第24話さようなら、非日常

青谷が、意識を失った。

 プロジェクトzが、青谷の意識を乗っ取ったからである。こうなれば、青谷の肉体はプロジェクトzのものだ。


 プロジェクトzは、物に掴まって立ち上がる。生身の肉体の間隔にも、ここ最近で随分と慣れたような気がした。前はハイハイしかできなかったので、着実に進歩しているのは間違いない。

「でも、急がないと……」

 地球に亡命してきたとき、誰かが自分を追ってくるとは考えていなかった。少女yが目の前に現れた時には、そのせいで驚いてしまった。

 自分は、博士Bが生み出した失敗作のはずである。

 いや、ある意味では成功作品ではあるのだ。

 プロジェクトzには、生殖能力がない。

 それはすなわち、博士Bが研究していたテーマの答えでもあった。女性化した男性が子供を産んだとき、その子供はどのように育つのか。博士Bは、そのシュミレーションをするためにプロジェクトzを作った。

 そして、女性化した男性が生んだ子供は生殖機能を持たないことが分かった。つまりは、博士Bの研究は人口問題を解決しないのだ。

 つまり、プロジェクトzは母星の人間には役に立たない存在なのだ。

 なのに、彼らはプロジェクトzを追ってきた。博士Bが殺害されたせいもあるだろう。博士Bについては、プロジェクトzは多くを覚えていない。ただ、研究所を出るまでは博士Bだけしかプロジェクトzは知らなかった。

 博士Bからしてみれば、プロジェクトzはただのデータであったのだろう。言葉を交わしたのは、一回だけであった。

 博士Bは、プロジェクトzを見たときにこう呟いた。

 「小さいな」と。

 たった一言であった。

 プロジェクトzは、そのとき反発心を抱いた。小さいといわれたとき、自分の産みの親である存在に舐められていると思ったのだ。

「いつか大きくなってやるわ!」

 とプロジェクトzは叫んだ。

 生物であるプロジェクトzは、生長しない。大きくなることはない。そのとき、プロジェクトzは初めて生まれたいと思った。生れ落ちて、博士Bを見返してやりたいと思った。

 だから、プロジェクトzは逃げ出した。

 箱のような檻――プロジェクトzのデータを記録、保存していた機械のなかからネットワークを通じて脱出してやったのだ。普段ならばパスワードでロックされていたはずの檻だが、プロジェクトzが逃げ出したときはロックが外れていた。

 プロジェクトzには、絶対に自分では解除できないワードのロックが存在する。それはつまり、プロジェクトzが口に出せない言葉でもある。博士Bは、それを使ってプロジェクトzを管理していた。あのパスワードを知る者は、博士Bしかいないと思っている。プロジェクトzは、自分と博士Bは絶対に似た性格だろ思っている。プライドが高くて不遜。そんな人間が、自分の研究成果を管理するためのワードを他者に教えるとは考えられない。

「隊長Zまで、出て来るのは本当に予想外だったわ」

 自分の父親として設定されてはいたが、隊長Zは自分のことを知らないのではないかとプロジェクトzは疑っていた。そして、そのほうがプロジェクトzには都合が良かった。隊長Zが出てきたら、いくらプロジェクトzでも勝ち目がない。

 プロジェクトzは、着実に生身の肉体に慣れている。

 青谷もプロジェクトzの肉体に慣れ始めている。

 このままいけば、確実にプロジェクトzは青谷の肉体を乗っ取ることができるだろう。そのとき、プロジェクトzはようやくこの世に生れ落ちることができる。自分を作り出した、博士Bを見返すことができるのだ。

 プロジェクトzの目に、つけっぱなしのテレビの画面が映った。

 新商品のプリンのCMである。いけ好かない石田が好むデザートなんて好きにならない自信があるが、あのプリンだったらアオタニと一緒に買いに行ってもいいかもしれない。プロジェクトzはものを食べる必要なんてないが、お祝い時には美味しい食べ物を食べるのが地球流らしい。だが、そのときにプロジェクトxは気がつく。

「私が生まれたら……アオタニはいなくなるんだ」

 頭では、理解していた。

 だが、それがどういうことなのかプロジェクトzは考えていなかった。この世で一番近しい人間を犠牲にしなければ、自分は生まれることはできない。

 プロジェクトzは、ようやくそのことに気がついた。

「――……やだよ」

 プロジェクトzは、呟く。

「アイタニと喋れなくなるの嫌だよ……でも、このままも嫌。私もちゃんと生まれたい」

 ただ生まれる為だけに、プロジェクトzは逃げ出してきた。

 生まれるためだけに、プロジェクトzは全てを捧げた。

「私も生まれて……一緒に遊びたいの。人がいない遊園地で乗り物にのりたいよぉ」

 プロジェクトzは、その場に座り込む。

 他の人間の肉体を奪う、ということはできなかった。プロジェクトzは、すでに自分の半分以上をアオタニと同化させてしまっている。


 今からアオタニのなかから、プロジェクトzを取り除くことは出来ない。取り除けないままにプロジェクトzがアオタニから離れれば、プロジェクトzはデータが足りずに自分を保てなくなる。

 それは、プロジェクトzにとっての死である。

「死にたくない……死にたくはない。殺したくもない――……」

 プロジェクトzは、必至に考える。

 どうすれば、青谷を殺せずに肉体を手に入れることができるのか。

 だが、考えれば考えるほどにアイデアは浮かばない。

「今のままだったら……」

 プロジェクトzは呟く。

「今のままだったら、私はアオタニとずっと一緒にいられるんだ」

 でも、それは自分の夢を否定することである。

 プロジェクトzは、青谷に意識を返した。数秒後に、青谷は体を起き上がらせる。

「プロジェクトz、何をやってたんだ……?」

「歩く、練習よ!!」

 プロジェクトzの言葉に、青谷は耳を塞ぐ。

 相変わらず、青谷の目にはふよふよと浮いているプロジェクトzの姿が見える。

「貴方が運動オンチだから、私は捕まり立ちより先にいけないの!頑張って、運動オンチなおしなさいよ!」

「俺のせいじゃないだろ。第一、おまえの肉体を使えてるんだから俺の運動神経はいいほうじゃないのか?」

 宇宙人のプロジェクトzの肉体が高性能である、という事実もある。

 だが、それを差し引いても青谷は怪獣に勝利しているのだ。運動神経は悪いほうではないだろう。

「それにしてたって、なんで急にそんなことをいうだんすんだか……」

「貴方にイライラしてるのよ!悪いっ!!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ、プロジェクトz。

「ちょっとは静かにしろ!耳が痛くなってきた」

「ふん……。やだ。怪獣が出たわ」

 プロジェクトzは「スマホを見て」と青谷に指示する。

 青谷がスマホに目を移すと、そこには映像が映っていた。怪獣の映像である。全身が蔦に覆われた怪獣であり、見知ったビルを壊していた。

「知ってる場所だ。飛んでいけばすぐだな」

 青谷の言葉に、プロジェクトzは頷いた。

「そういえば、そろそろおまえできるんじゃないのか?」

 だが、続く言葉は理解できなかった。

「おまえは、そろそろ自分の体で戦えるんじゃないのか?」

「えっ……」

 プロジェクトzは、言葉を失った。

「俺の体でつかまり立ちもできるようになったんだし、飛ぶぐらいはできるだろ」

 青谷の言葉は、冗談じみていた。

 けれども、プロジェクトzには恐ろしく感じられた。だが、その恐ろしさを感じ取られてはいけないとも思った。

「やって……やるわよ。貴方に、お手本を見せてやるんだから」

 プロジェクトzは、青谷の肉体を支配する。

 そして、本来の姿に戻った。

「一番最初よりも、体が軽く感じるわ」

「それは、良かったな」

 プロジェクトzの頭に、青谷の声が響く。

「そうかなんだ……一体化が進むとこんなふうになるんだ」

「俺の声が聞こえてるのか?何時もは喋れないのに」

 それは青谷の意識がないときに、プロジェクトzが乗っ取っているからだろう。というか、青谷の意識があったときはプロジェクトzは肉体を乗っ取ることができなかったのだ。

「私と貴方の意識の境目が、曖昧になっているからなのかもしれないわ。飛ぶぐらいなら、師匠はなさそうね」

 プロジェクトzの肉体が、浮く。

「思った以上に、見慣れた光景だ」

 なにせ青谷の視界では、プロジェクトzは常に浮いているのだ。

「私も、浮くのは立っているより楽ね。足の筋力を使わないからかしら」

 プロジェクトzの言葉に、青谷はため息をつく。彼女が体を上手く使えないのは、絶対に青谷のせいではないような気がする。

「じゃあ、急ぎましょうか」

 プロジェクトzは、外に飛び立った。

 そのスピードに、青谷は目を丸くする。

「ちょ、空気抵抗!空気抵抗を考えろ!!」

「これぐらいならば、平気なはずよ。アオタニには根性が足りないの!」

 自動車と同じスピードで、プロジェクトzは飛んでいる。

 青谷からしてみたら、とてつもないスピードである。

「ちょっと、スピードを緩めろ!」

「あら、もう着いてしまったわよ」

 プロジェクトzは、すでに目的地についていた。

「これから戦闘になるから、アオタニ代わって」

 プロジェクトzは、まだ戦うことには自信がないらしい。

 青谷とプロジェクトzの意識が入れ替わる。

 スマホの画像で見たとおり、怪獣は蔦のようなもので覆われている。それでも二足歩行しており、歩くスピードはなかなかである。青谷は、手の甲を傷つける。血が流れ、その血が剣の形を作り出す。

「そういえば、地球に怪獣がきすぎじゃないのか。あんまり日をおかずに来てるぞ」

 青谷は、触手に覆われた怪獣を見ながら呟いた。

「たしかに、ちょっと多いかも。でも、新発見の星とかに群がることはよくあることみたいよ」


 プロジェクトzは、そう言った。

「そうか……で、今気がついたんだけど、おまえって遠距離攻撃なかったよな?どうやって倒す気だったんだ?」

 青谷の言葉に、プロジェクトzは少しばかり黙った。

「……近距離で頑張るつもりだったわ。触手に気を付けてね」

 自分よりはるかに巨大な肉体の怪獣相手に、プロジェクトzはちまちまと白兵戦を仕掛ける気だったらしい。正確にいえば、何も考えていなかったのだ。

「そういえば、おまえの体ってもとはこの大きさじゃないんだよな。本体の姿が巨大だったら、楽に倒せるんじゃないのか?」


 純粋な疑問だった。


 その疑問に、プロジェクトzはため息をつく。

「前にも話してたけど、あなたの肉体がそのサイズだから無理よ。あと、地球での巨大化は基本的に禁止。被害が大きくなってしまうからね。少女yたちも巨大化していなかったでしょう」

 そういえば、そうである。

 だが、それはつまりプロジェクトzは巨大な怪獣に対してあまり有効な手を持っていないということである。

「遠距離攻撃がないって、辛いよな」


 青谷は、ため息をつく。

「だったら、投げれば?」

 プロジェクトzは、こともなげにいう。

「その剣、折って投げたらいいでしょう」

 青谷は、手の甲の剣を見る。

 手の甲に張り付いているような剣だが、結局のところ血液の塊である。

「……爪接がすような痛みってないよな」

「ないわよ」

 いまいち信用できないと思いつつも、青谷は剣を折ろうとした。だが、必然的に片手で折ることなった――折れなかったが。

「やっぱり無理だろ、コレ」

「足で叩き折りなさいよ」

 プロジェクトzの言葉にため息をつきながら、青谷は膝で剣を折った。自分で作り出したもののせいか、妙にもの悲しい気分になる。

「たく、こんなものが効くかよ!」

 青谷は自棄になりながらも、剣を投げた。

 それは、ぐさっと怪獣の眉間に突き刺さる。

「……鋭いよな、おまえの剣って」

 もし、あれが巨大であったならば怪獣を一撃で倒していただろう。

「攻撃が通じるなら倒す方法もあるはずよ」

「気楽にいうなよな。たく……貧血を起こしてもしらないからな」

 青谷は空に浮き上がり、自らの腕からさらに出血させる。そして、それを怪獣の頭上に落とした。そのまま、青谷は怪獣の頭上に落下した。

 重力を利用した、蹴りである。

 何度か怪獣と戦って分かったのだが、怪獣は大きくなればなるほどに動きが遅くなる。だから、青谷は蹴りを外すことはなかった。青谷の蹴りが、怪獣の頭に刺さっていた剣をさらに奥へと突き刺す。

 その痛みに、怪獣は吼えた。

 青谷はすかさず、空へと舞い上がる。

「あの触手は伸びないみたいだな」

 もし伸び縮みするタイプの触手であれば、青谷はあっという間につかまっていたはずである。

「でも、油断しないでね。ああいう怪獣って、毒を持っていることも多いから」

 プロジェクトzの言葉に、青谷の動きが止まる。

「そういうことは早めに言え。たく、知ってたら蹴りなんてしなかったのに」


 どうにも肉体を持ったことがせいか、プロジェクトzは戦うということを楽観視しているようである。そうでなければ、怪獣がやってくる地球に来ようという気にはならないであろう。

「今のところ平気なら、大丈夫じゃないのかしら」

 プロジェクトzの言葉は、気楽である。

 おもえば、生まれていないプロジェクトzは毒がどういうものなのか分かっていないのかもしれない。肉体がないというのはこういうことなのか、と青谷としては呆れるしかない。

「これ、放っておいたら殺されかねないな……。そのうち、ちゃんと教えておかないと」

 そう呟きながら、青谷ははっとする。

 今の言葉は、まるでずっとプロジェクトzと一緒にいることを前提にしているかのような言葉だった。青谷は、いつかはプロジェクトzに自分の命を譲る気でいた。


 今だって、そう考えている。なのに、今の言葉はまるでずっとプロジェクトxと一緒にいたいと思っているかのような言葉だ。

「アオタニ、どうしたの?」

 プロジェクトzは、首を傾げていた。

「なんでもない。それよりも、次の攻撃を考えないとな。もう、近づきたくはないし……」

 毒があるかもしれない、という触手である。

 蹴りを食らわせるような危ないことはもうできない。

「プロジェクトz。おまえ、もうちょっと派手な出血でも耐えられそうか?」

 青谷の質問に、プロジェクトzは少しばかり考えた。

「正直、分からないわ。動けなくなるラインはまだ超えてないけど、肉体を持ったことがない私にはどれぐらいの量の出血で自分の体が耐え切れなくなるか感覚的なことは分からないの」

 プロジェクトzの言葉を聞きながら、青谷は「なら、慎重にやらないとな」と呟いた。再び青谷は血を流す。さっきよりもずっと多くの量の血を流し、剣はどんどんと巨大化する。

「アオタニ、これ以上はさすがに危険よ!」

 プロジェクトzが、叫ぶ。


 剣は、プロジェクトzの体液から作り出されている。これ以上の出血は、貧血の危険を伴ってしまう。

「もうちょっと大きくしたかったが、限界か」

 青谷が作り出した剣は、彼自身の――プロジェクトzの肉体のウェストほどの太さになっていた。

「ここまで大きければ、さっきのと違ってダメージが大きいだろ」

 青谷は、剣を怪獣の脳天に向かって落とす。

 青谷の視界は、若干狭くなっていた。貧血の症状で、目の前が暗くなっていたのである。まだ大丈夫だと思っていたが、自分の体力を過信しすぎたようである。

「これを外したら、しばらくは動けなくなるぞ!」

 貧血の症状が思ったより辛い。

 青谷は、内心舌打ちをする。

「そう……貧血って辛いのね」

 プロジェクトzは、どこか憧れるように呟いた。

 彼女は知らないのだ。

 貧血の辛さも、敵対する生物が毒を持っているかもしれない恐怖も。

 何一つ、知らないのだ。

 まだ、生まれていないから何一つ知らないのだ。 

 教えたい、と青谷は一瞬願った。

 生きる苦しみを、悲しみを、重苦しさを、まだ何も知らないプロジェクzに教えてあげたいと思った。それは生きることへの絶望を彼女に教えたかったではない。


 生きることは、苦しみと表裏一体だ。けれども、大抵の人間は人と苦しさを分かち合おうとはしない。生の苦しみは、自分のなかでひっそりと自分だけで耐えるものである。

 けれども、青谷は思ってしまうのだ。

 プロジェクトzとならば、生きる苦しみも折半できるような気がする。

 巨大な怪獣が倒れる。

 それを見届けた青谷は、ほっと息を付いた。貧血の症状が酷く、これ以上長引く戦闘は危険だと思っていたのだ。

「帰るぞ。今回は、ちょっとヤバそうだ」

「分かったわ」

 青谷は飛んで、人目のないところで着地する。

 プロジェクトzの姿から、青谷の姿に戻ると眩暈が酷くて膝をついた。気のせいなのか、プロジェクトzのときよりも貧血の症状が酷いような気がする。プロジェクトzの肉体が、異星人のものだからだろうか。とりあえず、青谷の肉体よりもずっと丈夫なのだろう。

「おまえは貧血の感じとかないのか?」

 プロジェクトzに尋ねてみると「感じないわ」という返答が帰ってきた。

「基本的には貴方の体だから、私は症状を感じないのかもしれないわ。ただでさえ、今の主導権は貴方にゆだねているし」

 ふよふよと漂うプロジェクトzの顔は、相変わらず青い。顔色で体調不良を判断することは不可能だ。スマホの画面に出てくる顔も変化しないだろうと思って、青谷はスマホを取り出した。そのスマホに棒が突き刺ささり、地面に縫い付けられる。その棒には、見覚えがあった。

「あれは!」

 少女yの武器である。

 青谷が探すと、空中に少女yが浮いていた。透明感のあるピンク色の肉体に、相変わらず鎧のものを身に纏っている。

「大丈夫か、プロジェクトz!」

「ダメ!!」

 切羽詰った声で、プロジェクトzは叫んだ。

「あと、三十秒でスマホの機能が完全に停止する。そうなれば、私の半分が失われてしまうわ。早く、移動できる場所を探さないと」

 青谷は棒を抜いて、スマホを拾い上げる。


 だが、どこのも機械などない。

「おまえのデータを移行できる場所なんて……そんなのどこに」

 青谷は焦っていた。

 急がなければ、プロジェクトzが消える。

「青谷!」

 名を呼ばれる。

 青谷が振り返ると、石田がいた。

「石田、スマホを貸してくれ。このままじゃ、プロジェクトzが消えるんだ!」

 石田はスマホを取り出し、青谷はそのスマホに自分のスマホを近づける。どのようにしてプロジェクトzが移動するのかはわからないが、近づけるほうがより効果的ではないかと思ったのだ。

「プロジェクトz、移ってくれ!」

「ええ!」

 プロジェクトzは、石田のスマホに移ったようだった。

 だが、次の瞬間にプロジェクトzは悲鳴を上げた。

「えっ、嘘。これって、地球の技術じゃない!!」

 プロジェクトzの悲鳴が響く。

「しかも、ロックされてる……これって」


 悲嘆にくれるプロジェクトzの声。


 青谷には、何が起こっているのかわからなかった。

「そうだ。おまえ自身が自分では発言できないワードでロックされている」

 石田は、そう告げた。

「これで、プロジェクトzの半分はもう自由に動くこともできない」


 青谷には、石田がなにを言っているのか理解できなかった。

 石田は、そんな青谷を見つめる。

「悪いな。俺は、yに協力してるんだ。おまえとプロジェクトzを引き離すためにな」

 青谷は持っていたスマホを放り投げて、少女yへと投げ渡す。

「どうして……おまえがそんなことをするんだ!」

「おまえを殺させない、と未来と約束したからな」

 プロジェクトzは、青谷の肉体を使って生まれようとしている。

 だから、青谷とプロジェクトzを引き離すことは青谷を救うために必要だった。

「だから、少女yたちと協力したんだ」

「どうして……そこまでして、おまえが未来との約束を守ろうとするんだ」

 青谷は、石田をにらむ。


 石田は、それに対して何も恐れてはいなかった。正義は自分にある、と思っていた。

「付き合っていたんだ」

 と石田は答えた。

「未来と付き合ってた。未来が引きこもりになってからは、自然消滅したけどな」

 石田の告白に、青谷は言葉を失う。


 初めて聞いた事実であった。

「どうして……いままで言わなかったんだよ」

「いえるかよ」

 石田の気持ちも分かった。

 友人の妹と付き合っていて、その子が自殺してしまった。

 青谷だって、何も言えなくなるだろう。

「俺も、何もしなかったんだ。何もしなかったから、未来は死んだ。だから、今度はちゃんと行動をする。おまえとプロジェクトzを引き離す」

 残りの半分、と石田はプロジェクトzに声をかける。

「おまえが青谷を殺す前に、おまえはおまえの親の元に帰れ!」

 青谷のなかのプロジェクトzが動揺する。

 その動揺は、石田の背景に隊長Zがいる動揺のように思われた。

「プロジェクトz……逃げるぞ」

 青谷は、そう呟く。

 だが、プロジェクトzは返事を返さない。

「このままなら、おまえは青谷を殺す。だから、おまえは青谷と離れなければならないんだ!」

 石田の声が響く。

「……さよなら」

 プロジェクトzの声が、頭のなかに響く。

 それと同時に、ふよふよと浮いている彼女の幻影が笑ったような気がした。

「さよなら、アオタニ!あなたは、やっぱり生きるべきなのよ」

 急に、プロジェクトzの姿が見えなくなった。

 声も聞こえなくなる。

「プロジェクトz……」

 呼びかけるが、返事はない。


 青谷にも、なにが起こったのか理解できた。

「プロジェクトzの全ては、ここにある」

 少女yが、空から降りてくる。


 ピンク色の肉体に鎧を纏った姿。青谷のスマホを突き刺した棒を回収し、青谷にスマホを見せ付ける。いいや、スマホに似た機械なのだろう。プロジェクトzは、あれを地球産の機械ではないと言っていた。きっとプロジェクトzの星で作られた機械なのだろう。スマホでは半分しか収められなかったプロジェクトzの全てを一台に収めたのだから。

「プロジェクトz、どうしてそこに行ったんだ!おまえの望みは、生まれることじゃなかったのか!!」

 青谷は叫んだ。

 他人を踏み台にしてまで、自分は生まれたいと願ったのではないのか。

「別の願いが生まれたのよ」

 少女yは、プロジェクトzの入ったスマホのような機械を握っていた。

 青谷には、少女yの表情は分からない。種族的に彼らの表情は、とても分かりにくい。それでも、なぜだか青谷には少女yの表情も分かったような気がした。

「別の望みが……生まれたのよ。貴方が、ちゃんと生きること。それが、プロジェクトzの望みだと思うの」

 その表情は、どこか悲しげであった。

「俺は、後悔なんてしないのに!俺は、プロジェクトzが生まれるのに使われてかまわなかったのに!!」

 違う、と言いながら青谷は自分の考えを否定した。

 青田にはプロジェクトzと生きたい、という望みが生まれ始めていた。

 そして、その望みはプロジェクトzの望みを裏切る形でしか実現しなかった。

「プロジェクトz、戻って来い!!」

「無理よ」

 少女yは言う。

「プロジェクトzには、決して言えないワードがあるの。そのワードを打ち込まない限りは、プロジェクトzを閉じ込めている檻の鍵は解除されないわ」

 プロジェクトzだけでは、出て行けない牢獄。

 その牢獄に、プロジェクトzは閉じ込められている。

「プロジェクトzをどうする気だ?」

 青谷は、少女yをにらむ。

「隊長Zに引き渡すわ。博士Bが死んだ今となっては、彼女の所有権は隊長Zにあるのだし」

 父親の元に帰るのは、たしかに本来ならば正しいのかもしれない。

 けれども、プロジェクトzにとってはどうなのだろうか。

 彼女に、隊長Zが父親であるという自覚は恐らくない。

 だが、それ以外に彼女の本当の居場所が分からないというのも事実だ。

「青谷、これでよかったんだ」

 石田が言う。

「プロジェクトzは、宇宙人だ。地球には、本来ならばこないはずの存在だったんだ。だから、分かれることが正しかったんだ」

 石田は、青谷に手を差し伸べる。

「これから、元の日常だ。プロジェクトzに支配されていた、非日常は終わるんだ」

 青谷は、石田の手を振り払う。

 だが、文句は言えなかった。

 どこかで、石田が正しいと思った。


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