第26話選択なき選択

少女yは、プロジェクトzが入ったスマホを隊長Zへと渡す。


 彼女は、地球を離れていた。


 プロジェクトzを回収した今となっては、少女yは地球に用事などない。聖女xより命令された事柄は、完了している。プロジェクトzを受け渡す相手は、当初と違っていたが。


 これが正しいことである、と少女yは思い込もうとする。聖女xは尊敬に値する相手だが、隊長Zのほうが各上である。さらに、聖女xは隊長Zに黙ってプロジェクトzを探す命令を下していた。なにかしら、裏があったことは間違いない。


 少女yは、聖女xに利用されたのだ。


 だから、ここでプロジェクトzを引き渡して全てのことがらに知らん振りをするのが自分自身の保身のためにはいいかもしれない。少女yは、自分自身にそう考えることを課していた。


「ありがとう。とても、助かったよ」


 隊長Zは、プロジェクトzが入った機械をそっとなでた。


 まるで、彼女のことが愛しいとばかりに。


「……プロジェクトzを保護するんですよね」

 少女yは、最後に確認する。


「ああ、彼女は地球にあってはいけない技術だ。自分で思考するプログラムなんて、この地球の技術では先に進みすぎている」


 たしかに、そうである。


 プロジェクトzは、そこにいるだけで地球になんらかの影響を与えかねない。


「星に持ち帰るよ。この中にいれば、彼女は外に出られない。自分では、解除のためのコードを入力できないからね」


 生まれていないプロジェクトzに寿命という概念はない。


 隊長Zは、消滅するまでプロジェクトzを閉じ込めているつもりなのだろう。


「それを渡してもらえませんか?」


 少女yは、振り返る。


 そこにいたのは、聖女xがいた。


 紫色の美しい肉体の聖女x。優しげな雰囲気に、少女yは思わず逃げ出したくなった。少女yは、心から聖女xを尊敬していた。だが、少女yは聖女xを保身のために裏切ろうとしていた。それが、たまらなく恥ずかしい。


「聖女xだね。プロジェクトzは、知っちゃいけないことでも知っているのかい?」


 隊長Zの言葉に、少女yははっとする。


 プロジェクトzを証拠だと思っているのだ。


 隊長Zは、聖女xが博士Bを殺した証拠がプロジェクトzが記憶していると思っているのである。


「プロジェクトz自体が私――いいえ、私たちにとって不利益なんです。その子は、男性が女性化して生まれた子供のシュミレーションですが……プロジェクトzには生殖機能がありません。このことが知られれば、男性が女性化する計画自体が破綻するでしょう。そうしたら、女性はまた星の外には出て行けなくなってしまいます」


 そんなの悲しいでしょう、と聖女xは言う。


「だから、プロジェクトzは消去すべきなのです。彼女の存在が世の女性を不幸にします」


「……不利益をこうむる実験権だから、消そうというわけだね」


 隊長Zは、ため息をついた。


 だが、少女yには聖女xの気持ちのほうが分かった。それほどまでに、プロジェクトzの存在は少女yのような女性にとっては不利益な存在だった。


 博士Bの研究は、人口を増やす有効的な手段だと思われていた。だが、男性が女性化して生まれるプロジェクトzはその役割を果たさない。女性は、昔のように星から出れない存在となるかもしれない。それほどまでに、少女yの故郷の少子化は深刻だった。


「博士Bも君が殺したのかい?」


 隊長Zは尋ねる。


「ノーコメントです。ですが、隊長Bは非戦闘民です。戦闘員である私よりも弱いので、簡単には殺せるでしょうね」


 聖女xは、そう答えた。


 明確には答えていないが、まるで博士Bを聖女xが殺したような口ぶりである。


「命の償いは、命でしか償うことはできないよ。君は、それを知っているよね?」


「ですから、私は殺していないと言っているでしょう……ああ、でも」


 これから殺すかもしれませんが、と聖女xは微笑む。


「何を……」


 隊長Zの言葉が途切れる。


 怪獣の角と思われるものが、隊長Zを貫いていた。


 少女yも隊長Zも、その光景に呆然とする。


「君は……まさかスペース・ビーストを飼いならしていたのか」


「地球風にいうと怪獣らしいですわよ」


 聖女xの武器である槍が、隊長Zの胸を貫く。


 隊長Zは武器の剣を自分の血で発生させ、聖女xに突き刺そうとする。だが、槍と剣ではリーチが大きく違う。さらに隊長Zの肉体を突き刺していた怪獣が、大きく頭を振った。頭の角に突き刺されていた隊長Zの体が、大きく振り払われる。


「聖女x!」


 隊長Zは叫んだ。


「私を敵に回す気だね。……悪いけど、本気でやらせてもらうよ」


 隊長Zは、自分を後ろから突き刺す怪獣を蹴った。その拍子に、隊長Zの肉体から角が抜ける。隊長Zは、振り向きざまに怪獣を切り刻んだ。その姿に、少女yは恐ろしくなった。隊長Zが、戦う姿を見たのは初めてだった。


 その実力は、他の追随を許さないことは話しでは聞いていた。


 そして、実際に隊長Zの戦いをみた。


 想像以上であった。


 隊長zは、瞬きする間に怪獣を倒していた。


「弱すぎるよ」


 隊長zは血を流しながらも、聖女xを見つめていた。


 だが、聖女xは慌てることはなかった。


「貴方を倒すために用意した怪獣が一匹だと思いますか?」


 聖女xの言葉と共に、怪獣たちが隊長Zを取り囲む。


 隊長Zは、舌打ちをした。


 怪獣の数は、十匹以上である。隊長Zはすでに体調たちを切り伏せ始めていたが、切っても切っても怪獣たちは現れ続ける。まるで、隊長Zの体力の限界を狙っているかのようであった。


「ここまで怪獣を手なずけるとは……いくら私でも危ないかもしれないね」


 隊長Zは、少女yのほうを見た。


 少女yは、体を硬直させる。


「あとは、頼んだよ」


 隊長Zはそう言って、少女yにプロジェクトzが入った機械を投げた。


 少女yは、それを受け取る。


「それをこちらへ」


 聖女xは、少女yへと手を伸ばす。


 少女yは、迷った。


 何が正しいのか分からないのか。


 聖女xに、プロジェクトxを渡すことが正しいのか。


 渡さないことが正しいのか。


 渡せば、少女yの自由は守られる。だが、その果てにあるのは一族の破滅だ。子孫を残せない子供が増えることで、少子化に襲われている少女yの惑星には止めが刺されるであろう。だが、プロジェクトzを聖女xに渡さなければ、少女yは惑星の外には出られなくなるかもしれない。ただ子孫を残すことだけを望まれる人生になるかもしれない。


 惑星の未来を選ぶべきか――。


 自分の自由を選ぶべきか――。


 少女yには、あまりにも重過ぎる選択であった。


「プロジェクトz……この選択は私には重過ぎます」


 あなたのようになれればよかった、と少女yは念じる。


 プロジェクトzのように物語の根幹いながらも、選択を迫られない位置にいたかった。


 だが、焦がれても少女yはプロジェクトzにはなれない。


「渡しなさい」


 聖女xは、少女yに近づこうとする。


 少女yは、プロジェクトzの入った機械を握り締めた。


「私……ズルイ」


 少女yは、プロジェクトzの入った機械を地球に向って投げた。少女yは、自分で選択することを諦めたのだ。地中に落ちた衝撃でプロジェクトzの入った機械が壊れるかもしれない。そして、もしかしたら壊れないかもしれない。どちらでも、少女yには良かった。自分が重大な選択をしなければ、なんでも良かった。


「少女y!何を考えているだい!!」


 隊長Zは、叫ぶ。


「私には、無理です……」


 少女yは、力なくつぶやく。


「私は……あなた方とは違うんです。自分で、責任ある選択なんて出来ません」


 プロジェクトzの入った機械を追うように、怪獣が地球へと降りていく。


 少女yは、その怪獣たちを止めようとした。


「聖女x。地球には、未発達の文明があります!こんな怪獣たちに襲われたら、滅びてしまいます!」


 だが、聖女xは少女yの言葉には答えなかった。


 少女yは、地球を見た。


 あそこには、石田もいる。少しの間だけ同居させてもらっていた青年のことが、少女yの脳裏によぎった。彼の身を守るものはいない。怪獣が地球に落ちたら、石田は確実に死ぬだろう。だが、少女yでは怪獣の動きを一匹止めるので精一杯だ。


 少女yの隣で、怪獣たちが地球へと向っていく。


 自分では止められない災厄を少女yはただ見ていることしか出来なかった。


「このぉ!!」


 少女yは叫ぶ。


 そして、自らの手を傷つけて棒を取り出した。


 その棒で、怪獣を殴りつける。


 だが、今まで相手にしてきた怪獣と比べものにならないくらいに相手の怪獣は固い。少女yの力では、すぐには突破できない。


「プロジェクトz……」


 少女yは、願うように呟いた。


 石田の安全を守れるのは、もはや地球に落ちたプロジェクトzだけだった。彼女が無事であるという保障もなかったが、もはや頼れるのはプロジェクトzしかいなかったのだ。


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