六話 フルグライト家へようこそ

村からマリスの屋敷まで一日半。あと数時間で到着する距離だったが、日が暮れてきたので野営の必要があった。その旨を伝えるためにマリスの方へ振り向くと、彼女は大きな背負い鞄を降ろして中をこねくりまわしていた。


「ありました!」


 マリスは鞄からランタンを取り出して満面の笑顔を見せた。次に小さな革袋から琥珀色の石を取り出してランタンの中に取り付ける。それはすぐに輝いて俺たちの周りを大きく照らした。松明なんて目じゃない明るさだった。


「ライデン石のランタンか。金持ちでも無きゃお目にかかれねえな」


「フルグライト家では試運転も兼ねて使用しております」


「…ところでマリスは…貴族なのか?」


「貴族だった時もあったようですが今はライデン石を研究する職人です。ライデン石を作った家系というだけですね。しかしライデン石は全て公国の管理下に置かれていますから、官職と言ってもいいかもしれませんけれど」


「それで十分だ。貴族じゃなきゃなんでもいい」


「はあ…」


 マリスは俺の質問に訳が解らないといった顔をした。当然だろうな。だがこれ以上何か話す気にはなれないので先を進んだ。

 しばらく歩いたがどうにも見通しが悪い。夜通し歩くほど急いでもいないので野営をする事にした。

森に囲まれた道から少し離れて藪に入り、辺りの草を苦労して折っているとマリスが火炎魔法で燃やし始めた。炎上した藪の頃合いを見て冷気魔法を使い一瞬で沈静化し、丁度いい感じの野営地が出来上がった。雷、風、火炎、冷気の四系統も魔法を使える人間なんか聞いた事がない。


「あの…フラン様…私のお話を聞いてくださいませんか?」


 色々と事情がある娘だ。少しでも話して楽になるならいくらでも相手をしよう。


「ああ。だが明日も早いからなるべく手短かに頼むぜ」


「ライデン石を使ったランタンなんですけれどもこれって本当に凄いものなんですよ!? 中にあるフープが街灯とかに使われている物より二回り小さくて、これを成立させるためにはフープの中の魔術式を簡易にしなければならないのです! ですがそれではライデン石の制御が安定しないんですよ! じゃあ何をしたのかと言うと中の玉を二重構造にし、表面と内面で違う魔法陣を彫ったんです! す、凄くないですか!? これの原案って百年前に考えられたんですよ!? 芸術です! 魔法陣の…」


 マリスが突然怖くなった。


「そもそもが! そもそもがライデン石自体が奇跡の産物なんです! 雷魔法を結晶化しようという発想自体が天才過ぎません!? ああもう何なの!? 話したい! 百年前に行きたい! 何でそんな事考え付いたの!? 雷魔法を貯める性質がある琥珀石があるから!? 違うよね! 世界だよね!? あらかじめ貴方の頭の中に理想の世界があってそれの辻褄を合わせようとしただけなんだよね!? いやああああん! もう! 天才過ぎる…!」


「あ、ごめん俺もう寝る。マリスおやすみ」


「く、く、悔しい! その発想力! 私、嫉妬しますっ…! 天才め! 頭の出来が…」



※ ※ ※



「…フラン様。昨夜の事はお忘れください」


 顔を真っ赤にしたフランは朝食の硬パンを握りしめてうずくまっている。どうやらライデン石について熱く語った事が相当恥ずかしかったようだ。


「何で? 別にいいじゃねえか」


「フラン様は良くても…私は…は、恥ずかしいんですよっ!…女なのにこんな事に夢中になってしまって…」


「夢中になれる事に女も男もねえよ。パーティにもいたぜ? 男より鉄に話しかけるのが好きな女とか、三度の飯よりダンジョンの遺物に目が無い女とか、過去の歴史が今よりも大事な女とかな」


「そ、そのような方々がいるんですか…!?」


「ザラだよ。十年以上冒険してりゃな。にしてもそういう奴は美男美女が多かった。マリスも当てはまるぞ。気をつけろよ? 奴らは綺麗だったが漏れなく独身だったぜ。一人遊びも過ぎると毒ってわけだ。はっはっは」


「フラン様、お戯れを。私を…美しいなどと…」


 マリスの顔が急に険しくなった。オッサンに綺麗とか何とか言われるのは今どきの若い子にしてみたら苦痛らしい。


「すまん。でも綺麗なものを綺麗だと言えない世の中ってオッサン悲しいわ」


「フラン様!」


 マリスの顔がさらに険しくなっている。どうやら本当に怒っているようだ。


「…自分の顔が醜いのは自分で良く解っております…! ですからこれ以上は…!」


「へ? いやいやさすがに謙遜しすぎだろう。怒るかもしれねえが俺はどこぞの姫君かと思ったくらいだぜ?」


「…もう行きましょう」


 明らかに不機嫌になったマリスは黙々と野営の片づけをしている。オッサンに綺麗とか言われるのがそんなに嫌なのだろうか? ちょっと泣きそうだ。 

屋敷まではあとどれくらいだろうか。左右を森に囲まれた道は三人分の広さでよく踏み固められており、葉に遮られた光が隙間を縫って地面に落ちている。実に爽やかな光景なのだが空気が重い。


「…何かすまん。良かれと思って口から出た。決して悪意は無い」


 俺の言葉にはっとしたのかマリスがこちらを振り向いた。


「ふ、フランさま!?」


 やっぱすげー綺麗だよこの子。黄金色の髪も、紅色の唇も、薄水色の瞳も…ん? あれ? 瞳が…発光してない?


「魔法が解らなくなりました…」


 マリスの戸惑った声が聞こえた瞬間に、四方八方から空気を裂いて何かが飛んでくるような高い音が聞こえてきた。


「うわややややや!? 〈ラックリング〉! マリスの悪運を俺に寄越してえええ!」



※ ※ ※



 間一髪で悪運を吸って結界を張りなおしてもらった。


「し、死ぬかと…思った…!」


「お、お守り…できて…良かったです…」


 俺とマリスの周辺の地面を残して辺りが焼け焦げていた。何の前触れもなく燃える礫が大雨のように降り注いできたのだ。

 それよりマリスの呪いだ。最初に悪運を吸った時は数十分で呪いが戻ったが今回は丸一日くらい過ぎている。


「訳が解らんな。悪運を吸えば吸う程にマリスの呪いは弱まるのか?」


 そんな単純な呪いには見えない。呪いに遭遇した事は少なくないがそれとは違う感じがする。禍々しい感じがないというか、奇妙な事にある種の安心感のようなものを覚える。


「凄まじく高度な呪いだったりして。つーか俺も呪われたんじゃねえよな」


 呪いは右手のこいつだけで十分だ。


「所でその両目から出てる光を引っ込められないのか? あと体から出てる魔力とか」


「え、わ、私はそんな事になっているのですか?」


「今のマリスって凄く怪しいぞ。町に行ったら衛兵を呼ばれそうなくらいに」


「すみません! どうやら自分では抑えられないので一時的に自分へ封印をかけます!」


「そんな事も出来んのかよ…」


 マリスの魔法は底が知れない。ぶつぶつ呪文を唱えた後に封印をしたらしく、元のマリスに戻った。


「あ、でも結界は張り続けていますからご安心ください」


「本当にありがとうございます」


 敬語がうつった。



※ ※ ※



森を抜けてしばらく歩くと左前方に大きな建物が見えてきた。こう言っちゃなんだが随分と古めかしい。屋敷と言うより小さな城に近い石造りの建物。整った木が等間隔に配置されて庭先に高価そうな噴水があり、照明が至る所に輝いていた。


「すげえな…ライデン石を使い放題じゃねえか」


「試運転も兼ねておりますから」


「お嬢様。お帰りなさいませ」


 いつの間にか女の子が現れた。肩までの青い髪をさらりと傾けて頭をマリスに下げている。


「ら、ラクアただいま…」


「当主様がマリス様の御帰りをお待ちしています」


 女性はそう言ってマリスを見た後に俺を一瞥した。切れ長の赤い瞳が冷徹な印象を覚える。ラクアと呼ばれる女性は給仕係の恰好をしていた。俗にいうメイドという奴だ。


「…解りました」


 マリスが一気に緊張したのが解った。貴方もどうぞと勧められ屋敷に入ると、絢爛豪華とは程遠い質素な内装が確認できた。外も中もやけに古いな。


「戻ったか」


 声のする方を向くと赤い絨毯が敷かれた階段に男が立っていた。


「その様子だと逃げ帰ったようだな。お前は実に役立たずだ。モンスターの一匹も倒せないとは」


「い、いえ。お待ちください当主様。モンスターは討伐いたしました!」


「嘘だな。お前が五体無事でいる事が何よりの証拠だ」 


 明るい茶色の髪の青年は階段を降りてこようとしなかった。冷たい黒色の瞳がマリスを見下すように眺めている。端正な顔の優男という印象を受けたその青年は、ぱりっとした白いシャツにノースリーブのベスト、グレーのズボンを品よく着こなしている。


「確かに私だけでは討伐できませんでした。しかしここにいる御方の助力によって叶ったのです。世界最強の冒険者パーティ〈グランドフッド〉のフラン様によって!」


「ふん。馬脚を露わしたな」


 そう言う青年は小さく笑い、それに呼応したかのように手すりにいる二人も笑った。


「雷の聖殿には雷の魔法使いである我ら一族以外の者は入れない。もし侵入したものなら、雷に焼かれ死ぬかのような天罰を受けよう。その男が生きているのは何故だ?」


 青年の言葉にマリスは戸惑っているようだ。しかしその顔は赤く、もじもじしながら俺を何度も見つめている。観念したかのように息を吐き、大きく息を吸ってマリスは前を見た。


「…もう…一族の者になっております…」


 マリスの言葉に周りのメイドがざわついた。深刻な顔で口々に言い合っている。


「失礼いたします」


 周りの声はどうでもいいと言わんばかりにラクアが俺の左腕を掴んで高々と上げた。


「…!? それは…!」


 青年は俺の左手を見て目を見開いている。まわりも水を打ったかのように静まり俺も何だか気まずくなった。


「ん?」


 左手に違和感があった。正確に言うと左手の薬指だ。虫に刺されてかゆくなっていた部分が青くなっている。薬指の付け根の辺りが綺麗に青い色で一周していた。


「えっ?」


それはまるでエンゲージリングのように。思わずマリスを見ると、その顔はこれ以上にない程に真っ赤だった。ゆっくりとした仕草で自身の左手の甲を俺に見せた。その薬指が俺と同じような青いリングのように染まっている。


「フラン様はもう私の夫です…」


 なにをいっているのかおれはわからなかった。

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