かわいそうに」「ざまあみろ」「哀れなお姫様だねえ」とか私について好き勝手噂を立てていた。いや、知ってた。元からわがままな私に味方なんていないことは百も承知なのだ。
それでも私は断固反対し続けた。
どうして学校なんぞに行かなきゃならないんだ。
そんなところは知らない。
私は知らない。
知らない場所は怖い。
人だってたくさんいるはずだ。
知らない人は恐ろしい。
絶対に行きたくない。
必要ない。
そんなところに行けば、外に出てしまえば、きっと私は死んでしまうに違いない。
お師匠様にも自分の意思を伝えたのちに、里の谷の奥にある別荘に引きこもることにした。
試験期間までずっとその屋敷に引きこもってやろうと考えたのだ。
周囲に防壁を展開し、悪意のある結界を施し、対幻想用の樹木を植えて、異界化のトラップも多数しかけた。
かくして私の孤独城が完成した。
里の魔法使いたちは私の要塞に挑んでは、返り討ちにされていった。
食肉植物に腕を食いちぎられたものまで出てきた。ざまあみやがれ。
里の人間たちは私を恐れ始め、そしてようやく私の魔術の才能に気がついたようだ。
私はその気になれば里の過半数を殺傷することができるほどの戦力を育てていた。“宝樹魔法”という隠し兵器の存在を知っているのはカジュとお師匠様くらいだろう。対抗できるのもその二人だけだと自負していた。
そんな素晴らしい魔法を持つ私の目的は、過去の偉人たちのように魔神と戦うことでも深遠な学問を探求することでもない。
夢も希望もなく、ただ引きこもる事。それだけだった。
だから要塞の前に剣を持ったカジュが現れた時は驚いたものだ。
カジュは口うるさい奴だが、絶対に私の邪魔をしないものと思っていたのに。
私は理由を訊ねた。
“お前を外に連れ出したら、褒美をくれると里長に言われたんだ”
カジュが間髪入れずに大砲を屋敷に撃ち込んでくる。
魔法に耐性のある我が家だが、物理攻撃にはさほど対策をしていない。砲撃を受けた別荘は窓ガラスが砕け散るし、屋根に穴が開くし、お気に入りの家具は壊れるし……散々だった。
私は半泣きになりながら
“……殺してやる! 殺してやるッ!”
口からは知らず呪いの言葉が
振り返ると、カジュが廊下に立っている。
割れた窓から侵入してきたのだろう。
“うわっ。大丈夫かよ。悪魔みたいだぞ?”
カジュは私の顔を見てクスクスと笑う。
ガラスの破片に映る私の姿は醜いものだった。自室用の黒いローブは長い引きこもり生活のせいで老婆のように折れ曲がり、手入れを怠ったボサボサの銀髪や、落ち窪んだ頰。被ったフードの奥から覗くギラついた目は本当に悪魔のそれで……。
……私を裏切ったね。
……目をかけてやったのに。
……お前も私を殺すつもりなんだ。
なんて悪魔のように口汚く罵るのは無粋なので、私は殺意を込めて笑いかけてやった。
“……カジュのご褒美ってなに?”
するとカジュは満面の笑顔になって、言うのだ。
“俺は、魔法学校に行きたいんだよ。そんな質問をするってことは、お前でも興味あるんだよな。だよな。第七魔法学園。すごい楽しいとこなんだって。お前は変に
……ああ、言わなくても俺にはわかるって。やっぱりそうだよな。他の奴らには俺が言い繕ってやるよ。でさ、説明会もあるんだけど、一緒に……”
ああ、知っていたさ。
こいつはバカだから、私のことをなんにも分かっていないことぐらい。
+ /回想終了したカエル→現在のカエル:井の中のカエル姫の冒険
空の点となって消えたカジュたちを見上げているのにも飽きたので、私はその場に寝っ転がっていた。
朝焼けが眩しい。
晴れ渡った群青色の空を、チラチラと魔蝶の群れが横切っていった。
お腹が空いたので私は立ち上がり、ゴーレムの方へ歩いた。
なんと近くにバックが置かれてあったので、それを開ける。予備の缶詰が入っていた。果物の缶詰だ。こんなものを取っておいてくれた誰かさんには、感謝しておいてやらなくもないかな。
自分のバックからナイフを取り出して缶詰に突き立ててみる。
「っううう~~……」
全然開かない。なんだこれ。構造的に欠陥がある。
誰だ缶詰なんて発明したやつは。訴えてやる。
誰かに手伝って欲しかったが、ここにはもう誰もいないんだった。
仕方がないからナイフを逆手に握って、何度も蓋めがけて振り下ろすことにした。
ガンッ。ガンッ。ガンッ。
腕が疲れたが、缶詰は開かない。
苛立ちまじりに缶詰を蹴るとつま先が痛くなった。
「痛ッ。……畜生ッ!」
ナイフをほうり捨てて、再び寝っ転がった。
「誰かぁ~~。誰かいませんかぁ~~」
しかし誰もいなかった。当たり前である。
ふて寝していたいが、そうは言っていられない。
お腹が空いた喉が渇いたお腹が空いた喉が渇いたお腹が空いた喉が渇いたと、私の体は口うるさく欲求しているのだ。
仕方がないのでもう一度立ち上がり、転がった缶詰を拾った。
近くの尖った岩にぶつけると、うまい具合に缶詰の蓋が破れてくれた。
ヒャッホウ! 滴り落ちる甘い雫を舌でなめとった。
確かに甘いけど、なぜだろう鉄の味がした。なんでだろうと考えてみて、自分の舌を怪我していることに気がついた。蓋の切り口で舌を切ったらしい。
私は缶詰を逆さまにして、切れ口にナイフを突っ込んだ。
そのままグイグイと動かして、缶詰に空いた穴を広げてゆく。
果肉を取り出せるまでなったところでやめて、今度はナイフで果物を突き刺し、そのまま引きずり出した。
口の中に頬張ると、贅沢な甘みがいっぱいに広がった。とっても美味しい。もしかすると、マカロンより美味しいかもしれない。
かくして私は生まれて初めて、自力で缶詰を開けることに成功したのだった。
そうなのだ。私は試験中ずっとカジュ任せで、何もした事がないのだ。
「あーあ。美味しかったなぁー」
勢いよく果汁を飲み干すと、空になった缶を投げ捨てた。
その場に寝っ転がる。
空腹もちょっとは満たされたし、満足だった。
深い群青の空いっぱいに蝶が舞う。
崖の上の方は霞んで、よく見えない。
カジュはもう教師と戦っているのだろうか。少しだけ気になった。
━━“もう、チャンスはこれきりだ”
いつだったか焚き火を囲んで彼と話した言葉が蘇ってきた。
「……あぁ、知ってるよ」
“外に出られるのはこれきりなんだぜ”
脳内のカジュがしつこく私を
「別にどうでもいいし」
“聞いてくれグラノール。ホントいうと、俺は、学校に行くのが夢だったんだ”
「聞かなくても、知ってたし」
“学校には世界中からいろんな奴らが集まってくるんだ。試験の説明会でも見たろ? 里のお祭りどころじゃなかったぜ”
「ホントホント。人がゴミみたくたくさんいたねぇ。気分が悪かったよ」
“知らない魔法が、海のようにいっぱいあった。魔法の花火も見たよな。とても綺麗だった。とても……”
「……おれな、家が嫌いだ」
私も、そうだった。
「ずっと人形扱いで、息苦しかった。ジジババばっかりな里も、実は嫌いだ。なんもない、のどかなところが嫌だ。たまに金せびってくる孤児院のジジイ……なんていたの? なんで断らないのさ。カジュは優しいねぇ」
どうしても里の外に出たかったんだね。なんで言わなかったのだろう。言えば、姫であるこの私がいくらでも夜逃げさせてやったのに。
こんな私の世話係も重荷に感じていたはずなのに。
そりゃあ自覚していたさ。あいつは私にとっては体のいい下僕だったし、あいつにとって私はワガママで嫌なやつで引きこもりだけど、
そういう種類の
「でもな」
だけどその関係は、あいつにとっては少し違ったらしい。
「今、ちょっとだけ思ったんだ。里に帰って、つまらん仕事に就いて、よくわからんやつと結婚して、そうやって毎日生きてるんだけど、たまに帰ってくるお前がいるから我慢して、外の話を面白おかしく聞いてやるのも悪くないなって。……思った」
カジュの限界間際に言い放ったその捨てセリフは、まるっきり今の私が考えついた言い訳と同じなわけで。
もう、チャンスはこれきりなんだぞグラノール。
本当にこれきりなのだ。
あんな気の良い仲間が二人といるわけがない。
カジュを逃せば、きっともう二度とこんな私にツナガリはできないだろう。
そしてふと気がついたのだった。
私にとって大切なのは、学校とか夢とかそんなものじゃなくて、もっと小さなものだったんじゃないかと。
他の人がはいて捨てるほど持っている、そこらへんに転がっているような、そういう
……ま、まだ、間に合うんじゃないかな。
私は起き上がって、自分のバックの中を漁った。
中から取り出したのは、ハンカチに包んで大事に大事にとっておいた、“宝樹開演・
崖の上はどうなっているのだろう。
やっぱり行くといいだしたわがままな私を、カジュもグレシアも微妙な顔をして迎えるに違いない。
“あれ? カジュ? 苦戦してるケロか? 仕方がないなー。私が手伝ってあげるケロ”
“学校に行っても、勉強ができなきゃ落ちこぼれるケロよ。仕方がないなー。私が教えてあげるケロ”
“まったくグレシアはそんな身なりじゃダメケロよ。私がきちんとした服を買ってあげるから”
「……し、しかたがないなー。ないなー。ないなー」
そんな感じで決意を固めて、種をつまみ、天高くかかげる。
そしてその種を一匹の蝶が奪い去っていったのだった。
ああ、忘れていた。
“大障壁”付近に生息する魔蝶は、人のものを盗む性質があるのだ。
私の種を盗みやがった!
「うわっ、え、ちょっとっ! けほっ」
鱗粉を吸い込んだのか、私は激しく咳き込んだ。気がつけばあたりは蝶でいっぱいで、紫色の花畑のようだ。だけど、見とれてる場合じゃない。さっきの蝶の中の一匹が私の種を奪いとったのだ。
全身から冷汗がどっとふき出してくる。
ちょっと待ってほしい。
だってあれがないと、私は上に登れないではないか。
嘘でしょ。
私の冒険って、こんな簡単に終わるの? 終わっていいの?
夢、じゃない。夢だよね。そんなはずは……。
「か、返せよ! 返せよおお!」
私は逆立ちして、特大の火の玉を撃ち込んだ。
蝶が焼けて、焼けなかった蝶は逃げ去ってゆく。
どの蝶が私の種を奪った奴なのか、もう見当がつかない。
もしかしたら種ごと焼却してしまったのかもしれない。私はバカか。
私は膝をついて、自分のバックをひっくり返して中身を漁った。
もしかしたら代用できる種を持ってきてたかもしれない。
もしかしたら予備の予備として三粒目の種を持ってきたかもしれない。
他の種を組み合わせて崖を登れないだろうか。
何か他に手段を思いつくかもしれない。現状をどうにか打開できる方法は。
考えろ考えろ考えろ。
「ど、どうしようどうしようどうしよう……」
もしかしたらもしかしたらもしかしたら。
「……って、そんなわけねー」
三秒で諦めた。
もう打つ手はないのだ。
ありもしない希望にすがるのをやめて、私は自分のカバンを投げ捨てた。
「……あはっ。しょうもねー! かっこわるぅ! あはははははははははっはははははははっ……。だっせー! 私、超ダサい! あははははっ」
もう笑うしかないではないか。
引きこもっていたところを優しい幼馴染に連れ出してもらって、試験もほとんどその幼馴染に任せっきりで、あげくの果てに嫌だ嫌だと駄々をこねて、見限られて、最後の手段もうっかり蝶に奪われましたと。
ぶざまだった。
死ねばいいのに。
朝焼けの空をひらひらと舞う美しい蝶の群れが、涙でぐしゃりと
「あはっ。あはははっ。あははははっ。あは…………」
やったね私。
これで無事リタイアすることができる。
里に帰って、ちやほやされる何もない生活が待っているのだ。
いつもと変わらない、何不自由ない生活が待っているのだ。
そして私はお姫様に戻る。
井の中で閉じこもるカエルのお姫様へと。
未来に横たわる
なんて馬鹿馬鹿しい結末なのだろう。
だけど、これは現実だ。私の冒険はその程度の理由であっけなく終わってしまうのだ。
私なんてそんなもの。私の冒険は本当の本当にここまでのようだ。
一秒。
二秒。
そして、三秒が過ぎる。
だけど諦めきれるわけがなかった。
死んでもいやだと、この私が生まれて初めて本気で願ったのだ。
現状、自分の種だけで崖を登りきることはできない。
高速で崖を登りきる実力を有した人間……どうしても協力者が必要だ。
試験終了までの残り時間と合格していった人数。
そしてこの場所で他者とと遭遇できる可能性を考えてみたが、どれも3%以下だ。
だけど、せめて見晴らしのいいところまで登りきれたなら。
私は身を起こして行動を開始した。
幸いにも近くに高台になりうる高台があった。そこに登って大声で助けを求めるなら、いくらか遭遇できる可能性は変わってくるだろう。希望的な考えだった。
両手両足を伸ばして岩を掴み崖を登る作業は苦痛を極めた。
私の体だとすぐに息はあがるし足がつりかける。指も感覚がなくなってゆく。
私にはかつて運動の才能があった。だけど、引きこもって何もしないようになってからはすぐに錆ついて退化し、使い物にならなくなった。今まで何もかもをおざなりにして生きてきたつけが回ってきたのだろう。
でも。それでも。
ここで諦めるわけにはいかなかった。
ようやく崖の半分まで登りきったところで、ちょうどいいくぼみを見つけたので、その中に入って休憩した。両手両足が棒のようになっていた。
空を見上げる。
「……休憩なんてしてる場合じゃないや」
私はすぐに作業を再開した。
できるだけ起伏の緩やかなルートを通って、高台の上を目指す。言うのは簡単だけど、実際にやるのはほとんど不可能に思えた。
次第に握力が弱くなってきた。
それでも動け動けと念じながら岩を掴み、握る。
体中が痛い。崖から落ちるかもしれない。その苦痛と恐怖は社交場で嫌味を言われることの百倍はキツかった。私はどうしてあれぐらいの苦痛にすら耐えられなかったのだろうか。
高台を登りきった時には全身がガチガチに固まっていて、小さな台の上で這いつくばっているのが精一杯だった。
顔を上げて、周囲を見回した。
……やっぱり誰もいない。
泣きそうになった。
「誰かいませんか〜〜‼︎」
それでも私は声を張り上げた。
張り上げ続けた。
声が枯れないように気をつけることも忘れて、大声を出した。
しかし見渡す限りの荒野には、絶望的なほど誰もいなかった。
知ってた。
努力がそんな簡単に報われるはずもないのだ。
「……あぁ、かみさま……」
これはやっぱり、罰ってやつなのか。
私があまりに何もしてこなかったものだから、神様ってやつが私に怒ったのだろうか。
私がもっと素直でいればカジュに慰めてもらうことができたのに。
私がもっと強かったならウメガの言葉なんかに惑うことはなかったのに。
私がもっと優しければグレシアの期待に応えることができたのに。
私は最後の最後に叫んだ。
どうか……どうかお助けください神様!
悪かったところは全部直します! もっと真面目に生きます! 何事も一所懸命に頑張ります! もう弱音なんて吐かないし、逃げないし、人任せにもしません!
私はッ
お姫様に生まれて何不自由なく育ったものだから、出会う人みんなを見下して小馬鹿にして生きてたのでしょう。小さなプライドを守るために引きこもって、皮肉った考え方が板について、そのまま成長する努力を
「やりたいこととか、ないし! いくら悩んでも思いつかなかったし! 私はそういうやつなんだよ! でもね、カジュの話す“外”ってやつが、すっごいキラキラしてて
……うう、う、ぅ、う、こんなのやだよぉ。誰か。誰か。だれか……」
かくして無気力なグラノール姫は、ここにきてやっと自分の“やる気”を見つけたのでした。
そんな彼女のしたことはというと、神様なんてありもしない存在に一心不乱に
もうそれしかできることはなかったのです。
そう。失った時には、もう何もかも手遅れなのでした。
「━━カカッ。そんなに
ふと、声が聞こえた。
神だ。神様にちがいない。
「……お前の下僕は、もうどうしようもなくお前さんにホの字のようだ。お前がいなくなるとてんでダメな奴に成り下がったぞ」
神は無造作に私を抱きかかえると、空を歩き、断崖絶壁の頂上へと駆け上ってゆく。
「見てられんから連れて行ってやるのだ。勘違いするなよ」
私はもう二度と落ちないよう神様の体をしっかりと抱き返し、顔をうずめた。
「はい。ありがとうございます神様」
神は呆れたように笑う。
「……この私が神か。カカッ。お前はどうしようもない腐れ豆腐メンタルのようだが、リョクアと違って一つだけ見るところがあるな」
「それは、一体なんでしょうか?」
「キスをして、あやつを完全な下僕にしようとしなかったことだ」
ふと、自分の行いを思い返して驚いた。
出会って今の今まで、そうすることを思い至らなかった。
どうでもいいことなのに、なぜだろう。
言われてみるとそれが、ほんのちっぽけな善行のように思えてくるから不思議だ。
「……友達だから、かな」
それから神は私の手に一粒の種を渡してくれた。
「ならば、友達とやらを助けに行け」
なんと宝樹魔法の種子だった。取り返してくれたのだ。
これなら、少なくとも足手まといになることはない。
どころか負ける気さえ無くなった。
準備は万端とは言えない。
でも、私には仲間が……カジュも、グレシアもいるのだ。
「……うん。もう絶対に逃げない。絶対に」
私の最後の試練が始まる。
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