第23話祭りの後、興奮止まず、静寂成らず

 夜は明けた。

 夜は去り、日が昇る。

 日常をなぞる、いつもを口ずさむ、未来の“今日”がやってきた。

 太陽はこんなにも眩しかったか。木々の緑はこんなに十人十色だったか。町に興る喧騒は、こんなに景色を豊かにするものだったか。行き交う人々は、こんなにも心から笑っていただろうか。

 俺もそんなことを噛みしめたかったさ。

 しかし、それらを噛みしめることが出来ないくらいに、今日もまた熱いのなんの。

いや、最初の太陽の眩しさだけは肯定する。こいつはこんなに愉快で、俺にとって不愉快な奴だったかしら。

 俺にも死闘の末の生還を、致命傷を乗り越えた感動を、待ちに待った朝を全身で謳歌したかったさ。だが、それもすべてあの太陽が熱線ビームで、それ全部焼き払いやがった。後に残るは焦土のみ。俺の感性が死に絶えたのも、納得できるな。

 汗も流れるし、感覚も流れ行く。

 時間も流れ行くし、今頃教室では教科書のページが進み行く。

 俺は、学校の屋上に来ていた。

 何でここにいるのかと言うと、ただの気紛れだ。

 風の吹くままというか、風の吹くところへ向かうと、自然とここに来ていた。グラウンドだと誰かに見つかるしな。

 まぁ、風も全然ないわけだが。

 昨日の大怪我。自分の人生の中でも、中々上位の方に食い込んでくると思う。人生で経験したことがある人は案外見つからないものではなかろうか。胸を包丁で横薙ぎにされた人なんて。街頭調査では悲惨な結果になるであろうことに千円賭けてもいいね。こんな勝ちの約束された勝負に千円しか賭けられない程に金欠であることは、置いといてだな。

 そう、昨日の大怪我。それにもかかわらず、うちに居を構える化け物共は学校にいつも通り行けだとさ。これ虐待か、と少しでも思うもんなら「ちゃうがぁ!」と罵声が飛んできたのは記憶に新しい。アイツと対面したときよりも理不尽を感じたかもしれない。

 いやいや、実際に理不尽を感じたから、こうして屋上で授業をサボっているのだ。

 でも、こうして学校にわざわざ、こんな怪我を負ってるのに、前日にあんなに血が出たのに、顔を出しているのは、もう偉人の閾ではないだろうか。石像が立てられても文句を言う人は皆無であろう。それだけのことを俺は今、やり遂げているのだ。あえて言えば、それだけのことをうちの化け物共はやらかしてしまっているのだ。

 しかし、しかし、だ。翌日には普通に動けるようになってる俺の身体も凄いな。我ながら人間国宝に名乗りを上げようかと本気で悩んだレベルだ。人間国宝に制定される条件とか知らんけど。

 化け物の片割れである母親は、「流石、私の子や」とか言ってたけど、どういう理屈なのだろうか。あいつは一回生き返ったことでもあるんかな。そうなら国宝一家やんけ。人間国宝の条件とか知らんけど。

 まぁ、そんなわけで。

 俺は今教室に吹いているだろうクーラーの風とは打って変わって、無風の屋上でのんびりとしているわけで。ちっぽけな反抗さ。まぁ、何かに向けているわけでもないけど。強いて言うなら、化け物共へ、かな。

 アイスの当たり棒が無数にある。

 そういえば、と思い当たってキンキンに冷えた実物と引き換え用と立ちあがると、背後にある扉が開く音が聞こえた。

 「よぉーう、元気か? 胸から下が独りでに歩き出したりしてねぇだろうな?」

 「刃獅々、アイスでしょ? 私にもちょーだい」

 久遠と剞鞨。その二人が立っていた。


 

 「アイスはいいけどよ、ちゃんと当てろよ、お前ら」

 「任せて。今日のラッキーカラーはグリーンなのだ」

 「緑入ってねぇじゃねぇか」

 「任せろ、任せろ。今日のラッキーアイテムはアイス以外だ」

 「ピンポイント逆行してんじゃねぇか」

 アイス片手に俺らは屋上にたむろする。

 「てかよー、お前らって、人間辞めてたんだなー」

 昨日の光景は、忘れろと言われても、きっと一生忘れることはないだろう。色褪せることなく、墓の中まで持って行く自信がある。

 「ま、そういうこったな。だから言ったじゃねぇか。あたしは確かに言ったぜ――」


――ただ、そいつらは実在するのさ。ここに、そこに、あそこに――


 「あれって……!」

 「そうそう、私たちのこと」

 「久遠の様子もちょいちょい違っただろ? 明言を避けたり、立場の曖昧な発言をしたり、な」

 思い起こせば、確かにどこか違和感があったような気がする。

 その違和感が、まんまこういうことだったのだ。

 「ま、あたしたちは厳密に言やぁ、アイツらとは少し違うがな」

 「そうか……」

 「詳しくはしーちゃんがいるときに話してあげるよ」

 「ほーん、ま、楽しみにしとくわ」

 「あんまり気にならないの?」

 「んー……、ま、気になるっちゃなるけど……」

 アイスに横からかぶりつく。

 その噛み跡に太陽を重ねるようにして、空を見上げた。

 太陽は、変わらずそこにある。

 じゃあ、俺らだって、ずっとここに居続けるのだろう。

 じゃあ、俺らだって、いつまでもこうして生き続けるのだろう。

 誰がどうとか、何がどうとか。そういうことじゃなくて。

 本質ではなく、在り方として。

 そりゃたまには騒動だって起こるだろう。奇跡だって起きるさ。

 だが、それも俺らを取り囲むだけで、俺らは、俺らの在り方は変わらない。

 「暑すぎて頭働かねぇ」

 アイスは少し溶けて、俺の手を伝い始めていた。


                   ●


 「聞いたぞ、事の顛末を。聞いていぞ、何が生じたのかも。あいつらが……怪我を負ったこともな」

 「ふむ、今回は本当に申し訳ないことをした。僕たちも、まさか――」

 「すべては机上の空論で、すべては妄想が起こす錯覚だと、そういうことではなかったのか?」

 「まさにその通りだ。そして僕たちに弁解の余地もない」

 「あいつらがせめて無事に帰ってきたことに免じて、今回はこの程度に止めておいてやる。不甲斐ないことだが私たちも出向けなかったからな。だが、すべてを分かっている上であいつらに無理を強いることは許さん。絶対に、絶対に、だ。それを肝に銘じておけ。私も、そんなに我慢が長い方ではない」

 「分かっているさ。僕だって、人が傷付くのを見たいわけじゃない」

 「ふん、想定外は楽しむものだ、なんて言った日には、その両足を砕いてやろうかと思ったぞ」

 「冗談はよしてくれ」

 「冗談ではない、俺だって苛立ってんだ。次はねぇぞ」

 「当然だ。君の刀は二度と見たくない」

 地球は、不浄を許さない。それは、人とて同じ。

 そして、往々にしてそこには戦がある。

 死すは、浄か不浄か。

 いつだって天秤は気紛れで、忠実だった。

 力に、意思に。それとは、関係なしに。


                   ●


 夜は、日が陰れば玉座に座る。

 間隙無く続く闘争。昼か、夜か。

 それは、代理戦争でもあった。昼と、夜の。

 音色は癒して、夜風は攫って。

 響きは生んで、影は殺して。

 「死にたく……ないぃ……。頼む、頼む、頼む……。何でもするからぁ……!」

 それは、代理戦争でもあった。光と、闇の。

 廻る輪廻に、後は笑って。

 巡る連鎖に、先は泣いて。

 過ぎ行く変異に、世界は黙って。

 「赤いはんてん着せましょかぁ……」

 それは、戦争だった。

 繋いで得るは、心。

 座して得るは、力。

 問う。在り方を。

 問う。在り方を。

 幕が上がるは、奇怪千万の百鬼の大戦。

 果ては黒か、はたまた白か。

 そこに差などないのに。

 そこに異などないのに。

 産声こそ、悲鳴。

 役者は、ほら、ここに、そこに、あそこに――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かくして、彼等はそう在り続ける。 どこぞの街角 @MaChiKaDo6565

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ