第4話はじめての変身
「青谷!青谷!!……青谷だよな?」
目覚めると、戸惑ったような石田の顔が眼前にあった。
知らない人々の悲鳴も聞こえてくる。
何があったのか青谷には分からなかった。とりあえず分かるのは、自分がまだ生きているということである。
「いててて、なにが起こったんだよ」
体が起こすと、いたるところが痛んだ。
「覚えてないのか?おまえは、バイクから落ちたんだぞ」
石田は心配そうに言うが、それは覚えていた。
というか、自分から落ちた。
よく考えれば、そんなことをすれば後続車に引かれるはずである。だが、その割には青谷は軽症である。クラクションの音が聞こえて、青谷はびくりとする。
音のした方を見れば、車道では渋滞が起こっていた。車はまったく動かず、人々はその間を縫うようにして逃げていく。
「おまえ……」
石田は、スマホを取り出して青谷の姿の写真をとる。
そして、それを青谷本人に見せた。
「おまえ、体が群青色になってるぞ」
石田の言うとおりだった。
青谷の肉体は、変化していた。洋服もなにも纏っていない姿だ。それでも裸だと感じないのは、えらくシンプルな肉体になっているせいであろう。人間として隠すべき所もつるりとしている。顔までもシンプルで、それはスマホの画面で見たプロジェクトzの顔に似ているようにも思われた。無論、元の青谷の顔の面影はない。そして、全身は透明感のあるブルー一色になっていた。
「お前のチンコはどこに行ったんだ?」
石田は、とても真剣な表情で尋ねた。
「もうちょっと、別のことをたずねろ!」
若干気になったが、今問題にするべきはそこではない。
「おい、プロジェクトz!これは何なんだ!!」
青谷は、スマホに向って叫んだ。
返答は、頭のなかに響いた。
「……上手く、体を動かせなかったのよ」
不貞腐れたようなプロジェクトzの声。
その声が、頭のなかに響く。
「おい、お前の声が頭に響いて不快だぞ。これ……」
「仕方がないでしょう。さっきより、一体化の比率が高まっているんだから。まったく、こんなはずじゃなかったのに」
動かなかったのよ、とプロジェクトzは言う。
「今、なんていったんだ?」
「だから、体の動かし方が分からなかったのよ!」
プロジェクトzの言葉に、青谷は唖然とする。
「盲点だったわ。私は、自分の肉体を持ったことがないでしょう。だから、いきなり肉体を持っても動かし方を学習していないから……上手く動かせなかったの。強盗に背負い投げしたときは、ほとんど無意識だったからできたのかしら」
「つまりは、生まれたての赤ちゃん状態だったわけか」
青谷の言葉に「そうよ!」とプロジェクトzは答える。
「今の状態じゃ、私は戦えないわ……だから、貴方が代わりに戦って」
「他人に丸投げするなよなっ!」
だが、あの蟷螂のような生命体をどうにかできるのは青谷しかいなかった。警察はまだ来ていないし、人々は逃げるので精一杯だ。蟷螂の生命体はどうやらいたるところで人間を襲っているらしく、人々の悲鳴があちこちで聞こえた。石田は、青谷に自分の上着をかける。
「とりあえず、逃げるぞ。蟷螂のせいで事故が起こって渋滞が起こっているけど、バイクだったら隙間を縫って逃げられる」
石田の判断は正しい。
たしかに、道路の車は全てが止まっていた。人々も逃げ惑い、ここが安全と言い難い証明のように思われた。それでも、青谷はこの場から逃げたいとは思えなかった。
「プロジェクトz。おまえの力なら、あの蟷螂を倒せるんだったよな」
青谷は、確認する。
「言ったはずよ。保障はできない、って」
プロジェクトzの言葉に、青谷は笑おうとする。
だが、顔の筋肉は固く硬直して微笑むことはできなかった。
「それでも、おまえは行くことを決心してたんだろ。それに、これは俺の望みだ」
青谷はプロジェクトzに、命ずる。
「あの蟷螂野郎はどこだ?」
プロジェクトzは「少し待っていて」と呟く。
「演算開始――終了」
プロジェクトzは、叫ぶ。
「前方!500メートル走ったところよ。今から急げば、邂逅できる可能性は90パーセント」
青谷はそれに頷いて、石田がかけてくれた上着を脱いだ。
「悪い。ちょっと、戦ってくる」
青谷の言葉に、石田は驚かなかった。
ただ上着を受け取って、顔をうつむかせる。
「こんなことをしたって、未来は喜ばないぞ」
青谷は、それには答えなかった。
代わりに、走り出す。
「プロジェクトz。おまえ、何が出来るんだ?」
「何が出来るって?」
青谷の言葉を、プロジェクトzは理解できていないようであった。
「だから、必殺技とがあるんだろ」
「ないわよ。そんなもの」
あっさりとしたプロジェクトzの言葉に、青谷は言葉を失った。
「おまえは戦う手段もないのに、あの蟷螂をどうするつもりだったんだ?」
「殴る、つもりだったわ」
プロジェクトzの堂々とした言葉に、青谷は何も言えなくなる。
「よく、それで戦う気になったな。おまえ……相当な阿呆だろ」
「あら、あなたも阿呆だと思うわよ」
どこか魅惑的な声で、プロジェクトzは言う。
「だって、得体の知れない私の肉体を渡したんだもの」
「そうだったな。とりあえず、その話は後だ」
青谷の目が、蟷螂のような生命体を捕らえた。
蟷螂の黒い鎌は、血でべっとりと汚れた。すでに何人もの血を吸っている。それが分かるほどの量の血であった。ちらりと、蟷螂がこちらを向いたような気がした。
「こっちに気がついた確立、10パーセント」
青谷は、プロジェクトzの言葉を聞く。
10パーセントしかないのならば、と思い青谷は思いっきり地面を蹴る。飛び上がった青谷は、そのまま蟷螂に蹴りを食らわせた。蟷螂の体は思ったよりも軽く、軽々と吹き飛ばされる。
「こいつ、軽すぎないか?」
「貴方の筋力自体が上がっているし、それに相手が飛べる構造なのかも」
プロジェクトzの言葉は、腑に落ちた。
地球の蟷螂だって、飛ぶものである。
青谷に蹴り飛ばされた蟷螂は、大きな鎌を持ち上げて威嚇してくる。もはや、自分から逃げる周囲の人々は目に入っていない様子であった。知能はあまり高くなさそうである。
蟷螂の鎌が、青谷に振りかざされる。
青谷は、それで腕で防ごうとした。
「切断される可能性95パーセント!」
だが、プロジェクトzの言葉に青谷ははっとする。
腕と鎌が触れ合った一拍後に、青谷は後ろに下がる。蟷螂の鎌が触れた皮膚は切られていた。痛みはほとんどなく、切られたことにも気がつかなかった。青谷は、ごくりと喉を鳴らす。蟷螂の鎌は、青谷が想像したよりもずっと鋭かった。そして、青谷の避けた皮膚から流れる血液もブルーであった。
「あれ、思ったより厄介だぞ。さっきみたいに隙をついて、蹴るっていうのも難しそうだし」
一瞬触れただけで、血が流れる。
それほどに、蟷螂の鎌はするどかった。
「なにか、飛び道具とかないのか?」
「そこらへんの石とか投げたら」
プロジェクトzは、真剣な声でそう答える。
どうやら、本気らしい。
「たしかに、投擲は最古の武器ではあるけど。石を取りに行く暇はないぞ!」
蟷螂は休む暇なく、青谷に襲い掛かっている。
その鎌に触れないように避けることで精一杯だ。
「……あんまり使いたくなかったけど、血に触って」
プロジェクトzは、そういう。
「血って、この青いやつか?」
「ええ。それで、腕に一本線を描いて」
青谷は、青い血に触れることに一瞬躊躇する。だが、他に手もなかった。腕から流れる血をひと掬いして、肘から手の甲にかけて一本の線を引く。青い血はあっという間に乾いて、腕から浮かび上がった。
それは剣に思われた。
柄など握る部分はなく、刃が直接腕にくっ付いている。
「なんだ、これは?」
青谷は、尋ねる。
血が固まったものというには、刃は鋭く尖りすぎている。まるで、刀匠が鍛えたような鋭さである。
「あら、地球人は血液から武器は生成できないの?」
プロジェクトzは、驚く青谷が不思議だと言いたげであった。
「そんな物騒な肉体構造はしていないんだ」
「そうなの、不便ね。私たちは血液から武器を生成することができるわ。何ができるかは個体差があるらしいけど、頼りきらないでね」
貧血になるから、とプロジェクトzはいう。
「分かった。よっと」
青谷は刃で、蟷螂の鎌を受ける。
刃はどうやら頑丈な作りらしく、蟷螂の鎌でかけることはなかった。青谷は刃で蟷螂の鎌を受け止めている間に、蟷螂の胴体に蹴りを入れた。
蟷螂は倒れ、青谷はその上に圧し掛かる。
そして、刃を蟷螂の腹にねじ込んだ。蟷螂はもがいて青谷を切断しようとしたが、青谷はそれよりも早く刃を折った。蟷螂は地面に縫い合わされたまま、標本のようになる。
「もうちょっと、スマートな倒し方はなかったの?」
プロジェクトzは、不満そうである。
「初心者に無理を言うな。それより、この後はどうする?」
蟷螂から人々が逃げたために、人通りはすっかりなくなってしまっている。だが、青谷の今の姿では下手に逃げ出せば目立つ。
「……残念だけど、私の一部をスマホに戻すわ。持ってるわよね、スマホ」
青谷はポケットを確認しようとしたが、そもそも服を着ていないことに気がついた。
「スマホはポケットに入れていたから……まさか体に吸収されたとか」
「そんなはずはないわ。たぶん、最初に変身したところで落としたのよ」
青谷は、血の気が引いた。
最初、青谷はバイクの上でプロジェクトzに体を譲渡した。あのままスマホが道路に転がり落ちていたら、間違いなく車に引かれていることだろう。
「おい!」
青谷に、声がかけられる。
振り返ると、そこには石田がいた。
手に持っていたのは、青谷のスマホであった。
「これ、忘れてるぞ」
石田は、青谷の手にスマホを落とす。
その様子は、いつもと全く変らない。
「おまえさ、この見た目なんだから少しはビビれよ」
青谷の言葉を、石田は鼻で笑った。
「こっちはいきなりバイクから落ちられて、芋虫みたいに這いずり回っている姿を見てるんだ。今更、驚けるか」
そんなことになっていたのか、と青谷は驚く。
薄いブルーの肉体でそんなことをやっていたかと思うと、酷く滑稽である。
「とりあえず、戻れ。人に見られたら、厄介だぞ」
石田の言葉に、青谷は頷く。
スマホを握って、プロジェクトzに尋ねた。
「これ、どうするんだ?」
「ちょっと待って、移動中だから」
プロジェクトzの声を共に、青谷は意識を失った。
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