第8話女の子は基本的に人の話し聞かない

「そういえば……おまえは食べないのか?」

 青谷は、スーパーで買い物中にプロジェクトzに尋ねた。ファミレスで飯を食べそこねたので、スーパーで食材を色々と調達していたのだ。そして、プロジェクトzは食料を食べるのかという疑問に突き当たったのである。

「言ったでしょう。私は架空生命体よ。食料とか水とかはいらないわ。というか、私の種族は元々食べ物がいらないの」

 プロジェクトzは答える。

 それに、少しばかり青谷は驚いた。

「ということは、食費いらずか?」

「なんで、そんなところに落ち着くの?私たちは光合成して、それを活力にしているの。もっとも植物と同じで、光であれば日光でなくとも体力の回復は可能よ。私は……肉体がないからそもそもいらないわ」

 便利なやつだ、と青谷は思った。

 食べ物がいらないなら、一ヶ月の食費が全て浮くのに。

「でも、それって食べれないってことなの。貴方の様子を見ていると、食べるっていうのも楽しそうなんだけどね」

 少しばかり、プロジェクトzは羨ましそうだった。

 どうやら、食べれないプロジェクトzにとっては食べるという行為は憧れらしい。

「確かに、おまえプリンとか好きそうだもんな」

「えー、プリンなの」

 プロジェクトzは、やたらと嫌そうな声を出した。

「プリンって、イシダが食べてたやつでしょう。あんなの食べたくない。私が気に入る可能性はゼロパーセントよ!」

 そういえば、プリンやヨーグルト、アイスの品々は石田の大好物である。石田を嫌うプロジェクトzが、それらの品々を嫌うのもよくわかる。

「食べるとわりと旨いぞ。俺は、このメーカーのが好きだけど」

 そういって、好きなメーカーの抹茶プリンに手を伸ばそうとする。だが、その間に小さな手がプリンを奪っていった。

「独り言が趣味なのか?」

 そういって、小さな手の持ち主は青谷に尋ねた。

 彼女は、少女だった。

 まだ中学生ぐらいの少女だった。

 長い黒髪の青いセーラー服。いかにも真面目そうな外見である。つり目で、なんだか気が強そうだった。

「貴方、プロジェクトzを隠しているでしょう」

 少女は、ぎろりと青谷をにらむ。

 青谷は、びくりとした。

 プロジェクトzに何かを伝えようとするが、プロジェクトzは「喋らないで!」と叫ぶ。

「ここで会話したら、90パーセントの可能性でバレるわ。何も知らないフリをして、ここから立ち去って」

 プロジェクトzの言葉に従って、ここから立ち去ろうとする。

 だが、少女は青谷の服の袖を掴んだ。

「逃げたら、叫ぶわよ。ちょっと、そこまで……そうね、コーヒーでも付き合ってくれない?」

 少女が指差すのは、スーパーのイートインコーナーであった。

「……何も分からないふりをして、逃げて」

 プロジェクトzは、そうささやく。

 青田にも、そうしようとした。

「なにを言ってるのか分からないが、誰かと勘違いしてるんだろ」

 少女に背を向けようとした。

 だが、彼女は青谷の背中に固いものを押し当てる。

「想像しているでしょう。貴方は、私の戦いを見ていたはず。ならば、この棒の先から何が出るかも分かっているわよね?」

「おまえは……」

 青谷は、振り向く。

 少女は、自分の身長ほどもある棒を持っていた。

 彼女は、にこりと笑う。

「私の名前は――……この星の言葉で言うとyよ。よろしくね、地球人さん」

 彼女は棒を引っ込めて、青谷に手を差し出す。

 握手という意味らしい。

「おまえは、寝ぼけてるのか?」

 青谷は、少女yにそう尋ねる。

 少女yは、面食らった顔をしていた。

「ちょっと、なにを言っているのよ!」

 少女yは怒りを露にしていたが、青谷はため息をつく。

「いきなり人にこんなものを向けるな。それと、お気に入りのユーチューバーに似てるかと思ったら……そうでもなかったな、おまえ」

 青谷は、そういって少女yに背を向ける。

「いい、アドリブよ。コレなら、あの人も40パーセントの確立で疑わないと思うわ」

 プロジェクトzは、青谷の話しに関心していたようである。

「咄嗟の嘘だ。よくもボロが出なかったと我ながら思う」

 早足で歩きながら、青谷は何も買わずにスーパーを出て行こうとした。

「今出て行ったら、このスーパーごと破壊するわよ」

 再び少女yの声が聞こえて、青谷は振り向く。

 やはり、そこには少女yの姿があった。

「なにを言ってるんだ?高校生がそんなことできるわけない」

 青谷は、冷や汗を書きながらそう言った。

 もしも、彼女はプロジェクトzのように他人の肉体を乗っ取ったピンク色の宇宙人ならば、スーパーを破壊することぐらいは簡単にできるであろう。

「貴方……もしかして、無自覚なの?そうね、そうじゃないと説明が付かないわ。だって、貴方からは私と同族の気配がするんだもの」

 少女yは、棒を青谷へと向ける。

「……出てきなさい、プロジェクトz。出てこないと、貴方をその体ごと破壊するわよ」

 少女yは、青谷に向って棒を振るう。

 その棒は、青谷の腹へと命中した。

 その場で、青谷は膝をつく。

 周囲も異変に気がつき、ざわめき始めた。少女yもそれに気がついて、舌打ちをする。

「プロジェクトz、貴女はこの男を見殺しにする気なの!」

 青谷は、プロジェクトzの心がざわめくのを感じていた。

 だが、まだ出てくるなと念じる。

 今までのプロジェクトzとの意思疎通は、全てが口に出す会話中心であった。そのため、二心同体でありながら念じるだけでどこまでのことが通じるのかは分からない。それでも、青谷は念じる。

 まだ、出てくるなと。

「プロジェクトzってなんだ?そんな名前のテレビ番組は、知らないぞ」

 青谷の言葉に、少女yは唇を噛んだ。

 そして、青谷を胸ぐらを掴む。軽々と青谷の体を持ち上げた少女yは、青谷をスーパーの外にある自動販売機に叩きつけた。

「ぐはっ」

 痛みと衝撃に目を回す、青谷。

 気がつけば、少女yの顔が側にあった。

「さぁ、出てきなさい。プロジェクトz」

 もう一度、少女yが青谷に手を伸ばそうとする。

 だが、その前の少女yの肩を警官が叩いた。

「ここで暴行事件を起こしているという通報があったんだが、君か?」

 警官の出現に、少女yは再び舌打ちする。

 そして、自分の肩を叩いた警官の腕を掴んで背負い投げをした。

「今のうちに逃げて!今ならば60パーセントの可能性で逃げられるわ」

 プロジェクトzの叫びに、青谷ははっとする。

 急いで立ち上がり、逃げ出した。

「なんなんだ、あれは!」

 青谷は叫んだ。

 彼女の運動神経は、普通の女子高生のそれではなかった。

「彼女は、たぶん……戦闘員よ」

「なんだ、その雑魚キャラみたいな区分は」

「私の種族は、戦闘員か非戦闘員かで人を分けてるの。彼女は戦闘員で、たぶんエリートの部類よ。つまり、私より強いわ」

 プロジェクトzの言葉に、青谷はため息をつく。

「おまえの星の人たちって、怪獣を倒してくれる正義のヒーローじゃないのか?」

「怪獣退治は、利益があるからやっているの。というか、怪獣退治は惑星連合が私たちの種族に依託している仕事にすぎないわ。連合に加盟していない地球を守る筋合いはないし、地球人相手にもそれは同じ。最低限の被害で戦ってあげているのは、単なる個人の良心からよ。ただ、今の彼女の任務の優先度は怪獣退治よりも私を探し出すことなんだと思う」

 だから、今は彼女の良心には期待できないとプロジェクトzは言う。

「……地元住民の迷惑よりも、プロジェクトz探しのほうが大切なわけか。やっかいだな、それ」

 青谷はため息をつく。

「やっぱり、知っているじゃない」

 また、後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、そこには少女yがいた。

 どうやら、青谷の話しを聞いていたらしい。青谷は両手を挙げて、少女yから距離をとろうとする。だが、逃がさないとばかりに少女yの腕を掴もうとした。

「絶対に逃がさないわ、プロジェクトz」

「道の反対方向に走って!事故の確率70パーセント!」

 プロジェクトzは叫ぶ。

 その叫び声にしたがって、青谷は道の反対方向に走った。

「逃がさない!」

 少女yは、青谷を追おうとする。

 だが、少女yと青谷の間に車が走ってくる。

 少女yは車を避けたために引かれることはなかったが、それでも少女と青谷の間に距離が出来たことは間違いなかった。

「そうか……元々は演算システムだったわね」

 少女yは呟く。

「貴方、悪いんだけど30パーセントぐらい肉体を乗っ取らせてもらえる?」

 プロジェクトzの言葉に、戸惑いながらも青谷は頷く。

 意識は失わなかった。

 代わりに、自分の意思ではないもので肉体が動く。おそらくは、プロジェクトzの意思だろう。口が開き、言葉を紡ぎ出す。

「私を追うのを止めてもらえる?」

 それは確かに、青谷の声であった。

 けれども、それはプロジェクトzの意思で作り出された声であった。

「私は、あなたたちの邪魔をしないわ。ただ、生まれるだけでいいの」

 それは、切実な願いでもあった。

 この世にいるものならば、全員が叶えているものをプロジェクトzは叶えていない。

 だから、プロジェクトzは手に入れようとしているのだ。

 自分の命を。

「それはできないわ」

 少女yは、首を振る。

「貴女の存在は、認められない。貴女は全ての命を冒涜している。貴女を許せば、生命が一から紡いできた進化の歴史がひっくり返ってしまう」

 少女yの言葉が、青谷には理解できなかった。

「私は、一からデザインされた生命体よ。私の存在が認められたら、どこの星も自分たちの都合が良い生命体を作りだすでしょう?」

 プロジェクトzは、小さく呟く。

「正義の味方のあいつらは、それを許せないのよ」

 プロジェクトzは、空を見た。

「飛べたら、逃げれるね」

 その言葉に、青谷は驚く。

「飛べるのか?」

 だが、よく考えれば少女yも怪獣を倒したとき浮いていた。

 もしかしたら、プロジェクトzたちの種族は飛べるのかもしれない。

「今の私では、無理よ。でも、貴方が私の肉体を使うのならば可能よ」

 プロジェクトzの言葉に、青谷は少しばかり戸惑った。

 飛ぶ自信などなかった。

「……飛ばないと、逃げられないんだな」

「ええ。しかも、隙をつかないとね。……隙は私が作るから」

 プロジェクトzは、小さく呟いた。

「ねぇ、プロジェクトzに肉体を乗っ取られている人」

 少女yは、青谷に呼びかける。

「私ならば、プロジェクトzだけを捕まえられるわ。だから、協力して。動かないで」

 少女yは、青谷に棒を向ける。

「プロジェクトz。俺に肉体の主導権を渡してくれ。姿は、俺のままでいい」

 青谷の言葉に、プロジェクトzは少しばかり戸惑った。

 あるいは、青谷が自分を少女yに明け渡すと思ったのかもしれない。

「自分の言葉で伝えたいことがある」

 青谷の言葉に、プロジェクトzは従った。

 自分の体の主導権が、自分に戻ったことを青谷は感じた。

「y。おまえは、自分の命を投げ出したいと思ったことはあるか?死にたいほどの恨みを抱いたことがあるか?」

 青谷の言葉に、少女yは呆気に取られる。

「なにを言っているの?」

「俺は、自分の意思でプロジェクトzに体を貸してる。いつか、乗っ取られることも理解している。これは、俺の自由意志だ」

 青谷の言葉に、少女yは信じられないという顔をした。

「貴方、いつか死ぬって理解していないの?貴方は命の価値を分かっていないの?」

 貴方の命は、プロジェクトzの命に取って代わられる。

 その意味をちゃんと理解しているのか、と。

「たしかに、分かってなかった」

 青谷は、そう言った。

「命の価値を分かっていなかった」

 目を細める、青谷。

「おまえは、分かるか?命の価値が‥‥‥自分で命を絶つ奴の気持ちが」

 青谷の言葉に、少女yはたじろぐ。

 だが、すぐに彼女は自分を取り戻す。

「分かるはずがない。私は、私の命を大事にしている!」

「なら……おまえもきっと命の価値を分かってない」

 プロジェクトz、と青谷は強く念じた。

 聞こえていないかもしれない。

 それでも、念じた。

「おまえは、何も分かってない。だから、こんな辺境の星に左遷されたんだろ」

「黙れ!」

 少女yは叫ぶ。

 そして、目の色を変えて青谷に向ってこようとする。

 だが、青谷と少女の間に車が通る。

「プロジェクトz!」

 青谷は叫ぶ。

「俺の体を乗っ取れ!!それで、俺に主導権を譲れ」

 青谷の意識が途切れた。

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