十四ノ巻 正義ヲ、審判スル者(四)
発光魚の光を反射しながら、銀の刃がクルクルと宙を舞う。
やがて重力に絡め取られた刀身が地に落ち、岩に突き立っても、裕飛は目を見開いたまま、動くことができないでいた。
彼が将吾郎に斬りかかった刹那、素早く抜刀した深紅の
今度は逆に、将吾郎が裕飛に刃を突きつけるかたちになる。
「なんで……?」
裕飛は呻く。
体育の成績は将吾郎より裕飛のほうが上だった。
この世界に来てからの日々を、ただいじけて過ごしてきた将吾郎と違って、裕飛は実戦も訓練も積んできた。
それなのに。
「なんで、オレが負けてるんだ……?」
「縁起力の差ってやつだろ。おまえだって散々利用してきたんじゃないか。ずるいなんて、言わないよな?」
「…………!」
違う、と裕飛は思う。
縁起力でオレがショウに負けるわけがない。
右腕だったからだ――必殺を期して利き腕でロケットパンチを放ったが故に、利き腕でないほうで刀を振ったから。
右腕の訓練がまだ不充分だったのだ。きっとそうだ。そうでなければならない。
「……おまえ、さっき、オレの味方って言ったじゃねえか!」
「ああ。僕はおまえの味方だよ」
「だったらなんでおまえがオレに剣を向けてるんだ! わけわかんねえよ!」
将吾郎は裕飛の親友で。黙って後ろをついてくる奴で。
間違っても向かい側に立ち塞がり、裕飛を見下ろす存在ではないのに。
「ヒーローになりたいんだろう、裕飛は」
「そうだよ!」
朱天王。キョートピアに敵対する、最大最強の存在。
いわゆる、魔王だ。
つまりそれを倒す者は勇者であり、英雄であり、ヒーローである。
だから裕飛は、朱天王を倒さねばならない。
ヒーローになれば、みんなが期待と信頼をくれる。
『どこにでもいる子供』でもなければ、『親のいない可愛そうな奴』でもない、特別な素晴らしい存在になれる。
「ヒーローにしてやるよ、裕飛」
将吾郎は薄く笑う。
「ただしそれは、キョートピア1国の利益や、個人の期待で踊らされるような、ちっぽけな存在じゃない。この世界すべてを救うものだ。それ以外に、僕の考えるヒーローはない」
「…………」
「おまえが小さな幸せに逃げるなら、僕がその幸せを奪ってやる。おまえが誰かを見捨てるなら、僕は見捨てられた者の怨念を背負って、おまえが選び取ったものを無に帰そう。怨霊となっておまえの前に立ち塞がり、その覚悟を見極めてやる」
「な……? なんだよ、それ……?」
「ヒーローにとって大切なのは、ヒーローになることじゃない。ヒーローで在り続けることだ。腐敗せず、初志を抱き続けることだ。安心しろ。僕がいるかぎり、おまえを腐らせやしない。たとえこの僕が悪の手先になろうとも」
裕飛は無意識に機体を後退りさせていた。
こいつは将吾郎なのか。
なにか別の、暗くておぞましい存在が、将吾郎の口を借りて喋っているのではないのか。
「そうだ、僕はヒーローになりたいわけじゃない。ヒーローになれる器でもない。誰かを助けたいわけじゃなくて、僕はただ、ヒーローがすべてを救わないことが許せないんだ。大のために小を捨てた者に、捨てられた小さいものの怨みをぶつけてやりたいんだ」
「…………」
将吾郎は、含み笑いをした。
「退け、裕飛。おまえのヒーロー道は、まだはじまったばかりなんだからな」
気がつくと、裕飛は1人、洞窟の外に出ていた。
オトワ・マウンテンの戦いがキョートピア軍の勝利に終わったあと、KBCは洞窟内に部隊を派遣したが、そこにはもう朱天王も将吾郎も、ドワーフたちの姿さえなかった。
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