十四ノ巻 正義ヲ、審判スル者(三)


 朱天王が戦闘機に変形。

 底面にあるツメに深紅の清姫プルガレギナが指をかけ、ぶらさがる。


「村の場所はわかるか?」

「なんとか……」


 恐れおののく人々の思念が、将吾郎の脳には届いていた。

 周囲よりわずかに高いところにあった村は、今や水に取り囲まれてしまっているようだ。

 泣く者、喚く者、あきらめきって笑う者――そうした思念がグチャグチャに混ざり合って、頭痛さえ感じる。


 将吾郎が指し示す方向に、朱天王は飛んだ。

 あっという間に村が見える位置まで辿り着く。


「でも、これからどうするんです!?」


 巨大ロボットといっても、清姫プルガレギナはせいぜい7メートルほどしかない。

 1家族程度ならともかく村の人々全員を運ぶには小さすぎる。

 往復したところで、浸水速度を考えれば焼け石に水だ。


「私の肩に手を置け」


 朱天王は人型に変形、村の入口に降り立つ。

 そのまま守り神のように仁王立ちになる。

 その肩に、将吾郎は清姫プルガレギナの手を添えた。

 朱天王の指が印を組む。


「……イア・スプラッシュブ・オブレッシィニイ……イア・スプラッシュブ・オブレッシィニイ……」

「なんですかそれ、呪文? 神頼みですか?」

「黙っていろ。……イア・スプラッシュブ・オブレッシィニイ……!」


 失望に、将吾郎は肩を落とす。

 話にならない。こんな時に念仏だなんて。


 洞窟は着々と水没しつつある。

 村の敷地内にも水の膜が張っていた。


 もう朱天王は放っておいて、抱えられるだけ抱えて飛ぶか――そう思ったとき、突然、脱力感が将吾郎を襲った。

 ポンテなどは、気を失ったかのようにへたり込む。


「なん……だ……?」


 身体からごっそりと精気が奪われていく感覚。

 将吾郎の中にある、命のエネルギーとでも呼ぶべきものが、一方向へ流れ出していく。

 どこへ? 朱天王に向かってだ。


 清姫プルガレギナの腕を離そうとして、しかし機体がコントロールを受け付けないことを将吾郎は知った。


「……イア・スプラッシュブ・オブレッシィニイ……! イア・スプラッシュブ・オブレッシィニイ……! テ・レ・ピシィ・イ・ディ・シュダ! ……メルクディオ――――ン!!」


 朱天王が高らかに叫んだ。

 目の前の水面に、魔法陣が浮かぶ。

 将吾郎がこの世界に来たときに見たそれと、似て非なるもの。


 そこから、蛇のようなものが飛び出した。

 生物ではない、明らかに人工物とわかる、鋼でできた四角柱。

 先端には爛々と光る双眼、底面には車輪のようなものがつく。


 それは、将吾郎にとって馴染みのある物体だった。


「……電車?」


 イルカのように水面に踊り出た電車は、すぐさま形を変えた。

 車体表面が割れてスライド。がっしりとした肩アーマーを備えた、朱天王と同サイズの黒い巨人になる。

 そこからさらに手足が折り畳まれ、代わって円柱状のアームが伸びた。

 やがてそれは、甲羅を背負ったひょろ長い体躯の異形を現わす。


「来たな、メルクディオン――。頼むぞ」


 メルクディオンと呼ばれたオーガマタは、クチバシ状の口からアヒルのような鳴き声を上げた。

 腰を低く落とし、両手を広げる。

 その身を包む鬼火が大きく燃え上がった。


 すると――。


 水が、動きを変えた。

 流れは龍のように身をうねらせ、来た道を戻っていく。

 重力に逆らうように、下から上へ。

 天井に空いた穴へと吸い込まれていくさまは、動画の逆再生を見ているようだった。


 まさに魔法イリュージョン

 将吾郎はぽかんと口を開け、事の推移をただ見守っていた。


 最後の1滴が天井裏に帰る。すぐさま亀裂を浸す水が凍結し、蓋をした。

 その上で発光魚たちが何事もなかったかのようにダンスを踊る。


 ドワーフの集落は――救われた。


 メルクディオンはいつの間にかいなくなっていた。

 あとにはただ、ぐっしょりと濡れた岩地、そして半幽体化を解除した2体の巨人が残るのみ。


 ドワーフたちが歓喜の思念を辺り構わず放出する。

 同じ思念の洪水でも、それは悲鳴とは違って、将吾郎の脳には優しく感じられた。


「……応急処置です」


 朱天王は村に向かって思念を放つ。


「洞窟内は低温ですが、もし氷が融けるようなことがあれば、再びこの洞窟は水没しましょう。それまでになんらかの対策を」


 言い終えると同時に、朱いオーガマタは崩れるように膝をついた。


「だ――大丈夫、ですか?」


 呪縛が解けたかのように、清姫プルガレギナのコントロールが戻った。

 将吾郎は機体を朱天王に近づける。


「まだ動けるのか。さすが渡界人だ」


 驚いたような、呆れたような朱天王の思念。

 メルクディオンと呼ばれるものの召喚と使役にはかなりの力を消費する。

 それこそ、命の危機さえ伴うような。

 それを知らない将吾郎は、朱天王の内心の驚きなど知らず、ただ首を傾げるばかりだった。


「……ありがとうございます」

「なぜ、君が礼を言う」

「えっと……、僕のやりたいことを代わりにやってくれたから……ですかね?」

「私のやりたいことでもあった。礼には及ばぬ」


 将吾郎の肩から力を抜ける。相手も緊張を解いた気配があった。

 同じ目的で動いた同志に対する気安さのようなものが、そこに生まれる。


「……君、我々の側につかないか」

「えっ!?」


 突然の申し出に将吾郎は虚を突かれた。


「さっきのでわかった。……この機体、シュテンオーを使うのは、君こそが、相応しい」

「え……?」

「超次元風水計画が発動すれば、世界は滅ぶ」

「…………!?」

「八神相応が成し遂げられれば、楽園への扉が開かれる。が、その代償として古い世界は、すべての生命力を失う。それをさせないためのセーフティが、このシュテンオーと――」

「さっきの、メルクディオン……?」

「そうだ。そしてそれは、あと3体存在する……」

「…………」

「超次元風水計画阻止には……、5体を同時起動させる必要がある。だがさっきので、私では役者不足と、わかった。シュテンオーとメルクディオン、2体起動でこのざまだ」


 朱天王の思念には、全力疾走した後のような、荒い息づかいがノイズのように混じっていた。

 波が寄せて返すように思念自体の強さも安定しない。


「……僕なんかより、きっと、もっと適任が……」


 その時将吾郎は、その『適任』の思念が近づいてくるのを感じた。

 けれどそれは手放しで喜べるものではない。

 接近してくる思念の色は暗く、頑なで刺々しい臭いに満ちていた。


「――そこまでだ、朱天王!」


 瑠璃色の清姫プルガレギナが背後に舞い降りる。

 地上にあったオアシスが水位を回復したのを見て、裕飛はトゥペーラと逸花を残し戻ってきたのだ。

 右腕に握った剋金刀を、膝をついたままの朱天王に向ける。


「よせ、裕飛! 朱天王は僕たちを呼び寄せた相手じゃなかった。殺す必要はない!」

「ある! そいつは、キョートピアの敵だ! オレたちの敵だ!」

「裕飛……!」


 将吾郎は朱天王をかばう位置に機体を立たせる。

 だがそれでも、裕飛は構えを解かない。


「そんな奴、なんでかばうんだ、ショウ!?」

「ここに住む人を救ってくれたのはこの人だ。おまえが、いや僕たちがやってしまったことの尻拭いをしてくれたんだ。恩義がある」

「違う! オレのせいじゃない!」


 裕飛の叫びは、悲鳴のようだった。


「そいつがいるから、ああなった! ぜんぶそいつのせいだ、そいつがキョートピアの邪魔をするから!」

「裕飛……」

「おまえはどっちの味方なんだよ、ショウ!?」


 将吾郎の唇が、皮肉な笑みをかたちづくる。


「決まってるだろ。僕はおまえの味方だよ、裕飛」

「だったらどけ! そいつはオレがやる! どかないなら!」


 裕飛は本気だ。

 だが将吾郎は動かない。


 白刃が閃いた。


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