第2話 出会い

第1章


 『おはようございます。朝のひと時、皆様どのようにお過ごしでしょうか…。』昨日かけておいた、ラジオの目覚ましが鳴りだした。

眠い目をこすりながら真理絵は、リモコンでステレオのボリュームを大きくする。

時計はAM6:00を指していた。

 朝だ!窓を開けると、まだ外は暗かった。

12月の寒さは体にも心にも応えた。途端に、

「あいたっ!!」

筋肉痛だ。

昨日ライブで、2時間半立ちっぱなし。

しかも激しく体を振っていたので、首と、体全体が痛かった。

 起きるのが面倒くさい。

真理絵の脳裏にその言葉がよぎった。

このまま、仕事の時間になるまで暖かい布団にくるまっていたかった。

しかし、彼女には毎朝やっている朝の日課があった。

 「負けるものか!」と、声を出すと、彼女は黄色のジャージにトレーナーを履き、髪を束ね、布団をたたみ、スニーカーの紐をきっちりとしめて、玄関のドアを開けた。

 今日も東の空から太陽が半分顔を覗かせている。

真理絵は痛い体にムチ打ちながら、今日もあまり人が通っていない近所の道を走り出した。

 12月の始めということもあってか、外は冷たく凍り付くようであった。

昨日夜中に降った通り雨の

せいか、霧が立ち込めており、視界が利かない。

しかし、空を見上げると、朝の空は綺麗な黄金色であり、真理絵は、辛い筋肉痛も我慢する事が出来た。

 真理絵は朝が好きだ。

朝は希望に満ち溢れており、すべての万物が一番生き生きと輝く瞬間だと思うからだ。

その証拠に、彼女が朝寝坊をした日はろくなことがなかった。

まるで月に見放されたように、何事もうまくいかなくなるのだ。

そこで、真理絵は朝寝坊を防止するために、このマラソンを始めたのだ。

それは毎日が辛い眠りとの戦いだが、冷たい風が彼女という人間を蘇らせてくれるようなそんな錯覚を覚えるからだ

 それに走っているといい事もある。

この間は、真理絵好みの素敵な男性が、「おはようございます。」と挨拶してくれたし。

車もあまり通らないし。

と、彼女が思いながら走っていると…。

「いたっ!!」

筋肉痛がぶり返してきた。

嘘。

まだ、1㎞も走ってないわよ。

はあはあ白い息を切らしながら考えていると、右のほうに小さな公園が見える。

そうだ。

ここで少し休んでいこう。

この時間帯ならまだ、誰も居ない事だし。

そう直感した真理絵は、普段あまり入らない公園にユックリと歩いて行った。

 

公園に着いた。

予想通り中は静かだ。

しかし、公園には深い霧が立ち込めていた。

中に人が居るのか分からない。

やっぱり、私だけなのかな。

痛みを堪えながら更に中に入って行くと…遠くのベンチに誰か腰かけている人影が見えた。

先約がいたの…。おおかた近所の散歩をしている人だろうと、真理絵は考えたが…しかし、朧げに見えるその姿は、真理絵の知っている誰かに見えてきたのだ。

黒いブーツに、髪の毛が長い…。

ホームレスかしら?でも、何処かで見た気が…。目をこ

らして見てみると…!見覚えのある顔だった。

「まさか!!」驚きのあまりその場で立ち尽くす真理絵。

途端、彼に聞こえてしまったのか、気付かれた様子だった。

間違いない。

そこには、あのサベージパンプキンのヴォーカリスト、マルセルキスクが居たのだ。

 真理絵は困惑した。

なんだってマルセルがこんなところにいるのよ!!確か…昨日が最終公演だったから、今日はメンバー全員がオフの日だってことは、雑誌で載っていたから知っていたけど、それにしたってこんな田舎みたいなところに…どうしたっていうのよ…

 あまりにも信じられない突然の出来事に、彼女はただ驚くだけであった。

マルセルは先程から、真理絵のことを見続けている。

どうする?彼の所まで行って話をするか…?しかし、考えてみると相手は外国人。

しかもドイツ人である。

英語だって苦手なのに、もしドイツ語で話されたら…。それを考えると身震いがした。

 だが、このまま見て見ぬふりというのも、もったいない気がする。

話すことは疎か、会うことさえままならない彼と今、目の前でご対面できたという事は、言うなればこれは絶好のチャンスというものだ。

 ゴクン!と生唾を飲み込んだ真理絵は、足を一歩前に出した。

マルセルだって人間だし、英語だって身振り手振りで必死になって伝えれば何とかなるかもしれない。

えーい!何とかなる!

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。

その言葉を胸に秘めながら、真理絵は、マルセルの元へと足を歩ませた。

今日は寒い日なのに、なぜか汗がじわじわと噴き出てくるのが感じられる。

 一歩一歩進むごとに、彼がどのような格好をしているか、手に取るように分かる事が出来た。

水色のポリエステルのジャンパーに下は灰色の格子模様のYシャツ。

そして、細いジーンズを履いており、首には目立つことのない金色のペンダントがあった。

まるで、ヘビーメタルの世界の住人とは思えないほどその恰好は普通であった。

しかし、彼からはそこはかとなく、やはりその世界の人だと感じられる匂いを漂わせる何かがあった。

それは、ロングブーツと、手首につけていた黒い男性用ブレスレットから感じるものがあるのかもしれない。

 「あ…あのう。」彼と話せる距離まで近づいた真理絵は、彼女をじっと見つめているマルセルに、短い英語で話し出した。

近くで見るマルセルキスクはやはりとても素敵だ。

髪は肩までかかる程の少し赤が混ざっているブロンド。

瞳はダークブラウン。

鼻はスッと高くまとまっており、口は少し大きめだが形の整った唇。

そして、顔は丸顔で透き通るように白い。

 「あなたは、サベージパンプキンのマルセルキスクさんですか?」真理絵の言葉を聞き、驚いたようにyesと答えるマルセル。

あ…通じた。

彼女はホッと一息つき、次の言葉、「私はあなたのファンです。」を言おうとした瞬間…。

 何も出てこない!!

 そう、彼女は、とてもあがっていた為、その簡単な言葉を忘れてしまったのだった。

 どうしよう!!すごく簡単な言葉なのに!!

 動作が止まってしまった彼女。

すると、マルセルが意外な言葉を発した。

「君、僕のファンなの?」なんと、マルセルは、日本語でその言葉を喋りだしたのだ!

 えっ!?日本語!?

彼女は穴が開くほど、マルセルの顔をじーっと見た。

やがて口を開いた。

 「あなた…日本語喋れるの?」

 「僕、日本語喋れるよ。だから、日本語でしゃべっても大丈夫だよ。」と、彼は幾分アクセントの定まらないような喋り方で、しかし語尾はハッキリ言った。

 「えーっ!?」真理絵が大声を出した。

マルセルがjapan語で話している!!これには驚いた。

此処に居るというだけでも驚きなのに。

思わず貧血を起こして倒れそうになった。

 「マルセルが日本語を話せたなんて…。私、あーびっくりした。初めて聞いたんだもの。でも…。じゃあ、どうして日本にいるのに、日本語で話さないの?ライブの時だって英語だったし…。」その質問を彼女がぶつけた途端、マルセルは黙って俯いてしまった。

まずいこと聞いちゃったかなあ…。そう思った真理絵は、慌てて話題を変えることにした。

 「あ…あの、じゃあマルセルは、どうして此処に居るのかしら?」

「ちょっと…事情があってバンドを…出てきたんだ…。」

 えっ!?なんですって!?サベージパンプキンを出てきた!?

 「事情って?」さらに真理絵が突っ込んだが、またもやマルセルは黙ってしまった。

この話もダメか。

真理絵はがっかりしたが、事が事だけにこのまま見過ごすわけにもいかない。

 「これからどうするの?どこへ行くの?…第一あてはあるの?」さらに突っ込んで聞いてみたが、彼はただ、首を横に振るだけである。

 あてもないのに、バンドを抜けてきたなんて…。

 しかもここは異国の地。

日本。

ドイツではない。

 呆れた事に、マルセルは今いる場所も分からないと言う。

真理絵が優しくこの町の地名を教えても、彼は首を傾げるだけであった。

すると、あまりにもしつこい彼女に、彼はいくらかムッとした顔でこう言った。

「あなた、ファンの人だから、あまりこんな事言いたくないけど、僕のことはもう放っておいていただけませんか?あとは、自分で何とかしますので…。」

冷たく突き放すようにマルセルは言うと、それから座っていたベンチから腰を上げ、荷物を肩にかけ、彼女の横を素通りしようと歩き出した。

 その時…

 「ちょっと待ってください!」真理絵が叫ぶ。

 それと同時にマルセルの足が止まる。

 「放ってなんておけません!だって…マルセル此処が何処かも知らないんだもの。それに…さっきサベージパンプキンを出てきたって言ってたでしょう?ファンとして心配なんです。ここまで関わっちゃったら見て見ぬふりはできない!」

 真理絵の言葉に、マルセルはびっくりした表情を浮かべた。

 「君の気持は分かるけど…。僕の問題なんだし…。」彼がそう話し始めたその時

 「そうだ!」

 真理絵が急に大声で叫んだ

 「マルセル。私の家に来てよ。ここからそんなに遠くない所にあるの。とにかく、こんな寒い所にいたら、風邪ひいちゃうわ。」

 「えっ!?ちょっ!ちょっと待ってよ!僕そんなこと出来ないよ!」

「なによ。遠慮することないのよ?泊って行けとは言ってないし、コーヒーでもご馳走するわ。何か暖かいものでも飲めば冷静になって、いい考えが出てくるかもしれないし。それともコーヒー嫌い?」

 「い、いや、そんなことはないけど…でも…まいっちゃったなあ…。」

「じゃ、早く行きましょ。」

 真理絵は、このチャンスを手放したくなかった。

なんだってこんな所にマルセルが居たのか皆目見当もつかないが、これは神様のお導きとしか思えないわ。

と、自分勝手に思いマルセルの手を引っ張って歩き出した。

マルセルも、最初のうちは嫌がっていたが、彼女の迫力に圧倒され、渋々ながら、荷物を持って真理絵の後についていった。

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