第47話

 いま私は筆を置こうとしている。正確には鉛筆だけど。

 

 あれから先のことは私にとって私的なことであったし、おそらく彼にとってもそうだっただろう。多くは明かしたくない。ただ私たちは戦って、私が負けた。だから彼はあそこに残り、私はこっちに放り出された。それだけ。


 もう10月。新しい生活にも慣れてきた。あの日から『学園』は消えて、私は外の世界で過ごせるようになった。

 彼は私にふつーに過ごして欲しいと言っていた。高校に通って、大学にでもいって、恋人をつくったり別れたりしてから、就職して、結婚し子どもをもうけ、孫の顔見ろ、みたいな。

 そんなふつーがとてもとても難しい。


 このノートに書くことは『現実改変』から逃れられると彼は言ってたけど、どうなのかな。私にはいまいち分からない。とりあえず彼が言っていたように記録は残しておいた。誰かが読むかもしれないし、読まないかもしれない。未来の私が不思議そうにしながらページをめくることがあるかも。たとえこのノートがあの『改変』から逃れられたとしても、私自身はもう逃れられないだろうから。


 夜のキッチン。蛍光灯の明かりの中で鉛筆をノートに走らせている女。膝には黒猫を乗せて。それがいまの私。

 住んでいるこのマンションはもともと彼のものだったらしい。707号室。ごみ捨てには少し不便。明日は燃えるごみの日。これを書いたらまとめようと思ってる。

 膝の上で丸くなってる猫は彼から譲り受けたものだ。この子がいるおかげでいろいろと助かっている。何よりも寂しいとき寄り添ってくれるのがありがたい。

 

 私はいまのところ彼の言うとおりにふつーに過ごしている。一般的かつ模範的な女子高校生。ただし友だちはまだいないし、彼氏も居ない。転校して一ヶ月でそんな簡単に仲良くなれるの?

 しかし最近準備している文化祭というものはとても興味深い。いろいろな仕事を押し付けられながらも少しずつあの学校になじんでいっている気持ちになれる。友だちとまでは行かないけど、知人は増えてきた。


 私にとって友だちはまだあの3人だけ。彼らが今どうしてるのかはわからない。分からないままでいることが私の今の役目なんだろう。きっと。


 もう寝よう。明日はクラスの人たちと買出しに出かける予定。どうやらメイド喫茶をやるらしい。私もメイド服を着るみたい。キミはきっと笑うだろうな。

 

 おやすみ、福屋アキラくん。

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歪曲者たち ごま @goma

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