第13話
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明くる朝。朝日が昇ると同時に目を覚まし、ゴーレムで崖の真下まで移動した。
そこからはグラノールの“宝樹魔法”によって、巨大な樹木を作り出し崖を登ってゆく計画だ。
崖を登り切るところまではグラノールもついてくることになるだろう。グラノールは校門前に立つ教師にギブアップを告げて、それまでだ。俺たちは教師と戦って、どうにか校門をくぐり抜けねばならない。
道中のテンションは最悪で、三人とも必要最低限の言葉以外は喋らなかった。寝そべって丸くなっているグラノールが特にひどい。朝から一言も喋らなかったから、ちゃんと魔法を使ってくれるかどうか心配だ。一晩悩み続けたらしく、ぼんやりしている。
ちょうどいい位置にまでゴーレムを接近したあたりで、岩山の上に待ち構えている女の姿を見つけた。
傷だらけになった褐色の肌に長い髪と羽根飾り……どこからどう見てもライコウである。
「カカカッ! また会ったな!」
本当にしつこい奴め。見た所クソガキのクアンチャの方はいないようだが……。
「今度はなんの用だ。またやられたいのか?」
「まあ待て。上まで送ってやろう」
先制攻撃を仕掛けようとした俺を制するように、ライコウは提案した。
「なんだと?」
「媚薬の礼だ。私は空を歩けるからな。かついで運んでやろうって話だ」
確かにうまい話だ。こいつの移動術なら“大障壁”の高さなんてすんなり解決することだろう。
俺はグラノールを振り返る。
グラノールはピクリとも動かなかった。
「じゃあ、頼むよ」
俺たち
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グラノールが諦めたことを簡単に話すと、ライコウは不思議そうな顔をしていた。
「もったいないのう」
俺はなんと言ってやればいいか分からなかった。
「……まあ、そういうやつなんだ。気にすんな」
とは言いつつも、説得するにはまだ時間はある。
グラノールの気が変わるかもしれない。ライコウに運んでもらっている間とか、崖の上について、学校を目の前にした時とか。まだチャンスはあるよな。まだ……。
「ほら、グラノール。ちょっとは動けよな。俺がおんぶしてやるからさ」
自分でも引くぐらいの過保護っぷりに、グレシアもライコウもどん引いているのがわかった。
……お前ら、そんな目で俺を見るなよ。
「んー」
脱力したグラノールがもそもそと動いて、俺の背中に乗る。
「じゃ、ライコウ。よろしく頼むぜ」
「いやだ」
ライコウが断った。
「そいつの扱いが気に食わん。私だってカジュにチヤホヤされたいぞ!」
「あー? 入学したら考えてやるよ」
絶対にお断りだけどな。
「ほら。運べよ」
「いやだ!」
ライコウはなおも断り続ける。
「今度はなんだ。また追加条件があるのか?」
「……そいつの目つきが気に食わん! わがままな私の
んなこと言ったってなぁ。グラノールは元から無気力系女子だ。
「ったく。かったるいなー。わかったケロよ」
グラノールが俺から飛び降りて、その場に立ってみせた。
「ほら。これでいいケロか。送ってよ」
「やはりお前は気に食わん。送るのは二人までだ。お前は自力で登ってこい」
「ひどい人ケロね。いーよ。わかった」
あっさりとグラノールは答えるのに対し、俺は慌てた。
「お、お前、ライコウ! なんてことを言うんだ。こいつのやる気が削がれちまったじゃねえか!」
ただでさえこれからの試練に響くというのに。
「そんなもの、最初からないだろ」
ライコウが断ずる。
「……見ろ。大魔女リョクアの目つきにそっくりだ。そもそも、どうしてカジュはこんなやつの下僕として動いているんだ。
「違うよ? キスなんてしたことないよ。カジュは友達だよ」
薄笑いを浮かべたグラノールと、それを嫌悪するようなライコウがぶつかり合う。
グレシアもオロオロしている。なんだ。どうしてこんな展開になってるんだ。
「ちょ、違うぞ。俺はこいつから変なものを食わされたことは一度もない。こいつはドのつくケチなんだ」
「そういう話じゃないだろ、カジュよ。お前にとってはどうかは知らんが、こやつはお前を利用しておるだけだ。違うか?」
「ひどいなぁ。私たちの友情にヒビを入れるような言葉はやめてよね」
グラノールが嘆息する。
「もういいよ。言い合っていると雰囲気悪くなるだけだから、さっさとお別れしようか。グレシア。短い間だけど楽しかったよ。勉強頑張って。カジュ。今までありがとう。楽しんできてね」
「そ、そりゃねえだろ……」
なんだよ。
いつもみたいに語尾にケロってつけてろよ。なんで本気で怒っちゃってるんだよ。
そうやっていつも通り雰囲気で誤魔化して、なあなあで、おちゃらけていればいいだけの話じゃないか。
文句は言いつつも俺がゴール直前まで運んでやるから、そしたらお前は、
“やれやれ。カジュがそこまで言うなら仕方がないケロねぇ”
とかカッコつけて入学するんだろ。俺たちのテンプレだろ。知ってるよ。
絶対そうなるはずだったんだよ。
「……それは一晩考えて、決めたことなのか?」
「うん」
だったらもう、言えることがないじゃないか。
本当に置いていくしかないじゃないか。
「行ってらっしゃい」
こんなあっさり終わってしまって、本当にいいのか。
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崖の上は真っ平らで巨大な一枚の岩が敷かれて、その中心に学園の城が建っている。
城をぐるりと囲うように白い壁が並び、巨大な校門が開いていた。
理科教諭テスラキング・ドラクリヤは、予想通り崖の上で立ちはだかっていた。
黒い女性用スーツの上から白衣を着て、腰まである長い黒髪をなびかせている。眼鏡の奥の赤い眼光は相変わらずで、肉食獣を彷彿とさせた。
前回戦った時は二十代の女性だったのだが、今じゃ俺と同い年ぐらいのサイズにまで縮んでいる。
これがウメガの言っていた“やる気”補正というものなのだろうか。
よくわからないけれど、今の俺の胸にはぽっかりと穴が空いているような感覚があった。
俺は、グラノールを誘うことができなかったのだ。
最後の最後でグラノールは脱落して、かくして俺たち二人は、魔法学園の校門までたどり着くことになった。
「ふむ。あれが門番なのか?」
ライコウが遠くに佇むテスラキングを見て、俺に訊ねた。
「……だそうだ」
「そうか。このままでは絶対に勝てんな。私は一度逃げさせてもらうとしよう」
そう言うと、ここまで送ってくれたライコウは崖を引き返していった。俺たちに協力してくれる気はないのだろう。
「よくぞここまでやってきましたね、カジュ君。そしてグレシアちゃん」
テスラキングが話しかけてくる。遠くに立っているのに、よく通る声だった。
どうして名前を知っているんだ、って問いかけも論外か。
教師側で、生徒たちの情報を収集しているのだろう。
「最後の試験を説明しましょうか。ルールは簡単。どんな手段を用いてでも良いから、私をかいくぐって校門にまでたどり着いてください。それができたなら、あなたたちの勝ち。以上です」
「グレシアは別の教員が担当してくれよ。一緒に来たけど、同じチームじゃないんだ」
俺は戦いになる前に、釘を刺しておいた。
「いいえ、カジュ。最初から彼女も私が担当することになっています。そういう受け持ちですので」
あくまでも穏やかにテスラキングは言った。
グレシアが青ざめる。
「ごめんなさいです、カジュ。……私じゃ、戦力になれそうにない」
「いいや構わねえさ、グレシア。そもそも魔法ってのは人それぞれ用途が違うものだ。お前は土くれから便利な道具を作り出すのが目的だろ」
俺は剣を構える。
「……俺の魔法は、ああいう害敵を狩るためのもんだ」
「立派な獣の道理ですね、カジュ君」
テスラキングがにこりと笑う。小馬鹿にされているように感じて、妙にムカついた。
「なあテスラキング。ところで、負けたらどうなるんだ。スタート地点までやり直しになるのか?」
「嫌がらせの程度は私の裁量によります」
あっさりと言い放ちやがった。
「嫌がらせか。くく。そうかそうか。この呪いのせいで色々と苦労させてもらったぞ。ぶん殴ってやるだけじゃ済まさねぇ!」
「ふはは。大いに結構。私は順風満帆だった人が苦しんでいるところを見るのが、大好きなのです」
嫌な趣味だ。
「でも、あれは特例ですね」
「……グラノールが、いたからか?」
「ええ。里長の娘だからそうしたまで。本当は殺しの許可も出ていますし。とはいえグレシアちゃんは殺せませんけどね」
こいつ、グレシアがゴーレム体だってことまで知ってるのか。
グレシアが後ずさって、俺の後ろに隠れる。
俺は三歩しか歩けない。
実力以上の相手とサシで戦闘するこの場面においては、かなり邪魔な呪いだった。
だが俺は、その状態でこいつの相手をしなければならない。
「グレシア。一気に突っ切るぞ」
「でも、カジュは」
「どうせまともに歩けやしないんだ。転びながらお前に追いついて、テスラキングの相手もする。出し惜しみなしで、全力でいくんだ」
適当で大雑把な作戦だったが、参謀がいないので仕方がない。
テスラキングは中指で眼鏡を持ち上げた。
「覚悟は決まりましたか? ……古来より。生きて冒険する者の前には、試練があらゆるものの形となって立ちはだかるものです。食料しかり。外敵しかり。時に仲間」
「“
最後まで話を聞いてやるつもりはない。俺は剣から斬撃を飛ばして、テスラキングと、テスラキングの足元の地面を吹き飛ばした。
猛烈な土煙が立ちのぼる。
グレシアが走り出した。
俺はグレシアを追いかけるため大股に三歩歩いては転び、三歩歩いては転びを繰り返した。
「その中で。もっとも恐るべき試練とはなんでしょうか。はい、グレシアちゃん」
土煙の中を突っ切って、テスラキングが攻撃を仕掛けてきた。ただのテレフォンパンチに見える。が、あれを正面から受けてはならないと本能が直感していた。
テスラキングの狙いは俺ではなかった。グレシアの方だ。俺は転びながら、グレシアの前に立ちはだかって刀でその攻撃を受けた。斜めに受けて、攻撃を受け流す。ライコウに剣を当てた時のような鈍い音が鳴った。
「正解は絶望」
こぶしを振り切ったテスラキングの上体が跳ね上がり、今度は俺に向かってこぶしを突き出してくる。
繰り出されたこぶしをかわす暇もなく、攻撃が俺の腹にはいった。
「ご、ふっ」
衝撃が全身に伝わり、内臓をシェイクされたような感覚になった。里の魔術師たちから何重にも施されていたはずの身体強化魔術がほつれて、ガタガタになっている。
危うく刀を落としそうになったのを、かろうじて抑えこんだ。
……ああ、こりゃ無理だ。勝てんわ。
「そう。絶望により、“やる気”を失うことです」
俺は、戦い方を切り替えることにした。まずはグレシアの入学を優先しよう。
接近しているテスラキングの体に飛びついて、両足を使って腰に組みつき、押し倒す。
当然テスラキングが殴ってくる。一撃が入るたびに意識が飛びかけた。
俺は両手で刀を掴み、切っ先をテスラキングの口の中へ押し込んだ。
テスラキングは刀を噛んで、それ以上刀が進んで行くのを止めた。
俺の両手を
「ふんっ」
噛み砕かれる前に刀を引き抜くと、テスラキングが俺を突き飛ばした。
グレシアは、まだ校門までたどり着けてないようだ。
時間さえ稼げないとか、俺のいる意味が全くない。
テスラキングの手が俺の首を掴んだ。
ひょいと持ち上げると、そのまま締め付け始める。
「あ、かは、あ、ぁ、ぅ……」
脊髄が軋み、視界が点滅する。
負ける? いや、死ぬ。死んじまう。マジで殺される。
テスラキングは苦しむ俺を見て微笑んでいた。
こいつは俺で、遊んでやがるのだ。……全くどいつもこいつも変態ばかりで困る。
「“自己掌握・
何かの塊が飛んできて、テスラキングが突き飛ばされた。
解放された俺は、受け身も取れず尻餅をついてその場で激しく咳き込む。
見ればグレシアが、大量に死んでいた。……いや、
きっとグレシアの奥の手なのだろうけど……なんて、背徳的な魔法なんだ。
「ば、」
馬鹿野郎が。
なんのために時間を稼いでたと思ってるんだ。
「私は絶対に死なないッ!」
グレシアは叫んだ。
「……でも、あなたは死んでしまうのですよ! カジュ! しっかりしてください! なんで速攻で捨て身の
グレシアに言われて、俺は思い出した。そうだ。そうだった。
俺がここにきたのは、あの門をくぐり、学校に行くためなのだ。
「ああ、本当にバカだった。すまん」
「行けますか?」
「ああ。絶対に、たどり着いてやる」
「当然なのです」
作戦を指示していた最後の一人はもういない。
だけど俺たちは戦わないといけない。前に進まないといけない。
あいつのことは、今は忘れよう。
俺にとっての最後の試練が始まる。
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