お一人さま遊園地の悲劇

第12話宇宙人は遊園地に夢中!

 バイトに復帰した青谷は、コンビニの店員たちに不審がられた。自分が刺された店に復帰し、刺されたときのことを覚えていないと言えばそのような態度は当然であろうと青谷は思う。けれども、ドライな人間関係であったが故に特に支障はなかった。

「そういえば、どうして俺は刺されたときの記憶がないんだ?」

 休憩中に、青谷はふと疑問に思ったことをプロジェクトzに聞いてみる。プロジェクトzは相変わらずスマホのなかにいるはずなのだが、青谷の目には目の前でふよふよと浮いているように見えていた。テレビしかない休憩室には、青谷一人しかいなかったのでプロジェクトzに話しかけていても不審に思われることはない。

「たぶん、私が貴方のなかにはいったことが強いショックになったんだと思う。それによって、記憶がとんだんじゃないかな。私も、そのときだけは体を少し動かせたし」

 だから、強盗を投げ飛ばしたりできたのかと青谷は考える。

「今は、難しいんだな」

「あの時は、私も必至だったのよ。火事場の馬鹿力で、なんとか体を動かせたけど後はダメだったわ」

 だって重過ぎるわ、とプロジェクトzは言う。

「プロジェクトzは、生身の肉体に慣れてないから重すぎると思うのか……やっぱりハイハイから練習だな」

 青谷の言葉に、プロジェクトzは「えー!」と叫んだ。

「ハイハイって、赤ちゃんがするやつでしょう。そんな練習なんて、絶対に嫌よ!!」

「実際にするのは、俺の体だ。記憶はないが、俺のほうが恥ずかしい」

「うっ……でも、仕方ないのよね。帰ったら、練習しないと」

 プロジェクトzは、唇をかみ締めているようだった。もっとも、プロジェクトzに噛み締める唇などないのだが。

「おまえが肉体に慣れるのって、どれぐらいかかるんだろうな」

「赤ん坊が歩けるようになるぐらいの期間じゃないかしら?」

 青谷は考えてみるが、赤ん坊の世話などしたことないので予測ができなかった。

「まぁ、気長にやるしかないか」

 青谷は、そう呟く。

「それにしても、貴方は退院してからずっとアルバイトね。楽しみとかないの?恋とか!」

 プロジェクトzは、どことなく楽しそうである。

 女の子だから、恋バナが面白いのだろうか。もし青谷に恋人がいれば、いつか自分はその恋人から青谷を奪うことになる。そういうことには、プロジェクトzは全く気がついていないようであった。

「残念ながら、恋人はいない」

 青谷の言葉に、プロジェクトzは少しばかり残念そうだった。

「うー、私は愛し合う地球人が見たかったのに」

 そうやって膨れるプロジェクトzは、幼い少女そのものであった。

「女ってのは、恋愛話が好きだな」

 思えば死んだ妹も集めていたのは、非現実的な恋愛マンガばかりであった。

「私、両親がどうして私を作ったのかを知らないの。いいえ、目的は凄くはっきりしているんだけど‥‥‥本物の子供を望んでいたかは分からないの」

 プロジェクトzの言葉に、青谷は何も言えなくなる。

「……親はあんまり考えてないじゃないのか?子供を作ることなんて」

 そう言いながら、青谷はプロジェクトzが文字通りに人工的に作られた存在だということを思い出した。パソコンのプログラムを組むように、丁寧に作られた存在なのだと。

「でも、望みたいものでしょう」

 プロジェクトzは、青谷に顔を近づける。

「自分は愛されて生まれてきたって。両親の間には、たしかに愛があって、私はその愛の結晶だって」

「おまえは、自分の両親を知っているのか?」

 青谷の質問に、プロジェクトzは額に皺を寄せる。

「知ってる。私を作ったのは、Bっていう科学者。その科学者ともう一人の遺伝情報で、私は設定されたの。Bは確実に私のことを知っていたけど、もう一人の親はどうなのか分からないわ。知らないかもしれない」

 父親のほうかな、と青谷は思った。

 だが、考え直して「ん?」と首を捻る。

「プロジェクトzは、男同士の子供なんだよな。どっちが、母親になるんだ?」

 地球以上の少子化に悩まされたプロジェクトzの母性は、男性同士であっても子供を作る方法を作ろうとして、その試作品ともいえるデータがプロジェクトzのはずである。

「女体化した設定がBだったから、Bが母親になるはずよ?」

「さすがに、男のままでは産んでないんだな」

 プロジェクトzはそもそもはデータだけの架空の存在なので、産むというのも語弊があるのかもしれない。だが、青谷はプロジェクトzを架空の存在だとは思えなくなっている。だから、もうプロジェクトzは生まれているような気がしてならなかった。

「Bは、男性の女体化。それと、その人物が産んだ子供や子孫についての予測をしていた科学者よ」

「それにしても……男を女にして子供を残すって、すごいことを考えるもんだな」

 青谷は呆れてしまう。

 そんな技術が確立されても、青谷は絶対に自分に使おうとはしないだろう。

「それぐらいに、少子化は問題だったのよ。そもそも、私の星は男女の比率が狂っていたって言ったでしょ。女性が極端に少ないの」

 プログラムzによれば、彼女の母星には彼女たち種族の外敵がいなかったようだ。だから、極端に女性と男性の数が偏るように進化したらしい。今まではそれで上手く行っていたが近年になって女性の社会進出が活発になったこともあり、少子化が社会問題になったという。それを解決するために、Bは男性を女性化する技術を開発したということのようだ。

「ほら、科学者って何でコレが必要ってものを時より生み出すでしょう。本人だけが、必要って思っているようなやつ。男性の女性化技術も、それと同じようなものじゃないかしら。よく分からないけど。色々問題があって、実際には使われていないみたいだけど」

 青谷には、問題しかないような技術に感じられる。

「やっぱり、心理的な問題か?」

「いいえ、生まれてくる子供に100パーセント生殖能力がないことが判明したのよ。まぁ、つまりは私の生殖能力がないってことだけど」

 プロジェクトzは、こともなげに言う。

「そう……なのか?」

 聞きづらいことを聞いてしまった、と青谷は思った。

「まぁ、私に実感はないけどね」

「おまえ……まだ小さいもんな。というか、何歳だよ」

 言動などで大人ではないだろうなとは思っていたが、子供のことを考えられないということはやはり幼いのだろう。

「地球人でいったら、十歳ぐらいの設定よ」

「設定なのかよ。実際は、何歳なんだ?」

 青谷の言葉に、プロジェクトzはきょとんとする。

「生きた期間は私に関係ないの。アニメのキャラクターとかも発表されて何年経っても変わりがないでしょう。だって、生きてないんだもの」

 プロジェクトzは、相変わらずふよふよと浮いている。

「生きてる実感が欲しいわ。歳を取る感覚も知りたいし、遊ぶ感じだって知りたい!なにより、貴方にも生きることを楽しんで欲しいわ」

 いつかは自分が奪うと宣言しているのに、プロジェクトzは人生を楽しめという。

 その矛盾と残酷さに、彼女は未だに気がつかない。

「というわけで、100パーセント人生を楽しむためにあそこに行きたいの!」

 プロジェクトzが指差したのはテレビである。

 そのテレビには、遊園地のCMが映りこんでいる。

「今度の休みに、ここに行きたいの!地球の楽しい場所なんでしょう!!」

 プロジェクトzの目は輝いていた。

「もしかして、今まで話って俺を遊園地へと誘導するための話題だったのか?」

 青谷の言葉に、プロジェクトzは頷いた。

「ええ、だって楽しいところには行きたくなるものでしょう?」

「ちょっと待て……おまえは他人には見えないんだぞ。男一人で遊園地に行けっていうのか?」

 青谷は冷や汗をかいたが、プロジェクトzはくすりと笑った。

「恋人の一人も作らないから、こういう目にあうのよ。ザマーミロ!」

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