第4話 『味醂座アサカは愛している』





 ごく一般的な幼馴染とは何だろう、と、官舎ひづりはかねてよりたまに、いや、高い頻度で考える傾向にあった。


 異性同性問わず、また多少の年齢差があっても幼少を共に過ごしていれば幼馴染に該当する。概念上はそういう事である。それは、いい。


 子供の頃だけ仲がよく、成長と共に疎遠になるのもまた幼馴染だ。逆のパターンもあるにはあるだろう。そういうのもまぁ、分かるのだ。


 では官舎ひづりと味醂座みりんざアサカの場合、それはどうなのだろう、と、最近、職場で幼馴染関係にある《とある二人》を見ていて、ひづりはまたそれについて考える機会が少しだけ、ほんの少しだけ、増えていた。


「ひぃちゃんの物憂げな横顔……綺麗が過ぎる……」


 ひづりは眼を閉じ、少々歯を食いしばって耐えた。果たして、朝っぱらから、不意打ちで『綺麗』なんて言われて照れない人間が居るだろうか。


 たとえ相手が幼馴染であっても。


「おはよう……」


 考え事のずばり対象であるところの女子生徒が、いつの間にかひづりの机の斜め前にしゃがみ込んでじっとこちらを見上げていたので、ひづりはそこへ挨拶を転がして落とした。


「おはよう、ひぃちゃん。どうしたの? 何か心配事? 結婚式のこと? 私はどんなのでも、ひぃちゃんが好きな方式で良いよ」


 彼女はその校則通りに整えられた丈のスカートから微かに衣擦れの音を零しながら立ち上がると、さらりと頬に垂れた髪を白い指先で静かに掬い上げつつ微笑んだ。


 所作に品がある、というのは、確かに見惚れるものだった。佇まい、歩き方、物を持ち上げる手の動き、振り返る時の視線の動き――。そう言った一つ一つを美しくこなす人というのは確かに居る。見かけると「育ちが良いのだろうな」とひづりも安直に思ったりする。


 だがこの女子生徒は、幼馴染の味醂座アサカは、どうにも少し違う気がする、とひづりは思うのだ。


 特別、動きの一つ一つが形式ばっている、という訳ではない。確かに彼女の服装は少し前髪が長い事のみを除けばどこをとっても校則を遵守した物となっており、実際のところ家庭環境も良好らしく、いわゆる《良いトコのお嬢さん》というやつなのだが、だからと言って《深窓の令嬢》のような儚さがある訳ではなく、中学の時は剣道部員で、百六十数センチとそれほど背が高くないにも関わらずその武術によって整えられた立ち姿からは迫力と言っても過言ではない芯の通った雰囲気が常に醸し出されていた。


 だからひづりは量りかねている。幼稚園から同じであるこの女子生徒が何故自分に対してたまにこんな具合にプロポーズまがいの事をしてくるのかというそれもそうなのだが、どうしてその仕草に自分が見惚れてしまうのか、他にも折り目正しい所作の女子生徒など大勢居るのに、何故彼女に対してだけ、特別自分の視線は向いてしまうのか、ひづりには分からなかった。


 分からないまま、幼馴染である彼女との付き合いはもう十年になっていた。


 官舎ひづりは自身の恋愛感情というものに、あまりにも鈍かった。




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