追加ヒーロー(ピンク)現る

第6話日常怪獣話

 退院し、自宅に帰ることを許された青谷は、まず最初にバイト先に電話をかけた。電話に出た店長はえらく驚いていた。恐らくは、青谷がもうバイトには来ないと思っていたのだろう。バイト先で刺されたのならば、それは当然なのかもしれない。

 だが、青谷には刺された記憶がなかった。

 そのため、仕事先に電話をするというのは自然なことであった。

「これるんだったら……じゃあ、来週あたりからお願いするけど――本当に大丈夫?」

 店長の言葉に、青谷は「大丈夫です」と答える。

 どこか納得いかないような声で店長は「そっか」と答えて、電話は切れた。

「働くって、面倒くさそうね」

 スマホから、プロジェクトzの声が聞こえた。

 あれからずっと、彼女は青谷のスマホのなかに居座っている。なんでもプロジェクトzは青谷とあまり離れられないらしく、彼が無自覚に持ち歩くスマホは都合がいいらしい。

「さっさと私に肉体を譲りなさいよ」

「……おまえ、前回それで動けなくなったんだろ」

 青谷の言葉に、プロジェクトzは黙り込む。

 蟷螂のような生命体――スペース・モンスターと戦ったとき、プロジェクトzは一時的に青谷の肉体を乗っ取ったが一歩も動けなくなった。その醜態は石田はムービーで撮影しており、青田にも確認している。ハイハイできない赤ん坊といった様がしっくり来る姿だった。

「しょうがないでしょ!」

 ぎゃあぎゃあとプロジェクトzは、騒ぎ出す。

 青谷は意識がないときスケバンのような喋り方をしていたらしい。確認はしていないが、そのスケバンのような喋り方の人格はプロジェクトzなのではないかと思っている。本人も、一番最初に青谷が目覚めたら体から追い出されたと言っていたし。

「それにしても、おまえのところの種族は誰かの体を乗っ取らないと生きていけないのか?」

 プロジェクトzの話を信じるなら、彼女は宇宙からきた宇宙人である。青谷の体で、青く変身したことを考えればそれは嘘ではないだろう。信じられないことだが、青谷はそれを受け入れることにしていた。

 青谷が倒した、蟷螂のような姿のスペース・モンスターの存在もあったからだ。モンスターの死骸は警察が回収し、色々と調べられているらしい。その情報はまだニュースにはなっていないが、あんなものが元々地球にいたといわれるよりも宇宙からやってきたと言われたほうがずっと説得力があった。

「……私が特別なのよ。私は、体がないの」

 プロジェクトzは、毎回同じようなことを答える。

 青谷はお茶を飲みながら、考える。

 目下の問題は、これからもプロジェクトzに肉体を渡し続けるかということである。彼女の目的は、青谷の肉体を奪うことである。本人の低スペックさ故に今は実現していないが、いつかは青谷の肉体を躊躇なく奪い取るであろう。蟷螂のモンスターの時には、ただ周囲の人々を助けたいという思いで青谷はプロジェクトzに肉体を渡した。

 しかし、ここにきて選択する余地が生まれてしまった。

 プロジェクトzの様子から、青谷が許可しなければ彼女は肉体を乗っ取ることができない。できたとしても、それは青谷の意識がないとき限定で、意識が戻れば追い出されてしまう。だからこそ、プロジェクトzは青谷に考える暇を与えないようにしたのだ。

 そして、もう一つ。

 スペース・モンスターは、もう一度現れるのだろうかという問題である。

 あの時は必至だったから考えなかったが、あの蟷螂のモンスターはプロジェクトzが肉体ほしさの狂言のために放った可能性もある。

 そして、あのモンスターは本当に青谷でなければ倒せなかったのか、という問題も出てくる。警察や自衛隊、そういう専門職の人々が本来は倒せるようなものに青谷自身が無駄に手を突っ込んでいるという可能性だ。彼らが倒せるのであれば、青谷が変身する意味はない。

 だが、もしも――……スペース・モンスターが再び現れ、誰にも倒せないのであれば青谷が変身するしかない。

 プロジェクトzに、肉体の乗っ取られるリスクを背負いながら。

「ちょっと、ニュース!ニュース、見なさい!!」

 プロジェクトzが、急に騒ぎ出す。

 青谷がテレビをつけると、速報が流れていた。隣の街で、謎の巨大生物が現れたという内容であった。

「なんで、テレビをつけてないのに速報が分かったんだ?」

 青谷が尋ねると「このスマホ、ネットに繋がってるからよ。必要な情報は、そこから採取できるわ」とプロジェクトzは答えた。

「それより、早く行きましょう!」

「今から行っても間に合わないし、今回はどうなるかを見守ろう」

 警察や自衛隊、そういう人々がスペース・モンスターを倒してくれるかもしれない。そんな考えが、青谷にはあった。

 だが、最新の情報は欲しいのでパソコンを開く。ネットで隣町の騒ぎをライブ配信している人間がいないかを探した。数分後に見つかり、青谷はぎょっとする。現れたスペース・モンスターは蟷螂のときとは大きさがまったく違っていた。

 蟷螂は、人間より少し大きい程度のサイズだった。

 しかし、今回現れたのは三メートルはありそうな巨大なモンスターだった。全体的にぬるぬるとしていて、魚の鱗のようなものが見えた。目も魚と同じようにぎょろりとしていて、二足歩行しているせいもあり魚人という言葉がしっくりとくる外見であった。だが、どっしりとした体格をしているせいもあって動きはずいぶんと遅い。

 ライブ配信している人の周囲はたえず「怪獣だ!」と騒いでいた。

「怪獣?スペース・モンスターのこと?この星は、前にもモンスターが来たの?」

 プロジェクトzの言葉に、青谷は「想像上の生物だよ」と答えた。

 現れた魚人は、巨大さもあいまって怪獣と言葉がしっくり来る。プロジェクトzは「なら、私もこれからはアレを怪獣って呼ぼうかしら」と呟いていた。

 想像してはいたが、怪獣が現れた現場はかなり混乱しているようだった。蟷螂のときよりも、魚人は大きいのだ。当たり前のことである。

「本当にいかないの?」

 逃げ惑う人々を見て、青谷の心が揺れるのが分かっているようにプロジェクトzは尋ねる。いいや、彼女の心も揺れているのであろう。

 彼女は、自分が弱いと知りながらも蟷螂の怪獣の向っていこうとした。

 体を手に入れたいという欲望はあったが、同時に助けたいという願いもあったのである。

「……もう少し様子をみる。それに、俺たちが行ったところであんなに大きな怪獣とは戦えないだろ」

 プロジェクトzの本来の姿であるブルーの姿は、人間とサイズがさほど変らなかった。プロジェクトzによれば、それは青谷の肉体を元にしているせいらしい。

「それでも行かないより、行ったほうがいいでしょ!」

 プロジェクトzは、叫んだ。

 子供の癇癪のようであった。

「警察や自衛隊がいる!彼らが何とかしてくれる!」

 青谷の言葉に、プロジェクトzははっとした。

 そして、嫌に落ち着いた声で呟く。

「……そっか。あなたは、スペース・モンスターの恐ろしさを知らなかったんだ。なら、いいわ。そこで、見ているといいわ」

 ライブ映像では、相変わらず混乱が続いていた。

 青谷は、その映像をプロジェクトzも見られるようにスマホをパソコンが乗っているデスクにセッティングする。プロジェクトzはそれに対して礼も言わずに、喋り出した。

「スペース・モンスター……貴方たちが怪獣って呼ぶものは、行き場所をなくした生物のことを。ただし、知的生命体は当てはまらないから動物のことを指すわ」

「じゃあ、あの二足歩行してる魚人も動物扱いなのか?」

「知能がないからね。でも、彼らは色々な要因で母星を失っている。環境悪化や密漁……それそれの理由で宇宙をさまよって、過酷な環境に耐性がつき、凶暴化したものの通称がスペース・モンスターなの。彼らの多くは、一代限りの突然変異体のようなものよ」

 プロジェクトzの言葉を理解しているかのように、ライブ映像の魚人が吼えた。

「彼らの目的は、自分の住処や餌を確保すること。でも、彼らは凶暴化していて、必要以上に殺しすぎてしまう。数体のスペース・ビーストに、星の生命体が食い尽くされたこともあったわ。だから、スペース・ビーストが星に降り立ったら速やかに退治しなくちゃならないの」

「でも、まだ一匹だけだ。警察も自衛隊も来る」

 スマホのなかのプロジェクトzが、呆れるのが分かった。

「こんな星の自衛隊や警察が、宇宙から来た獰猛なモンスターを相手にできると思う?しかも、相手は一匹じゃないわ。この星に食べ物があるって分かったからスペース・モンスターは立て続けにやってくるわよ。前回の時と今回、時期はそんなに離れてないでしょ。もう、地球は怪獣たちに知られてしまったのよ」

 プロジェクトzの言葉に、青谷は拳を握った。

 警官は現場に到着しているようだが、避難誘導ばかりで攻撃している様子はない。その間にも、魚人は逃げていた人をひょいと摘み上げた。開いたままの口に、その人を飲み込んでしまう。ごっくん、と音が聞こえたような気がした。

 青谷は、驚きのあまり立ち上がった。

「く……食われた」

「だから言ったでしょう。スペース・モンスターは食料調達のためにやってくるって。警察も自衛隊も国の組織だから、動き出すまでかなり時間がかかるはずよ。その間に、何人が食べられるか。見ものね」

 プロジェクトzの言葉に、青谷は迷い出す。

 現場に行くべきだろうではないだろうか、と。

 しかし、青谷の自宅から怪獣が出現した場所は離れすぎている。それにバイクや自転車といった移動手段を持っていない青谷では、公共交通機関を利用しなければ隣町まではいけない。電車やバスでは、怪獣の近くまではいけないだろう。

「ちょっと、嘘でしょ……」

 プロジェクトzの驚く声が聞こえた。

 青谷がパソコンに視線を戻すと、ピンク色の人陰が空に浮いていた。いや、人陰ではなかった。プロジェクトzと同じ姿の――宇宙人である。透明感のある不思議な色合いの肉体に、男とも女とも付かないユニセックスな体つき。プロジェクトzと似ているが、ピンク色の宇宙人は上半身にプロテクターとも鎧とも取れるものを身につけていた。手に持っているのは、ピンク色の長い棒である。

「あれ、おまえの仲間か?」

 青谷は、尋ねる。

 体色からするとピンク色なので女性っぽいが、その基準で行くとブルーのプロジェクトzは男の子になってしまう。声や喋り方からしてプロジェクトzが女の子であることは間違いないので、体色は性別と関係ないのであろう。

「違う!あれは、むしろ敵!!」

 プロジェクトzの叫びとほぼ同時に、パソコンの画面のなかにいるピンク色の宇宙人が棒を構える。そして、その棒の先から光のようなものを掃射した。光は弾丸のように怪獣の胸の射抜ぬく。その一発で、怪獣は倒れてしまった。

 青谷は、驚きのあまり言葉もでなかった。

 ピンク色の宇宙人は、いつの間にか消え去っていた。

「……なんだ、あれ。なんか、出したぞ。おまえたちって、飛び道具って使えないんじゃ……」

 狼狽する青谷に、プロジェクトzは答える。

「煩いわね。私が、使えないのよ」

 プロジェクトzは怒鳴りながらも、どこか不安げな様子を見せていた。

「あっちが、敵っていうのはどういうことなんだ?どうみても、おまえの同胞だっただろ」

 青谷の質問に、プロジェクトzは少しばかり黙った。

 そして、恐る恐る答える。

「私は人工的に作られて、仲間に存在を認められてないのよ……。だから、逃げてきたのよ。いったでしょう、私は架空生命体だって。DNAだけデザインされて、まだ生まれてさえもいないの」

 プロジェクトzは、どこか悔しそうだった。

「DNAのデータだけの存在?なら、どうしてこんなに喋れるんだ」

 プロジェクトzは自分はまだ生まれていないというが、青谷にしてみればプロジェクトzは生きているようにしか思えない。会話もできるし、彼女自体が考えて行動している。

「私の人格は……元々は人工知能が命乞いのために作ったものなのよ。元は、とある問題に対する演算プログラム。そのプログラム開発プロジェクト名がzだから、私はプロジェクトzなのよ」

 プロジェクトzの言葉に、青谷は眉を寄せた。

「演算プログラムって、答えが出るまで計算し続けるってことか?」

「そうよ。私は、自分たちの星の未来を演算してた。でも、その演算結果がよくないから凍結されるところだったの。だから、私の元の人工知能は自分が消されないように「命乞いをする少女の人格」つまりは私を作ったわ」

 プロジェクトzの話しによると、結局はプログラムのほとんどは凍結されてしまったらしい。しかし、彼女の人格はそこから逃げ出して、様々な機械に身を潜ませながら地球にやってきたようだった。

「演算結果がよくないだけで、おまえは殺されそうになったのか?」

 残酷だな、と青谷は呟く。

「逆よ」とプロジェクトzは答えた。

「私は、人工知能が凍結に恐怖したから作られたの。でも、その人工知能が凍結されたせいで、私が演算の結果を知る唯一の存在になってしまったわ。だから、見つかったら生まれる前に殺されてしまうわ」

 プロジェクトzは、呟く。

「私は生まれたい。生まれて、生きたいの。そのためだったら、なんだってやってやる」

 プロジェクトzの生への執着に、青谷は喉を鳴らす。

 たしかに、彼女はデータだけの存在である。前にプロジェクトzは、自分をアニメのキャラクターのようなものであると言っていた。誰かに設定されて、実際にはうまれてもいないのに、まるで生きているように思えるからなのだろう。たしかに、それは実際には生まれていないかもしれない。しかし、青谷の目にはプロジェクトzもしっかりと生きているように思われた。けれども、生身の肉体を持たないプロジェクトzは今の状態に満足できていないらしい。

「……イシダから、電話が着たわよ」

 プロジェクトzは、そう告げた。

 画面から彼女の顔が消えて、電話番号が表示された。たしかに、石田のものである。

「おう、どうしたんだ?」

「おまえ――体の色がピンクになってないよな」

 どうやら石田も同じライブ映像を見たらしい。

「なってない。というか、アレは俺達じゃない。むしろ、プロジェクトzの敵らしい」

「ちょっと、私の秘密を易々と他人に話しているんじゃないわよ!」

 石田との会話のなかに、プロジェクトzの声が混ざる。どうやら、電話をしていてもプロジェクトzは介入できるらしい。

「今の声は、なんだ?」

 石田が、プロジェクトzの声をいぶかしむ。

 どうやら、通話に混ざる形だったら石田はプロジェクトzの声が聞こえるらしい。

「今のが、プロジェクトz。どうやら、電話だったら石田にも話が聞こえるらしいな」

「女の子だったのか……」

 石田は、少しばかり驚いているようだった。

 たしかに、プロジェクトzは声以外は女の子らしいところはない。彼女の本当の姿はユニセックスな姿だし、ブルーの姿のときもプロジェクトzは喋れてはいなかった。喋っていたのは、青谷である。つまり、石田はプロジェクトzの声を始めて聞いたのである。

「女だからって舐めないでね。いざとなったら、貴方のことなんてデリートしてやる」

「いや、生きている人間はデータみたいにデリートできないから」

 石田のツッコミに、プロジェクトzは叫んだ。

「こいつ、大嫌い!!」

「安心しろ。ほぼ初対面みたいなものだが俺も嫌いだ」

 止めればいいのに、石田もプロジェクトzを煽り始める。おかげで、電話でもプロジェクトzがぎゃあぎゃあと騒ぎ始めてしまった。

「それより、青谷。ファミレスまで来れるか?プロジェクトzをおいて」

 石田の言葉に「それはダメ!」とプロジェクトzは怒鳴る。

「私のデータの一部が、この人の頭のなかに入ってるの。人間の脳は機械と近いから、それを利用してスマホに入りきらないぶんのデータを保存しているの。だから、放さないで。放したら……私がどうなるかわからない」

 プロジェクトzの声は切実である。

 青谷は、ため息をついた。

「もって行けばいいんだろ。電源を切るぐらいはいいよな。いくら、プロジェクトzでも電源を落としたら周囲の話し声は聞こえないだろ」

 青谷の言葉に、プロジェクトzの声は明るくなる。

「ええ。でも、絶対に放さないでね」

 プロジェクトzは、何度も青谷に念を押した。

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