第31話負けられないこと

 隊長Zが自分を取り囲んだ怪獣全てを屠ったとき、聖女xは逃げたものだと思っていた。だが、聖女xはまだその場にいた。そのことが、隊長Zには不思議であった。


「……どうして逃げなかったんだい?」


「手なずけた怪獣が殺されては、私にできることなどありませんわ」


 聖女xは、ため息をついた。

 無念が混ざった、ため息であった。


「貴方には一生分からないでしょうね。繁殖のために閉じ込められる女の気持ちが」


 隊長Zと少女yは、その言葉にそれぞれ違う思いを抱く。


 聖女xは、博士Bを殺害しプロジェクトzに生殖能力がないことを隠蔽しようとした犯罪者である。さらに少女yに、逃走したプロジェクトzを拘束させようとした。プロジェクトzに、生みの親である博士B殺人の罪を着せて。プロジェクトzのことが隠蔽されたままになっていれば、少子化に悩む少女yたちの種族は致命的なダメージを受けたであろう。だが、それによって女性たちの自由は守られたはずである。


「聖女x……貴方の気持ちはよくわかります。むしろ、貴方を尊敬します……私には選択できなかった。貴方の考えか、隊長Zの命令か」


 少女yは、プロジェクトzを棄てた地球を見つめる。


「私は、何も選べませんでした……それは、間違うことよりも恥じるべきなのかもしれません」


 自分が選ぶべき未来の決断を、他人に委ねたことを少女yは恥じた。


「人を殺すよりも、良いことだと私は思うよ」


 隊長Zは、そう呟く。


 だが、少女yは首を振った。


「いいえ、これは私たちの未来の話です。だから、私は決断するべきだった。今も、私は何を決断すべきだったのか分かりません。今でさえ、時間が過ぎてしまえばいいと思います。時間が過ぎて、私の決断など意味を成さないぐらいに――この問題から遠のくことが出来ればといいと思っています」


 少女yの言葉を聞いた、聖女xはため息をついた。


「私の敗因は、次世代に自由の希少さを伝えられなかったことにあるのかもしれませんね」


 聖女xは、隊長Zを見つめる。


「自由というのは、他人にいとも簡単に奪われてしまう。自分と同胞の自由は、他人を傷つけてでも確保しなくてはならないということを……私は伝えることはできなかった」


「博士Bにもそのことを話したのかい?」


 隊長Zは尋ねた。


 聖女xが殺した同胞の最後を知りたい、と望んでいるかのようだった。


「博士Bは……私が目の前に現れた時点で、私の考えなど見透かしているようでした。博士Bは「それでいい、生命と言うのは自由を求めるものだ」と言ってました。彼は、自由のための闘争を肯定してたのでしょう」


 違う、と隊長Zは呟く。


「博士Bは、そんな意味でその言葉をいったのではないと思うよ。博士Bとは長い付き合いだけれども、彼は聡明だけどそんな優しさは持ち合わせてはいなかったよ。彼は思いやりを持つのは、自分と同等だと相手を認識したときだけだよ」


 隊長Zは、はっとした。


 そして、地球を見つめた。


「そうか……博士B。君は、そういうふうにプロジェクトzを思っていたのか。ああ、まったく。君って、奴は」


 隊長Zは、どこか楽しそうに笑った。


 聖女xも少女yも、どうして隊長Zが笑うのか分からなかった。


「プロジェクトzの自由を、きっと博士Bだけが信じていたんだね。自分が死んでも、プロジェクトzは自分の意思で自由になると」


 ただし、それは誰かを害する自由ではないと隊長Zは言った。


 父親である隊長Zには、プロジェクトzがどのような選択をしたのか理解した。

 いいや、違う。

 彼だけが、感じていたのだ。


「名も無き地球人と共に生きるための自由を私たちの娘は選んだ。私たちの種族が探しえなかった三つ目の道を彼女は選んだ。これは、誇るべきことだね」


 隊長Zは、聖女xを見た。


「私は……星に戻れば殺されるでしょうね」


「そうかもしれないね。でも、君が殺されれば女性たちの自由が危うくなる……プロジェクトzのように他の道を模索できるように――君の処刑には抗うつもりではあるよ」


 少女xは、驚いたように隊長Zを見つめた。


「いいのですか?私は自由のために貴方の大切な人を殺したのですよ」


「だからといって、三つ目の道を模索しないのは私が娘に負けたことになる」


 隊長Zは、そう呟いた。


「隊長Bは、自らの自由を求めつつも他者と共存できるプロジェクトzを作った。そして、プロジェクトzはそれに答えた。私たちは、それを超える種族でなければならないんだろうね」


 彼女を閉じ込めることは無理だ、と隊長Zは言った。


 隊長Zは、聖女xを拘束する。


 そして、少女yに命じた。


「少女y。君に頼みたいことがある」

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