第8話 ジャーマンレコード

ドイツ連邦共和国は、1949年第二次世界大戦終結後、統一国家都市として誕生しようとしていた矢先、アメリカ、ソビエト、(今のロシア)東西対立の激化に伴い、西ドイツ、東ドイツと別れていたが、しかし1989年11月9日。

今まで40年余りも東西ドイツを隔ててきた、『ベルリンの壁』が崩れてから、状況は少しずつ変化していき、ついに東西ドイツは統合し、ドイツ連邦共和国と名前を統一した。

現在の人口、8267万人。

 住居は、殆どがゲルマン系ドイツ人が主流で、彼等は昔からの伝統を頑なに守るかのようにドイツ語を使う。

しかし地域によって、方言の差異があり最近は国際化の影響からか、英語、フランス語などを伴って使う人々も、よく見られるようになった。

 大西洋から吹く暖かい風のおかげで、気候は比較的温暖だが地域による気候の違いも大きく、特に南部辺りはロシア寄りの為、冬の寒さは厳しい。

夏でも平均気温は20℃に達さず、夜は冷えることが多い為、長袖のセーターやカーディガンは必需品となる。

さらに高緯度にある国なので、夏季は、夜九時になっても明るく。

逆に冬は、午後4時頃には日が暮れてしまう。

その為、この頃になると欧州全域に渡って、時間を変えるという作業が行われる。

例えば日本との時差が8時間だったものを、毎年3月下旬の春分の日に続く、日曜日から9月の秋分の日までの期間中、時計を1時間早くして、7時間に変えてしまうのだ。

この期間中を『サマータイム』という。


 サベージパンプキンが所属している、『ジャーマンレコード』は、ドイツのヘッセン州。

フランクフルト アム マインの中にある。

ドイツにしては珍しい、大都市ビルが立ち並ぶこの町は、『マイン川沿いのマンハッタン』と呼ばれるほどの、ドイツ経済を担う町として今日まで発展してきた。

しかし、そんな喧騒の中にも、この国特有の風土と文化は脈々と受け継がれ、建物の作りもバロック風のクラシカルな赤レンガの屋根が立ち並ぶ街並みが見受けられた。

そしてジャーマンレコードは、その街並みの風格に順応するかの様に、赤いレンガに囲まれた古風な4階建ての建物の作りで整然と立っていた。

 ドイツのロックミュージシャンが、スムーズに活動できる場所でありたいと願って、発足されたジャーマンレコードは、今の社長『バーナードハウゼン』が、数年前に莫大な借金をして建てた、ドイツのミュージシャンの為のレコード会社である。

この会社を設立してから、バーナードは様々なジャンルのミュージシャンのCDを手掛け、国内でヒットをとばすバンドもたくさん生み出してきたが、彼の狙いは遥かに大きく、このレコード会社から世界に通用するアーティストを作り出そうと強く願っていた。

 そして、その念願を叶えたのが、パワーメタルバンド、サベージパンプキンだったのだ。

 バーナードは彼等のCDが爆発的に売れる度に声を上げて喜んだ。

特に、このドイツからとんでもなく遠い東洋の神秘の国、日本で1番最初に売れ始めたと会社に伝わってきた時には、何故あんな知らない国で売れてしまったのかと、首を傾げたくらいだったのだ、それが今バンドの要ともいうべき人物、ヴォーカリストのマルセルキスクが、あの自分も知らない国、日本で失踪してしまったというではないか!しかもツアー中に!演劇の世界に例えれば主役が、劇の途中で舞台を黙って降りたのと同じような失態である。

バーナードは、恥ずかしさのあまり、その知らせを聞いた直後これから起こる事態の大きさに、自分も失踪してしまいたいと本気で考えた程だった。

何故なら、この不祥事を起こしてくれたおかげで、ジャーマンレコードの信用は一挙に潰れてしまったからである。

 「全く、なんて事をしてくれたんだ!!」

 マルセルキスクがいなくなって15日目の夕方、遂にバーナードは残った4人のメンバーを、社長室に呼んだ。

彼のデスクの前に並ぶ4人のメンバーを目の当たりにしながら、彼は顔面を青白くさせ、唾を飛ばしながら、ひたすら怒鳴り続けた。

 「…ツアー中に、こんな不祥事を起こしてくれて…!いいか!お前等にとっては、初めてのツアー

だったんだぞ。つまりプロモーション。これが、お前等のバンドの存続を決める大切な・・・いや、この会社の命運をも、大きく左右させる程の大事なツアーだったんだ!それを・・・よりにもよって、日本で消えてしまうなんて・・・。私は熱が出そうだよ。」

 バーナードは、そう言って頭を抱え込んだ。

そして、メンバーの後ろの方で、ずっと下を向いて俯いていた、

マネージャーの『ドニーパウエル』の方をユックリと睨むと、軽蔑のこもった口調で話し始める。

 「今回の失態について、何か言うことはあるか、ドニー?」

だが、ドニーパウエルは黙ったままだ。

若干24歳のドニーには、今度の事件はマネージャーになってからの初めての経験であった。

しかし、その内容は今のドニー1人が背負うにはあまりにも重すぎた。

 「出来るわけないな。出来たら私は、拍手をして、次の瞬間には、お前のことをマネージャーから引きずり降ろしていただろうからな。・・・つまり、今回の事件は、それほど大変な問題だからなんだよ。さて、・・・覚悟は出来てるんだろうな。ドニー?」

 バーナードの言葉に、コクンと頷くドニー。

その様子を見て、彼は吸っていたタバコの火を消す。

 「私は、出発前に君になんと言ったか覚えているかね?今回のワールドツアーは、完全なる世界制覇に向けての第一歩だった。それが目的だったんだよ。アメリカ、イギリス、そして日本。この3大国では、絶対にヘマをしてはいけない。特に日本ではプロモーション活動もして来い、そう言い聞かせたはずだ。お前は、その私の言葉にはいと言った。ところがどうだ。プロモーションどころか・・・。マルセルが消えてしまうなんて、日本が、一番最初にサベージパンプキンの音楽性を認めた国なんだぞ。そこでツアーを途中で切り上げて、すごすご帰ってくるとは。冗談にしても程がある。これからの日本のファンの反応、お前はどう見てるんだ?ドニー?」

 しかし、ドニーからは何の返事もなく、ただひたすら沈黙を守っていた。

するとその直後、先程から何も言わないドニーに向かってバーナードが、自分の机の上に置かれていたガラス製の灰皿を掴み、勢いよく投げた。

うわッ!と言う4人のメンバーの叫び声と共に、ガシャーン!!と凄まじい音が辺りに響き、灰皿は木製のドアにぶつかり、粉々に砕け散った。

メンバーとドニーは顔面を蒼白にし、バーナードを息を飲んで見つめた。

彼は完全にキレていた。

 「返事をしろと言ったらすぐするんだよ!!この、ノロマ!!お前は一体、何年サベージパンプキンのマネージャーをしているんだ!!」

ドニーに、指をさし、荒く問い続けるバーナード。

彼はやっとの思いで答えた。

「に、2年です…。」

「2年もやっているんだったら、ファンの動向ぐらい分かるだろう!!」

「は、はい!」

 ドニーの目には涙がいっぱい溢れていた。

それを気付かれないように彼は慌てて下を向いた。

幸い、彼が伸ばしてる長い栗色の髪の毛が、泣き顔をすっぽりと隠してくれた。

 「パ、パンプキンが…いえ…。サベージパンプキンのCDが一番最初に売れた国が日本で、日本には彼等を支援してくれてますファンが、他の国よりもたくさんいると思えますし、何よりも彼等は、このバンドのルックスだけではなく、音楽を愛してくれる人達が多かったから、マルセルが消えたという事態に彼等が、このバンドに失望する危険性があるからです。」

しどろもどろに話し終わったドニーに、バーナードが答える。

 「分かっているじゃないか!そうだ。その通りだ。お前等にとって、ファンがもっとも大切な存在だからな。それともう一つ。先日このツアーのスポンサーを頼んだ日本の大手企業が、スポンサーを降りると電話してきた。お前らが東京で世話になった某FMラジオ局だよ。何故だと思う?ツアー中にコンサートを放って何処かに行ってしまうようなシンガーが居るバンドの、スポンサーにつくのは会社のイメージダウンに繋がるからお断りだとさ!はっ…これで日本の企業は2度とジャーマンレコードのスポンサーにはついてくれないだろう。本当に大変な事をしてくれたものだよ!全く!」

 バーナードは、吐き捨てる様に言うと、急に机の引き出しを開け、そこから精神安定剤を取り出すと5錠ほど一気に飲んだ。

メンバーは、そんな彼の姿を見ながら、ただ彼の怒りが冷静になるのを待ち続けていた。

 そこへ、社長の秘書がドアをノックして入ってきた。

白の絹のブラウス。

黒いタイトスカート。

それに、ベージュのカーディガンを着た彼女の登場は、彼等の緊迫した雰囲気に花を添えてくれた。

 「あの。お電話が入っております。」

「誰から!?」

バーナードが胡散臭くいう。

 「日本の…ミュージックスピリッツという雑誌の編集長からです。なんでもジミーに個人的に話したいことがあるとか…おっしゃっておりますが、いかがなものでしょう?」

「俺に?」

ジミーが秘書に聞いた。

しかし、その直後

 「日本だと!?」

少し冷静になっていたバーナードが、先程にも増した怒鳴り声で秘書に言った。

 「日本のマスコミからの電話は一切取り次ぐなと、あれほど行っただろう!?」

「す、すみません!でも、あの雑誌は下手なことは書きませんし、ジミー本人の個人的な電話だったもので…。」

 ビクビクしながら、秘書はバーナードの顔色を窺った。

しかし、彼はダメだ!!の一点張りだった。

仕方なく、秘書は彼に一礼をすると、電話の取次ぎを断るために、社長室から出ていこうとドアを開けた。

ジミーはその電話に、本当はなんとしても出たかった。

しかし、今の状況を考えるととても無理だと思い、諦めかけたその時だった。

バーナードが秘書に「待て!」と、呼び止めたのだ。

 秘書が振り向く。

「やっぱり、取り次いでくれ。」

 その声は、いつもの彼に戻っていた。

突然の彼の変化に、そこに居た者は目を丸くした。

しかし、彼はそんな彼等を無視して話を続けた。

 「お前等が、元気だという事をファンにアピールするには、丁度よいチャンスかもしれない。ジミー。電話に出てそれを言うんだ。だが余計な事は一切言うなよ。」

彼は、ジミーの目を見ながら、重い口調で言った。

「分かった…。」

ジミーは一言、言葉を発すると秘書の後について社長室を出て行った。

 バーナードはしばらく、机に頬杖をついて、彼の出ていくさまを見ていたが急に何かを思いついたのか、椅子にもたれかかると、クルッと背を向けてこう言った。

 「お前等も、もういいから出ていけ!顔を見てると頭が痛くなる。それから、ドニー。お前の処置は会議で決めるから、それまでは自宅謹慎してろ!」

 「それでは、失礼いたします。」

今までずっと黙っていた、チャーリーリッテルが投げやりな口調でその言葉を吐き、4人は社長室を出て行った。

すると、その直後ドアの向こうで急にドニーが火をつけたように泣き出し、それをドラムのジョージエドマンドが慰めている声が聞こえてきた。

 「あの、くそじじい!言いたいこと言いやがって、マルセルが消えたのはドニーのせいじゃないのに!くそ!」

ウォルターと、チャーリーがドアを蹴飛ばしながら罵倒を吐く。

その声を聞いていたバーナードは側にあった受話器を持つと、どこかに電話をかけ始めた。

 「…ハドソンか、バーナードだ。例の件だが…あちらさんは承知してくれたか?何?手こずっている?金ならいくらでも出すと言え!あの、バンドにいたって、いつまでも埒が明かないなら、こちらに来た方が得策じゃないか?なに、ヘビメタバンドだから嫌だ?そう言ってるのか?贅沢だな。では、音楽形態を変えるから来いと言え。マルセルがいないサベージパンプキンなんて、誰がヴォーカルこなしても同じだからな。だから、アメリカから別のバンドのヴォーカリストを呼んで、売れ線狙いにしてやるのさ。お前にはその為にアメリカへ飛んでもらったんだからな。ジミーに歌ってもらえだと?あいつは歌はうまいが、パワーがない。売れる歌は歌えないよ。いいから、モタモタしないで、早く交渉するんだ!お前にはそれなりの金を払っている。だから、金額分の仕事はしてもらう。分かったな?じゃ、連絡待ってる…。」

 ユックリと、受話器を電話の上に置いた後、バーナードは気味悪い薄ら笑いを浮かべた。


ジミーとバーナードの秘書は、社長室を出て廊下へと出た。

電話は秘書の元へとかかってきたが、彼女の電話にいつまでも繋げておくわけにもいかなかった。

彼女にも仕事があったし、秘書として、またバーナード宛のたくさんの電話を取り次がなければならなかったからだ。

そこで、彼女は、3階の会議室にその電話を繋げておく事にした。

あそこには誰も居ないし、ジミーにとって電話のやり取りに一番好都合な場所なのではないかと彼女がふと、直感したからである。

彼と、真澄が仕事を超えた友達である事は分かっていたし、真澄から電話があった時は彼はたとえバーナードに口止めされていたとしても、『何か』を話すはずだろう。

当然真澄は、それを面白おかしく記事にしない人だし…。

そう、彼女は判断して、今回の行動に踏み切ったのである。

 秘書は、会議室のドアを『キイ』と開けると、あそこの電話に繋いであるからと、指さした。

なるほど、ここには人っ子一人誰も居ない。

ただ、一台の電話だけが赤く点滅してあるだけだ。

秘書は、それだけ言うと、元来た道を戻ろうとした。

 「スーザン!!」

ジミーが彼女の背に向かい声をかけた。

その拍子に、秘書が振り向く。

 「感謝するよ。俺、真澄と話したかったから。」

 スーザンブリュニアは、そんなジミーの頬に軽くキスすると、「あまり、遅くなっちゃダメよ。社長が気付くから…。」と、子供をあやすような口ぶりで言った。

そして、静かにジミーから離れようとしたその時、急に彼がスーザンの手を掴み激しく唇を奪った。

驚き目を見開くスーザン。

 「早く出ないと相手に迷惑でしょ!」

彼女が慌てて、唇を離しジミーに言った。

しかし、彼は彼女を離そうとせず、「今夜、仕事が終わったら、いつもの所で…いいね?」と耳元に囁いた。

 スーザンが暫くの沈黙の後、恥ずかしそうにコクンと頷いた。

それが返事だと分かったジミーは、スッとスーザンを離すと、何事もなかったかのように会議室へと入っていった。

 彼は、プレイボーイだ…。

会議室へと消えていったジミーの姿を浮かべながら、スーザンは思った。

ここに来て3か月。

彼と付き合い始めて、もう2か月以上経つ。

しかし、彼は女性を口説く天才で、ここに来た秘書を次から次へと自分のものにし、そして最終的には遊びで終わらせていった事も、私は他の秘書から聞いた。

…だから、私のことも、遊びなのだと割り切って付き合っているのだと…分かっている。

分かっているはずなのに…。

近頃そう思うと、心がとても寒くなるのは何故なのだろう…。

 なぜ、あの人は、本気で人を愛することが出来ないのだろうか…。

本気で、私のことを愛してくれたら、どんなにか嬉しいのに…。

 誰も居ない静かな廊下を、スーザンは一人歩き出した。

窓の外は夕暮れかかった夜で、今日も二人で会うバーの明かりは寂しく灯るだろう、そんな回想をしながら、社長室へと戻って行った。


ジミーが会議室に入ると、そこに赤くランプが点滅している電話があった。

部屋の中は、何が置かれているか判別できない程、暗くなっている。

秘書のスーザンが言った通り、この部屋には人は誰も居なく、ジミーと真澄が電話で話すのに好都合の場所になっていた。

 部屋の蛍光灯を全部付けた後、彼は点滅した電話の受話器をやっと取った。

 「はい?」

「ジミーか?真澄だよ。」

「マスミ!?懐かしいなぁ。待たせちゃってごめんね。」

 ジミーは感激した。

懐かしい日本の声だ。

2人はそれから5分程、懐かしい話をした。

そして、「ところで…。」真澄がさりげなく本題に入り始めた。

 「マルセルが失踪した事件の事だけれど、大変だったね。」

「ああ。あの後、大阪でコンサートをする予定だったんだけど、ヴォーカルが居なくちゃね。こればっかりは他のバンドから借りるという事も出来ないし、大阪のファンには本当に申し訳なかったんだけど、中止という結果になってしまったよ…。」

と、ジミーは残念そうに語った。

 「そうだったな…。」

真澄は、しみじみと彼の話を聞きながら、サベージパンプキンの大阪公演が中止になったという、あの日の出来事を回想していた。

それから、

 「こんな事、あまり聞きたくないんだけど、マルセルの様子に何か変わった事ってなかった?」

と、言った。

「変わった事って?」

ジミーが反対に真澄に聞く。

 「…つまり、マルセルが失踪する前に、普段の彼からは考えられない様な行動とか、嫌、ジミーが話したくないならいいんだ。お前だって、結構辛い立場に居ると思うし…ただ、その事がどうしても気になって…正直に言うと、それで電話したんだよ。」

真澄は、今の気持ちを伝えた。

 「そうか…。」

ジミーはポツリと呟くと、暫しの沈黙が流れた後、意を決してこう言った。

 「まあ…あった事は、あったんだよね…。」

 え!?手応えあり。

そんな事、日本の合同インタビューでも言わなかったのに。…真澄はジミーの態度に些か驚いた。

 「変わった事があったって言うの?」

真澄が尚も聞く。

「うん…。ちょっと待ってて。」

 ジミーは受話器を置くと、広い会議室を走り、また入り口の扉まで来た。

そこから、外を覗き込んだ。

先程まで居た、秘書のスーザンの姿はすでになく、何処までも続くかと思われるような長い廊下には人っ子一人も居なかった。

それを確かめたジミーは、扉をバタン!と閉めて、鍵までかけると、また小走りに電話の所まで行き、

「ごめん待たせたね。」

と、真澄に話しかけた。

 「何してたの?」

「うん…。これから話す話を、万が一誰かに聞かれたら困るもので、誰も居ない事を確かめていたんだ。」

 真澄は、ジミーのこの言葉を聞き、これから話す話は友達として話す話だという事を直感した。

 「だから、これは絶対に、記事にしない事を約束してくれ。マスミだから…話すんだからね。」

 「分かっているよ。」

真澄が笑いながら、だが真剣に受け止めた。

 それからジミーは、マルセルが彼に話した全てを真澄に語り始めた。

真澄は初めて聞くその新事実に、ただ、ただ、驚いていた。

そして不思議に思った事、疑問に思った事をジミーに質問した。

ジミーは延々10分程その話をした後、深々と溜息をつき、その話に対しての自分の気持ちを正直に真澄に話した。

 「俺は、その事情を知っていたから、…だから、マルセルはそれが原因でホテルを出たのだと思った。でも、彼は歌う情熱を捨てられる男ではない。それは、俺達が誰よりも良く知っている。俺は、マルセルの消えた訳をメンバー全員に話、大阪公演の為に乗らなければならない新幹線が発車する1時間くらい前まで、全員がホテルで待っていた。…でも、奴はとうとう姿を表さなかったよ。俺達は泣いて、…マネージャーのドニーと相談し、ドイツへの帰途へとついたんだ。」

「そうか…。」

 真澄が呟いた。

そんな、訳があったなんて。

俺や、ファンが知らない間にマルセルは笑顔の中で自分1人、人生の選択をしていたのだ。

しかし…。真澄はふと思った。

5歳くらいまで日本に居たという事は、彼はもしかして、日本語を話せたのではないだろうか?

 「うん。かなり、話せるよ。」

真澄の問いにジミーが答えた。

「ドイツに帰ってからも日本語学校に通っていたんだって。3年程ね。あとは、彼の父親のルドルフに習ったって言ってたけど。」

 「じゃあ、どうして今回の日本公演の時に、日本語を話さなかったんだい?マルセルは、インタビューでも、コンサートでも、英語しか話していなかった。俺達マスコミはいいけど、英語を介さない日本のファンの前では、せめて日本語で話してほしかったな。」

 「マルセルが、嫌だって言ったんだ。」

ジミーが言う。

「俺もそうして欲しいと頼んだんだが、日本語を使うと、どうしても産みの母親の事を思い出すからと、かたくなに拒絶したんだ。」

 ここまで言って、ジミーは黙った。

「そうだったのか…。」

ジミーの態度で、真澄は悪い事を聞いたと思った。

でも、そんなに日本語を使うのが嫌なら、彼は今、本当にこの日本に居るのだろうか?

やっぱり、柳原は別の奴と見間違えたのでは?

 「もしもし…?もしもし…マスミ!」

ジミーの声で真澄は我に返った。

 「あ、ごめん。ちょっと考え事をしていたもので…。それで、ジミー。先程マルセルの産みの親が、日本で死んだって言ってたけど、それは何処なの?」

真澄の問いに、ジミーが考えながら答える。

 「うーん。確かその母親が嫁いだ所が…なんて言ったかな…『ヒカリガオカ』って所にあるって聞いたけど…。」

「光が丘?あの、練馬区の?」

「さあ…ネリマク…そんな名前聞かなかったけど、とにかく俺は、それだけ聞いただけで…。その、ヒカリガオカって、何処にあるの?」

 だが今や、真澄にはジミーの声など聞こえていなかった。

ただ、柳原の言った言葉を回想していた。

おかしいな…。柳原は池袋で見たって言ってたんだぞ。

もし、彼が光が丘の産みの親の元へ行ったんだとしたら何故、池袋に居たんだろう?

俺だったら、自分は身を隠している身分なんだから、絶対外になんか出ないがなあ…。

なんだか、頭がゴチャゴチャになってきた!

 「マスミ!」

またもや、ジミーに怒られた真澄は、我に返った。

考え過ぎると、すぐ集中してしまうのが真澄の悪い癖だ。

 「あ…ごめん…話の最中にボーっとしてしまった…。」

しかし、すでに遅かった。

ジミーは、なんとなく真澄の様子がいつもより変で、何か隠している事を瞬時に見定めてしまったのだ。

 「おい、マスミ。今日何だかおかしいよ。どうかしたのかい?」

「え!?いやあ。別にどこもおかしくないよ。」

努めて、平気なふりをする真澄。

だが、内心はかなり焦っていた。

そんな真澄に、ジミーは更に追及した。

 「嫌、おかしいよ。この間、日本で逢った時と違うよ。…それに、急に電話してくること自体、いつものマスミらしくないよ。君は必ず3日くらい前に、いつ、何処で、何時に電話インタビューさせて下さいと、必ず電話してくる。でも今日は俺に、個人的な用で電話してきたから、突然なのも頷けるけど、それにしたって、いつもは、俺の自宅に直接電話してきたじゃないか。それを今日に限って、社には電話してくるし、おまけにこんな夕方に…ちょっと待てよ!今こちらの時間が夕方の6:00だから、日本との時差が…!おい!そっちは、夜中の2時じゃないか!どうしてそんな時間に電話をかけてくるんだ!?」

やばい!バレそうになったと思った真澄は、急いで受話器を置く体制に入った。

 「それじゃあ、もう遅いからこれで…。」

「まて!マスミ!ここで、切ったら俺達はもう、ミュージックスピリッツではインタビューには応じないぞ。!」

 えー!?そんなばかなあ!?

真っ青になった、哀れな真澄は慌ててジミーに言い寄った。

 「お、お前!汚いぞ!!」

「だったら、その訳を言うんだね。」

 真澄の思いなど、無視するかの様に、ジミーは平気でそう言い切った。

くー!!こいつは、頭が切れる。

追い詰められた真澄は苦し紛れにそう思った。

まあ昔、売れないサベージパンプキンのビジネス面を一人で切り盛りしていたくらいの奴だから、こんなのは朝飯前なんだろうな…。

 「さあ、どうする?マスミ?」

仕方ない、特ダネを諦めるのは悔しいが大事なヘビーメタルグループを一組なくすのは、もっと会社にとってマイナスになる。

そう考えた真澄は、仕方なくマルセルの事を打ち明ける事にした。

 「実は、俺の会社の柳原という奴がマルセルを見たって言うんだ。俺はまだ、そいつの話しか聞いてないから状況は詳しく把握してないんだが、そいつは実際、来日公演の時、お前達のバンドのインタビューをとった奴なもので、俺より顔は、ハッキリと覚えていると思うんだ。俺は社員1人1人を信じたいから、今回彼の話を信用する事にしたんだが…。」

 「何処で!?何処でマルセルを見たって言うんだ!?」

あまりの突然の話に、ジミーはただ、驚いていた。

彼の受話器を持つ手が小刻みに震えた。

 「東京の池袋の郊外だって言ってたが…。でも…髪も短く黒い色だったって言うし、まだマルセルと決まったわけじゃ…。」

そこまで行った時だった。

間髪を入れずにジミーが、「マスミ!!」と怒鳴ったのである。

 真澄は驚き、慌てて、口を噤んだ。

 「今から、そっちに行く!」

「え!?ちょっ、ちょっと!ジミー!まだ、マルセルと決まったわけじゃないって言っただろ!?…もしもし?ジミー!?もしもし!?」

 今からそっちに行く…。

その一言を残してジミーは電話を切った。

大変な事になってしまった。

こんな筈ではなかったのに…。

真澄は頭を抱えて、困惑した。

どうしたらいい?やっぱり、電話しなければ良かったんだ。

あの時、どうとでも誤魔化す事は出来たはずなのに、…俺って小心者だからなー。

異様な迫力には根負けしちまうんだ。

 そう呟きながら、彼はまた柳原和男の怒り顔を思い出していた。

 そして同じ頃、真澄の電話を途中で切ったジミーハンセンは電話の受話器を置いた体制のまま一人、呟いて居た。

 「…ついに、見付けた…。」

そう繰り返し…。

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