第19話 魔王の娘と逃走冒険者

「はぁはぁ……」


 さっきほどよりも意識がしっかりして目が冴えてきた。

 よくよく体を見ると傷などは塞がっており、痕などは見られないが幻じゃなかったのか? どうなってるんだ?

 いや、考えてもしょうがないか。今はどうにかしてここから脱出しないと。

 俺は背負ったカッチェラに引き連れながら、どうにかして先ほど塞がれていた非常階段にへと向かう。

 もしかしたら、リュックの中に入った道具を使えば、どうにかできるかもしれない。


「んっ……なんじゃ?」


「ようやく起きたかよ?」


「ツル……ギ? ──ツルギ!」


 カッチェラは起きて早々に目を丸きして何か驚いているが、どうしたんだ?


「よぉ……元気だったか……?」


「そんなことを言ってる場合か! どうしたんじゃ! この背中の傷は……てないのじゃ?」


 カッチェラは心配そうに傷のあった場所をペチペチと手で触ってくるが、くすぐったいから止めてほしい。


「こちょ、こちょがしっ……! て、俺は大丈夫なんだよ! てか体隠せよ」


「? ……な、なんで全裸なんじゃ! わが輩は!?」


 カッチェラはすぐさま羽織っていたマントを体に巻き付けて、俺の背中で丸くなった。

 首元を絞めるカッチェラの手を見ると、俺のあげたあの悪魔のキーホルダーが握られている。


「それ……持っててくれたんだな……」


「当たり前じゃ、死んでも離さんと言うたじゃろうが。それにじゃ、ツルギがわが輩のために頑張って取ってきてくれたものを、どうして手放すことができようか?」


「はっ……本当に……お前てやつは!」


「わっ! わっ! そう乱暴に頭を撫でるでないわっ! 照れるじゃろうが!」

 照れろ照れろ! 本っ当、お前は最高の主さまだよ!


「さぁ、さっさと帰ろう。さっきから頭の中でガンガンと音立ててうるさいんだよ……」


 遠くの方から金属でも叩くかのようにして響く音。

 先ほどから気になって仕方がない。帰ったらすぐに病院へ行こう。


「いや、わが輩にも聞こえるぞ、一体何の音じゃ?」


「見ぃつけた!!」


 スニールが壁越しから顔を出す。

 来る途中で脱皮をしたのか、裂いた腹の傷はもう塞がっていた。

 周りには魔族とモンスターに囲まれており、とても逃げれる様子ではない。


「ちっ! 【逃……ぐっ!」


 カッチェラを抱えて走ろうとしたが、右膝が折れて地面に付く。


「ツルギ!」


 駄目だ……足に力が入ってくれねぇ……!


「スニール……? その姿は一体……それにこの魔族とモンスターの数はなんじゃ? 一体何が起きておるというのじゃ……?」


「あいつの狙いは、お前を食べて魔王の血族の力を手に入れることだったんだよ……俺たちはまんまと騙されたてわけだ」


「なんじゃと!? で、では先ほど見聞きしたことは夢ではなかったということなのか……!?」


 小声でカッチェラは何かぶつくさ言っているが、やっぱり知り合いに騙されてショックだったのだろ。

 耳元も密かに赤くなっている。きっと泣いて──お、おい、なんでそこでちらちらと俺を見てくるんだよ……!?


「殺す! 殺す! あんたらまとめて、食い殺してやるッ!!」


 で、どうするんだこの状況……!

 やれることなんて思いつかねぇ……くそがっ!

 そうこう考えていると、カッチェラはマントを棚引かせて俺の前にへと出てきたのだ。


「わが配下には指一触れさせんぞ、スニール」


「あら怖い。それでは小さな魔王さま、一体何をしてくれるのかしらぁ?」


 あざ笑うスニールだったが、カッチェラから伸びた黒色のオーラを見て顔が固まった。


《──魔王の娘を侮るなよスニール。貴様なぞ、その気になれば我が輩の敵ではないわ》


 それはカァッチェラが唯一使える特技、威嚇。

 今まで恐ろしく感じたそれは、今はとても心強く見える。

 それに恐れた一部のモンスターたちは、すぐさま逃げていく。


「っ! ふ……ふん、強がっても無駄よ! あんたがなんの力も持ち合わせていないことなんて、とっくに知っているのだから……!」


 怯えてはいるものの、スニールは今だ余裕の表情。

 流石は魔王の元配下の一人ということか。カッチェラの威嚇見ても闘志が消える様子はない。


《なら試してみるか──?》


「止めろ……!」

 

 カッチェラの威嚇は所詮、見かけ倒しのハリボテにすぎない。スニールなんかと戦えば到底勝ち目などないのだ。


「ありがとう、ツルギ。わが輩を認めてくれて」


「待て! カッチェラ!」


 スニールは手から伸びた槍のような爪を振り上げ、その一撃をカッチェラ目掛けて放った!

 ────が、カッチェラや俺にすら当たらず、全く別の方向を刺した。


「ははははっ! 私に逆らうからよ! あんたたちザコなんてねぇ! こうして! こうして! こうしてやるんだから! あははははっ!!」


 スニールの目の焦点は定まっておらず、虚空を見ている。

 目の前にいるはずの俺たちには目もくれずに壁や地面を攻撃しては、独り言を繰り返す。


「スニール様、一体どうされたのですか!?」


「何が起きているのじゃ……?」


「いや、この反応はまさか……」


「い……え、この感覚は違う。これは……夢!」


 スニールもようやく何かがおかしいことに気づき、顔を振った。

 俺たちは後ろを振り向くと、廊下の奥に立つ一人の人物。

 そこには、羽を生やしたナイスバディなサキュバスが、両手を突き出してスニールを睨み付けていた。

 そのサキュバスを俺とカァッチェラはよく知っている。


「ふたりに……なにしたの……っ!!」


「リリィ!!」


 そこにいたのはリリィ。

 いつもの眠たそうな目とは違い、鋭い瞳でスニールをとらえている。


「なんだテメェら! ぐあッ!!」


「こいつは大物だぜ! 気合い入れて動画撮影するから見ててくれよ! リスナー諸君!」


「【ストーンウォール】!」


「【風手裏剣】!」


 彼女に続くように廊下からはクライムと数名の冒険者が現れてスニールに攻撃を放っていく。


「なんでクライムたちがここにいるんだよ……?」


 この展開は、あまりにも都合が良すぎる……。

 そう思っていたところ、俺にクライムが近づいてきて、いつものキザな笑みを向けてくる。


「よお、大ピンチだな?」


「なんでお前がここにいるんだよ……? それにどうしてここが分かった?」


「私が依頼したからですよ」


 クライムの後ろから出てきたのは月夜。

 平日にもかかわらず、相も変わらずいつもの制服である。


「うわぁ、ボロボロじゃないですか。それでよく死んでませんね先輩、ゾンビか何かなんですか?」


「ほっとけ……。それよりも依頼てどういうことだよ」


「リリィちゃんを預かった後、少ししたら、やっぱりカッチェラちゃんに会いたいて言い出したですよ。でも先輩電話かけても出ないし、聞いてた住所に行っても違う人住んでるしで、勘弁ですよ。だからクライムさんに頼んで先輩を探してもらったわけですよ」


「いつの間に連絡先交換してたんだよ、お前ら……」


「俺は心が広いからな! 交友関係も広いんだよ」


「そうかよ」


 流石プロだ。

 帰ったら久々に酒でもおごってやるとしよう。


「人間風情がァ!!」


 廊下に響く、スニールの咆哮に意識を戻される。

 そうだ、まだ戦いは終わっていなかった。


「観念しろスニール。これだけの人数の冒険者が相手なら、お前らだって厳しいはずだ!」


 それを証明するように、先ほど周りを囲んでいた魔族もモンスター、大半がその場に倒れ、こちらが押しているのだ。

 それにクライムがライブ中継で動画も撮っている。いずれ警察も来るだろうから、後は時間の問題だろう。


「魔王の配下をなめるんじゃないわよ! 全員ここで皆殺しにしてやる……ッ!!」


 スニールは尻尾を振り回し、冒険者たちをなぎ倒して爪を伸ばして切りかかり、羽の風圧で冒険者を圧倒していく!

 スニールは他の冒険者を間合いをとった後、再び顔を白くした。


「脱皮っ! 相変わらず厄介な……!」


「そう、無駄なのよ全て。あなたたちじゃあ、私にダメージなんて一ミリも与えられないんだから!」


 白き肌を見せつけるかのように、皮を脱いでいくスニール。

 激高していた先ほどの表情は、余裕なものにへと変わっている。

 傷どころかメンタルまでリセットされるてのは、口から出任せではないようだな。


「はい?! おいツルギ! こんな相手なんて聞いてねぇぞ!?」


「安心しろ、俺もさっき知った」


「それ安心できないやつだろがッ!!」


「ダメージを与えても全回復なんて……ゲームなら裏ボスレベルのやつですよ……? バカなんですか? 私達の関係てラノベで例えたら一巻とかそこらでしょ? そんな時に出てきていい相手じゃないでしょうが、これっ!?」


「みんな気をつけろ! そいつは脱皮して傷どころか体力やメンタルまで回復してくるぞ!」


「やばいってツルギ! こんなの相手なんて無茶すぎるぞ!?」

 

 ああ、俺も正直そうしたいさ。

 てか、お前たちが来てくれた時に真っ先に考えたさ。


「だが、逃げて無関係な人間や魔族がいたらどうするんだよ。きっと被害も大きくなるし、損害とかも出るんだぞ。そもそもあいつが大人しく逃がしてくれるかよ……」


 数々の冒険者が今だ戦う中、先程までとは明らかに戦局が傾き、スニールの方が優位になっている。それもそのはずだ。

 ただでさえ強いのに、回復能力があることを強みにして、スニールはこちらの攻撃を全く防がずに突っ込んでくるのだ。

 例え瀕死にまで追い詰めても、また脱皮されれば最初からやり直しだ。

 一体どうすればいい……? どうすればこの状況を乗り越えられる……!?


「おお!? おいツルギやったぜ! 戦いで気づかなかったけど、リスナーたちも超びっくりして視聴率も評価も漠上がりだ! ははっー! こりゃあ久々のミリオン動画達成だぜぇ! これでもう、悔いはないぜ……!」


「勝手に死んでるんじゃねぇよ! ──いや、待てよ」


 びっくり……?


「……これか?」


 何もできず歯痒さを感じながら戦いを見ていたカッチェラの肩を、俺は強く引いた。


「カッチェラ、一つ作戦がある」


「わっ! なんじゃ? それはわが輩もできることなのか?」


「むしろ今、スニールを倒せるのはお前しかいないんだ」


「わが輩にしか……?」


 単純な火力では歯が立たない。

 リリィのドリームも効果は長続きしないし、打てる手は少ないが、これなら──。


「誰も傷つけず、誰も殺さない。お前だからこそできる作戦だ。やるか?」


「──うむ! ツルギがそこまで言う以上、乗るのが主の、いや魔王の務めじゃ!」


「よし、ならいくぞ!」 


 リリィや月夜、クライムや他の冒険者たちにも指示を飛ばし、俺たちは行動を始めた。

 再びクライム含めた冒険者たちが、交代しながらスニールに攻撃を仕掛け、リリィもそれを【ドリーム】でサポートする。


「何度やっても無駄だって言ってるでしょうが! ゴミどもが!」


 傷ついた冒険者は交代した後に、月夜の【癒やしの微風】で気力を回復。

 再び傷ついた冒険者たちと交代して攻撃していき、スニールに少しずつダメージを与えていく。

 狙うのはある一瞬。

 俺はその時のために、月夜の【癒やしの微風】を浴びてひたすらに体力を回復させていく。


「うるさい虫どもねぇ! 後悔しなさい!」


 スニールの顔が白くなった。

 今だ!


「【逃走】!」


 背中から感じる『恐怖』を対象にして、俺はスニール目掛けて逃げ進む・・

 走って走ってそのまま助走を付けて飛び上がり、スニールの頭を掴んだ。


「よし!」


 脱皮して脱ごうとした皮の出口を手で塞ぎ、スニールを閉じ込めてやった!


「き、貴様ッ! 離せ! 離しなさいッ!」


「行け! カッチェラ! ぶちかましてやれ! てめぇが役立たずと決めつけたやつでも、強者を打ち負かせるていう事実をよッ!!」


「何言って──っ!」


 飛び上がったと同時に俺の背中から離れた全裸のカッチェラは、右手を大きく振り上げて、そこに黒く固まる威嚇のオーラを集中させた。


「今のうちに謝っておこう、スニール」


「ひッ!?」


「許せ!」


 スニールの視界に広がるのは、圧倒的恐怖の塊。


 カッチェラは全ての威嚇のオーラを拳に集め、スニールの顔目掛けて殴りかかった!


「あぁあ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 スニールの顔に当たる寸前でカッチェラの拳は止まり、微かにスニールの鼻に当たって、彼女は倒れた。

 仰向けとなったスニールの顔を見ると、白目を向けて大口を開けたまま気絶しており、その顔は中々にホラーだった。

 脱皮できると油断したのがこいつの敗因だったのだ。

 精神的に追い詰められた状態で、ゼロ距離で放たれるカッチェラの威嚇に耐えきれるわけがない。

 そこを狙い、カッチェラはとっておきの一発をお見舞いしてやったというわけさ。


「やったぞ! ツルギ! わが輩たちが勝ったのじゃ! ツルギ……? ツルギ!」


 やったじゃねぇか、カッチェラ。

 これでようやく、お前が役立たずじゃないて証明できたじゃねぇか──。

 だから──そんな悲しそうな顔するなよ──カッチェラ──。

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