第10話命の価値
青谷は、少女yのことを気にかけながら実家を目指した。
正確には、実家だった家をである。
閑静な住宅地に建てられた、一軒屋。
この家で、青谷は育った。
「前に事件があって引越したんだ。そのついでに、俺も家を出たんだけどな」
家は不景気のために売れず、近くに住んでいる青谷がときより風を通しにきているらしい。青谷は鍵をつかって、家のドアを空ける。
長年人が住んでいないが故に、家のなかは埃臭かった。それでも、青谷は迷わず進む。二階に上がり、青谷は一つの部屋のドアをあける。
部屋には、何もない。
空っぽの部屋だった。
「箱みたいな部屋ね」
プロジェクトzは、言う。
「ああ、妹はこの部屋に引きこもってた。それで、この部屋で死んだ」
自殺だった、と青谷は言う。
「俺も家族も――何もしなかった。それが、妹のためになると思ってた」
でも、死んだと青谷は言う。
「それから……家にはいられなくなって引っ越した。でも、思うんだ。妹が、一番命の価値を理解していたかもしれないと」
青谷は、妹が死んだ部屋の床に座り込む。
そして、ポケットからプロジェクトzが入ったスマホを取り出す。
「……命は無価値だ」
蒼く輝くプロジェクトzに語りかける。
「だから、私に自分の命を譲渡してもいいと思っているの?」
プロジェクトzは、尋ねる。
青谷は、答えた。
「そうだ。妹は、中学校の同級生に苛められて死んだ。命なんて、この程度のものだ。簡単に奪えるし、奪っても責められない。妹を苛めていた奴らは、高校生になっているよ」
だから、命に価値はない。
価値があったとしても、酷く軽いのだと青谷は言った。
「そうでないと、妹が死を選択した理由が分からない」
「私は分かったわ」
プロジェクトzは呟く。
「貴方は――そうじゃないと救われないと思っている。命は軽くて、妹だけがその真実を正しく知っていたって」
青谷は、プロジェクトzが息を吸ったと思った。
肉体がないのに、真実を言うために大きく息を吸ったと。
「貴方の妹は間違っているわ。100パーセントの確立で間違っているわ」
プロジェクトzは、そう言った。
「私が焦がれる命は、そんなに安いものじゃない」
強い意志を感じる言葉で、彼女は言う。
「私の唯一の欲望は、そんな安いものじゃないの!貴方から、受け取りたいものはね!!」
怒っているようであった。
青谷は、どうしてプロジェクトzが怒っているのか理解できない。
「俺のいらないものなら、簡単に手に入るのに……おまえはどうしてそれを素直に受け取ろうとしないんだ?」
青谷は、自分の命をいらないと考えている。命を絶つほどではないが、大事にするほどのものではないと思っている。何故なら、それが青谷の妹を出した答えであるから。
だが、プロジェクトzは青谷の妹の答えを否定する。
「アオタニ、命は素晴らしいわ。だって、こんなにも、私が焦がれているのだから」
青谷は、瞬きをした。
プロジェクトzの姿が、目の前に見えたからである。スマホの画面上ではなくて、目の前に透き通るブルーの彼女が見えたのだ。小学生ほどの背丈だった。けれどもふよふよと浮いていて、地球人離れした外見も相まってプロジェクトzの姿は妖精のように見えた。
「なんで……おまえの姿が見えてるんだ?」
「きっと、私と貴方の一体化の現象がより強くなったせいね」
プロジェクトzは、言う。
「貴方が見ているのは、幻よ。私には、肉体なんてないんだもの。あるとしたら、唯一つ」
プロジェクトzが指差すのは、青谷の肉体であった。
「ここにある、貴方の肉体よ。貴方の肉体を使って、私は生まれたいの。だって……たとえ私の両親が子供を作ったとしても私になるとは限らないんだもの」
プロジェクトzの言葉に、青谷は少し驚いた。
だが、よく考えれば正しいのだ。
男女二人が子供を作ったとしても、その子供たち全てが同じ遺伝子を持つとは限らない。全ては確立で決まる事柄であり、プロジェクトzはその確立の一つに過ぎない。ましてや、プロジェクトzには人格がある。生まれたての子供に、プロジェクトzの人格を移植するのは不可能である。
「おまえは、両親から生まれた設定があるのに――二人の子ではありえないのか」
自我を得てしまったプロジェクトzは、もはや誰かから生まれることは叶わない。だから、彼女は自分自身で生まれる手段を探していたのである。
「そうよ。二つとして同じものがないの。だから、私は苦労しているのだけれども」
プロジェクトzが、笑ったような気がした。
表情に変化はない。
けれども、青谷には幼い彼女が微笑んだような気がした。
「でも、だからこそ命は素晴らしい。私が貴方の命を奪うまで、貴方にはそのことを思い知らせてあげるんだからね」
「それは、親切心からか?」
青谷は尋ねる。
妹が死んだ部屋で、それよりも幼く見える女の子に向って。
「いいえ、私は自分の考えを押し付けたいタイプなの。それに、自分がもらったものが相手にとってはいらなかったものってムカつくでしょう」
青谷は、少しだけ笑った。
「全部……自分のためか」
「そうよ、100パーセント自分のため。そして、貴方の全ては私のもの!!」
明るい声色のプロジェクトz。
これぐらいの強さが、妹にあればいいと青谷は思った。彼女ほどの強さがあったのならば、絶対に死ななかったであろう。
「……プロジェクトz。おまえが羨ましい」
「私も……」
幻のプロジェクトzは、口を開く。
「私も、たった一つの命を持っている貴方たちが羨ましい」
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