第12話
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「何言ってんだ」
俺はすぐに切り返した。
「そうですよ。あの人にちょっと言われたぐらいで、へこむことはないのです。たかだが気持ちの問題でしょう?」
グレシアの問いかけに、グラノールは平然と首を横に振る。
「いいや、大真面目だケロ。さっきの話の続きケロね……。私は、物心ついた時から夢とか目標とかいったものを、抱いたことがないのだケロ。やる気は最初からないし、正直、今もだるい」
声色にも表情にも、まったく落ち込んだそぶりはなかった。ただ淡々と自己評価を語る。
「じゃあなんでここまで頑張ってたのって聞かれると弱いけど、ただ雰囲気に流されてただけケロ。そういう奴は、わりとけっこういるのだケロ。……冷静に考えてみなよ。なんの力も持たずに四つの試練を踏破した人間たちの死ぬ気と、ほとんどカジュ任せなこの私のやる気。一周目は私とカジュで同時に崖を登って、理科教諭に瞬殺されたんでしょ」
泣きべそは全くかいていなかった。
いつも見せる泣き言もワガママも、結局こいつにとっては単なるファッションなのだろう。
いや知ってたけど。
「作戦は全部お前任せだったじゃねえか。今更なに言ってんだよ」
「そう。これも作戦ケロよ。一周目がダメだったなら、二周目は個別にいくべきだってこと。本当はグレシアとカジュも別々に登るべきだと思うけど。何か質問は?」
ペラペラとまあ言葉が出てくる出てくる。
グラノールはなまじ頭が良いから、ロクに反論もできない。
これも、よく知っていたことだ。
作戦のふりをして話しているが、今回のは作戦じゃないことぐらい俺だってわかる。
こいつは「私は諦めます」と、遠回りに言っているだけだ。
「おいコラ。ちょっと壁にぶつかったぐらいで簡単に諦めすぎだろうが……。もう少しくらい悩め」
「悩んだケロ」
どうせ三秒間だけだろうが、このヘタレめ。
「行きたくなったって、ウメガ相手に言ってたよな。俺が諦めかけた時も、頑張るって言ったよな。じゃあ、やる気はあるってことだろ。性悪なウメガの野郎がなんと言おうが、お前なら大丈夫だよ。せっかくのチャンスじゃないか」
「それは楽観に過ぎるね。カジュはいつもいつも私のことを過剰評価してるケロ。いいかげん迷惑してるからやめてほしい。気持ちって、そもそも計測できるわけないじゃん。目に見えないんだよ? 自分の気持ちは自分の方が分かってる。わ、私は……私がダメなやつだって事ぐらい知ってる!」
言い争いの気配を見せる俺たちの間に、グレシアが割って入った。
「……ちょっとちょっと二人とも。そういうのはこんなところでやる話じゃないでしょう。それにグラノールもおかしいですよ。なんなのですか、その、自信のなさが一周まわって自信になってるような変な感じは」
しかし俺は引けないのだ。ここで引いたらグラノールが本当に脱落してしまう。
「俺はお前に感謝してるんだぜ。森の中でさ。お前は一人で頑張るって決意して俺を置いていったけど、すぐに戻ってきてくれたよな」
「わ、私だってそうですよ。溺れた時。水の中で私に口移しで空気をくれましたよね。結局私が先にギブアップしたから、一緒に浮かんで
言ってから、俺たちはハッとなった。
もっと早くに気がつくべきだったのだ。こいつの目的は
「……そう。みんな、よく気がついたケロね。私は、他人のためなら頑張れる子なんだケロ。私はこれから困ってる誰かのために生きることにするよ。うん。そうする」
なんか満足そうな顔で納得していやがる。
「じゃあ、具体的にはどんなことをするのですか」
「それはこれから考えるケロ」
いや違う。そもそも論点が違うのだ。
今は入学試験の真っ只中で、ここは第三関門の魔物の
「でも。そういう態度って、負けていった人たちに失礼ですよ。私を
「失礼? 弱い奴らのことなんか、知らんケロ」
それはちょっと……困っている誰かのためにとか言うやつのセリフじゃねえぞ。
「……っ! 私、グラノールのことを少しだけ尊敬してたのに、幻滅です。もういいっ! 勝手にしてくださいッ!」
怒ったグレシアはゴーレムを起動させ、勝手に行進を再開した。俺は慌てて剣を抜き、周囲の哨戒にあたる。
“大障壁”は目前だった。もう夕方前にはたどり着くことだろう。ゴールまであと少しなのだ。
だというのに、ここにきてこいつの性格が問題になるなんて思わなかった。
置いていくなんてまさかそんなことができるはずない。
どんだけ苦労して家から引っ張り出してきたと思ってるんだ。
ウメガが教師を相手どってド派手な喧嘩をしかけようとしているのに、それに比べて俺たちが取り組んでる問題のスケールの小ささはなんだ。
「まあそう言うなってグレシア。こいつはやればできる子なんだ……って、言いたいところだけど……」
グラノールは体操座りして、ぼーっとしていた。
無気力だった。もう諦めムード全開である。
おい、本当に分かってんのかグラノール。……さすがにもうフォローしてやれんぞ。
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十二日目の夕方。山歩きはつつがなく終わり、俺たちのゴーレムはついに“大障壁”の根元、草の一切生えていない岩石地帯にまで辿り着いた。
魔力を帯びた紫色の蝶が夕日に反射して、不可思議で美しい光景を生み出していた。魔蝶だ。ものを窃盗する習性があるらしいが、基本は無害なので近寄らなければただ美しいだけだ。
もう日は沈みかけていた。ここで休憩をとって、明日の朝に崖登りを行うというのが俺たちの計画だった。
焚き火の燃料が欲しかったので、俺たちは岩石地帯と“火の山”の境にゴーレムを停めて、そこでキャンプをすることにした。
「着いたぞ」
抜け殻のようになっているグラノールに声をかけると、グラノールは顔をあげて感嘆のため息を漏らした。
「ちょうちょケロー。きれいケロー」
セリフはともかく、目が死んでやがる。
「燃料を集めてこよう。食糧になりそうなものも探そうぜ」
バラバラになって魔物にやられてはたまったものではないので、三人でまとまって採集をすることにする。
グラノールがゴーレムからなかなかおりてこないので振り返ると、
「カジュ。おんぶ」
「テメェは老婆か」
「おんぶ」
しかし降りようとしない。
俺は仕方がなく、グラノールを抱きかかえて地面に下ろしてから、おんぶした。
「ふぁー。らくちんケロー」
見るとグレシアは怒りを通り越して呆れ果てていた。
「驚いたかグレシア。里のこいつはいつもこんな感じだ」
「……いや。それに付き合うカジュもカジュでしょう」
「きのこはいいとおもうけどね、そこはかとなくまかろんがたべたいのだケロ」
「ねえよ」
「まかろん」
「ないです」
山で移動してた時は、時々、猿とか鹿とかを見かけたものだったのだが、いざ食べ物を探す際にはなかなか見つからなかった。
「これ以上は体力の無駄ですね。帰りましょう」
「……だな。お荷物もあるし」
「うっ。こころがいたいケロ」
ろくな食料も見当たらないままでお通夜状態だったが、帰り際にグレシアが茂みの中に落ちていたバックに気がついた。
「おい。大丈夫か。トラップとかかもしれんぞ」
「大丈夫。気をつけます」
慎重にしゃがみこんで中身を覗いたグレシアが、嬌声をあげた。
缶詰が大量に詰まっていたのだ。魚に肉にコーンに果物。各種取り揃えてある。
「ふああ! て、天の恵みなのですっ!」
「うおおおお! でかしたグレシア! 今夜は缶詰パーティーだ!」
俺も駆け寄って、小躍りして喜んだ。
「くわれたやつのいひんケロね」
背中のグラノールが指摘した方向に目を向けると、茂みの向こうに食べかけの肉付き骨になった状態の犠牲者があった。肋骨が丸見えである。
少し気分を落とした俺たちは、とりあえず死体にお祈りしてから、キャンプ地に戻ることにした。
+
日は完全に暮れた。
背中からグラノールを下ろすと、奴はその場でぐてっと寝そべった。
「うふふふ。やだおくさん。まかろんのようせいがみえるですって? それはきっときんだんしょうじょうケロ。おいしゃさまにそーだんするケロ。きゃはッ」
お菓子が食べたいばっかりにトリップしてやがる。
「おらっ。とっとと逆立ちして火をつけるのです。唯一の活躍を見せやがれ」
グレシアはグラノールのお尻を蹴った。
「ううっ。おねえさんのおしりけらないで」
グラノールは泣きながら逆立ちして、パチンと指を鳴らして火をつけた。
太い枝に火が灯ったところで逆立ちをやめて、再びぐったりと寝そべる。火の山が近いので、地面が暖かいのだろう。
バックにあったなけなしの乾パンと干し肉を分け合って、缶詰をナイフでこじ開けて食べた。
一番人気だったのが果物だ。名前の知らない大きな果実が丸々入っていて、ナイフで切り分けて食べた。それに喉も渇いていたので、果汁を分けて飲みあった。
「最後の夜に、美味しいものが食べられて良かったな」
「本当にそうですね。まあ、缶詰なんですけど」
「グレシアこっちにくるケロ。おねーさんといっしょにねよう」
「ふんっ。誰が行くもんですかっ」
「う、う、うえぇぇぇ~~ん」
突っぱねられたグラノールは仰向けになってすすり泣き始めた。
「どうせ嘘泣きでしょ」
「おっ。グレシアもだいぶ分かってきたなー」
「みんな。寝そべった方が良いケロ。こっちの方が暖かいよ?」
構ってもらえず
俺は言われた通り、横になって空を見上げることにした。
グレシアは少し
焚き火を囲んで付かず離れず、三角形を作る。
視界いっぱいに広がるのは満天の星空と、崖で遮られてできた暗闇と、夜の中を舞う紫の魔蝶たち。言葉にできないくらい綺麗な景色だった。
「グレシア。こっちに来るケロ。最後ぐらい一緒に寝よう」
「嫌です。カジュに頼んだらどうですか」
「カジュとはこれぐらいの距離が一番なのだケロ」
「……」
……まあ、そうだよな。俺たちはそういう関係だ。
「じゃあ、グレシア。私たちが使っている魔法の起源を知っているケロか?」
「ふんっ。それぐらい当然知ってます。南の帝国を作った三人の賢者が広めたのですよ」
「あれは嘘ケロ」
あっさりと否定されて、グレシアがショックを受けた。
「本当はあそこの、第七学園から広まった知識なんだってさ」
俺も知らなかった。グレシアも興味を持ったらしく、黙ったまま聞き耳を立てているようだ。
「んで、この学園の起源というと、こことは違う別の世界から転移してきたものなんだケロ」
「別の世界?」
「うん。いろんな世界を転々と渡り歩いて、今の世代はこの世界にある。この学校を作ったのが、一人の魔術師でね。その人が目指していたのは、世界の果てなんだって。世界の果てというのは色々な説があるって、どこがそれなのかは一概には言えないのだけど……」
多世界の泡沫モデルやら、膜モデルやら、グラノールの話はやたら専門的な話になってゆく。
次第に目を輝かせ始めるグレシアに対し、俺は話がさっぱり理解できなかった。
だから、ぼんやりと天体を観察することにした。
「……一説によればこの多世界の集合無意識とも呼べる仮想イドの果て。究極の根源世界こそが全ての幻想の源であり、“世界の果て”なのだケロ。カジュも聞いてる?」
「ああ。聞いてるさ」
「嘘ですね。目を閉じてました」
地面から伝わる熱が心地よくて、だんだんと答えるのも億劫になっていく。
このままじゃダメだ。見張りを立てておかないといけないのに。
「私は起きてるから、カジュもグレシアも寝るケロ。明日は大変になるよ」
「あ、あの、グラノール。どうせ最後なら、もっといっぱい話を聞かせて欲しいのです」
「じゃあこっちにおいで」
「ぐ、ぬ……」
暗くて顔は見えないけど、きっとグレシアは焦れていて、グラノールはニヤニヤしてるのだろう。
「……なあ。やっぱりお前も来いよ」
話のついでに誘ってみたが、グラノールは答えてくれなかった。
「大丈夫だろ。お前ならなんとかなるよ。でさ、合格したら勉強を教えてくれよ」
「……なんで分かりもしないことをできると簡単に決めつけられるのか、理解に苦しむケロ」
「分かりもしないことをできないと決めつけるのも同じだろ」
「できなかったら、カジュとグレシアが落ちるじゃん。グレシアだって、私のせいで試験に落ちたら嫌でしょう?」
「……別に」
グレシアが呆れた声を出した。
「平穏な貴族社会の話ならいざ知らず、私たちがやっているのは冒険ですよ。空が落ちてこないか不安がっている人は、そもそもこの試験には参加していません」
「でも、もしも。それでも参加しちゃった人がいたら、どうすればいいと思うケロ?」
どうもこうもないだろ。
ただ不安なだけじゃないか。
やる気が出ないかもしれないからどうした。前を向いて歩き出せば、それだけで試験クリアなんだぞ。
「……でしたら一晩だけ、きちんと考えてみるのもいいかもしれません」
だけど、グレシアの回答は違った。
「グラノールの言いたいことも、なんとなく分かります。多分グラノールの言うことはあってる。知らないものを恐れて、できる限り避けるのは、一番賢い生き方だと思います。だけど私はそんなことをしたくない。……研究に生きて、冒険に死ぬことが私の理想なのですからね」
俺の中に魔法学園への憧れがあったように、グレシアの中にもきっとそういう憧れがあるのだろう。
グレシアと初めて出会った時のことを思い出した。
森の中でボロ雑巾のようになっていたあのあわれな姿が、途端にカッコいいものに思えてくるから不思議だ。
冒険に死ぬだなんて、なんて勇ましいことなのだろう。
死ぬのはもちろん嫌だが、俺もそうなりたいと思う。
……でも、グラノールは違う。
誰だって怖いものは怖いし、嫌なものは嫌なのだ。
生き方を強要することはないんじゃないだろうか。
と、そうやって納得することはできる。
いや。でも。だけど。
グラノールと一緒にいられない未来を想像するのが、どうしてこんなにも辛いのだろう。
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