第3話カマキリ怪獣

 プロジェクトzが指定した公園は、病院から程近かった。

 すでに日は落ちており、あたりはえらく暗い。公園ならば街灯も多くありそうなものだが、気休め程度しか設置されていなかった。

 この公園は、特別に有名なわけでもない。バラエティ番組でも有名人が店に行く前に歩いて通ったぐらいである。だが、プロジェクトzは「ここに行きなさい!」と騒いだ。しかも、スマホに地図まで表示させた。

 青谷は、スマホを操作してしなかった。勝手に表示されたのだ。

「おい……なんだ、これは」

「忘れたの。この機械の中には、私の一部が入っているのよ」

 プロジェクトzは、得意げに言う。

「この星の機械程度だったら、どこにだって忍びこめるわ。イシダのスマホにだって、余裕よ」

 得意がるプロジェクトzであった。

「また、スマホが騒いでるのか?」

 バイクにまたがる石田が尋ねる。

 公園には、石田のバイクに相乗りさせてもらってやってきた。近くに公園といえども、石田のバイクがなければもう少し時間がかかったであろう。

 遊具などはない、小さな公園である。

 あるのはベンチと花壇ぐらいで、遊び場としての公園よりもただの通り道としか機能しているような場所であった。そんな場所だからか、地図を見てもたどり着くのが遅くなってしまった。付き合った石田も、若干疲れているようである。

 そんな石田に、青谷は答える。

「ああ、お前のスマホも乗っ取れるって言ってる」

 石田は、青谷が握っているスマホをにらむ。

 どうやら、スマホのなかにいても石田が怒っていることは分かっているらしい。プロジェクトzは「なによぉ」とちょっと怯んだ。

「俺のスマホに手を出してみろ。お前をひき殺すからな」

 石田の言葉に、青谷は「俺のスマホだ!」と叫んだ。

「無駄よ。地球人には、絶対に私は壊せないんだから。だって、私は架空命体。1と0の世界がある限りは、生きつづけるわ」

「つまり、俺のスマホが無駄に壊れるだけじゃないかっ!石田、絶対に壊すなよ!!」

 お前はやりそうだ、と青谷は怒鳴る。

「静かにして」

 プロジェクトzは、そう呟く。

 スマホのなかの女の子に「夜は静かに」と注意されて、青谷は少しばかりむっとした。元はと言えば、プロジェクトzの言葉が発端である。

「100パーセントよ。背後にいるわ」

 その声に、青谷も石田も振り返る。

 どん、と何かが落ちる音がした。

 暗がりのなかで、何かが木から落ちたのである。それは、人にしては若干大きなような気がした。酷い猫背が、まるで獣のようであった。

「青谷、乗れ」

 石田が、声をかける。

 良くないものだ、と石田は判断していた。青田も、目の前に現れたのが頭のおかしな変質者であると思った。関らないほうがよいと思い、石田のバイクに飛び乗る。

「60パーセントの確立で爪が頭上を通るわ。しゃがんで!」

 プロジェクトzの叫び声が聞こえる。

 その声は、切羽詰っているように感じられた。

 青谷は、咄嗟に石田の頭を押さえつける。自分も頭を低くすると、頭上すれすれに何かが飛んできた。それは、石田の頭を押さえつけた青谷の手を掠める。

「つっ!」

 皮膚が裂ける痛みに、青谷は顔をゆがめる。

 木から飛び降りた猫背の変質者は、のっそりと青谷たちに近づいていた。電灯の光を浴びて、その全貌が明らかになる。

 真っ黒であった。

 青谷たちが、それを最初に見たときに思った感想はそれであった。どんな生物よりも鋭利で、長い爪を持つ生物。人間よりわずかに大きな体格。けれども、全体的なシルエットはほっそりとしている。青谷には、蟷螂を無理やり大きくしたような恰好に思えた。

「あれ、本当に人間か?」

 青谷は、手の甲を押さえつつもそう呟く。

 どう見ても、蟷螂は人間が化けた姿には見えなかった。まるで映画のクリーチャーが、現実に出てきたかのようであった。

「あれは、スペース・モンスターよ」

 プロジェクトzが、そう呟く。

「宇宙の怪物?」

 青谷は、プロジェクトzに尋ねる。

「ええ、宇宙空間に無数に漂う凶暴な生命体の俗称よ。早く逃げないと切り刻まれるわよ」

「お前が、ここに連れてきたんだろうが!」

 石田のバイクにエンジンがかかる。

「そうよ。私の種族は、あれと戦っていたの」

 プロジェクトzは、言う。

「あれが、無防備な地球に落ちてきたから私はここにやってきたの」

 プロジェクトzの言葉は、どこか悔しそうなものであった。

 今は戦わないのか、と青谷は尋ねる。

「……私は、戦えないのよ。だって、私はまだ生まれてはいないんだもの」

 バイクが走りだした。

「生まれてない?ここで喋っているのは、誰だ?」

 そもそもプロジェクトzは、青谷の妄想かもしれない。

 それでも、生まれていないというにはあまりにも煩すぎる。

「私は、ここではない星でデザインされた生命体よ。でも、あるのはデータ上の遺伝子情報だけ。性格も人格も1と0の世界のなかにあるのに、現実には私は存在しない。そうね、地球でいうアニメのキャラクターと似てるいかもしれないわ。詳細なキャラクター設定はあるのに、私は現実にはいないのよ」

 だから、とプロジェクトzは言葉を続ける。

「――私は、あなたの体が欲しい」

 それは、願望の言葉であった。

「だから、貴方の体を乗っ取ろうとしたのよ」

「おまえ、とんでもないことをこんなところで」

 青谷は、後ろで悲鳴が聞こえたことに気がついた。

 振り向けば、蟷螂のような生命体が通りすがりの人々を襲おうとしていた。

「おい、あれ!」

 悲鳴を聞きながら、青谷はプロジェクトzに向って叫ぶ。

「今の私には、助けられないわ。だって、体がないから」

 プロジェクトzの言葉に、青谷は唇を噛む。

「もしも、この星の同胞を助けたいと願うのならば――私に肉体をよこしなさい!」

 その言葉に、青谷は言葉を失った。

「最初から、それが目的だったのか」

「ええ。私は自分が生まれるためならば、なんでもするわ」

 また、悲鳴が聞こえた。

 それは、さっきよりも若い少女の声のように思われた。青谷の脳裏に、紺色の制服を着た妹の姿が浮かんだ。もしも、蟷螂に似た生命体に襲われていたのが妹ならば、青谷はそれを助けなかった他人を呪うであろう。

「……必ず、救えよ」

「保障は出来ないわよ」

 プロジェクトzの言葉に、青谷はひっそりと笑った。

「それでも、戦ってはくれるのか。……どうすれば、お前に肉体を譲渡できる」

「スマホに一つだけ、アプリが入っているはずよ。それを起動させて。それで、私はあなたの肉体を乗っ取ることができる」

 青谷は、スマホの画面を見る。

 たしかに、一つだけアプリがあった。青谷がインストールした覚えがない、zと書かれたアプリ。このアプリは、zが青谷の肉体を乗っ取るためのアプリであったらしい。

「石田、ここまで……悪い」

 青谷は、石田の背中から手を離した。

 自分の体が地面にぶつかる、その前に――青谷は意識を失った。

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