第29話誰かに救われたかっただけ
誰かを救うことは立派だから、救わなければならないと思った。
青谷は妹が死ぬまで、そう思っていた。
そして、成績も良かったので医者を志すことにした。誰かを救いたいと思ったこともあったが、それよりも誰かを救うことは立派だからやらなければならないという義務感のほうが強かったように思える。
つまりは、人を救えるならば何でも良かったのだ。
そのなかで、医者が一番社会的地位が高いように思われた。
だから、目指した。
幸いにして、勉強はできたほうだった。
医大も合格可能なレベルの学力で、親もそれを誇りに思っているようだった。石田と仲が良かったのは、志望校が同じからだった。石田も合格は確実な成績であったから、ライバルという感覚は全くなかった。そもそも石田のゆるい性格が、そういう言葉を思い起こさせなかった。
だが、妹の未来が死んだとき考えが変った。
妹の未来は、虐めによって命を絶った。そのとき、初めて青谷は理解した。医者になるとは、つまりいつかは救わなければならないということである。妹を殺した相手の命でさせ、平等に救わなければならない職業なのである。
青谷は、夢を諦めた。
いいや、それぐらいで手放した夢だったのだから夢ともいえないものだったのかもしれない。
夢をなくした青谷は、大学を受験しなかった。学校の教師には何度も大学に行くように説得されたが、大学にいっても無気力な毎日を送る自分しか想像できなかった。それぐらいならば親元を離れて、生きるためにアルバイトをしながら生活する日々のほうが健全だと思った。両親も反対はしなかった。思えば、彼らも疲れていたのかもしれない。
誰かを救わない、という覚悟を持った生活は楽だった。
そんなとき、プロジェクトzに出会った。
彼女にならば、自分の命を差し出してもかまわないと思った。命に執着はなかったし、プロジェクトzは命に対して執着していた。ならば、プロジェクトzが使うのが正しいと思った。
だが、彼女と過ごしているうちに考えが変ってしまった。
楽しかったのだ。
飾らずに喋るプロジェクトzとの日々が、とても楽しかったのだ。彼女と共に生きたいと思ってしまった。
だから、失ったとき全てのことに対して絶望した。
どうにでもなれ、と思った。
けれども、石田を庇った理由は違う。どうにでもなれ、と思ったからではなかった。プロジェクトzならば、助けると思ったのだ。だから、自分も助けなければならないと思った。
だから、庇ったのだ。
こんな気持ちは、久しぶりだった。
心の底から誰かを助けたい、と言う気持ちはとても久しぶりだった。
「プロジェクトz……俺は後悔していない。おまえに、命をやれないことだけが後悔だけど」
――諦めてるんじゃないわよ!
プロジェクトzの声が聞こえた。
「プロジェクトz……」
一体、どこから聞こえてくるのか分からない。
けれども確かに、はっきりと聞こえるのだ。
「貴方は殺させない、絶対に。だって、貴方と一緒にいたいから」
プロジェクトzの言葉に、青谷は嫌な予感を覚える。
やめろ、と青谷は呟いた。
「プロジェクトz、なにをする気だ!おまえが、危ない目にあうことを俺は望んでない」
助けられたい、とは思っていないのだ。
もう青谷は、プロジェクトzに助けられている。
プロジェクトzがいたから、一緒に生きたいと思うようになった。彼女がいたから、毎日が楽しかった。
もう何も望んでいない。望んでいないから、自分のことは放って置けばいいのだ。
「嫌よ」
プロジェクトzは、呟く。
「私は、貴方と一緒に生きたいの!!」
目の前が、明るくなった。
青谷は、今まで自分が暗いところにいたことに気がついた。
視界が明るくなったとき、最初に見たのは怪獣だった。自分を刺した怪獣ではなくて、街を壊していた巨大な怪獣である。
「プロジェクトz……」
体は動かせない。
きっとプロジェクトzが体の主導権を握っているのだろう。不自由な感覚が、青谷にはとても愛おしかった。
「戻ってきたんだな、本当に」
大丈夫なのか、と青谷は問いかける。
「大丈夫じゃないのは、貴方のほうでしょう。なに、大怪我しているのよ」
青谷は、プロジェクトzが深呼吸するのを感じた。
生まれていないプロジェクトzは、呼吸などはしない。けれども、今彼女が息を吸ったことを感じる。
「青谷、死ぬ気だったでしょ」
プロジェクトzの言葉に、青谷は咄嗟に「違う!」と叫んだ。
「おまえの真似をしたかっただけだ。おまえみたいに、誰かを救いたいと思っただけだ」
「私……誰かを救ったっけ?」
プロジェクトzは、不思議がっていた。
ああ、自覚なんてなかったんだなと青谷は思った。けれども、それがとてもプロジェクトzらしかった。
「おまえは怪獣を倒して、たくさんの人を救っただろ。そして、なにより俺が救われたんだ」
彼女には伝えないが、プロジェクトzと共に生きたいと思ったのだ。
それだけで、十分に青谷は救われた。
あとはもう、プロジェクトzが自由に生きるべきだ。
「嫌よ」
まるで、考えを見透かしたようにプロジェクトzは呟く。
「貴方は私と一緒に生きるの。私が、それを決めたの」
逆らうことは許さないから、と女王様のようにプロジェクトzは語る。
青谷には、それが強さのように思われた。
どんな逆境にも負けない強さ。
そんな強さは青谷も妹の未来も持っていなかった。
「アオタニ……私と一つになってくれる?」
プロジェクトzは囁く。
その言葉には、恐れなど全くなかった。
プロジェクトzは、心の底から何かを信じていた。その強さに負けた青谷は頷く。
「俺は、おまえに生まれて欲しい」
私も――とプロジェクトzの声が響く。
「私も、アオタニと一緒に生きたいの!」
青谷は、はっとする。
プロジェクトzが、目の前にいた。透明感のあるブルーの肉体。男とも女とも付かないユニセックスな体つき。表情が読めない目も口もない顔ながら、どこか幼い雰囲気が漂う。
プロジェクトzは、青谷に手を差し伸べる。
その手を青谷は、掴んだ。
拒むことは許さない、というプロジェクトzの意志が感じられた。
拒もうとは、青谷は考えていなかった。
生きたい、と思った。
プロジェクトzと共に生きたいと思った。
繋がりあった掌の冷たいとも暖かいとも言えない体温。その体温に、溶けると思った。青谷は解けて、プロジェクトzのなかに入っていくと思った。
「違うの」
プロジェクトzは、否定する。
「私たちは一つになるの。どちらかに吸収されるのではないの」
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