第7話 動向
「さて、次は、先日某ホテルから原因不明の失踪をした。マルセルキスクさんの話題です。彼はドイツの…ヘビメタ…失礼しました。ヘビーメタルグループ。『サベージパンプキン』のヴォーカリストで、15日前に日本でコンサートをしていた最中に突然いなくなってしまいました。警察やマスコミ関係者も幅広く探していますが、依然として消息はつかめておりません。サベージパンプキンのメンバーはその翌日、記者会見をし、その日のうちにドイツへと帰りましたが…なぜ、マルセルさんは失踪をしてしまったのか。ここが、疑問なのですが…さて、今日は『音楽ライフ』の編集長。『座視作尾』さんをお招きいたしました。音楽ライフは、主に洋楽の情報をジャンルに関係なく取り入れた雑誌で、座視さんは、サベージパンプキンとは、特に親しい間柄だったそうです。おはようございます。座視さん。今回の事はあまりにも突然の出来事で…驚きましたねえ。」
「私も驚きましたよ。この前一緒に新宿のあるスナックに飲みに行った、マルセル君がいなくなったと電話があったときは、腰を抜かすかと思いました。」
「これは、初耳ですねえ。座視さんは、マルセルさんとそんなに親しい間柄だったんですか?」
「ええ…東京公演2日後の夜に…。いい子でしたよ。マルセル君は。」
「そうですか…。さて、引き続きマルセルキスクさんに関する情報を募集します。どんな些細なことでも結構です。採用された方には、記念品をお送りいたします。」
TV、ラジオ、雑誌、ネット。
日本中がマルセルキスクの失踪事件について、大々的に取り上げている。
真理絵はTVを見ながら、ここまで話が広がってしまった事に、幾分驚きを感じていた。
今まで世間はヘビーメタルには見向きもせず、逆に『ヘビメタ』と略称してヘビーメタルをバカにしていた節があったのに、何故ここまで話が大きくなってしまったのか?
それは、マルセルの失踪を面白がった某番組が、『マルセルキスクを探せ』という企画を設け、それに便乗した世間が、その企画に乗ったからだ。
つまり、自分の周囲に彼は居るかもしれないという、そんな小さな期待が世間の人々の胸に灯り始め、彼の失踪に興味を持ったからだ。
マルセルの話題を放送すると、視聴率が上がった。
そこで、マスコミは躍起になって、彼の話題を嘘の報道でも流し続けた。
そして、話は大きく膨らんでいったのだ。
ネットやTwitterでは、マルセルが何処ここに居た、見た、という話が飛び交い、この事件は平和ボケをしている日本人に一種の楽しみをもたらしていた。
そんな中で、一番の被害を被ったのは純粋にヘビーメタルを愛し、彼らの音楽を愛していたファン達であった。
彼等はただ、早くサベージパンプキンにマルセルが戻ってきてほしいと願って、そのマルセルキスクを探せを見ていたのだが、逆に振り回されてしまっていた。
あまりの悲しみに。
ファンは、純粋にヘビーメタルを愛する僅かなラジオ番組や、雑誌に投書や電話をかけ、真実を知ろうと期待を繋ぐのだが、しかしそれらの者も、彼が今本当に何処に居るのか全く見当がつかず、動く事が出来ずにいる状態だったのだ。
そんなある日、真理絵は久しぶりに圓山あすなと会った。
あすなは相変わらず元気で、彼女に会うと途端に、2人の元アイドルである『ディランディラン』について話を始めた。
いつもなら、この話を始めると真理絵もすかさずあすなの話に乗ってくるのだが、今日の彼女は何故か話に入ろうとしなかった。
それどころか、ボーッとしながら頼んだコーヒーをチビリチビリと飲み、時折深く溜息をつく始末…。
あすなは、真理絵のいつもと違う行動に疑問を持ち、テーブルに頬杖をついて遠くの窓を見ている彼女に、心配な顔を浮かべ聞いてみた。
「何か合ったの?真理ちゃん…。」
「うん…。」
曖昧な返事を真理絵が投げかける。
「どうしたのよ。話してみなよ。友達でしょ。」
「友達だけど、話せない事もあるのよ。」
頭を抱えながら、茶色いマホガニーのテーブルに顔を突っ伏し、真理絵は甘えたような声を出した。
「よっぽど重い悩みなのね…。でも私、真理ちゃんが悩む事なんてサベージパンプキンのマルセルキスクの事だけかと思ったけど、あんたも別の事で悩むことがあるんだ。」
驚き感心するかの様にあすなが答えた。
「あの時の、コンサートではひっどい目にあったわ。ヘビーメタルのライブなんて初めてだったもんだからさあ、3日間、耳鳴りに悩まされちゃって、仕事が出来なかった位だったもの。今度は耳栓をもって行く必要があるわね。」
真理絵の気持ちなどお構いなしに、あすなは軽く嫌味を言った。
真理絵はそんなあすなを上目づかいで見ると、何かを回想するかのようにこう言った。
「…そうね。私の悩みって、考えてみればマルセルの事だけだったもんねー。」
と呟いた。
「そうよー!マルセルの事だけよー。」
真理絵に元気を出させようと、あすなはわざと大きな声を出し、活気を取り戻させようとしたが…。その拍子に、彼女は余計落ち込んでしまった。
「はあーどうしてこうなのかなあ…。」
二人の間に、重たい空気が流れる。
駄目だこりゃ…。あすなが呆れてコーヒーに口をつけ始めた。
その時彼女の心に電光石火の如く一種の直感が通り過ぎた。
『カチッ…。』とカップをソーサーの上に静かに置いたあすなは、再び真理絵に聞いた。
「ねえ…。もしかして、マルセルが失踪しちゃったから悩んでるの?」
「えっ!?」
テーブルに顔をつっぷしていた真理絵が途端に跳ね起きた。
「ど、どうして知っているの?あすな?」
動揺の色を隠さずにあすなに聞く真理絵。
「どうしてって…、だって今、テレビや雑誌で持ち切りじゃない?サベージパンプキンのマルセルキスクが東京公演が終わった直後にホテルから忽然と居なくなっちゃた事。たしか最終公演って・・・私たちが見た汐留公演のことじゃない?ビックリしちゃったよ。」
「うん…。」
真理絵はあすなの言葉に何も返す言葉が見つからなかった。
実はその話題になっているマルセルを、私が匿っているのよ…。何度もその言葉が彼女の中で木霊していた。
「でも、どうしてマルセルは、急にホテルから居なくなっちゃたのかしら…?別に私が見た限りでは、ライブが失敗だった訳じゃないと思うし…仲間割れでもしたのかしら?ミュージシャンには、よくあるケースだからね。」
「そ、そうね…。」
あすなの言葉に合わせる真理絵。
しかし内心は辛い。
真理絵は何とか話を反らそうとこう言った。
「で…でも、きっとどこかで元気にやってるわよ。マルセルってさあ、ああ見えて順応性ありそうだしね…。」
しかしあすなは、真理絵の気持ちとは裏腹に話を続けた。
「順応性?あるかしらね。マルセルに。あったらホテルから逃げるなんて事しないと思うけど。」
小馬鹿にするかの様に、あすなは真理絵に話を投げかけた。
「逃げる!?」
ムッとして逆に聞き返す真理絵。
「どうゆう事よ。それは?」
「考えてもみなよ真理ちゃん。マルセルが失踪してもう15日位経つのに、未だに何の連絡も無い。もし誘拐か何かだったら、当然犯人か何かから身代金を要求する電話がかかってくると思うし、でも、それすらもない。と、言うことは考えられる訳は2つあるわ。口封じか、動機を伴った独自の逃げか…。」
あすなの推理はかなり、的を得ているものがあった。
彼女は、傍にあったコーヒーのスプーンを持つと、探偵にでもなったかのように重々しく話し始める。
「でも、この前警察が、サベージパンプキンの泊った部屋の中を調査した時、誘拐されたそれらしい跡は、どこにも見当たらなかったそうよ。それにまず不審に思ったのは彼が持って来た荷物だけが消えていたということなのよ。これじゃあ、誰が見たって、彼は自分の気持ちからホテルを出た。と言う結論に達する訳。」
あすなは話終わると、真理絵の目を見て最後にこう付け加えた。
「だからマルセルキスクは逃げた。と言うことになるのよ。」
あすなのキッパリとした答えに、尚、腹がたった。
彼女は即座に否定した。
「逃げた…とは限らないじゃない…。いえ、仮に逃げたとしても、どうしようもない…止むを得ない事情と言うものが、あるかもしれないし、それを逃げた…なんて、頭ごなしに決めつけるのは止めてよ。」
「でも、逃げたのよ。どんな事情があるにせよ、彼はやるべきワールドツアーを放り出してファンの前から姿を消してしまったの。裏切ったのよ彼は。サベージパンプキンのコンサートを心待ちにしていたファンの気持ちを、ズタズタにしてね。考えて見ると、最低の男よ。マルセルって。」
それを聞いた真理絵は、コーヒーを『ガシャン!』と、ソーサーの上に置いた。
「何も知らないくせに…。」
とうとう真理絵は、怒りが爆発した。
「何も分からないくせに、いい加減な事を言うのは止めて!!」
彼女の意外な言葉に、あすなはただボーゼンと真理絵を見た。
「真理ちゃん?」
しかし真理絵は、もう自分でも、抑えようがないほど感情的になっており、あすなの声など聞こえなかったのだ。
「あの人が逃げたのは、声が出なくなってしまったからなのよ!彼のお母さんが死んで、絶望的になってしまったマルセルは、その二つの悲しみに押し潰されそうだった。だからステージに立つ事が出来なかったのよ。これは逃げじゃないわ!断じてそうじゃない!」
あすなは、しばらく激怒している真理絵を黙って見ていたが、急に不思議な顔をして彼女に聞いた。
「声が出なくなったって…どうゆうこと?そんなこと、テレビで言ってたっけ…?」
その言葉を聞いた真理絵は、初めていったい己が何を口ばしったのか全てを悟った。
彼女の体は硬直し、全身が凍り付いたかのような錯覚を感じた。
その様子を見ていたあすなは、先程の言葉を思い出した途端に、ある一つの結論にぶつかった。
「真理ちゃん…あんたまさか…マルセルキスクが何処に居るか知っているの?」
あすなの投げかけた言葉に、真理絵は唇を噛みしめ応えようとしない。
「知ってるのね!」
あすなの顔は青ざめ、椅子から立ち上がると、真理絵の肩をガシッと掴んだ。
しかし彼女は俯き、一向にあすなの顔を見ようとしない。
「真理ちゃん!こんな事していいと思ってる?みんな必死になって彼のことを探してるんだよ!メンバーにだって…顔を合わせることが出来ない事をしてるんだよ!?」
「お願い!絶対に誰にも言わないで!」
さっきまで何も言わなかった真理絵が、あすなに懇願した。
「私だって、そんなことは百も承知よ!でも、マルセルがドイツに帰りたいと思うようになるまで、それまで、そっとしておいてあげたいの。必ず…。必ず彼をドイツに帰らせるから、それまで黙って
て…!」
きつくあすなの手を握るその真理絵の動きで、彼女には真理絵の黙っててくれ!と言う願いが強く伝わってきた。
真理絵が自分にここまでするのは初めての事だった。
きっと、本当に知られたくないのだ。
「ま、まあ、真理ちゃんが、ここまで言うのなら、私だって他の人に話すつもりはないけど…。面倒なことにも巻き込まれたくないし…でも、ちょっと、罪悪感かなあ…。」
ポツンと、呟くあすな。
その手を、真理絵はぎゅっと握りしめた。
「あすな…。ありがとう!」
彼女の瞳には涙が滲んだ。
だがあすなは、その条件を飲む代わりに、とんでもない要求をしてきたのだ。
「マルセルキスクに逢わせてよ。」
と・・・
真理絵は従わざるを得なかったのだ。
一方、過労も治った張本人のマルセルキスクは、久しぶりに何か料理をしようと、昼近くに近所のコンビニエスストアまで足を運んでいた。
近所だからと、サングラスもせず帽子もかぶらないまま、外に出たマルセルはすっかり有頂天になっていた。
哲太の灰色のサンダルをつっかけ口笛を吹きながら歩いて行く彼は、今日の一人っきりの昼食を何にしようかと、そればかりを考え、周りを見てはいなかった。
哲太の働いているコンビニエスストアは、このアパートから歩いて5分足らずの所にあり、歩いて行くのなら、そちらの方が確実に早かったのだが、しかしマルセルは決してそのコンビニには立ち寄ろうとはしなかった。
それは、もし最悪な事態になった時、哲太に余計な嫌疑をかけさせない為の配慮からであった。
哲太のコンビニを遠くから眺めた彼は、その後、暫く歩いて大きな大通りに面した別のコンビニへと歩みを進ませる。
そこを、偶然通りかかったのが、『ミュージックスピリッツ』編集部員の『柳原和男』その人だった。 彼は多種多様のヘビーメタルハードロックアーティストのインタビューを引き受ける、その道のベテランインタビューアでもあり、サベージパンプキンの来日公演の特集記事では、マルセルキスクの担当者でもあったのだ。
しかし何故、昼近いこの時間に一介の編集者がこんな所に居るのだろうか?
それは、昨夜仕事が引けた後の事、柳原を含めたミュージックスピリッツ編集者達が、全員で六本木まで飲みに行ったのだが、彼ともう一人の編集部員だけは、よい気分になっていた為、皆が帰った後も調子に乗って次々と梯子酒をし、とうとう帰ったのが明け方の4時頃だったのだ。
つまり早い話が寝坊したのである。
その為、彼は気が焦っていた。
今までこんな大遅刻は一回もした事がなかったのに…。
今日に限って全く!!
そう思うと、いつもは楽しんで聴いているカーステレオのヘビーメタルも段々とやかましく聞こえてくる。
おまけにこの交通渋滞!
ここに停まってからそろそろ5分位経過しているが、さっきから全然動かない!
大方、どこかのバカ野郎がノロノロ運転をした揚げ句、大渋滞を引き起こしたと思うが、そんなに車が怖いなら、運転なんかしなけりゃいいんだ!
おかげで、こっちは大迷惑してるんだぞ!
そんな訳の分からない憶測をしながら、ふと表を見て見る…
と、彼はちょうどガードレール沿いにあるコンビニエスストアから出てきたマルセルキスクを目撃してしまったのである。
「そんなバカな!?」
柳原は驚き、そして、こうなると会社どころの騒ぎではない!と、勝手に解釈し、ユックリとハンドルを回し、渋滞の列から自分の黒い愛車を後退させると、近くの道路に路上駐車させ、マルセルのあとを1メートル程距離を置きながら、尾けて行くことに成功した。
彼は、柳原が尾行していることも知らずに買い物袋をぶら下げ、行きと同じように口笛を吹き歩いている。
片や柳原は、もしこれが本当にマルセルキスクをつけているとしたら、うちの編集部が一番最初に見つけた事になるぞ、これはひょっとすると…大スクープになるかもしれない!
等と、自分の出世を思っては一人、ニヤニヤする始末。
しかし、そうこうしているうちに、柳原はマルセルを見失ってしまったのだ。
「あーっ!!」急いで追いかけ、辺りを見回してみたが、彼の姿は何処にもなかった。
仕方がないので、柳原は服のポケットからスマートフォンを取り出すと会社に電話する為、テンキーに手をかけた。
『プルルルル!プルルルル!』
「はい!ミュージックスピリッツ編集部です。」
「あの…柳原です…」
「柳原!あんた!今、何処に居るのよー!?」
アシスタントエディーターの『大原真由美』の声であった。
柳原は、あまりの怖さに生唾をゴクンと一つ飲み込むと、こう言った。
「す、すみません。ちょっと訳ありで…。あの、大友編集長を呼んで頂けますか?」
大原真由美は、ブツブツ文句を言いながら、「編集長、電話!遅刻常習犯の柳原からー!」と、これまた大きな声で皮肉タップリに言った。
編集長の『大友真澄』は、企画書に目を通すのを止めると、「あいつ…なにやってんだ…?この忙しい時に…」と、少し苛立った感じの言葉を吐きながら、自分のデスクにあった電話の1番のボタンを押し受話器に手を伸ばした。
「はい。ああ柳原、お前何時だと思ってんだよ。お前と一緒に調子に乗った村岡はもう出勤してるぞ。それで、今、何処に居るんだよ。」
「編集長!それよりも大変ですよ。もしかしてこれは、大スクープになるかもしれませんよ!」
「スクープ?お前、昼からぼけてんじゃねーぞ。うちの編集部はスクープなんざ、無縁だって事お前も知ってるだろ?」
「だから、冗談ごとじゃないんですよー」
彼は、真澄の煮え切らない態度に、思わず電話口に向かって大声を出した。
そして一言、「あのですね、驚かないで聞いてくださいよ。実は、あのサベージパンプキンのマルセルキスクを発見したんです!」
と、言った。
編集長の大友真澄は、それから暫くの沈黙の後、「えっ?」と、一言だけ言った。
「だから!サベージパンプキンのマルセルを!…あっ…。」
そう話した声が大きいと感じた柳原は、周囲をキョロキョロと確かめると、スマホを左手に持ち替えて、かがむように小声で喋った。
「と、とにかく。今、私が居る所は、池袋の郊外です。これから車で…そちらに向かう最中だったのですが、今、私がいるコンビニで…彼を見つけたんですよ。そう…恰好は、トレーナーにジーパン姿。髪は短く、黒く染めてましたが、マルセルキスクに間違いありませんよ。」
彼は断言するかの口調で、真澄に話した。
しかし真澄自身は、どうしても信用しようとしない。
「髪の毛が短くって、黒く染めてただあ?じゃあ、マルセルじゃないかもしれないじゃあないか?まさかお前、その話、テレビで話題になってる、『マルセルキスクを見つけろ』の口じゃないだろうな?よく確かめても見ないでそんな自信ありげに言っていいのか?この間も音楽ライフの座視が、ジャパンツアーの2日目にマルセルと飲みに行ったなんて言ってたが、よくああいう嘘を平気で口にできたと感心したよ。マルセルは東京公演の間は新宿になど一度も行ってない。あいつが夜中に行ってたのは、六本木のカフェバーだけで、これは俺も毎晩同行してたんだから絶対確かだ。いや、別にこれは関係のない話だけど、とにかく俺は、はっきりとした手応えのある情報が出ない限り、この話に首を突っ込むのは止める事にしたんだ。今までマルセルどころかサベージパンプキンと言うヘビーメタルバンドさえも知らなかった奴等が、でたらめの情報を流して世間を混乱させているこの状態が終わるまではね。だから柳原、お前も悪い夢を見るのは、止めた方がいいぞ。」
真澄のまるで信用しない態度に、柳原は言葉を荒くし、猛然と反撃に出た。
「編集長!夢だなんて…私をバカにしてるんですか?仮にも来日した時、マルセル本人にインタビューをしたこの私が言ってるんですよ!この道5年間やってきて、自分で言うのも変だけど、僕は自分でインタビューをしたアーティストの顔は、一人だって忘れたことはありません。それだけは自慢できます!」
柳原の言葉には他を寄せ付けない勢いみたいなものを感じさせた。
そう思った真澄は、そんな彼の言葉を渋々と受け止める。
「まあ…それもそうだな。それで、お前としては、どうしたいわけだ?」
「決まってるじゃないですか。彼を捕まえるんですよ!」
真澄は、柳原が言った言葉を、暫く受話器を当てながら考えてみた。
電話の向こうの柳原はいつまでたっても真澄からの返事が来ないことに一層の腹立ちを覚えた。
彼は先ほどより小さな声で、しかしいくらか絶望の色合いを含めた話し方で改めて、真澄に質問をする。
「それとも…編集長は、そんなに私のことが信用できないのですか?」
突然の彼の発した気持ちに、真澄はいささか狼狽した。
「嫌…そんなつもりはない…。本当にない…。では、聞くが、柳原はどうしてマルセルの行方を知りたいんだ?いやらしい言い方になるが、彼を見つけて、全マスコミの前で、今のマルセルを晒し者にしたいからか?」
真澄の言葉に、柳原は沈黙した。
そしてスマホを持ったまま…何も言わずにいたが、スウっと一つ深呼吸をした後、自分の気持ちを正直に話した。
「私もまた、ファンだからですよ。だから、放っとけないんです。」
彼のこの一言を聞いた真澄は、ニヤッと一つ笑みを浮かべると、「よし、分かった!」と大きな声で答えた。
「柳原。お前今日はシルバーメイデンの来日取材日だったな。」
「はい、昼の2時からです。」
「それを、村岡に行かせるから、お前はその周辺を徹底的に調査してみてくれないか?」
「調査?」
真澄の意外な言葉に、柳原は驚いた。
「何故、そんなことを?」
「さっきから思っていたんが、お前の話を聞いていると、なんだかマルセルの背後に別の奴がいるような気がしてな。そうだな…例えば協力者とか。」
「協力者!?」
柳原が聞き返す。
「ああ。いわゆる、第3者的存在がね。今までのお前の話を整理すると、どうも行動が、マルセル一人ではないように思えるんだよ。服装にしたって、かなりラフな格好をしていたって、お前は言ったし、それは彼自身が近くに住居を構えているからこそ、出来ることだと考えられるしな。それが、仮にアパートだとして、…彼一人で、借りられたと、思えるか柳原?これだけ、マスコミで騒がれているんだから、仮に借りられたとしても、不審に思われるのが関の山だし、となると、第3者的協力者って存在を考えないと、どれをとっても矛盾だらけなことばかりだ。」
「編集者の第6感ってやつですか?」
「まあ、そんなとこだな。」
「分かりました。どこまでやれるかわかりませんが、調べてみます。」
そう言うと、柳原は電話を切り、ポケットにスマホをしまって、先ほどの真澄の言葉を思い出しながら、さて…どうやって調査を進めていこうかと、寒い木枯らしの吹く中、コートの襟を立てながら思案した。
そして、ちょうど同じ頃、柳原の電話を切った、編集長の大友真澄も、思いもがけない出来事にほくそ笑んだが、しかし何故、マルセルがこんな突拍子もない事をしでかしたのか、そのあたりが気になった。
そして、ある出来事を思い出した。
そういえば、来日公演のあの夜、ライブが終わってメンバーと飲んだ時、少し疲れているような色合いをマルセルの顔に見たのを少しだけ覚えている。
しかし、それ以外はとても明るい奴で、自分の考えをしっかり持った、今時珍しいミュージシャンだなという、印象を受けたが…。それは、単なる表面上のことなのか、リードギターのジミーハンセンと結構仲が良く、まるで兄弟のように連れ添っていた彼がどうして…。
仲間割れ!?そんなはずはない!そんな噂は聞いたことがなかった。
では、何故?
真澄はそのことがどうしても気になった。
そして、その日シルバーメイデンの来日公演が終わって、自宅に帰るやいなや、彼は国際電話をかけた。
ドイツに戻っている、サベージパンプキンのギタリスト。
『ジミーハンセン』に詳しい話を聞いてみたかったのだ。
電話が繋がった。
真澄は英語で話をする。
「ジャーマンレコード社ですか?私日本のミュージックスピリッツの編集長をしている、大友真澄と申しますが…。サベージパンプキンのジミーハンセンさんとお話しできませんでしょうか?はい。個人的な事なので、お時間は取りません…。」
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