宇宙から来たやたらと偉そうな女の子と蟷螂の怪獣の話し

第2話うるさい女の子は宇宙人

青谷尊が目覚めると、白い部屋にいた。

 どうやら病院の病室らしいが、自分がどうして病室で寝ているのかが分からない。さっきまで自分は、バイト先のコンビニでレジを打っていたはずだ。しかも、そのときは深夜だったはずなのに今は夕暮れだ。つまりは、どう計算しても丸一日は寝ていた計算になる。

 夢だろうか、と青谷は考える。

 だが、夢にしてはシーツの感触が妙にリアルである。なにより、夢にしては全く進展がない。ひたすら、病院のベットで眠っているだけである。普通の夢なら、何かしらのアクションがあってもいいだろう。少なくとも青谷は、動かない夢など見たことがなかった。

 体を起こしてみると、やはりそこは病院の病室だった。青谷は、カーテンで部屋を区切ってある場所を病院しか知らない。

「よう」

 そんなふうに声をかけたのは、青谷が寝ていたベットの隣で雑誌を読んでいた男である。気安いのは、高校以来の友人であるからだろう。石田英章は、青谷の高校時代から続くほぼ唯一の友人である。昔からマイペースなたちの石田は読んでいた雑誌をおくと、ビニール袋からプリンを取り出して食べ始めた。

「おい……」

 どうして自分がここで寝ているのかは分からないが、とりあえずそれはお見舞いの品ではないのだろうか。青谷は、そう思った。

 石田は、無言で頷く。

「いや、意識はあるって聞いてたから自分の分しか買ってこなかったんだ。欲しいんだったら、下の売店で買ってきてくれ」

 石田の言葉に、青谷は頭を抱える。

 意識がなければ、石田は青谷の分までプリンを買ってきたのだろうか。買ってきただろう、と思わせてしまうところが石田が石田たる所以である。相手に意識がないときはプリンを買い、相手に意識があるときはプリンを買ってこないような、訳の分からない男なのである。

 だが、この訳のわからなさのおかげで、友情が続いているのだろうとも青谷は思う。高校を卒業してから、青谷と石田の進路は別れてしまった。だが、石田は青谷のアパートを秘密基地と勘違いしている節があり、時より今日のように自分の分だけのオヤツを買ってきて勝手に食べて帰っていくのである。青谷は、石田のことを餌代のかからない野良猫だと思うことにしている。そう思わなければ、納得できない行動が多すぎる。

「……俺は、どうして自分がここにいるのか分からない」

 青谷がそう言うと、石田は少しばかりびっくりしていた。

 どれぐらい驚いたかというと、食べかけのプリンを落とすほどだった。

「本当か?」

 石田は、落としたプリンも拾わないで青谷に尋ねる。

「ああ……これって、夢だよな」

 青谷の言葉に、石田はプラスチックのスプーンを咥えて少しばかり考え込んだ。そして石田はプリンを拾い上げて、ついでのように読んでいた雑誌を青谷に差し出す。

「お前、バイト中に刺されたから。強盗に」

 石田は、そういった。

 青谷は、耳を疑った。

「刺された?」

 石田は頷き「それに記事が書かれてる」と雑誌を呟く。青谷がページをめくるが、なかなかそんな記事は見当たらない。石田が青柳の代わりにいくつかページをめくると「深夜のコンビニに強盗。店員が重症」という記事がでてきた。

「これ。俺か?」

 青谷は、店員の文字を指差す。

 石田は「それがお前」と青谷を指差す。

「冗談だろ?」

「冗談で、入院するか?なんか、けっこう危なかったらしいぞ」

 石田は、スーパーの袋からヨーグルトを取り出した。

 そして、それも食べ始める。

 どうやら、本当に見舞いの品はないらいし。

 青谷は、必至に記憶をたどった。気を失う前、たしかに青谷はコンビニでレジを打っていた。だが、特に特別なことはなかった。

 強盗に包丁で脅された記憶はない。ただおかしいことと言えば、不自然なほどに中途半端なところで記憶が失われていることぐらいだろうか。もっとも、それだって普通に生活をしていたら忘れただろう。

「俺は……刺されて意識を失っていたのか?」

 青谷の言葉に、石田はまた首を傾げる。

「いいや。てか、気を失ってないぞ……おまえ」

 石田の話しによると、青谷は強盗に刺された後に救急車で病院に運ばれた。だが、麻酔が何故か効かず、縫われている最中に散々の喚きちらしたらしい。まったく、記憶がない青谷は開いた口がふさがらなかった。

「なんだ……それ?」

「強盗を投げ飛ばしたらしいから、アドレナリンが出てたんじゃないのか?」

 石田が指差したのは週刊誌の記事で、たしかにそこには「被害者バイトAが刺されながらも強盗を投げ飛ばした」と書かれていた。

「ターミネーターみたいだったって、ローカルニュースで目撃者のおっちゃんが言ってたぞ。俺は、ターミネーターを見たことないけど」

 青谷には、その話が信じられなかった。

 石田が「もしかして、覚えてないか?」と尋ねる。

「まったく、身に覚えない。というか、強盗に刺される前から記憶がないぞ」

 青谷の言葉に、石田はあまり驚かなかった。

 それどころか、ヨーグルトを食べながら「やっぱりか」と呟く。

「おまえ、言動が変だったからな。なんて言えばいいか、スケバンみたいな喋り方してた」

 ターミネーターを見たことないくせに、石田はスケバンの喋り方は知っているらしい。青田には、覚えていない自分の言動が不安になったが「皆、怪我でおかしくなったって言ってから気にするな」と他人事である。

「俺、脳の病気か何かか?」

 記憶が飛ぶなど、そんな理由でもなければ説明が付かない。青谷はそんな想像に怯えていたが、石田は暢気に二個目のヨーグルトを取り出していた。

「心配するな。その時は、頭と胴体を二つに分けてマシな方をいかしとけばいい」

「おい。それ、殺人。ていいうか、医者を目指してる人間がいうことか?」

 石田は、ヨーグルトのスプーンをくわえたまま喋り出す。

「安心しろ。医者だって、人は殺す」

「なにを、どう安心すればいいんだ……」

 青谷は、ため息をついた。

 だが、石田の下らない話しに付き合っていると自分に記憶がないことや自分の言動が変だったことなど、どうでもいいように思われてきた。飛んでいる記憶は数時間で、言動がおかしかった頃に会った人々も限られた人数であろう。

 別に気にするようなことではないのかもしれない。

「そういえば、スマホ。修理に出してくるか?まだ、治してないんだろ」

 言われて、青谷は思い出した。

 スマホの画面の調子が悪く、タッチをしてもなかなか反応しなくなっていたのだ。前に石田に会ったときに、そのことを愚痴ったのを石田は覚えていたらしい。ちなみに、まだスマホは治していない。

「ああいうのって、本人がいかなくていいのか?まあ、このスマホもまだ使えるといったら、使えるけど」

 青谷はスマホを取り出して、そしてぐっと身を乗り出した。

「データ消えてる……電話番号も写真のデータも全部」

 うわぁ、といいながら残っているものはないかと確認する。だが、どこを見てもまっさらな常態であった。インストールしたアプリもなくなっていた。たった一つ残ったアプリは、インストールした覚えのないものであった。zとだけ書かれており、アイコンも手抜きの真っ赤な丸である。

「電話はできるのか?」

 石田の言葉に、茫然自失のままに青谷は暗記していた石田の番号に電話をかける。石田の電話が鳴り響き、青谷はますます落ち込んだ。

「電話だけ使えるって、何年前の携帯電話だよ」

「おー、そういえば俺たちはそういう単純な携帯電話を使ったことないな」

 いっそ新鮮じゃないのか、と石田はやはり他人事のように言う。

「これ、修理に出しといて……うわぁ、やりこんだソシャゲーのデータも消えたぞ」

 落ち込んでいると「連れて行くんじゃないわよ!」と高い声が聞こえた。それは、幼い少女のもののように思えた。青田には、きょろきょろと当たりを見渡す。誰かの見舞いにきた子供が、さまよいこんだと思ったのだ。だが、部屋の仕切りのカーテンをめくっても誰も見つけることはできなかった。

「どうしたんだ?」

 石田の疑問に、青谷は歯切れ悪く答える。

「さっき、女の子の声がしたような……気がして」

「しゃあ、それは幽霊だな」

 悪びれもなく、石田は言う。

 青谷は、ため息をついた。

「お前なら、遠慮なくそういうと思ったよ」

 ここで寝起きしている自分の身にもなって欲しい、と思った。だが、さっきの声は幽霊と表現とするにはあまりにもはっきりと聞こえすぎた。

「私を連れて行くんじゃないわよって、言ってるのよ。あなた、私の声が聞こえないの!!」

 もう一度、女の子の声が聞こえてきた。

 それは、もう誰とも繋がっていないスマホから聞こえてくるような気がした。

「石田、それちょっと貸してくれ」

 一度は石田に預けたスマホは、再び青谷の手に帰った。

 スマホの画面は、真っ暗になっていた。そして、そこに薄っすらとしたブルーの光が宿る。そして、その光は人の顔の形をスマホの画面に描いた。

 いや、正確に言うのならば地球人の顔ではない。スマホに映った顔に髪はなく、グレイ型の宇宙人のようにのっぺりとした顔立ちであった。一般的なグレイ型の宇宙人よりも、どことなく可愛げがあるように感じられるのは鼻の穴が目立たないせいだろうかと思った。口すらもないそれは、我が物顔で真っ暗になったスマホの画面に映し出されている。

「なんだこりゃ」

 青谷は、そう言った。

 そう言うしかなかった。

 石田も青谷のスマホを覗き込む。

「これは、もうダメだな。画面がまっくらだ」

 石田の言葉に、青谷は目を丸くする。

「いや、それより変な者が映ってるだろ。宇宙人っぽい、変なキャラが」

 青谷は何度もそれを説明するが、石田にはそれが見えていないようだった。

「無駄よ。この画像は、貴方の脳が見ている幻のようなものだから。紹介が遅れたわね、私の名前はプロジェクトz。貴方を救ってあげた、女神様の名前よ!」

 スマホのなかのキャラクターは、偉そうにそう言った。

 プロジェクトzというキャラクターは、上半身しかスマホに映し出されていなかった。全身が映っていれば、間違いなく胸を張っていただろう。

「石田。このスマホに変なものが映りこんでる。修理よりも買い替えが必要そうだ」

 青谷は、石田にスマホを預けようとした。

 だが、三度叫び声が響いた。

「何するのよ!貴方、命の恩人にこんなことしていいと思っているの!私が、貴方を生かしてあげたんだからね。ちょっと、元気になったからって人のことを追い出すんじゃないわよ」

 ぎゃあぎゃあ、とスマホのなかのキャラクターは騒ぐ。

 その声があまりに煩いので、青谷はスマホを覗きこんだ。

「あのね、私は宇宙から来た架空生命体なの。貴方の体がピンチだから乗っ取って使ってあげてたのに、意識を取り戻したと途端に貴方は私を無意識に追い出したのよ!酷いと思わない!!おかげで、私はこの狭い機械に身を寄せることになったわ」

 青谷は、こつんと自分の頭を叩いてみる。

 普通に痛かった。

「石田。俺のスマホが宇宙から来た架空生命体だって喋ってるんだけど……」

 青谷は、石田に相談してみた。

 何も聞こえないらしい石田は、青谷からスマホを取り上げた。そして、おもむろにそれを窓から投げ捨てようとする。

「ちょっと、まてー!!」

「ちょっと、待ちなさい!!」

 青谷とプロジェクトz。

 二人の声が重なった。

 石田は、きょっとんとしていた。

「いや、スマホがそんなにヤバい状態だったら棄てるのが普通だろ」

「嘘みたいな理由で、スマホを棄てようとするな!壊れているかもしれないけど、それには個人情報が入っているんだぞ!!」

 青谷は、石田の手からスマホを奪いとる。

 相変わらず、画面にはプロジェクトzというキャラクターが浮かび上がっていた。

「たっ、助かったわ。いくら私でも今の状態で貴方と放されたら、保存したデータを失う確立が五十パーセントを超えてしまうから」

「いや、今はお前を助けたわけじゃない。俺は、俺のスマホを救ったんだ。この傍若無人の石田からな」

 青谷は、石田を睨みつけた。

 石田は、降参とばかりに両手を上げる。

「それじゃあ、それはどうするんだ?」

 石田は、青谷にそう尋ねた。

 青谷、少しばかり困る。

 スマホの画面に映るプロジェクトzというキャラクターは、どうやら青谷にしか見えていないらしい。このままスマホを修理に出しても、ちゃんと治るかどうか分からない。そもそもこの不調は、スマホが原因なのだろうか。自分の頭に原因があるような気がしてならない。

「貴方は、もう私の体なのよ。大人しく、私が生まれるためにその体を渡しなさい!」

 プロジェクトzもやかましい。

「それ携帯の医者よりも先に、人間の医者に見せることにする」

 青谷の判断に、石田も頷く。

 石田も「それがいい」と思ったらしい。

「……ちょっと、テレビ付けなさい!」

 プロジェクトzは、そんなことを言い出す。

「病院のテレビって、カードが必要で」

「母親って人が買ってきたのが刺さっているから大丈夫よ」

 プロジェクトzの言葉通り、青谷はテレビをつける。バラエティ番組がテレビに映り、プロジェクトzは「ここ!」と叫んだ。

「ここに行きなさい!一時間後に、80パーセントの確立で現れるわ」

 プロジェクトzの言葉に、青谷は首をかしげる。

「現れるって、何が……。第一、俺は出歩いていいのか?」

 石田は「医者は良いって言ってたぞ」と呟く。

「ほら、早く行って。私が、ここに来た理由が分かるから。行かないと、貴方の脳内でひたすら喋り続けるわよ!」

 迷惑な脅しであった。

 だが、このまま煩いのは叶わない。

「石田、悪い。俺の妄想に付き合ってくれ。なんか、この公園に行けって言われているんだ」

 テレビの画面を指差すと、石田は頷いた。

「じゃあ、もう一個食べ終わるまで待ってくれ」

 石田が取り出したのは、プリンだった。

「こいつ、何個食べれば気が済むのよ」

 プロジェクトzの言葉に、青谷は苦笑いした。

 同感だったからである。

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