第11話ピンク色のたくらみ
その夜は、月がことさら明るく輝いていた。
石田は、その月を見てため息をつく。
石田が青谷の妹が死んだと知らされた日も、このような月が輝いていた。青谷に妹がいることは、彼と知り合った当初から知っていた。青谷とはあまり似ていない、可愛らしい子だった。出会った当初は石田は高校生で、青谷の妹である未来は中学校三年生だった。
受験生だった未来に、石田は勉強を教えるようになった。
医大を目指していた石田は勉強が良くできた。それは青谷も同じであったが、青谷は妹に勉強を教える気はなかった。
だから、青谷が未来に勉強を教えたのは極わずかな時間だけ。
それは、青谷がいないときだけだった。
そのわずかな時間だけが、二人の触れ合いの時間だった。そのわずかな時間で、二人は互いに好意を持っているらしいということを察した。
その当時、青谷は年下の別の女の子にも好意を抱かれていた。
高校の帰り道に告白された。
だが、よく知らない相手だったので断った。その女の子は未来と同じ制服を着ていたが、石田は気にしてはいなかった。それどころか、その子のことをすっかり忘れていた。
だから、未来と付き合い始めて初めてその女の子――美鈴のことを思い出した。
美鈴は、未来と同じクラスの女の子らしかった。
その美鈴が、石田と付き合った未来のことをSNSで叩き始めた。いや、美鈴はきっかけに過ぎなかったのだ。美鈴に便乗した友人たちが、未来のことを叩き始めた。
未来は、それから家に引きこもってしまった。
未来は、人が信じられなくなったのだと言った。
付き合っていた石田も信じられないと彼女はいった。
そこで、石田と未来の関係は終わった。
そのときは、もう未来は家族の誰とも顔を合わせなくなっていた。石田は、未来からちゃんと別れましょうと言われたことはなかった。ただ顔を見れなくなったので、自分たちの関係は終わったと思った。そして、精神的に不安定になった未来に男女の付き合いという難しい関係を迫るのは、酷なようだと思われた。
だから、石田は青谷の家族と同じように未来に対して「何もしない」ことを選択した。
いや、正確に言うのならば何もしないことが最善だと信じていたのだ。
青谷家は妹の問題は、時間が解決してくれると思っていた。
けれども、時間はただ残酷な未来を運んできただけだった。
未来は、スマホのSNSごしでも同級生からの悪意にさらされていた。それを苦にした彼女は、自殺をしてしまった。その報告を聞いたとき、石田は悔やんだ。青谷の家族と同じ選択をしてしまったことを。
未来が死ぬ前に、石田は青谷の家に遊びにいった。そのとき、石田は未来を見た。引きこもるようになってから、未来はずっとこの世の不幸を一身に背負ったような表情をしていた。その邂逅は、未来が引きこもるようになってから初めての事であった。
未来は「お兄ちゃんのことをお願いね」と石田に言った。
そのときは、深くは考えなかった。
けれども、未来が死んで石田はようやく言葉の意味を知った。あの言葉は、兄が自分の後を追わないようにするためのものだったのだ。もしものときは、今度こそ石田に行動せよといっていたのだ。そして、彼女の遺書いもそのように書かれていた。
だから、石田は青谷を止めなければならない。
青田は、きっと未知の生命体に自分の全てを渡してしまうであろう。それを石田は止めなければならない。けれども、石田には止める手段がなかった。
プロジェクトzの力は、石田の理解を超えている。
力ずくで止めるのは、まず無理だろう。プロジェクトzは怪獣に勝利しているのだ。それに、他にどんな能力を備えているのか予測も出来ない。なにより、青谷はプロジェクトzを離さないであろう。プロジェクトzは青谷にとって見れば、殺してくれる道具にすぎない。だから、青田にはプロジェクトzを手放したりはしないであろう。
「まったく……」
これは、どうにかしなければならない。
しかし、石田ではどうにかする術をもたない。
「貴方が、イシダ?」
暗い夜道で、石田は声をかけられた。聞いたことのない声に振り返ると、そこには少女がいた。高校の制服を身に纏った少女である。石田は一瞬、未来が生き返ったのかと思った。だが、よく見れば未来と少女とは似ていない。長い髪だけが、唯一の面影だった。
「アオタニの現状、唯一の友人ね」
少女は、冷静な声でそう告げた。
「……ストーカーか?」
石田の言葉に、少女は皮肉げに笑った。
「やったことはそうかわりないわ。ネット上にあるアオタニの記録を回覧して、貴方にたどりついたんだもの」
「青谷も俺も、ネットでブログなんかはやってないぞ」
ネットで個人情報を漁れるほどに、ネットの空間はやりこんでいない。
石田は、そう言った。
「この程度の文明でも、日々の記録はネット上に溢れているわ。たとえば、監視カメラ、カードの利用記録、他人が取った写真のデータとかね。貴方たちの関係は、高校時代のクラスメイトがSNSに書き込んでいたわ。そこからカードの利用記録をたどって、近くのコンビニで何度も使用されていたことが分かったの。あとはそのコンビニの監視カメラの中身を見て、貴方とアオタニが一緒にいたところを確認したのよ」
逃げられないわよ、と少女は言っているようであった。
そして、同時に極普通の少女がこんなふうに人の足取りをたどれるものなのかと石田を不安にさせる。
「おまえは、なんだ?」
プロジェクトzと同じものなのか、という意味を込めて石田は尋ねる。
その質問に答えるかのように、少女は姿を変えた。
「私は、yよ。貴方の協力を仰ぎにやってきたの」
少女yは、本来の姿に戻っていた。薄いピンク色の肉体。男女の差を感じさせない、ユニセックスな肉体。それ以外は地球人に近いが、口や鼻といったものはない。
地球人から見れば、一目で異様と分かる姿。
その姿で少女yは、石田の前に立った。
プロジェクトzと似ている姿であった。
「おまえたちは、他人の肉体に寄生するのか?」
石田の質問に、少女yは首を振る。
「違うわ。私たちは自分の肉体を持っているもの。プロジェクトzは、自分の肉体がないから他人の肉体を頼るしかないの。私は、さっきの地球人の肉体でさえ自前のものよ」
少女yは、自分は誰も傷つけてはいないと話した。
「でも、プロジェクトzは違うわ。彼女は、自分の製作者であるBという博士を殺害しているわ」
少女yは、だからプロジェクトzを追ってきたのだと言った。
「私の星では、誰かの命を奪うことが最も重い罪なの。誰かの命は、誰かの命でしか償えないから」
プロジェクトzを見つけて、裁きを受けさせる。
それが少女yの目的であった。
「おまえたちは姿を変えられるのか?」
石田の言葉に、プロジェクトzは頷いた。
「ヒューマンタイプの姿ならばね。ところで、私は貴方に協力を頼みたいのだけれども」
「協力?」
石田は、いぶかしむ。
プロジェクトzも少女yも、怪獣を倒してしまえる宇宙人である。石田の力を借りなくとも、目的を達成できるだろう。少女yは、プロジェクトzのような肉体がないという弱点も存在しない。
「貴方は、私たちについてどこまで知っているの?」
少女yの言葉に、石田は指を折る。
「お前たちはスマホに寄生できる生物で、その気になれば本来の姿に戻って怪獣と戦える。でもって、その武器は血液なんだろ。あと、おまえたちは俺たちの肉体を使って、自分が生まれることができるんだろ」
「それはプロジェクトzの特性ね。本来の私たちは自分の肉体があるから、他人の肉体を使って生まれるということはできないわ。スマホのなかにも入れないし。それ以外は、正解よ」
ならば、なおさらに少女yが石田に協力を仰ぐ理由がわからない。
彼女は、彼女だけで行動ができる。
「けれども、私たちも精神体になって相手の肉体の同居できるの。生物の脳は機械に似ているから、これの応用でプロジェクトzはスマホに取り付いているのでしょうね」
少女yの言葉に、石田は身構えた。
「つまりは、おまえは俺の肉体を使って何かをしたいのか?」
「顔が割れてしまったの」
少女yは言う。
「私たちは地球人に変装できるけど、一度設定する顔を変えることはできないわ。でも、私は地球人としての顔も、本来の姿の顔も割れてしまった。でも、貴方のなかに私が隠れれば、きっとプロジェクトzは気が付けないわ」
少女yは、プロジェクトzに近づくために石田の肉体を貸せといいたいのだろう。
「もしも、おまえの俺の肉体を貸したら俺の意識はどうなるんだ?最初にプロジェクトzが本来の姿に戻ったとき、青谷の意識は消えていたぞ」
「私は、貴方の意識を優先させるわ。ただし、私の肉体に戻ったときは私の意識を優先させるわよ。これは、私の力を悪用させないための保険だから」
石田は、考える。
プロジェクトzを青谷のなかから追い出せるのならば、悪い話しではなかった。ただ、気にかかることはある。
「おまえは、青谷ごとプロジェクトzを攻撃する気か?」
「いいえ、地球人には手をださないわ。あと、ここにやってくる怪獣も倒してあげる。もっとも、赴任期間中のぶんだけだけど」
どうやら、少女yは何か大きな組織に属しているらしい。怪獣退治もプロジェクトzを追っているのも、業務の一環のようだ。だが、石田にはそれぐらいの理由があったほうが信頼できるような気がした。
「……貸してやる。そのかわり、絶対にプロジェクトzを追い出せ」
石田は、少女yの話に乗ることにした。
青谷を自殺させない。その約束を守るために。
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