第19話幸せだったらそれでいいのに
「ねぇ、起きて!起きてよ!!」
プロジェクトzの声が頭のなかで響いた。
目覚めたとき、青谷は部屋の真ん中で転がっていた。昨日はちゃんとベットで寝たはずなのに、今は固い床の上である。こんなに自分は寝相が悪かっただろうか、と青谷は考える。
プロジェクトzは、彼女がふよふよと浮いていた。
その顔は、心なしか得意げである。
「とうとう、私はつかまり立ちが出来るようになったのよ!」
プロジェクトzは、胸をはった。
地球人であったならば女性的な特徴が強調されるのだが、ユニセックスな肉体の彼女が胸を張ったときに強調されたのは胸筋のような気がした。なんだか、妙に少年っぽい。
「この間までは、ハイハイだったのよ。でも、つかまり立ちができるようになったの。すごいでしょう」
褒めて、とばかりにプロジェクトzは青谷に詰め寄る。
青谷は、ぽりぽりと頬をかいた。
「それで、俺がここに寝ているのは……」
「ちょっと転んじゃって」
つまりは、調子に乗って失敗したらしい。
青谷は、ため息をついた。
起き上がると、どこも痛んでいない。どうやら、上手く受身をとれたらしい。青谷には受身をとったような記憶はないので、プロジェクトzが受身を取ったということになる。
「おまえ、危機的な状況になると本気になるのか?」
青谷の言葉に、プロジェクトzは首を傾げる。
「最初に俺に取り付いたとき、おまえは強盗相手に戦っただろ。今はできないのに、その時はできた。危険な状態にならないと本気にならないとしか思えない」
青谷の言葉に、プロジェクトzは頬を膨らませる。
「私が本気で生まれたいと思ってないって言いたいの?」
「違う」
青谷は、すぐにそれを否定する。
生まれたいという願いは、プロジェクトzのアイデンティティーである。それを否定すれば、プロジェクトzとの関係は破綻する。
「おまえは、俺が危険にならないと本気をださない。それならば、いっそのこと」
「自分で自分の身を危険にさらすの?それは許さないわよ。だって、その命は私のものになるんだから。それにしても、アオタニは最近変ね」
この間の遊園地のせいなの?とプロジェクトzは尋ねる。
プロジェクトzの声は、どこか不安げであった。
「妹を殺したっていう女の子がいた――」
「違う、プロジェクトz。妹は自殺したんだ。原因は、あの子が作ったかもしれないけど殺したわけじゃない」
石田は、プロジェクトzの言葉を否定する。
そんなふうに考え出したら、全てのことを恨むことになる。青谷は、そう考えていた。だから、プロジェクトzの言葉を否定したのだ。
プロジェクトzは、青谷の傍らに降りる。
そして、青谷に手を伸ばした。
「貴方の苦しみが終わればいいのに。いつか、全部を誰かのせいにして……あなただけが平穏でいてくれればいいのに」
プロジェクトzは、青谷の幸福を願っていた。
それは、まるで家族にするような願いであった。ふと、青谷は自分も妹の幸福をこのように祈っただろうかと考える。全てを他人のせいにして自分だけは幸福でいろ、と。そんな傲慢な祈りを捧げたのだろうか、と。
捧げなかったような気がする。
妹の問題は、すべて妹本人のせいであるような気がしていた。
だから、すべての問題は妹本人が解決するような気がしていた。
その結果訪れたのは、妹の死である。
「俺は、おまえに平穏を願われるような人間じゃないよ」
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