結ノ巻  彼物語、我必要


 息詰まるほどに狭いコクピットの中、砂塵が外部装甲を叩く音を裕飛は聞いていた。


 将吾郎と袂を分かってから、半年近くが経つ。

 決して穏やかに過ぎた時間ではない。

 むしろ激動の半年と言えた。


 シュテンオーを相続した将吾郎は、幾度となくキョートピアの覇道を妨害した。

 そのたびに裕飛は旧友と剣を交え――だいたいの場合、地を舐める羽目になった。

 

 フジワラ社ももう認めるほかない。

 『ハズレ渡界人』であった将吾郎が、第2の魔王に足る器であることを。


「――まだ歩かなきゃいけねえのかよ」


 前方を歩くMFから、キントキ・サカタの不満げな思念が流れてきて、裕飛は我に返った。


 いま、ヨリミツと彼の腹心である四天王、そして裕飛は、MFによる徒歩移動で朱天王のいるオオエ・マウンテンに向かっている。

 それぞれの機体には、西の蜥蜴人リザードマン国家が使うMFを模した外装で覆われていた。

 朱天王と同盟を結んだ国の使節に化けてオオエ・マウンテンに潜入し、朱天王の寝首をかく、という作戦である。


 西の国に大型飛行機械はない。

 輸送機でノコノコ飛んでいっては「キョートピアから来ました」と自らバラしているようなものだ。

 そういうわけで、ウンザリするような長い距離を、彼らはゆっくり歩いている。


 騙し討ちのような作戦に対して特に不満の声をあげなかったキョートピアの武者たちも、一向に目的地の見えない行軍には退屈のあまり不平を漏らしはじめた。

 特に四天王の1人、いかにもパワー馬鹿といった立ち位置のキントキ・サカタは定期的にぎゃあぎゃあとやかましい。

 それが裕飛にはいやに鬱陶しく感じられた。


「この作戦さぁ、考えたの、あの、なんて言ったっけ? イルカとかイチジクとかいう名前の」

「イチカだ」ヨリミツが言った。

「そうそれ、その女だろ? 本当に信用していいんかよ? 別に向こうで軍を率いてたわけでもねえんだろ」

「おまえ、これで何度目だよ。逸花の作戦に従うってヨリミツさんが決めたんだから、黙って従ってろよ」


 裕飛はキントキに向かってたしなめるつもりで思念を投げる。

 穏便に済ませるつもりが、少し刺々しくなってしまったかもしれない。

 だがキントキはそんなことで怯むような相手ではなかった。


「へえ、さすが聞き分けがいいなぁ、渡界人様は。お友達にボコボコにされっぱなしで、そろそろミチナガ様にも見限られそうだもんな、大変だな?」


 キントキの指摘は的確だった。

 恥ずかしさに裕飛の顔が朱に染まる。

 同時に彼が羞恥心を感じていることは、周囲に嗅ぎわけられてしまった。

 四天王の他の2人、サダミツ・ウスイとスエタケ・ウラベがキントキに同調して笑いの波動を発する。

 ツナが同調しなかったのが唯一の救いだ。

 もっとも、彼女は新しいシェイバーン――エクスシェイバーを実戦で使うことに頭がいっぱいだっただけなのだが。


「そう焦るな、キントキよ」


 場の空気を和らげようとしたのか、ヨリミツが明るく言った。


「右手の山でも眺めてみろ。フーユンラの花が満開だ。なにか感じるところはないのか」

「おれは山育ちなんで、ヨリミツ様みたいにミヤビだのフーリューだのはわかりませんね」

「……私はイチカを信じる。彼女のおかげで、我々は食いっぱぐれずに済んでいるからな」


 フジワラ社内の勢力争いで、ミチナガ派かコレチカ派かで悩んでいたヨリミツに、ミチナガ派につくことを勧めたのは逸花だ。

 逸花にとっては「藤原道長のほうが有名だから」程度の考えで言っただけだったのだが、実際、ヨリミツが立場を明確にした次の日、優位と目されていたコレチカは女性問題スキャンダルで失脚。

 ミチナガは戦わずしてフジワラ社CEOにのぼりつめた。


 もしコレチカについていれば――と思うとヨリミツはぞっとする。

 ミチナガの性格だ、1度袂を分かった相手に容赦はすまい。

 一族郎党まとめて左遷されていただろう。


 それ故に、ヨリミツの逸花に対する信頼は天井知らずとなった。

 彼女の立てた作戦であれば、もはやヨリミツは疑わない。

 もっともヨリミツ以外はそこまで逸花を信頼していなかった。

 今の主君の有様にはむしろ不安が拭えないでいる。


「大丈夫だ、作戦は上手くいく」


 裕飛は断言してみせた。


 元いた世界の歴史と、この世界の歴史にはリンクする部分がある。

 藤原氏の隆盛と、フジワラ社の繁栄。

 渡辺綱に腕を切られた鬼と、ツナに腕部を切断された鬼械人形オーガマタ

 藤原道長が摂政にのぼりつめたことと、ミチナガ・ノ・フジワラがCEOになったこと。


 今回の作戦もそれを踏まえたものだ。


 酒呑童子しゅてんどうじという鬼の物語が、日本にはある。

 大江山に棲み着き暴れ回っていたその鬼は、山伏に変装した源頼光とその配下によって毒の酒を呑まされ、酔い潰れたところで首を刎ねられたという。


 オオエ・マウンテンにシュテンオー。

 ヨリミツ・ノ・ミナモト。

 符合は充分だ。


 今度こそ、と裕飛は思う。

 将吾郎を倒し、自分こそが勇者だと証明してやる。

 そう誓ったとき、突然の『気づき』が、笑いの衝動となって肺から唇へ抜けた。


「ふっ――ふはははは!」

「ど、どうした、ユウヒ!?」


 狂ったような笑い声に、ツナさえもぎょっと目を剥く。


「いや――よく考えたらオレ、敵になってからのほうが、あいつのことよく考えてるなって」


 どうすれば将吾郎は倒せるか。

 何を目的として動いて、自分の動きに対してどう行動するか。

 訓練中でも、裕飛が戦っているのは目の前にいる対戦相手ではなく、頭の中にいる将吾郎だ。


 昔はそうじゃなかった。

 当たり前のように後ろにいて、裕飛の行動にコメントすることはあっても己の希望を口にすることはない。

 それが将吾郎で、それは空気のようなもので。

 彼のために深く考えてやったことなどなかった。


「やはり、友と戦うのは辛いか」


 気遣いの思念を送ってくるヨリミツに、いいえ、と裕飛は返した。


「わかったんですよ。オレたちは今こそ友達をやっている。命懸けで友情を確かめ合ってるんだ」




*******************



 オオエ・マウンテンにある朱天王の城。

 その玉座の上で、将吾郎は遅い昼食をとっていた。

 玉座といっても背もたれのやたら大きい肘掛け椅子ではなく、板張りの小部屋の上座に敷かれた座布団のことだ。

 内装も将吾郎には魔王の城というより、武家屋敷のように見える。


 昼食の内容も、得体の知れない獣の干し肉と握り飯、それに乳白色に濁ったしょっぱい汁という、ごく質素なものだった。

 そんなものでも、キョートピアによって大地の恵みを奪われた辺境の地にあっては恵まれた食事である。


「――ねえ、今からでも撃っちゃわない?」


 ポンテがやってきて、言った。

 友軍のふりをして接近してくるMFの部隊が敵の擬装であることなど、将吾郎たちは見抜いている。

 それでも将吾郎は彼らを受け入れることを選んだ。


「……裕飛とゆっくり話をするチャンスだから」


 戦場で何度も刃を交えていたが、裕飛とまともに会話することはできていない。

 超次元風水計画を阻止するために5体のオーガマタを集める、という目的は着々と進んでいたが、裕飛をこそシュテンオーのパイロットにし、キョートピアだけでなくヘイアンティス大陸全土の英雄にするという将吾郎個人の望みはまったく果たされてはいなかった。


「……馬の練習、付き合ってくれる?」


 不満げな表情のままのポンテに、将吾郎は優しく言った。

 将たる者、馬に乗れなくては示しがつかないと先代の朱天王に言われている。


「いいよ」


 将吾郎にとって、ヘイアンティス大陸の馬は馬というより未確認生物UMAだ。

 頭と胴体は馬に似ていたが、前方を向いた2つの眼球の他に、後方に伸びた左右一対の触手先端にも目をもつ。デッキブラシみたいな無数の足をシャカシャカ動かして走る。

 最初に見たときは見た目の気持ち悪さに卒倒しそうになったくらいだ。


 将吾郎が鞍に乗ると、ポンテもその後ろに腰を下ろした。

 ダークエルフの細くしなやかな腕が将吾郎の腰に回される。


「最初はゆっくりでいいからね」

「おう」


 といいつつも、将吾郎は馬の腹を蹴り、いきなり全力で走らせた。

 振り落とされそうになったポンテが慌てて背中にしがみついてくる。


「もう……! 調子に乗って!」

「最初に比べると、随分上手くなっただろ?」

「そういう時期がいちばん、落馬しやすいんだからね?」

「悪かったって」


 将吾郎は手綱を引いて、馬の速度を落とした。


「まったく……。ショウゴロウといると退屈しないよ」

「……そうか。地球じゃトップクラスに退屈な男だったはずなんだけど」


 『退屈しない』なんて評価は裕飛にこそ相応しい、と将吾郎は思う。

 裕飛の背中を追うだけだった日々は、今では遠い幻のようだ。

 けれど懐かしく思いはしても、あの頃の自分にはもう戻りたくはない。


「裕飛やヨリミツさんたちが来たら、盛大に出迎えてやろう」

「それ、攻撃って意味じゃないんだよね?」

「もちろん」

「……たいした料理は出せないけど、酒だけはモウルエルフからたくさんもらってるから」

「ありがとう、ポンテ」

「ショウゴロウは言っても聞かないからね」

「うん。僕はここに来て、やっと自分がしたいことを見つけたから。もう誰かの都合で振り回されたりしない」

「おかげでアタシが振り回されてる気がするんだけど。……いいんだ気にしなくて。アタシが好きでやってることだから」

「……もう日が沈む。帰ろうか」


 裕飛たちが到着するのは、明日の昼頃と予測されていた。

 これが最期に見る夕陽かもしれない、などという思いがちらと脳裏をかすめたが、将吾郎はそれを口に出さず、馬を転進させる。


 やがて夜のとばりが落ち、欠けたることのない月が天に君臨した。

 その周囲を、人間の目に見えるものから見えないものまで、数多の星が取り巻いていた。



<了>

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機甲怨霊プルガレギナ 鯖田邦吉 @xavaq

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