十四ノ巻 正義ヲ、審判スル者(二)


 深紅の清姫プルガレギナが、変化した。

 サンバイザーを目深に被った貴婦人に似た頭部が、般若面の如き凶相に。

 音楽のようだった駆動音は、亡者の歯ぎしりにも似た不協和音と化す。


「なんだ、あれ……」


 裕飛は混乱の極みにあった。

 自分の機体があんな風になったことはないし、なるとも知らない。

 大好きな巨大ロボットなのだ。彼にとっては珍しく、説明書には隅まで目を通した。

 だがあの姿に関しては1行も書かれていなかった。

 ハルアキラからも聞いたことがない。

 機体を統括する電脳式神も黙秘している。


「ショウ、なんだよそれ……?」

「なに言ってるんだ、こんな時にッ!」


 将吾郎自身は自機の変化に気づいていないようだった。


 嫌な想像が裕飛の脳裏をよぎった。

 結局、ハルアキラやミチナガにとって自分たちは余所者でしかなくて。

 ていよくモルモットとして使われているのではないか――。


 いや、それはない、と裕飛は硬く目をつぶる。

 ――キョートピアのみんながオレを裏切るなんて、ありえない!


 裕飛の混乱を余所に、深紅の清姫プルガレギナは剣を掲げる。

 刀身にシャーマニュウムの光が集まり、鬼火をまとう炎の大剣となった。

 その切っ先を朱天王に向け、将吾郎は吠える。


「いけやああああ――――っ!」


 背面からシャーマニュウムの炎を翼のようにはためかせ、清姫プルガレギナが飛ぶ。


 朱天王はゴリラ形態から人型形態に変形。

 その掌が青く輝き、まっすぐに胸を狙ってきた剣先を挟み込んで、止めた。

 真剣白刃取り。


 だが、将吾郎は止まらない。なおも剣を押し込む。

 清姫プルガレギナの脚部スラスターがさらに輝きを増せば、踏ん張った朱天王の足が、ざり、と地を削る。


「わああああああああ!」


 朱天王は背後の壁に叩きつけられた。

 剣が滑り、切っ先が胸を灼く。


「すごい……」


 逸花は擦れる声で言った。

 その表情は複雑だ。

 勝てるかもしれない、という希望と、異様な変貌を遂げたMFへの困惑がせめぎ合っている。


 それに比べれば、裕飛はわかりやすい表情をしていた。


 『嫉妬』。


 驚異的な力で強敵を討ち果たす。

 それは彼にとって垂涎のシチュエーションだ。


 なのにそれは、彼のものではない。

 他の誰でもない、将吾郎がそれをおこなっている。

 その役目は、自分のものであったはずなのに。


 さまよう裕飛の目は、折れて打ち棄てられたライフルに止まった。





「――まさか、こいつがパワー負けするとはな。いや、私のせいか」


 将吾郎のいるコクピットに、朱天王――朱いオーガマタのパイロットのものと思わしき思念が届く。

 変声機に類するような物を使っているのだろうか、老若男女の区別はつかない。


「なぜ、それだけの縁起力を、正しいことのために使わない?」

「正しいとは、間違った者を見捨てることでも、根絶やしにすることでも、ないはずです!」


 裕飛のやることには異議がある。

 逸花に至ってはなにを目指しているのか、将吾郎は知らない。

 だが、2人を死なせなければ達成できない正義など、将吾郎にとって正義たりえない。


「この世界のことを知りもせず、フジワラ社の言いなりで動く痴れ者どもは、剪定せんていしてやらねばこの世が立ち行かぬのだ!」

「そんな人間を呼び寄せた張本人が、なにを勝手な……!」

「……なんだと?」

「え?」

「私が君たちを呼び寄せた? この世界に? なぜそんなことを!」

「え……?」


 そうだよ、とポンテが言った。


「知らなかったの? キミたちを呼んだのはフジワラ社だよ?」

「は……?」

「あの時アタシたちが外つ世にいたのは、フジワラ社の召喚儀式を阻止しようとして、一緒に飛ばされたからよ」

「…………」

「あのままだと、あそこにいた人みんな、この世界に引きずり込まれるから、アタシはイチカを――」


 そうだ。

 ポンテは――ポンテの乗っていたオーガマタは、逸花を抱えて魔法陣ゲートから遠ざかろう・・・・・としていた。


 では、将吾郎たちがやったことは。

 ここで朱天王を倒す意味とは。


 深紅の清姫プルガレギナを包む鬼火が勢いを弱める。

 角が折り畳まれ、マスクが閉じる。般若面が元の姿に戻っていく。


「気を抜くな、ショウ!」


 裕飛の清姫プルガレギナがこちらに拳を突き出すのを、将吾郎は見た。


「ブロッケン! ファウストッ!(仮)」


 裕飛機の左腕が飛ぶ。

 その手の中には、缶のようなものが握られていた。

 折れたライフルから取り出したロケット弾だ。


「ちっ!」


 朱天王は半ば戦意喪失した将吾郎の機体を蹴り飛ばし、更に飛んできた腕を弾いた。

 軌道を逸れたロケットとパンチが天井に激突。

 直後発生した爆発が、地下洞窟を激しく揺さぶった。

 パラパラと小石が降り注ぎ、あちこちで岩盤が不吉に軋む。


 それだけでは終わらなかった。

 水晶の天井に亀裂が走ったかとみるや、水脈から大量の水がスプリンクラーめいて噴き出した。

 呼応するかのように、別の場所からも放水がはじまる。


 MF同士の戦闘。

 将吾郎が突入する際に放った砲撃。

 そして今、ロケット弾の爆発が、ついにトドメを刺してしまったのだ。


「このままでは沈むな、この洞窟は」


 朱天王の言葉に、トゥペーラが小さく悲鳴をあげた。


「ボクの村が……!」


 洞窟の水没は、そのままドワーフの村の壊滅を意味する。

 出ていきたいと思ってはいたが、なくなってほしかったわけではない。


「……オレのせいで……?」


 冷たい固まりが腹の底へ落ちていくのを、裕飛は感じた。

 反動のようにこみ上げてくる不快感。

 それを振り払うように、彼は呻く。


「違う……! そうさせたのは、朱天王だ!」

「そんなこと言ってる場合か! 人が住んでるなら、なんとかしないと……!」

「待って、置いてかないで!」


 とりあえず歩き出した将吾郎の足を、逸花の声が止めた。

 彼女の機体は動けない。置いて行かれれば、このまま溺れ死ぬ。


「……脱出だ!」


 瑠璃色の清姫プルガレギナが深緑の清姫プルガレギナに肩を貸し、立ち上がらせる。


「ユウヒさん……!?」

「悪い、トゥペーラ。オレは神様じゃない。おまえと逸花を助けること、それが今のオレにできる、唯一のことだ……!」


 将吾郎が空けた穴から、2機の清姫プルガレギナが出ていく。

 それを将吾郎はぼんやりと目で追った。


 あの時と同じだ。

 ポンテの村が潰された時のように、ただ逃げるしかない。

 偉そうなことを言っておいて、結局はここに住んでいる人々の命を切り捨てるしかないのか。


「どうした、行かないのか?」


 無言のままの将吾郎に、朱天王は――手を差し伸べてきた。


「ドワーフたちを救う気があるなら、私に手を貸せ、渡界人」


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