僕は、ヒーローに憧れた
涼風 鈴鹿
僕はヒーローに憧れた
僕はヒーローに憧れた。
ヒーローとは言っても、アニメや漫画のように、悪の組織と戦うようなファンタジーな物ではない。もっと身近な存在だ。
例えば、トラックの前に飛び出した人を助けるために、車の行き交う道路へと走るような存在。
例えば、燃え盛る炎の中に単身駆け込んで、逃げ遅れた人を救うような存在。
例えば、川で溺れて今にも沈みそうな人を、服も脱がずに川へと飛び込み、助け出す存在。
僕が憧れたヒーローは、そういう存在だ。
誰かのために命を懸けられる、そんな存在に僕は憧れた。憧れ続けた。
そんなある日、僕の前に座る女性が僕に問いた。
「ねぇ、どうして貴方はヒーローに憧れたの?」
「誰かの為に命を張れる人はカッコいいからね!それに、人が人の為に自分のすべてを尽くせるなんて、素晴らしい事だと思わない?」
「貴方はそういう人だったわよね・・・人の為に動くことを労力と一切思わない。常に誰かの幸せを願っている。そんな優しい人。私も、そんな貴方だから一緒になりたいって思ったんだもの。そんな貴方だから、結婚したんたもの」
「ならいいじゃない。誰にも迷惑を掛けない・・・それどころか、誰もが幸せになれるんだから」
「でも、貴方は本当に皆の幸せを願っていたの?」
「・・・それってどういうこと?」
「貴方がヒーローを気取って、本当に不幸になる人が居ないと本気で思っていたの?」
「当たり前じゃないか!他の人の命を救えるんだよ!?命が救われれば、その人の家族、恋人、友達、誰もが不幸にならないんだ!それのどこが不幸なのさ!?」
「私が貴方に出会った時もそうだった。駅のホームで貧血で意識を失って、電車が迫る中、線路に落ちそうになる私の手を引いて救ってくれた。周りが全員、棒立ちで固まってる中、貴方だけが動いてくれた。あの時は本当に嬉しかったな・・・」
「うん、そのことは僕も覚えてるよ。あの時は驚いたよ。だって、突然目の前に立ってた女の人が線路に落ちてくんだもん。アレで驚かなかったら人間じゃないって」
「でも、その優しさも、やっぱり無かった方が良かったんじゃないかって・・・そう・・・思っちゃうわよね・・・」
「流石に失礼だなぁ!じゃあ何?君はあの時にでも死んだ方が良かったって言うのかい!?」
「こんな思いする位なら・・・死んだ方がマシだったわよ・・・」
「どうして!どうしてそんな事を言うのさ!君が僕にくれた言葉は偽物だったとでも言うのかい!?そんな冷たいことを言うのかい!?僕はこんなに・・・君が好きなのに・・・」
「貴方が・・・貴方が大好きだったから・・・私はあの時・・・あの時に死んだ方が良かったのよ・・・」
「大好きなら・・・なんで・・・」
ここで、彼女の後ろから二つの男性の声が流れる。
『○月×日の午後6時に起きたトラックによる轢き逃げ事件、山本さんはどう思いますか?』
『そりゃ、居眠り運転からの轢き逃げなんて到底許される事じゃありませんよ!でもね、それ以上に私はですね、暴走するトラックの前に飛び出し、自分の命と引き換えに幼き少女を救った青年の勇気!これを讃えたいと、そう思うワケですよ!』
作ったような悲しみに満ちた声で、男は叫ぶ。その後も、男の演説のような言葉は続く。
だが、既に彼女の耳に男の声は届いていないだろう。その代わりに、
「これが、貴方の求めたヒーロー像なんでしょ?」
そう言って、一粒の涙を零した。
ここでようやく、僕は思い出した。
自分に起こった現実を。自分自身の結末を。
僕が、少女を救う代償に、自分の命を喪った事を・・・
そして、僕のこの言葉が、なに一つとして彼女に届くことが無いことを。
「誰かを救って、ヒーローになって、色々な人が勇気ある青年を見たと賞賛してくれる。素敵な結果よね。でも・・・」
それを皮きりに、女性の涙は止まらなくなる。ずっと、ずっと、瞳から零れ続ける。
「私の幸せは・・・どうすればいいのよ・・・ヒーローなら・・・なんで私だけ無視したのよ・・・」
そして最後にそう言って、小さく静かに、震える右手を振り下ろした。
それと同時に、おりんがチン、と小さな金属音を奏でた。
その後、その場から立ち去って行く彼女を、僕は引き留める事が出来なかった。
追いかけるための足がないから。
そばに寄り添う為の身体がないから。
彼女を呼び止める為の声がないから。
後ろから抱きしめる為の腕がないから。
そして、彼女と共に生きる命がないから。
僕はヒーローに憧れた。
最も大切な人以外を救う、独り善がりなヒーローに。
この憧れは、間違いだったのだろうか?
僕は、ヒーローに憧れた 涼風 鈴鹿 @kapi0624
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