第3話 恋に落ちるライトニング特集
いつも着ている雷魔法強化の刺繍がされたローブ姿の彼女を見つけて俺は後ろから声を掛けた。それが始まりの合図だった。
常時発動している魔力探知魔法にて危険と判断し、急いで後ろへ下がった。俺がさっきまでいた場所にライトニングの魔法が降り注いだ。
振り返った彼女の表情は本気だった。二十年間も一緒にパーティを組み冒険をしているからこそ彼女が何かの覚悟を決めた事が分かった。
身に着けている新しいイヤリング、ブレスレットは雷魔法強化の装備だ。領収書を貰ってるかちょっと心配だ。パーティ資金から購入する為には、先に前払いで購入してもらい領収書と引き換えにパーティ資金から精算するルールだ。細かいかもしれないがお金に関する事なのでしっかりする必要がある。
「領収書は」
俺の会話を遮るように彼女のライトニングは続いた。
たぶん彼女は領収書をもらい忘れたのだ。だから、新しい装備の性能を実際に見せる事によってパーティ資金から出して貰う事を考えているのかもしれない。
こういう事は今までもあった。高額な装備を購入して領収書を貰い忘れた時にごり押ししてきた。お金が関わると人はここまで本気になれる。お金は人を変えると聞くがまさに今がそれだ。
ライトニングは初球魔法だがここまで雷魔法の性能が強化されるなら水竜討伐の際に使える装備なので、大目に見てパーティ資金から出す事にするか。
もともと彼女と二人三脚でやってきたパーティなので、ルールはあるが厳密にはあってないようなものだ。今回の事も俺がOKならそれで終わりの話だった。
「領収書がなくても、今回は大丈夫だぞ」
しかし彼女のライトニングは止まらない。少し早口になってしまって聞き取れなかったのかもしれない。
「装備の性能はわかった。パーティ資金の購入で大丈夫だ」
ライトニングが少し鋭くなった気がする。
領収書の話ではないという事なのか。そうなるとなぜ、俺にライトニングが今も降り注いでいるかが分からない。
彼女クラスになると初球魔法のライトニングは魔力消費量より魔力回復量の方が大きい為、体力が続く限り打ち続ける事が可能で魔力欠乏によるダウンは期待できない。
最近少し体力が衰えたと聞いたが二十年間も冒険者をやってきたのでそれなりに体力もあるし、現状は八方塞がりの状態だ。
それにしても少し騒ぎになってもおかしくないのに人が来る気配がない。
おそらく処断魔法で人がここに来ないようにしていると思われるが、彼女は雷魔法に特化した魔法使いなので第三者の存在が見え隠れしている気がする。
唯一の救いは彼女が建物を破壊しないように魔法を仕掛ける冷静な判断ができている事くらいだ。
「私には時間がないんだ」
その言葉を聞いて俺は思考は一つの結果に辿りついた。俺とした事が彼女のサインに気づかなかった。彼女の本気の表情こそが何か事件に巻き込まれているという事ではないか。
今までのやり取りが恥ずかしくなる。
だが、時間がないと彼女が言っているという事はその通りなんだろう。俺は緊急用の特殊サインで彼女との会話を試みた。こういう時の為に用意しておいて良かった。
いったい何があったのか。これから俺はどうする必要があるかを教えてくれ。しかし、彼女からサインが返って来る事はなく今もライトニングが降り注いでいる。
これも違うのか。俺は少しだけ泣きそうになった。
パサッと彼女の懐から何かが落ちる音がした。俺はライトニングを避けながら落ちたそれを見た。
そこには一冊の雑誌が落ちていた。
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俺は表紙にドヤ顔で写っているケット・シーを見た。あの、クソ猫か。
世界でケット・シーと呼ばれる存在はあいつだけだ。腐れ縁で何度か一緒に冒険をした事があり、実力は確かだが悪戯好きで今までも何度かあいつの悪戯に掛かった事を思い出した。最近見ていないからすっかり忘れていた。
この状況の原因はあの雑誌が関係している事は確実だが、解決方法が思い付かない。
ただ、遮断魔法を使用してる誰かは分かった。そしてここまで盛り上がっているからな。今も近くでこの状況を楽しんで見ているだろう。
魔力探知魔法に大きな魔法が引っ掛かった。ライトニングソードか。
普段なら気づけていたかもしれないが、ライトニングを避ける事に夢中で遮断魔法で隠していたライトニングソードに気づかなかった。
ここで遮断魔法を解除したって事はチェックメイトだよな。
「水竜でも討伐する気かよ」
今の状況ではライトニングソードをどうこうする事はできない。ケット・シーの笑い顔が頭に浮かぶ。
ライトニングソードが俺に目掛けて放たれる。
「このまま終わると思うなよ」
見える範囲にいないという事は自分の存在を隠す為にも遮断魔法を使用している可能性がある。
俺は魔力探知魔法を使用して魔力の残滓がない場所を探した。これだけ魔法が放たれた後だから周囲には魔力の残滓だらけだ。
この状況下だからこそ遮断魔法が自分の場所を教える魔法となる。人は自然と魔力を出している。ある程度魔力量を抑える事ができるが、完全に魔力を消すには遮断魔法を使用する必要がある。
ケット・シーが使用している遮断魔法はさらに高等な魔法の為、姿までも遮断して存在を見えなくしている。あくまでも見えないだけでそこにいる事は変わらない。
つまり、魔力の残滓がない場所に。
「クソ猫がいるってことだ」
俺は何もない空間に手を伸ばしてそれを掴んだ。
「にゃ」
「見つけたぞ。そしてプレゼントだ」
俺は向かってくるライトニングソードに向けてクソ猫を投げた。
「魔法耐性が高いお前だからな。黒猫になるかもしれないが大丈夫だよな」
「にゃにゃにゃー」
ライトニングソードを受けたケット・シーが黒猫になり地面へ転がる。
「にゃにするにゃー」
「理由は良くわからんがお前が悪いっていうのは分かる」
「にゃにおー」
とりあえずこれで一件落着かな。
ライトニングが降り注いだ。油断していた訳ではなかった。何となく解決したかなと思ったんだけど駄目だったか。俺はライトニングの衝撃で地面に倒れ込んだ。思っていたより手加減がされていて良かった。
「やった」
満面の笑みを浮かべて彼女が喜んでいる。彼女が俺の傍までやって来る。
「ねえ、恋に落ちた?」
そういうことね。いやいや、もうとっくに恋に落ちているから。家もずっと一緒に住んでいるじゃん。二十年も一緒に冒険しているってそういう事だろって思っていたが、改めて何かを言葉にした事はなかったな。
「恋に落ちた落ちた。好き過ぎて体が痺れて起き上がれないわ」
彼女が少し微妙な顔をする。どうやら聞きたい答えじゃなく満足できないみたいだ。困ったな。あまり動くことが出来ないんだけど。
俺は頑張って痺れた手を伸ばして彼女のローブを引っ張り唇を奪う。
「愛してるよ」
照れ隠しのライトニングがもう一度降り注いだ。
魔法使いの告白あるある 15まる @15maru
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