善意

 街の噴水広場に猿と共に芸を披露する大道芸人がいた。大道芸人は手にバナナを持ちながら状況を説明する。


「今からピークがバナナを増やして見せましょう、ピーク!」


 ピークという猿はバナナを一本取り、空に放り投げる、するとポポポポポポンと増えてバナナの雨が降る。

 大道芸人がそのバナナを一つ、シディ含めた色んな客に渡す。

 俺は隣の婆やにバナナをあげた。


「シディ坊っちゃん、果物お好きじゃなかったんですか?」


 予想は付いていたがそんな遠慮する態度に俺はため息をついた。


「婆やの為に企画した旅行だ。遠慮するな」


 そう、これは前々から俺が少しでも恩を返したくて考えていた事だ。数年分の溜め込んだ給料で慰安旅行を企画したのだ、溜め込んだ金額でどこへだって旅行できるぐらいには貯金したつもりだ。だが婆やが望んだ旅先はただ変哲も無い、良い点を探すなら治安が良いぐらいしか長所の見つからない街だった。

 高級料理店に行っても代金は婆やが払うと言い出し、あまり恩返しをしている感じはしない。


 芸を披露してる猿はただの猿ではなく魔法を覚えされた特殊な猿で、人間の方が寧ろ猿の補佐に回っているようだった。それに簡単な魔法とはいえ詠唱なしで正確な魔法を発動させてる辺り珍しい猿だ。

 

「さて今回皆さんご注目のピークの分身魔法! 頑張れピーク、これが成功すれば今日のご褒美は倍だ!」


 猿は喜び、拍手してみせた。

 そして目をつぶってウキウキと叫んで見せるが一向に増える気配はない。


「頑張れピーク! お前ならできる!」


 だが気張っていたピークは力が抜けたように肩で息を始めた。客はみな失敗だなと薄々感じていた頃に。


「イアン」


 俺はこっそりと分身魔法をかけた。ピークはもう一人増え、本物は驚いた声を見せた。

 観客の拍手が鳴り響く。


「よく頑張ったなピーク、今日はショーを見て頂きありがとうございました、是非わたくし達のショーが面白かったのならチップを拝借させてもらいたい」


 ピークが一人に戻り、被っていたハット帽子を持ちながら客前を歩いていく。

 小動物が金をせびってるせいか客は可愛さに負け銅貨を帽子に入れていく。婆やも銅貨一枚チャリンと入れた。


「俺がいなかったら失敗してたがな」


 嫌味として言ったつもりだが婆やはふふっと笑った。


 ショーが終わった後は街を散歩したり美味いものを食べ回ったりした。

 たまに服を見たり、婆やにルビーのペンダントをプレゼントしたり、婆やが遠慮してる姿を見せても沢山買ってやった。

 しまいには2体の魔獣を召喚して荷物持ち代わりに使うほどに買い物袋は増えていった。

 俺は楽しかった。

 ただ、婆やは楽しんでくれてるか、俺はそれが一番心配だった。自分で聞くのも少し面倒だがどう言うか考えてた頃に。


「私は坊っちゃんがこんなに尽くしてくれるだけで嬉しいです」


 お見通しだったか、婆やが笑って顔に皺が寄る。

 シディが子供の頃より皺が増えていた。もう80近い年齢なのだ。今でも現役なのがおかしいぐらいだ。

 

「なあ、婆やは仕事を辞めるつもりはないのか? しんどいだろ」


「たしかに、昔より出来る事は減っていきましたけど死ぬまで現役でいられるおつもりです」


「あんな家にか?」


「はい」と躊躇いなく婆やは言った。


「どうしてだ? もう普通に老後の生活を楽しんでもいいはずだが」


「坊っちゃんは私に辞めて欲しいのですか?」


「違う、そうじゃない……」


 いつ倒れてもおかしくない歳なのだ。あんな家で労働するよりはゆったりと本でも読みながら好きな暮らしをしてほしい、婆やがそう暮らせるように俺が手を回すつもりだ。

 爺やは元の体が弱いのもあってか過労で死んだ、だから爺やのような事は繰り返して欲しくない。


「冗談ですよ、ただ辞めない理由を言うなら……」


「?」


「坊っちゃんが元気に育つのを側で見守れれば婆やは充分です」


「もうそんな歳じゃない」


 今は24だ。もう子供じゃない。


「そうですね」


「じゃあ、何かおれに出来ることはないか? 俺は……婆やと爺やのお陰で育ったとも言える、だから恩返しをさせてくれ」


「ただ生きてくれるだけで私は充分です」


「そうか……」


 落胆する俺を見てか婆やは呟いた。


「でしたら、シディ坊っちゃんも家庭を持ってみたらいいんじゃないんですか?」


「家庭? 結婚しろと?」


「無理強いをしてるわけじゃありませんけど最近カレンさんとは上手く行ってますか?」


 最近上手く行ってるかと訊かれると悩む。

 半年前、一度付き合って欲しいと告白して成功か言われると保留され、そこから何度かしつこくならない程度にアプローチをかけると成功した。が、カレンと付き合うと自分の調子がなぜか狂う。

 今まで付き合った事のないタイプの女性か、いや単に自分が惚れ込みすぎて反応に困ってるのだ。付き合えば付き合うほどより恋の沼に堕ちていく情けない腑抜けな俺は泣ける。


 よくよく考えると以前の恋愛は自分は受けで攻める方ではなかった。向こうが付き合ってくれと頼まれればイエスと答える程度だ。


「まあ、適当にな」


 俺は答えをはぐらかすように返したが。


「その様子じゃ上手く行ってなさそうですね」


「かもな」


「坊っちゃまは本音を伝えないからダメなんです」


「自覚はある」


「自覚だけじゃダメなんですよ」


 このまま婆やの説教が始まった。俺が鬱陶しく感じながらも感謝もしていた。


 俺はこの人のおかげで歪まず育って来れた、愚痴を言い合える友人も両親とは違う恋もできた。

 だから本当に感謝をしてる。


 爺やの時は言えなかった事をシディは言った。


「婆や」


「?」


「本当にありがとうな」


「何をおっしゃるのですか、婆やにそんな言葉は値しませんよ」


「いや、本当に感謝してるんだ」


 俺は魔獣を連れて歩き出した。婆やも俺について来る。

 次はどこに行こうか、この街にこれ以上目欲しいモノはあったか。

 俺は笑った。



 婆やは数ヶ月後、今宵78で亡くなった。

 俺は家に執着する理由は無くなった。








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