第30話二人の決断


 青谷は、目を開けた。


 そこにあったのは、怪獣であった。街を破壊する、とても大きな怪獣。その怪獣を青谷は見つめていた。視点は、自分ではありえないほどに高い。その高さは、プロジェクトzの飛行を使わなければありえない視点であった。


「プロジェクトz……」


 いつものように青谷が、プロジェクトzの肉体を使っているような状態。まるで、青谷自身がプロジェクトzの魂を使って生き返ってしまったようであった。


「おい……プロジェクトz」


 悪い予感がよぎる。


 プロジェクトzは、死んでしまったのではないだろうかという予感。


「生きているわよ、馬鹿!」


 そんなとき、意外なほどに元気なプロジェクトzの声が聞こえた。その声に、青谷はほっとする。まだ怪獣は存在しているのに、彼女の声一つで全てが安心してしまった。


「貴方は、死に掛けていたの。本当に、本当に、あと数分で命がなくなってしまうところだったのよ」


「だから……おまえは、俺を使ったのか」


 使って、生まれてきてくれたのか。


 青谷の言葉を、プロジェクトzは否定する。


「いいえ。私は、出来る限り貴方も生かしたかった。生かして、一緒に生きたかったの」


 プロジェクトzは、青谷と一体化した。


 青谷の意識はなく、プロジェクトzは簡単に青谷の肉体を乗っ取ることができた。そして、プロジェクトzは本来の自分の姿になることで、青谷の肉体を無理やり癒した。


 肉体の傷は癒えても、死に掛けた青谷の精神まで癒すことはできない。


 プロジェクトzは、自分の肉体に青谷の意識を寄生させた。それは、自分が青谷の肉体に寄生したときと同じ方法であった。しかし、青谷はプロジェクトzのように人格をスマホと人間の脳の二つに分けて保存することはできない。だから、プロジェクトzは選んだのだ。


 プロジェクトzは、自分の半分を明け渡した。


 肉体の主導権を握ってしまったプロジェクトzは、自分の人格の半分をスマホに保存することはできない。だから、自分の半分を棄てたのだ。


 青谷を受け入れるために。幸いなことに、青谷の精神も半分は死んでいた。だから、なんとか一つの体に二つの精神が入ることができたのである。


「おまえは……生まれたかったんじゃなかったのか?」


「ええ、そうよ。だから、生まれたじゃない。貴方と私は一つになって、新しく生まれたじゃない!」


 青谷の意思に反して、プロジェクトzの肉体は動き出す。


 自分とプロジェクトz、二つの意識が肉体を動かしているのだと青谷は感じた。


 青谷は、気がついた。


 プロジェクトzの肉体は、わずかに成長していた。手足が伸びて、指も細くなり、何だか雰囲気もわずかに大人っぽくなっているような気がした。きっと彼女が成長したら、こんな姿になっていたのだろうという姿であった。


「おまえ……大人になったんだな」


 青谷は、呟く。


「違うわよ。私たちが新しく生まれた、姿よ!」


 プロジェクトzは、拳に傷をつける。


 そこから零れ落ちる血で作り出されるのは、剣である。


「さぁ、戦いましょう」


 プロジェクトzは、そう呟いた。


 青谷は、プロジェクトzの戦いを見ていた。怪獣に近づくごとに、プロジェクトzの肉体は大きくなっていく。成長ではなく、巨大化していく。


 プロジェクトzは、自分たちの本来の肉体のサイズは地球人のものよりもずっと大きいと言っていた。恐らくは、そのサイズに近づけていたのだろう。


「怪獣は、この一匹ではないようね。急ぐわよ」


「どうして、おまえがそれを知ってるんだ!」


 青谷には、プロジェクトzが笑ったように感じられた。


「あなたの聞いた情報、感情が全部わかるわ。インターネットとの繋がりは切れたけど、あなたとの繋がりは強まったせいよ」


 青谷は、石田から各地に出現した怪獣のことを聞いていた。


 だから、それがプロジェクトzにも伝わったのであろう。


 プロジェクトzは、巨大な怪獣とほぼ同じ大きさになっていた。


 知能を持たない怪獣でも、プロジェクトzが脅威だと理解したようであった。プロジェクトzは、地面を踏みしめる。たったそれだけで、地面が大きく凹んだ。


 足元から、人々の悲鳴が聞こえる。


 それで、青谷は理解する。


 少女yもプロジェクトzも、本来の大きさでは戦わなかった。それは、この大きさでは周囲に被害を出してしまうからであった。だが、プロジェクトzはその禁を破った。


 多数の怪獣と戦うために、本来の姿でなければならないと考えたのであろう。


 プロジェクトzは怪獣の首を狙って、剣を振るう。


 だが、怪獣はそれに抵抗するようにプロジェクトzの腕を掴む。プロジェクトzは剣で怪獣を狙うことを諦めて、怪獣の脳天を蹴り上げた。


 怪獣は泣き声を揚げながら、後ろ向きに倒れる。


 街が怪獣の下敷きになって、つぶれる。煙と破壊音と聞こえないはずの悲鳴が、青谷の耳に届いた。


 プロジェクトzは、怪獣に圧し掛かる。そして、怪獣の動きを止めると、その喉をかき切った。生々しい感触が、青谷の手にも伝わる。

まるで、自分自身が怪獣を屠ったようだった。


「これから、別のところにいる怪獣も倒しに行くのか?」


 青谷は尋ねる。


「ええ。私は、もう地球人だから」


 青谷と同化したプロジェクトz。


 だから、彼女はもう自分は地球人なのだという。なんだか乱暴な理論であったが、それもプロジェクトzらしいと青谷は思った。


「アイタニ――貴方に覚悟はある」


 プロジェクトzは、尋ねる。


「私と一緒に……貴方の妹を殺した世界を守る覚悟はある?」


 「もしもないなら、貴方の望みは私の望み」とプロジェクトzは言う。


「私は、貴方の敵を倒せるわ」


「前にも……話したろ」


 プロジェクトzに人殺しはさせない。


 たとえ、妹を殺した人間たちを守ることになってでも――プロジェクトzに人殺しはさせない。それが、揺るがない青谷の信念であった。


「分かったわ。それが、貴方の決断なのね」


 プロジェクトzは、空を見つめた。


「いいえ、私たちの決断だったわ」


 彼女たちは、空に飛び上がった。

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