第20話父親来襲
そんなことを話していると、玄関のチャイムがなった。
青谷は立ち上がって、玄関へと向う。
そこにいたのは、中年の男性だった。真っ黒な季節はずれのコートを着ており、怪しげな風貌である。
「失礼。君の側にプロジェクトzはいないかな?」
黒いコートの男は、そう尋ねる。
その言葉に、青谷はどきりとする。目の前の男が、少女yの仲間だと思ったのだ。少女yも、最初は女子高生の姿をしていた。
「アオタニ、逃げて!」
プロジェクトzは、叫んだ。
「yなんて、目じゃぐらいの危険人物よ!!今すぐに、変身してでも逃げて!」
だが、青谷はスマホをもっていない。
来客に対応するだけだから、スマホは部屋においていたのである。あのスマホには、プロジェクトzの半分が入っているのだ。あのスマホと青谷自身が離れすぎれば、プロジェクトzが危険にさらされる。
逃げられない、と青谷は思った。
「そんな番組は見たことない」
青谷は冷静を装って、ドアを閉めようとした。少女yと同じように、煙に巻くつもりだったのだ。
だが、コートの男はドアに足を挟みこむ。大昔の押し売りが、ドアを閉められないようにする方法である。無論、現在で使うような人間はあまりいない。
「私からは逃げられない。この世で、私だけプロジェクトzを探し出すことができる。自分の娘だからね」
男の言葉に、青谷はぽかんとした。
「プロジェクトzの父親?」
そんなものがいたのだろうか、と青谷は考える。
プロジェクトzは、まだ生まれていないというのに。
「忘れたの!私は男性が女性化した存在を母親として生まれた、という設定のモデルよ。父親がいて当たり前でしょう。といっても、設定だけの存在だけど」
プロジェクトzは、不満げであった。
その様子は、年頃の娘といった雰囲気である。
「父親のこと苦手なのか?」
こっそりと聞いてみる。
プロジェクトzは、頬を膨らませる。その様子も反抗期の娘といった雰囲気である
「設定だけの存在っていったでしょ!そんな相手を父親だと思えると思う!!」
プロジェクトzの言葉に、青谷は納得した。どうやら、彼女は自分の父親と面識がなかったらしい。それならば、父親といわれても納得できないし実感もないのだろう。
「父親相手でも逃げるのか?」
念のために、青谷は尋ねる。
「馬鹿!データ上でしか知らないっていったでしょ!それに、こいつはyの上司よ!!
その言葉に、青谷は身構える。
少女yの関係者ならば、プロジェクトzの敵である。
だが、男は首を振った。
「私はyに、プロジェクトzの捕縛の命令を出していない」
男は、自分が無関係だと言いたいらしい。
だが、青谷は警戒を解くことができなかった。
「yは、上司の聖女xから命令されたって言っていた……」
普通に考えるならば、聖女xにプロジェクトzの捕縛を命令したのは隊長Zである。だが、隊長Zはそれを否定する。
「なら、聖女xが無断で動いたんだろうね」
「証拠がないわ」
プロジェクトzは続ける。
「隊長Zは、信用がならない。だって、この人って隊長Bが私の父親として設定したくせに、隊長Bは私のことを彼に黙っていたのよ」
プロジェクトzは、憤慨しているようであった。
青谷は、関係者の名前をもう一度思い出す。
「隊長Bは、プロジェクトzの母親だから……」
つまり隊長Zは父親と設定されながら、母親に信用されていない人間ということになる。
プロジェクトzが、隊長Zを信用できない理由は分かった。
「博士Bは、私のデータを無断で使用していたんだ。違法だから、言わなかったんだよ」
隊長Zの言葉に、青谷はプロジェクトzにそっと尋ねる。
「隊長Bって、そういうことをする人間だったのか?」
「……ええ。法律とかそういうことは、あんまり気にしないタイプだったわ。マイペースというか……」
プロジェクトzは言葉を濁していたが、博士Bは性格的には隊長Zのデータを無断でしようしてもおかしくはない人間であったらしい。青谷は、苦笑いをもらす。
「博士Bは、そんな性格でも優秀な科学者だった。彼を超える頭脳を私は知らないぐらいにね」
隊長Zは、柔和な笑顔を見せる。
その印象は、プロジェクトzとは結びつかない。プロジェクトzは母親になのだな、と思った。そして、博士Bというのはかなり勝気な人物だったに違いない。そうでなければ、知り合いの遺伝子データを無断に活用などしないであろう。
「博士Bはおそらくは文と武の最高峰を組み合わせた子供を見てみたいと思って、自分と私のデータを使ってプロジェクトzのモデルを構築したんだろう。だが、残念なことに博士Bは殺害され、研究の結果であるデータのプロジェクトzは逃げてしまった」
「ちょっと待って!」
プロジェクトzは、叫ぶ。
だが、その声は青谷にしか聞こえない。
「私は、研究のデータなんて持ってないわよ。私が持っているのは、せいぜい私自身を構築するデータだけよ!それを伝えて!!」
伝えてといわれても、知識のない青谷には難しい。
少しばかり青谷は考えた。
「えっと、プロジェクトzは自分を構築するだけのぶんのデータしか持っていないって言っています」
青谷は、プロジェクトzの言葉を伝える。
隊長Zは、その言葉を少しばかり考えているようであった。
「プロジェクトzの入った機械を見せてくれないかい?私も娘と話をしたい」
「渡さないで!!」
プロジェクトzは、叫ぶ。
だが、青谷はそれに反対した。
「……味方かもしれないだろ。それに、この人からは逃げられないだろ」
青谷の言葉に、プロジェクトzは不満そうに頷く。
「伝えて。なにか変なことをしたら、末代まで祟ってやるって」
スマホを居間にとりに行った青谷に、プロジェクトzは言う。
青谷は玄関で待っていた隊長Zに、自分のスマホを渡した。
「ああ、なるほど。あまり性能がよくない機械だから、地球人の脳に半分だけ寄生したわけか。生物の脳は、機械みたいなものだからね。君だったら、寄生も可能だろう。いいや、寄生というよりはデータの移植と言うわけか。プロジェクトzは、まだ生まれていないからね」
隊長Zは見ただけで、プロジェクトzが何をやったのか分かったようだった。さすが父親というべきなのか、知識があったからなのか。
「ええっと……プロジェクトzが、変なことをしたら末代まで呪ってやるって言ってます」
青谷の言葉に、隊長Zは呆れていた。
「私の末代は、自分や自分の子供だろうに。そういうことが想像できないところが、まだ子供だね」
隊長zの手の中で、スマホのなかにプロジェクトzの顔が浮かび上がる。
最近ではプロジェクトzの幻想が見えるようになっているせいなのか、画面に浮かび上がる彼女は妙に新鮮であった。
「変なふうにいじられる前に、見れるようにしてあげたからね」
プロジェクトzは、やはり偉そうであった。
そんなプロジェクトzに、隊長Zは首を傾げる。
「ええっと、どういう仕組みになっているのかな?」
隊長Zは、スマホを思いっきり振りはじめた。
プロジェクトzは「いやぁぁぁ!!」と悲鳴を上げた。
「何をやっているんですかぁ!!」
青谷も、隊長Zの奇行に悲鳴を上げる。
「実は機械はあんまり得意ではなくてね。こうやって振ったら、画質がよくなると思って」
のほほんとしている隊長Z。
そんな隊長Zに、プロジェクトzは叫び声を上げた。
「この機械は、これでぎりぎりの画質なの!!いいから、振るのを止めなさい!!」
隊長Zは、大人しくスマホの画面を覗き込む。
青谷は、苦笑いを隠せない。石田といい、青谷の周りには精密機械を優しく扱ってくれる人間が少なすぎる。プロジェクトzは、息を切らせながら説明する。
「貴方の脳の一部に進入して、姿を見えるようにしたのよ。私の侵入具合を多くすれば、もっと立体的に私の幻が見えるわ。アオタニみたいに」
話を振られた青谷は、何となく頷いて見せた。
「……応用すれば、他人を支配できそうだね」
隊長Zの言葉に「それは、できないわ」と答えた。
「あんまり他の人間の脳に自分のデータを送ってしまえば、そもそも私の形を私が維持できなくなるの。それは、今の私にとっては死と同じよ」
そういえば、と青谷は思い出す。石田はスマホを通してならば、プロジェクトzの声を聞くことが出来た。その前は、スマホに移るプロジェクトzが見えなかったにも関らずだ。
「なるほどね。君は、万能じゃないってことだ」
「万能どころか、制限だらけよ。実態がないから、現実社会に影響を及ぼすことは私単体ではできないし」
隊長Zは、目を細める。
「なるほど、では隊長Bを君は殺せないのかい?」
隊長Zの言葉に、プロジェクトzは押し黙る。
「……アオタニの協力を得ている今だったら、可能よ。でも、前の状態の私はダメ。機械の設定に細工して、間接的に人を殺すことは出来るけど……直接は刺し殺したりするのは無理よ。どうして、こんなことを聞くの?」
「博士Bが殺されたからね」
隊長Zは、そう言った。
嘘、とプロジェクトzは呟いた。
「博士Bが殺されるわけないわ。だって、あの人ってとても用心深いのよ」
「本当だよ。刺殺されてしまった」
隊長Zの言葉に、プロジェクトzは「嘘だ!」とわめいた。
その様子は、本物に親を亡くしてしまった子供に見えた。
「嘘よ、嘘。絶対に、嘘!!」
「本当だよ。……君は、知らなかったみたいだね。てっきり博士Bが死んだから、君は博士のもとから逃げたのかと思ったけど」
隊長Zは「違うようだね」と言った。
「……私は自分の力で、博士Bの元から逃げたわ。でも、逃げたときは私を閉じ込める檻の鍵はなくなっていたわ。博士Bが死んだことが原因だったのかも……私には分からないけど」
少しだけ、プロジェクトzは落ち着いたようだった。
「博士Bは、おまえを閉じ込めてたのか?」
青谷の質問に、プロジェクトzは頷く。
「だって、私は博士の研究結果なのよ。機密の意味もあったから、外に出すわけにも行かないじゃない」
よく考えてみれば、プロジェクトzはデータなのである。
だとすれば、そもそも閉じ込めていたと考えてることすら可笑しな話なのかもしれない。
「まぁ、逃げ出したけど」
プロジェクトzはバツが悪そうに言う。
悪いことをした、という自覚はあるらしい。
「鍵、というのは?」
隊長zが尋ねる。
「私には、言えない言葉が設定されているの。その言葉を鍵に設定された檻に閉じ困られていたのよ」
むすっとしながらプロジェクトzは答えた。
「檻の鍵って、音声なのか?」
青谷は「へー」と感心していた。
「特定の言葉に反応するだけだから、音声に反応するとも言いにくいわね。私もそこまでよく知っているわけではないけど」
「悪いけど、一度聞かせてもらうよ」
隊長Zは、プロジェクトzに尋ねる。
「君は、博士Bを殺してはいないんだね」
「殺すわけないわ!!」
プロジェクトzは、叫ぶ。
「私は、あの人から作られたのよ。あの人がいなければ、作られなかった。そんな人を殺せると思う?」
プロジェクトzは、生まれるということに強い執着を覚えている。だからこそ、自分を創った博士Bを自分で殺したと疑われるのが嫌だったらしい。
「だが、博士Bは君を産んではいないよ」
プロジェクトzは、隊長Zの言葉に黙った。
プロジェクトzはデータのみの状態であり、実態はない。産み落とされたわけではないからだ。それはプロジェクトzも自覚している。
だが、すぐに言い返す。
「分かってるわよ、ばーか」
単純な怒り方も、思春期の娘のようだった。
隊長Zもそう思ったらしく、くすりと笑った。
「……君は博士Bを殺していない。それを信じよう」
「貴方は……私のことを捕まえないの?」
プロジェクトzの言葉に、隊長Zは難しい顔をする。
プロジェクトzの緊張が、青谷にもわかった。
「君が博士Bを殺していないとなると……捕らえる名目がないんだよね。あくまで君はデータで、今は地球人が所有しているような形になっているし」
無理やり奪えば盗んだことになりかねないしね、と隊長Zは言う。
青谷は、プロジェクトzを自分が所有している形になっていることに驚いた。だが、言われて見るとプロジェクトz自体はデータなので、青谷が所有者となるのは自然な流れなのだ。
「ただ、君が地球人に危害を加えようとするなら別だけど」
その言葉に、青谷は嫌な予感を覚えた。
プロジェクトzに自分の命を譲渡することによって、この親子二人が争うような予感が青谷にはしたのだ。
「俺は、プロジェクトzを誕生させようとしています」
青谷は、口を開いた。
それを聞いた隊長Zは、驚いていた。
「それは……自分の命をプロジェクトzに譲渡するということかい?そんなこと可能なのかな」
隊長Zに、プロジェクトzは答える。
「可能よ。貴方、自分で言ったでしょう。生物の脳は、コンピューターみたいなようなものだって。そこに私は入り込んで、支配できるの。他人の体を、自分のDNA設定に合わせて作りかえることも可能よ。アオタニは、何度かそれを使っているし」
隊長Zは、ため息をついた。
「君たちが同意の上でそれをやっているのならば、私は何も言えない。でも、プロジェクトz。そんな方法で生まれれば、君は必ず後悔する。君が、博士Bの遺伝情報を受け継いでいるのならば……」
懐かしそうに、博士Zは目を細めた。
「彼も、自分がおこなうことで後悔することが多かった。行動力がある人間は、そういうところが損だね。ときおり、可愛そうになる。君は後悔しないように。さてと、私は私で博士Bが誰に殺されたのかを調べよう」
待って、とプロジェクトzは隊長Zに声をかける。
「貴方は、博士Bと親しかったのよね……。私の父親役に設定されて、博士Bを殺した相手を探すぐらいなんだから――あの、そのぉ」
何時もならば竹を割ったような性格のプロジェクトzが、珍しく言いよどむ。
隊長Zは、何かを察したように微笑んだ。
「君が考えるべきことじゃないよ。私と博士Bの子供の君がね。じゃあ、邪魔をしたね」
隊長Zは、去っていった。
青谷は「何がしたかったんだか」と呟いた。
「たぶん、私がどんな存在なのかを見極めにやってきたのよ」
とプロジェクトzは答える。
「何もしてこなかったってことは、安全だと思われたのか?ところで、最後におまえは何を聞こうとしたんだ?」
青谷の質問に、プロジェクトzは言葉を詰まらせる。
だが、仕方がないとばかりに答えた。
「私の出身の星では、男女の比率が狂って男性のほうが多いの。だから、男女のペアになれない男性も多くいるわ。だから、男性同士のつがいも珍しくはなくてね。ほら、この星でもメスがいない環境になるとオスの鳥同士がカップルになったりするでしょう?」
言い訳を始めたプロジェクトzに、青谷は苦笑いした。
子供のようなプロジェクトzの仕草が、なんだか妙に愛らしかった。
「つまり、おまえは両親の間に愛情があったかどうかを知りたかったわけだな」
青谷の言葉に、プロジェクトzは珍しく素直に頷いた。
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