第21話ピンクな秘密
「大学って、意外とつまらないところなのね。賑やかではあるけれども」
石田のなかで、少女yは呟く。
今日に限っては高校生で溢れる校内を歩きながら「しかたがない」と石田は答える。
「今日は、見学会の日だからな。ウチの学校を受験するかどうか考えてる高校生がわんさかくる日なんだ」
故に授業は行なわれない。
少女yの感覚で言えば、それがつまらないらしい。今日が提出期限のレポートがなければ石田も大学にこなかったし、そこらへんの感覚は少女yと石田は近いのかもしれない。
「それにしても、医療は特権階級しか知識を身につけられない分野なのね。基礎的なことしか教えていないのに」
少女yは、そこが不満らしい。
「それは、俺が一年生でまだ基礎的なことしか教わっていないからだろ」
少女yによると彼女の星では、医療は基礎的な学問に分類されるらしい。
石田たちの感覚ならば、保険体育といったところだろうか。
学力が高いというべきなのか、医者要らずの星というべきなのか。
「それより、プロジェクトzのことはいいのか?あれから、全然動いてないが……」
宇宙で上司である聖女xにあってから、少女yは動こうとはしていない。怪獣も現れてはいるが、その全てをプロジェクトzが倒している。石田は側でずっとその様子を見ていたが、少女yは迷っているようだった。少女yは、小さな声で答えた。
「プロジェクトzを捕まえることが正しいかどうかが分からなくて……」
「捕まえてもらわないと、俺が困る」
石田は言う。
「プロジェクトzは、いつか青谷を殺して自分が生まれる。そうなると困るから俺は、おまえに力を貸してるんだ」
利害関係が一致しているからこそ、石田は少女yに動いてもらわないと困るのだ。
「分かってるわよ!私だって、それは分かってるの……でも」
少女yの苦しむような言葉に「潔癖すぎる」と石田は考える。
石田にとっては、少女yの苦しみなど関係ない。ただプロジェクトzという癌を、青谷のなかから取り除いてくれればいいだけなのだ。なのに、少女yは戦う気力を失っている。どうにかしなければならない、と石田は考える。
「石田先輩ですよね?」
呼ばれた石田は、振り返る。
どこかで聞いた覚えのある声であった。そして、振り向いた石田は目を丸くした。
そこにいたのは、清田美鈴であった。
遊園地でバイトをしているところを見かけた、青谷の妹未来の自殺の原因になった少女である。石田は、内心舌打ちする。
「お久しぶりです。未来の葬儀以来でしたよね」
だが、美鈴は石田に声をかけ続けた。
石田は、足を止めて振り返る。
「何のようだ?」
石田は、美鈴に尋ねる。
「……先輩には分かっていて欲しいんです。私は、未来の事件にかかわってないって。先輩は知ってますよね。裏のSNSで、私だけ書き込みをしていなかったじゃないですか」
美鈴は、まくし立てる。
「それでも、石田の妹は遺書で名指しで君のことを書いていただろ」
冷たく石田は言う。
「なら、先輩のことも書いていたんじゃないんですか?」
美鈴は、石田を見つめる。
その視線は少女yでも分かるほどに、熱っぽかった。
「石田先輩は、未来と付き合っていたんですよね」
「君は、それが原因で未来に嫉妬したんだろ」
そうです、と美鈴は言った。
「そして、クラスの誰かがSNSに色々なことを書いた。それは、もう誰にも止められなかったわ」
美鈴は、語る。
自分は未来の死には関っていないのだ、と語り続ける。
「止めたくなかったんじゃないのか?」
石田は、美鈴に言う。
それは、責めるような口調であった。
「石田先輩!」
美鈴は、大声を出す。
その声には、必至さがにじみ出ていた。
「信じて欲しいの!」
それは、美鈴の精一杯に思えた。
少なくとも少女yには、そう思えた。ありったけの思いを込めた、告白に思えた。
少女yは、尋ねる。
「あの子が、貴方の恋人の死の原因になったの?」
石田は、足を止めずに歩いた。
少女yには、それは苛立ちを抑えるためのものに見えた。
「いいや、違う。死の原因になったのは、俺だ」
石田は、早足になる。
すぐにここから立ち去りたい、とでも言いたげであった。
「俺が……未来を殺した。青谷の妹を殺したんだ」
石田は、足を止めた。
そして、少女yに尋ねる。
「いつか……いつかは罪悪感って、消えるのか?」
石田の質問に、少女yは首を振った。
「消えないと思うわ。貴方が、アオタニからプロジェクトzを取り除きたいのは罪悪感からなの?」
石田は、少しばかり黙る。
考えているのだろう、と少女yは思った。
石田は、ようやく口を開いた。
「それを知りたい。俺は未来と付き合っていたより先に、青谷の友人なんだ。この行動が友情からなのか、罪悪感からなのか分からない」
「同じよ」
少女yは、呟く。
その言葉には、はっきりとした意思があった。
「貴方がただの友人でも、恋人を失った男でも、同じ行動をしたわ。貴方は、ただ救いたいし救われたいだけよ」
少女yの言葉に、恥じるように石田は呟く。
「弱いだろ」
それが、少女yを利用しようとした男の言葉だった。
それでも、少女yは首を振る。
「大抵の人間は、弱いものなのよ」
少女yは、石田だけに語りかけていた。
「イシダ。私は……」
その瞬間、地面が揺れた。
石田が顔を上げると、そこには巨大な怪獣がいた。その出現はあまりにも唐突で、まるで急に怪獣が出現したように思われた。
「なんで、こんなにいきなり!」
「たぶん、小さな怪獣が巨大化したのよ」
怪獣は約二十メートルほどの大きさで、二足歩行をしていた。大きな角が付いており、それが武器のように思われた。
「少女y。力を貸してくれ」
石田は、怪獣をにらんでいた。
自分が何とかしなければいけない、という思いにもかられていた。
「自分の学校を守りたいの?」
少女yの言葉に、石田は首を振る。
彼は自分の学校を守るために戦うつもりはなかった。
「いいや。青谷に、美鈴を守らせたくないんだ」
そういうことならば、と少女yは頷いた。
「そういうことならば、私は力を貸すわ」
石田の肉体の主導権が、少女yへと移った。
「貴方の気持ちはよくわかる。貴方の思いは、決して恥じるようなことではないわ」
少女yは、怪獣へと向って言った。
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