第18話空に憧れていた

 少女yは、宇宙空間へと飛んでいた。

 石田は少女yのなかから、生まれて初めて本物の宇宙を見た。きらきらと輝く星たち、静かな空間。そういうものを石田は想像していた。つまりは、ロマンチックな美しさを想像していたのだ。

 だが、少女yの目を通して見える星の光は味気ないばかりであった。街の電灯と一緒で、ただ光っているだけ。

「星は……」


 思わず、石田は呟いた。


 その呟きは、どこか寂しいものだった。

「どうしたの?」

 宇宙を飛ぶ少女yは、自分の中でどこか寂しそうにしている石田に尋ねる。

「星は、もっと美しいと思ってた」

 石田の言葉に、少女yは止まった。

 そして、輝く星をまじまじと見つめる。そんなふうに考えたこともなかった、と言いたげな様子であった。

「星は自分で光らないわ。ただ、光源の光を反射しているだけ」


 少女yは、星がきらめく理由を語る。


 それは、石田だって知っている当たり前のことであった。

「そんなことは知っている」

 少女yは、首を振る。

「違うの。そういうことを言いたいんじゃないの。……星は光を反射するから、憧れをもってみないと美しく見えないのかもって思ったのよ」

 意外なほどにロマンチックな言葉だったので、石田は呆気に取られた。


 少女yに、こんな一面があるとは思わなかったのである。

「貴方、ずっと星に憧れを抱いていたのでしょう。でも、あまりにも簡単に見られて特別な感情を失ってしまったのよ」

 少女yの言葉に、そうかもしれないと石田は思った。

 星は地上で見るからこそ、美しいのかもしれない。

「それに、ここは地球から見えるような星はもう見えないし」

 少女yの何気ない言葉に、石田は驚く。

「そこまで離れてたのか」


 少女yと共に宇宙を飛んでいた時間は長くない。


 だから、まだまだ地球の周辺だったと思った。

「ええ、私たちが連絡に使っている星まではもうすぐよ」

 少女yは、星に降り立つ。

 大気圏への突入に石田は一瞬怯えたが、予想のような衝撃は全くなかった。あっけないほどに、簡単に着地できた。

「なんで、こんなにあっけないんだ?」


 もっと仰々しいものがあると思っていたのに、と石田は思う。たしかに地球の技術では難しいものではあるだろうが、と思ってしまう。それでも、無意識に驚いていたらしく少女yに笑われた。

「あら、地球人の科学力じゃ難しいことだったかしら」

 少女yには、どこか余裕がある様子だった。

 正確に言うのならば、楽しんでいるようである。どうやら、自分たちの技術に驚く石田が面白いようだ。

 少女yが降り立った星は、何も無い星であった。さらさらとした砂の大地がずっと広がっていて、それ以外に見えるものはない。

「何にも無いな」

「いいえ、隠しているの。スペース・モンスターいいえ、地球風に言えば怪獣ね。それに見つかったら大変でしょう」

 少女yは、地面に手を埋めた。

 その途端に、少女yの肉体が地面にうずもれていく。

「おい。巨大な蟻地獄とかじゃないよな」

 石田の言葉に、少女yは「ちがう」と答える。

 少女yの肉体は地下へにあった空間へと落ちる。そこは暗くはなくて、ほの明るい。けれども石壁に囲まれており、閉塞感があった。古代の墓のようだ、と石田は思う。閉所恐怖症の人間ならば、絶対に入りたいとは思わない場所である。

「コード:y。通信許可を問います」

 少女yの言葉に反応し、壁に映像が浮かびあがる。映し出されたのは、少女yとよく似た宇宙人だった。少なくとも石田には、少女yと違うところは色しかないように思われた。映し出された宇宙人の体色は紫である。

「少女x。プロジェクトzについて尋ねたいことがあります」

 どうやら、映像の人物が聖女xらしい。


 そう言われてみれば、どことなく神々しいような気もする。

「プロジェクトzは、どのように博士Bを殺したのでしょうか?少女yは、人を殺すような人物には見えません」

 少女yの言葉に、聖女xは答える。


 その言葉には、緊張があった。彼女からしてみれば、上司に意見しているわけである。緊張してあたりまえなのだ。

「少女yが博士Bを殺したのは間違いないわ。それよりも、隊長Zが地球へと向ったという情報が入ったわ。隊長Zがプロジェクトzを見つける前に、プロジェクトzを捕まえなさい」

 その言葉だけで、通信は切られた。

 少女yは、それに対して何ともいえない顔をする。

「隊長Zっていうのは?」

 石田が気になったことを尋ねる。

 それにさえ、少女yはおざなりに答える。

「私たちみたいに他の惑星に派遣される隊員の最高責任者が隊長Zよ。聖女xは、女性隊員の責任者みたいなものだから――隊長Zは聖女xの上司でもあるわ」

 最高責任者が地球へとやってくる。

 ならば、聖女xが成果をあげろという意味でプロジェクトzの捕縛を急がせるのもおかしな話ではないような気がした。少なくとも、石田には。


 だが、明確な返答を得られなかったことで少女yのなかにある疑問はさらに膨らんだようである。

「このまま、おまえは自分の星に帰るのか?」


 石田は尋ねた。

「いいえ、それは命令違反よ」

 少女yは、首を振る。

「私は地球に戻るわ。そして、プロジェクトzと話をしないと……」

 そういえば、と石田は呟く。


 さっき話を聞いたとき、なんとなく気になったことであった。

「プロジェクトzと隊長Zは、同じ名前なんだな」

「ええ、隊長Zはプロジェクトzのデータ上の父親よ。もう廃れたけど、私たちには子供が父親の名前を受け継ぐ風習があったの。プロジェクトzは、それに習って命名されたのね」

 石田は、驚いた。

「父親の名前を受け継ぐって、兄弟が多かったどうするんだ?」


 地球にだって、地方によっては理不尽な風習はある。それにしたって、呼ぶ人間が混乱しそうな風習であった。だが、「まてよ」と石田は思った。外国では名前にジュニアが付く場合もあった。だったら、そこまで不便というわけでもないのかもしれない。

「だから、廃れたのよ」

 少女yの言葉に、石田は苦笑いする。

 どうやら少女yたちも不便に感じていた風習だったらしい。

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