第28話キーワードは大嫌い

 プロジェクトzは、機械のなかに閉じ込められていた。


 青谷のスマホのなかにいたときのように、ネットと繋がることもできない。完全に外界から遮断され、外で何が起こっているのかを知ることはできない。


 それでも、聞こえたような気がした。


「助けてって」


 誰かが、助けを求めている。


 そして、プロジェクトzにしか助けることができないと思った。


 あの時、と同じである。


 青谷を見つけたときも、プロジェクトzは聞いたような気がしたのだ。誰かの声で「助けて」という叫び声が聞こえたような気がしたのだ。


 記憶違いでなければ、その声は女の子のものだった。


 その声にしたがって飛んだとき、そこにいたのは青谷だった。まだ、強盗に襲われる前の青谷。助けを求めているようには思えない青年だった。


 けれども、プロジェクトzは青谷にとりついた。


 今になって思えば、プロジェクトzを導いたのは青谷の妹の残留思念だったのかもしれない。他の人間には聞こえなかった声が、実態を持たないプロジェクトzだけには聞こえたのかもしれない。


 青谷の妹は死んでもなお、兄を助けてくれとプロジェクトzに願った。


 けれども、今のプロジェクトzではなにもできない。


 彼女を閉じ込める檻の鍵は、プロジェクトzでは口に出来ない言葉だ。だからこそ、プロジェクトzは一度もその鍵となる言葉を口に出したことはなかった。


「助けて、って聞こえてるのに何も出来ない。何も……」


 どうして、こんなにも無力なんだろうか。


 自分は、成長すれば最も強い生物として作られたはずなのに。


 こうやって管理されるなんて、とても弱い存在ではないか。


「私は、弱い……博士Bよりも、隊長Zよりも弱い」


 強くありたいのに、強くはあれない。


 プロジェクトzは、その事実に歯噛みする。


「強くなければ守れないのに……守れないのに!!」


 プロジェクトzは、まだ生まれていない。


 だから、すべての生命を尊敬している。


 なぜなら、自分には持っていないものだったから。


 


 だから、守りたいと望んでいたのだ。




「こんな自分なんて大嫌いよ!!」


 プロジェクトzは、叫ぶ。


 その叫び声と同時に、真っ暗な世界が明るくなった。プロジェクトzを閉じ込めていた檻の鍵が外れたのである。外に向って開かれた扉に、プロジェクトzは呆然とする。


「どうして……」


 プロジェクトzには、驚いていた。


 檻の鍵となる言葉が言えないように、プロジェクトzは設定されていたはずである。なのに、プロジェクトzは鍵となる言葉「大嫌い」が言えた。


「どういうことなの……」


 戸惑っていたプロジェクトzだが、はっとする。


 最初から、プロジェクトzに鍵が言えなくなるなど設定などされていなかったのだ。された、と思い込んでプロジェクトzは言葉を言おうともしなかった。だから、鍵はかかったままだった。だが、今鍵は外れた。


「博士B……」


 プロジェクトzは、虚空をにらみつける。


 だが、声はどこか弾んでいた。

 自分を閉じ込めようとしていたくせに、その設定をしなかった親を思ってプロジェクトzは叫ぶ。


「博士B……貴方なんて、大嫌い!性格が悪すぎるわ」


 なぜ、博士Bはプロジェクトzの鍵となる言葉を言えないようにしなかったのか。ただ思い込ませただけにしたのか。


 飛び出していけ、と言われているような気がした。


 外の世界を望むならば、外に飛び出さなければいけない理由があるのならば、何にも縛られずに外に行けと言われているような気がした。なぜならば、自分を閉じ込めている檻も所詮は思い込みでしかないのだから。


「博士B――本来ならば、私の母親になるはずだった人……」


 プロジェクトzは、死人に思いをはせる。


 彼は、プロジェクトzを愛していたのだろうか。


 愛してはいたのだろう、とプロジェクトzは思う。

 彼は、プロジェクトzが外に逃げ出せる隙を作った。たった一度しか喋らなかった相手が自由にできる隙を作るなんて、愛情でしかないとプロジェクトzは思うのだ。なにせ、プロジェクトzは博士Bが死んでも死ななくとも消去されるか凍結される可能性が高かった。だから、博士Bはプロジェクトzに逃げ道を作っていたのだ。


「大嫌いだけど、大好きよ」


 プロジェクトzは、機械のなかから飛び出す。


 1と0の世界の住人であるプロジェクトzは、自分自身の維持のために自分が入れる機械を探す。そのとき、見つけたのは青谷だった。近くには怪獣と石田がおり、怪獣が青谷を傷つけたのは一目瞭然だった。


「私が閉じ込められている間に何があったのよ!」


 プロジェクトzは、周囲を見回す。


 彼女以外に戦えるような者はいなかった。プロジェクトzは、素早く青谷のなかに入った。もはや青谷の意識はほとんどないに等しく、プロジェクトzのすべてを青谷の肉体は受け入れることができた。死にかけているのだ、とプロジェクトzは理解する。


「なによ、これ……すごく痛い」


 プロジェクトzは、青谷の体で起き上がろうとする。


 だが、体の重みと痛みがプロジェクトzを襲った。


「そうそう、刺されるってこんな痛みなのよね。忘れてたわ」


 傷口を押さえるプロジェクトz。


 その様子を見ていた石田は声を上げた。


「プロジェクトz!おまえ、戻ってきたのか」


「そうよ。っていうか、どうしてアオタニが死に掛けているのよ!」


 まったく、とプロジェクトzは立ち上がる。


 青谷は気を失っており、プロジェクトzも生身の体に慣れてきていた。だから、青谷の体もそれなりに自由に扱えた。


「こんな状態だったら、私のほうの体に戻ってもいけそうよね」


 傷も治るかもしれないし、とプロジェクトzは呟く。

 試したことはないが、プロジェクトzの肉体に変化するとき肉体の構造は大きく変化する。その変化の過程で、傷が治る可能性が高かった。


「何をする気だ?」


 石田は、尋ねる。


 プロジェクトzは、青谷の体で笑った。


「戦うのよ。戦って、守るのよ」


 それが、とても簡単にできるプロジェクトzは笑う。


「青谷も、地球もピンチなんでしょう。ならば、戦って両方を守ってやるのよ」


 石田は、プロジェクトzから目をそらした。


 悔しいと思った。


 石田は戦えないから、誰かのためにとても簡単に戦えるプロジェクトzが羨ましいと思った。


「俺たちを恨まないのか?」


 石田は、プロジェクトzに尋ねる。

 少女yと共に父親に差し出した自分たちを恨まないのか、と石田は言ったのだ。


 プロジェクトzは、青谷の肉体で歩き出していた。


 一歩ごとに、青谷の肉体は変化した。


 まずは、体色が透明感のあるブルーに。髪の毛はなくなり、顔は表情が読むことが出来ないのっぺりとしたものに変る。


 プロジェクトzが、本来なるべき姿へと変化する。


「恨まないわ。この世に生きている生命全てを私は恨まないわ。だって、生命は私の憧れ!目的の違いで争うことになっても、憧れの相手をどうして恨むことができるの?」


 プロジェクトzの肉体に変化したせいなのか、青谷の肉体の傷は消えていた。


「誰も恨まないなんて……おまえにはヒーローの素質があるな」


 皮肉げに、石田は言う。


 違うわ、とプロジェクトzは答える。


「私は、ただ焦がれているだけ。貴方たちが、私を焦がれさせているだけなのよ。ええっと、何が言いたいかというとね」


 プロジェクトzは、少しだけ悩む。


 そして、晴れやかに答えた。


「私にここまで憧れを抱かせた、貴方たちが凄いのよ!」


 だから、守りたかった。


 プロジェクトzはそう語って、飛び出した。

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