EP 小さな一歩
「あー、青空が綺麗っすねー」
病室を抜けて病院の屋上にある椅子に座り、俺は空を眺めていた。
検査入院とはいえ、さすがに二週間も病室で過ごすのは辛すぎる。
スニールを倒した後、俺はどうやら意識を失ってしまったらしく、ぶっ倒れてそのまますぐに病院にへと運び込まれて入院中することとなった。
それについてはさほど気にしていない。なるほど、そうだったのか。という感想しか出ない。
だが、それを成し遂げることが出来たあの妙な感覚や、体中の傷が塞がってた現象が唯一謎だった。
最初こそ、
『とうとう俺にも物語の主人公みたいに覚醒して、チート能力が備わってしまったか。つらいわー、選ばれし者つらいわー』
などと、一喜一憂していたところ、担当医師から真相を聞かされたのである。
「君の傷が塞がった件ね。あれ、結論から言えば、君は死ぬことから『逃げた』んだよ」
「え、でも俺の【逃走】て、原理的には『魔力で身体能力上げて早く走る』でしたよね?」
「だから、死ぬことを拒んで、ものすごい勢いで血を回して体を回復させ続けたてことだよ。その証拠に、君は貧血で倒れたんだ」
全く、とことん情けない話だ。
ようやく進めたかと思ったのに、結局は逃げていたのだ。
「これに懲りたら、もうあまり無茶はしないことだね。多分、手足まで飛ばされたら血の量的には再生できないだろうから。切られちゃったら『ゲームオーバー』だよ?」
手をひらひらと振りながら動かしつつ言ってくる茶目っ気のきいた医師に、「それが出来れば苦労しない」と言ってやりたかったが、それはもう無理だ。
だって、俺は選んでしまったから。
何をて?
それはな──、
「こんな所におったのか、ツルギ!」
聞き覚えのある偉そうな声が、屋上に、空にへと響き渡る。
全く本当にうるさいヤツだ。もう少し静かにできねぇのかよ。
「せっかく見舞いに来てやったというのに、おとなしく主の到着を待たんか!」
カッチェラは例のいつの黒色マントを羽織り、両手を腰について胸を張っていた。
こいつも病院に運びこまれたのだが、スニールの胃袋の中にいたというのにほぼ外傷は無く、三日ほどで退院していった。
後に分かったことだが、彼女が来ているマントには対防御魔法が組み込まれていたらしく、それを着ていたおかげで、消化されなかったそうだ。
てか、そっちの方がチート能力じゃね?
まあそんなこんなで、俺が目覚めるまでカッチェラとリリィは一時も俺の元を離れなかったらしく、月夜がえらく苦労したそうだ。
今もなんだかんだと彼女の言葉に甘えてカッチェラたちを預かってもらってるし、先日はリリィも預かってもらっていたことも含めて、まとめてお礼をしなくてはいけなくならなそうだ。
流石に料理だけで済ませるのはあれだし、前に言ってたアニメ鑑賞にでも付き合ってやるとするか。
「これ! 聞いておるのか!」
「はいはい、すいませんねー。魔王さま」
久々に聞いたその声にうんざりしつつ、元気な主人を構ってやる。
カッチェラの後に続くように、リリィや月夜の顔も見えた。
「つるぎ、げんきぃ?」
「先輩、具合はどうです? 差し入れにお菓子買ってきたんでどうぞ。手作りが希望なら、もっと好感度を上げてください」
数カ月前では考えてもみなかった光景だ。
俺一人ではきっと、こんな未来は一生来なかったことだろう。
それもこれも──。
「ん? なんじゃ?」
「カッチェラ、リリィ。俺の分も食べていいぞ」
「なに! 本当か!? やったのじゃ!」
「つるぎぃ、すきぃー」
「はいはい」
これぐらいで喜ぶとは、やっぱりまだ子供だな。魔王になるにはほど遠い。
「そうと決まれば急ぐぞ! ツルギよ!」
「はいよ」
こんな騒がしく、厄介で、大変な毎日がもう少し続くのかと思うと今から思いやられる。
俺はそれに頭を抱えつつも、笑みがこぼれた。
もしかしたらこいつらと一緒にいれば、少しずつではあるが夢にへと近づけるかもしれない。
一人ではどうしようもできなかった壁も、越えられるかもしれない。
それならば、こんな生活も決して悪くはないだろう。
だからとうぶん、俺は魔王の娘からは逃げられそうにない。
魔王の娘からは逃げられない!!! 黒鉄メイド @4696maidsama
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