第2話 ギルドへの登録

 ―誰かが上から僕に向かって手を伸ばしている。でも、視界がボヤけてよく見えない。

『あなたの悲鳴を聞きました。あなたは他の世界を望みますか?』

あぁ望む、だからここから僕を連れ出して。……あれ?声が出ないな……。

『願いを承諾、我々が責任を持って叶えましょう。』

聞こえているの?

『えぇ。さぁ、私の手を取ってください。』

近づいてみると、それは熾天使のように見えた。ここはあの世……?

 ……ん?なんだかガヤガヤと騒がしいな……。―

 セレナが目を覚ますと、そこは昼の酒場のような場所の前で、いつの間にかケントに背負われていた。街並みは石造りで、中世ヨーロッパに近い雰囲気だ。老神父が何やら話しているのが聞こえる。

 彼女はしばらくボーッとしていたが、ハッとして驚きの声を上げ、慌てて降りようとした。頬を赤らめ恥ずかしそうなケントは、セレナが起きたことに気がづくと、すぐに下ろして深く息をついた。ケントはDほどの重みから解き放たれた!

 「ちょうどお目覚めになりましたな。では改めてご説明を。」

教会で出会った老神父は、セレナが起きたことを確認すると、語り始めた。老神父が言うには、この街の名前はヌグで、ここは街唯一の魔族退治の組合、ギルドというところらしい。天界との契約で、降臨した勇者は、ここで登録・活動する取り決めがあるとのことだった。老神父は、語り終えるとギルドの扉を開け、4人に入るよう促し、彼らはそれに従った。

 中に入ると中央から左手には、木製の長机が10数卓と、大量の木製の背もたれのない椅子、左手奥には、やはり木製のカウンターに店員らしき女性がひとりと、たくさんの酒が収納されている棚、右手正面の壁には掲示板のような板に大量の紙が張り出されている。右手奥にはやはり木製のカウンターを備えた受付に、事務仕事をしている女性、その後ろには2階へと続く階段があった。酒場は、昼間にもかかわらずある程度の客で賑わっていた。4人が入り終えると、老神父は扉を閉めて右側の受付へと向かい、4人もそれについていった。

 老神父と受付にいた茶髪に褐色の肌の女性は、馴染み深そうに挨拶を交わすと、彼女は彼に要件を訪ねた。

「実は、この方々は先程降臨なさった勇者様方でして、ご登録をお願いしたいのですが、よろしいかな?」

彼が答えると、彼女は4人のほうをちらっと見た。

「またですか、わかりました。あとのことはお任せください。」

彼女が答えると、彼は、会釈で返し、4人のほうに向き直った。

「では私はこれで。あなた方の幸運を祈っております。」

彼は深々と頭を下げてそう言うと、4人も頭を下げてお礼を返した。すると彼は、ついに名乗ることもなくギルドを出ていってしまった。

 その様子を見ていた4人は、受付の女性に声をかけられ、彼女のほうへと向き直って返事をした。

「ようこそギルドへ。私は受付のレニーと申します。よろしくお願いします。」

レニーと名乗る女性が、そう言って深々と頭を下げると、4人も頭を下げて返した。

「では早速ですが、皆様の登録を行います。天使様からの書類はございますか?」

彼女が尋ねると、リチャード、ケント、エレナの3人は、服の中にしまっていた書類を取り出した。それを見たセレナは、焦って自分の服の中をあちこち探したが見つからない。すると、セレナをおぶっていたケントが、彼女の書類を差し出した。彼女が気を失っている間に、預かっていてくれたようだ。元女性だけあって紳士。

「あ、ありがとうございます。」

彼女がお礼を言うと、ケントは照れくさそうに短く返事をした。なんだかチョロそう。

 レニーが4人から書類を順に受け取ると、それぞれに目を通した。彼女はセレナの書類に目を通したとき、一瞬驚いたように見えたが、すぐに自然な営業スマイルへと戻した。流石プロ、どこかの天使とは大違いだ。

「リチャード様、エレナ様、ケント様、セレナ様、で、ございますね。」

彼女はひとりひとり名前を読み上げ、受付のカウンターの上に、それぞれの書類を目の前に置いた。すると今度は、カウンターの下から、首から下げられる長さの輪になった紐のついた、銅のように見える長方形の平らな板4枚を取り出し、ひとつずつ4人の書類の上へ置いた。

「《刻め》。」

彼女が唱えると、彼女の右手人差し指が仄かに灰色の光を放ち始めた。そして、彼女はその指で板の上を1枚1枚なぞり始めた。すると、なぞったあとに文字が刻まれていった。平らだった板の上部には『ヌグ所属』、下部には勇者の2文字とそれぞれの名前が次々と刻まれていった。

「これで登録は完了いたしました。この銅板はギルド証、ギルドの一員を証明するものですので、肌見放さずお持ちください。通貨も兼ねておりますので、なるべく紛失することのないようお願いいたします。」

彼女の言葉に、4人全員が驚いた。

「これが…通貨……?名前入りなのに?いったいどう使うんですか?というか使ったらギルド証を失うんじゃ……。」

リチャードがギルド証を手に取り呟いた。それを聞いたレニーは、彼に微笑みかけた。

「あぁ、そういえばあなた方の世界とは通貨の概念が大きく違うのでした。ご説明いたしますね。まず使い方ですが、それをこちらにかざしてください。」

彼女の言葉に従い、リチャードはギルド証を彼女のほうへかざした。すると、彼女はギルド証に向かって右手の手のひらを開いてかざした。

「《証明せよ》。」

彼女が唱えると、ギルド証の文字がほのかに灰色の光を放ち始めた。

「確認終了でございます。もう下ろしていただいて構いませんよ。もしそれが偽造品や他人の物であれば、今の魔法で、文字が消滅したり、砕けたり、光に独特の揺らぎが出たりいたします。」

彼女の説明を聞いたリチャードは、銅板の文字を眺め、感心の声をあげた。他の3人もそれを覗き込むが、セレナは身長が足りない。低身長の辛いところ。

「この受付にはございませんが、一般的には魔法石で今の魔法を行使することで、本人確認を行います。確認が終われば、物品の購入などが完了いたします。」

レニーの説明を聞いたリチャードはキョトンとしたが、他の3人は納得の表情を見せた。セレナは覗くのを諦め、自分の分を手にとって眺めた。

「なるほど、これに残高なんかの情報が刻まれて……」

「いえ、この世界の通貨には量の概念はございません。ただ、店によって物品等の提供量に規定があったりはしますが、基本的には何度でも制限なく使うことが可能です。」

レニーの言葉に、残りの3人もキョトンとした顔になり、驚きの声をあげた。

 レニーはニッコリとした表情で説明を続けた。なんでも、通貨には量の代わりに等級があり、4人のギルド証の等級、Copperでは、最低限の品質の購入しかできないらしい。勇者と言えど、最初から優遇してはくれないらしい。そして、難易度の高い仕事を熟せば、等級の高いギルド証と交換してもらえて、買えるものが増えていくそうだ。さらに、一定期間仕事をしないと、ギルド証の更新手続きが行えず、ギルド証に込められた魔力が切れて失効するとのことだ。

 レニーが説明を終えると、ケントとエレナもギルド証を手に取り、不思議そうに見つめだした。そして、光り始めて1分程度経過したリチャードのギルド証は光を失った。

 驚きのあまり言葉を失ってしまった4人をよそに、レニーは書類を手に取り、まとめて抱えると、カウンターから出てきた。

「この書類は我々が責任を持って保管いたします。では、次はギルド長、ギルバート様との面会と、戦闘訓練がございますので、私が部屋までご案内いたします。」

彼女はそう言って階段を登り始めた。4人は我に返り、生唾を飲み、ギルド証を首にかけたり胸元にしまったりしてから、彼女の後ろへと続いた。

 彼女と4人が階段をあがり終えると、彼女は、いくつかある内の一番奥の扉をノックして、4人とともに入った。そこは応接室のような部屋で、部屋の中央には低めのしっかりした木製の長机と、その両側に豪華な長椅子があった。奥では、金髪赤眼に白い肌、金色の豪華な服を着た威厳に満ちた表情の美青年が、ひとり用のどっしりとした木製の机で、書類を片手にこちらを見つめていた。

 レニーが彼の元へ向かうと、彼は持っていた書類を机に置き、4人の書類を受け取った。そして、書類を渡し終えたレニーは、彼に報告を始めた。

「ギルド長、新しい勇者様方がいらっしゃったので、当ギルドへの登録手続きをいたしました。」

彼女が報告を終えると、ギルド長と呼ばれた男性は書類に目を通し始めた。

「そうか、ご苦労であった。下がってよいぞ。……む?歌姫だと!?」

レニーが4人の方へ戻ってくると、ギルド長ギルバートは高笑いを始めた。

「フハハハハハハ!歌姫、歌姫ときたか、あの性悪天使め、ついにこんな職業の者まで送り込んできたか!しかも能力値がすべてD以下ではないか!フハハハハハハ!!」

ギルバートの言葉を聞いたセレナは、目をそらして苦笑いをした。

 ギルバートは、ひとしきり笑い終えると、また威厳に満ちた顔になり、4人の顔を順に見ると、口を開いた。

「オレがギルド長、ギルバートだ。この街の長でもある。セレナというのは、そこの人とセイレーンの雑種だな?前に出よ。」

彼がそう言うと、セレナは覚悟を決めた硬い表情になり、返事をして前に出た。

「ボ、ボクがセレナです。」

「単刀直入に言う、貴様は下級の魔物どころか家畜とすら満足に戦えぬ。かと言って、神々との契約により縛られた貴様には、戦うことをやめることもできぬ。」

ギルバートは彼女を睨みながら語りかけた。その顔には、恐ろしいほどの迫力があり、彼女は圧倒されていた。彼女は息を呑むと、意を決して口を開いた。

「戦わないと…どうなるんですか……?」

「なんだ、そのようなことも聞いておらぬのか。まったくあの駄天使ろくでなしは……。」

ギルバートは、そう言うと目を閉じ、顔を右手で覆い、呆れたように深くため息をつくと、手を戻してまたセレナを睨んだ。

「死ぬ。貴様らの体は天界からの借り物、もし神々の命令に反せば、その体は地上から消滅し、天界へと返されるであろう。」

彼の衝撃的な言葉に、4人全員が何を言うでもなく口を開けた。

「無論、戦いを選んだとて、貴様には生き残ることすら難しかろう。もし貴様が望むのであれば、このオレが直々に楽にしてくれよう。選べ雑種、戦場であがくのか、今ここで死ぬのか。」

彼はセレナを睨みつけながら問いかけた。その迫力は、それだけで相手を殺してしまいそうなものだった。セレナは気圧されながらも、息を呑むと口を開いた。

「ボクは……」

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ルーレットで歌姫に転生させられたので、どうか助けてくださいお願いします!! 天海和三 @kazumi_amami

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