明日、
朱色の髪をなびかせる少女、いや、もうそんな歳じゃない女性のカレンは俺の膝の上に乗る。そしてムッとしたまま俺を見つめる。
そんなネコのような仕草は構って欲しいアピールなのか、少々鬱陶しい。
「書類見てる途中だ、後で相手してやるから待ってろ」
シディはこの街で最近起きた、ある殺人事件を見る。今は人間犯罪の方を担当する事が増えた。
だが、この事件は一部の呪い持ちを嫌う者達が起こした犯罪なのであまりカレンには見せたくはない。
「また気を使ってませんか? そういうのナシって前に決めたじゃないですか」
婆やが死んでから、俺はカレンの家に住んでいる。最初は一人暮らしでも良いかと思ったが世間話として彼女に話すと家にお呼ばれされたのだ。部屋が空いているからと、使ってもいいと。
二つ返事で了解したのだが、そこから仲が進展して今になる。今となっては彼女の方は打ち解けてくれてるようには見える。
俺は書類を置いた。
「そうか」
「そうですよ」
「まあいいだが、暫く夜出かけるのはやめとけ」
「バレてませんし大丈夫ですよ」
カレンの言うバレてないは呪いを象徴する痣や痕の事だ、確かに知っているのは今は俺とヨダくらいだ。襲われる要素はない。
「念のためだ」
そう言って彼女の服の上からチラリと覗く痣を見る。
俺自身に偏見はない、だが周りがこれに気づいた時が面倒だ。軽い化粧をして誤魔化す事は出来るが完全に消す事は魔法でも難しい。
呪いを打ち消す魔法でもあれば良いんだが、それがあれば迫害など起きてない。いや、寧ろ作り出せばいいのか。
簡単には言って見せたが作れば俺自身が命を狙われる羽目になるかもな。
「はぁ……」
俺は溜息をついてカレンを後ろから抱きしめた。
「どうしたんですか?」
前に抱きしめた時は顔を赤らめた見応えある反応だったのに今となっては向こうも慣れたのか普通の反応だ。
「なんでもない……ただこうさせてくれ」
何故呪いを持ってるだけでこうもコイツの人生は地雷で溢れてるのだろうか。嫌な世界だ。
「なあ、呪いの事バレた時を考えたことあるか」
するとカレンの顔は角度的に見えなかったものの声は沈んでいた。
「何度も、何度もありますよ。子供の頃はお父さんとお母さんまで危害が加わるんじゃないかって、目の前でお人形遊びしてる友達は石を投げてくるんじゃないかって」
「俺が恋人でよかったな、バレる前に口封じする事ができる」
口封じ、不穏な響きだが単に記憶を消すだけである。
「ハハ、たしかにそうですね。でも」
カレンの言葉が少しつまづいた。
「私でよかったんですかね……苦しんでませんか?」
シディも少し言葉に詰まった。数秒経った後、カレンの後頭部を軽く叩いた。
「いたっ」
「お前の方が気を遣ってんじゃねえか」
「だからって叩くのはやめてくださいよ」
「俺は……寧ろお前のお陰で救われた、かもな」
「いつ救ったんですか?」
「今、普通に相手してくれるだけで充分だ」
答えるとカレンは納得のいかない顔をしながら首をかしげる。
救われたのは事実だ。だが一番救われたと感じたのは半年前の婆やが死んだ後である。
婆やが死んだ、悲しい筈なのだが涙は出ない。泣くよりも悲しくて胸に穴が空いた状態からとも言えた。そんな時に手を差し出してくれたのがカレンだ。
『家がないなら一緒に住みません?』
暖かかった。それだけで俺は嬉しかった。
夜遅くまで書類の整理をしていたせいかシディの腹が減る。
「軽食でも作るが、お前は食うか?」
「サンドウィッチ」
「わかった、トマトとハムを挟んだ奴だな」
カレンは頷いて俺は調理場に向かう。
わざわざ軽い料理に魔法を使う気はなく、パンを刃物で切ろうとする。
俺は一人暮らしを始めようと考えてた頃から料理は覚えようと努力した。まあ軽い店を出せるレベルにまで上手くなったつもりだ。
流石俺だ、料理など俺がやれば。
ザクッ、ピュー。
親指が切れた。
「大丈夫ですか?」
カレンはサンドウィッチを頬張りながら心配する。
「魔法で繋げたからな、すぐ治る」
包帯でぐるぐる巻きされた親指を軽く動かして無事アピールをする。
「また調子に乗ってミスでもしちゃったんじゃないんですか?」
図星だった。
「黙って食ってろ」
シディもサンドウィッチを一口入れた。トマトの酸味をハムの塩辛さでうまくマッチングしている。
「やっぱりこのパン美味しいです」
なんだ、その微妙に素材の方を褒めてる感じは。
「作ったのは俺だ」
「知ってます」
嫌味か。
俺はサンドウィッチを食べきった後ベッドに向かってカレンの隣に座る。
そんな動きを見てカレンは俺を見つめる。
「いやらしい目、してます」
「そうか?」
「はい」
今日はノーと言う事か。
さて話題を変えるとするか。何かあったか探っていくと手頃でできたてな話題が思い浮かんだ。
「そういえばヨダ、最近フラれたそうだ」
「ヨダさんがですか?」
「ああ、生真面目すぎて付き合ってられないってな」
「わかる気がします」
「だな」
俺は少し笑った。こいつとはこうやって話してる時が一番楽しいかもしれない。
魔法使いと野獣 6でなしヒーロー @nagosan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔法使いと野獣の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます