ルーレットで歌姫に転生させられたので、どうか助けてくださいお願いします!!

天海和三

第1話 職業ルーレット

 ある家族が逃げている。家族が来た方からは火の手が上がっている。

 その内の1人、少年が躓いて転んでしまった。少年の後ろ、遠くに魔物が見える。少年は立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。少年の家族はそれに気づいていない。

 突然、空から歌声が聞こえてきた。すると、怯えていた少年は落ち着きを取り戻し、擦りむいた傷が治っていく。それとともに、翼の生えた少女が空から降りてきた。

「大丈夫?立てる?」

少女はニコリと笑いかけ、少年の手を取った。

「うん、ありがとう、お姉ちゃん。」

少年はお礼を言いながら立ち上がり、すぐさま少女の後ろに隠れた。魔物が迫ってきている。

「そっか、じゃあ……」

少女の笑顔が崩れていく。

「逃げるよ!!」

少女は困惑する少年の手を引きながら全力疾走を始めた。

「えぇ!?何で!?戦うんじゃないの!?」

少年の問いに、泣きながら答える。

「だ゛っ゛て゛わ゛た゛し゛多゛分゛あ゛な゛た゛よ゛り゛弱゛い゛も゛の゛ーーーーーー!!」

驚きの声をあげた少年は、そのまま一気に足を速めて少女を追い抜いていく。

「だ゛ーれ゛ーか゛ーた゛ーす゛ーけ゛ーて゛ーーーーーー!!」

 少女は自らの弱さを嘆き、過去の行いを後悔した。

―あぁ、どうして死んでしまったのだろう……。どうして『来世は違う世界に生まれたい。』なんて願ってしまったのだろう……。もう後悔しても遅い。でも、こんなのって……こんな理不尽、こんなの絶対おかしいよ……!!―

これは、最弱と言われた少女が、最弱のまま人々を救い、最弱のまま人々に愛される、そんな物語だ。


 数年前、その少女はこの世界へと連れてこられた。

「《時間凍結解除》〜、みなさんこんにちはぁ!私はみなさんの担当天使プランタ、ドリアード上がりの下級天使でーすぅ!!」

元気いっぱいのようで気だるそうな声がした。その胡散臭い声を聞いた、今までまるで生気のない幽霊のようにぼんやりとしていた4人は、唐突にハッキリとした意識を取り戻した。

 そこは、暗闇の中のようなただただ真っ黒な空間だった。しかし、目の前のものはハッキリと見えているし、光源がある様子もない、不思議な空間だった。少なくとも、4人の視界の先には、その空間上に立つ小さな翼を持った女性のみだった。その女性は、枝豆のような緑の目、伸びた雑草のような緑の長く少し幅のある髪、草木の茎の表面のような緑の肌をしていて、どこか植物系の妖精やモンスターのようでもあった。しかし、その背中には場違いに美しい純白の小さな翼が一対生えてた。その場違いさを誤魔化すかのように、西洋の天使を思わせる純白の服を纏っていた。その顔には、どこかぎこちなく胡散臭い営業スマイルを浮かべていて、4人を見る目はどこか見下しているようだった。その右手には大きく古そうでくたびれた木の杖が、左手には辞書のように分厚い閉じられた本が握られていた。

 意識を取り戻したばかりの4人が互いを認識する間もなく、天使プランタと名乗る女性は続ける。

「これからみなさんには、職業選択ルーレットを回していただきまぁす!《召喚》~!!」

彼女が言い終わると、その右側と左側にそれぞれふたつずつのルーレットが、回ったまま足元から這い出るように現れた。そのルーレットは、針の先以外の部分は板に覆われて隠されているものであった。それまで呆然としていた4人は、急にうろたえ始めた。

「待ってくれ、急にそんな意味不明なこと言われたって困る!ちゃんと一から説明してくれ!!っていうか、動けないんだが……。」

4人の内のひとりが口を挟んだ。プランタは一瞬不機嫌な表情で目をそらしたが、すぐに元の営業スマイルに戻した。

「あ~、今はみなさんに体はありません。ので。」

彼女が言い放ち邪悪な笑みを浮かべると、4人は驚きの声を上げた。首から上だけになって宙に浮いている男女ふたりずつが、自分の体のほうや、互い確認しようと視線を動かすが、それらはどう努力しても視界には入らなかった。彼らの首はまったく動かなかった。いや、彼らには。お世辞にも美男美女とは言い難い4つの顔には、焦りと混乱が募っていく。

 「これからみなさんには、私たちの世界に蔓延る魔物たちを退治してもらいます。そのために、みなさんには職業とそれに合った2つの技術を与えます。」

プランタは元の営業スマイルに戻して続けた。それを聞いた4人は「聞いてない」という趣旨の言葉を口々にプランタに言い放った。

「まずは職業を決めたいので、みなさん順番に『ストップ』と……」

しかし、彼女はまったく意に介さず、表情ひとつ変えずに4人を急かした。

「いや、まず何でルーレットなんですか?それ命がけなんですよね?だったら選択の自由くらいあったっていいですよね?」

丸顔の女性が悲壮な声で口を挟んだ。他の3人は、同調して首を縦に振ろうとするが、首がないのでしばらく固まり、代わりに同調を示す言葉を口にした。

「え~?だってあなたたち人間って~、自由に決めさせたら平気で上級職とか~、マニュアルにない職業とか言い出すじゃないですかぁ~。私にそんな魔力はないし~、パーティに偏りが出たら困るんですよね~。前衛がひとりもいなくて初戦であっさり全滅~、なーんてことになっては私も責任を取らなくてはならなくなるので。なのでここは公平にランダムで我慢してください☆」

プランタがわざとらしくとぼけた声で言うと、今度は荒れた顔の女性が口を開いた。

「そもそもここどこなんですか?あたし、こんなことに同意した覚え…あ…れ……?何も……。」

彼女は、言葉の途中で目を伏せて黙ってしまった。

「ここはみなさんの世界とは別の世界のあの世で、みなさんの『こんな世界もう嫌だ!』という願いを聞いて連れてきた世界なのです!なので、これはみなさんが望んだこと。そしてそれを叶えるための代償として、拒否権はありませーん☆あ、記憶は不都合がないように大半を消去、言語はこちらの言語で塗り替えさせていただきましたのでご安心下さい。」

プランタは営業スマイルのまま意地悪く言った。

 「……死んだ?……オレは…どうやって……?」

初めに抗議した太った顔の男性は、絶望に染まった顔で呟いた。

「あなたはですね〜。」

プランタがそう言いながら杖から手を離すと、杖はその場で直立し続けた。彼女は空いた右手で左手に持った本を開き、ページをめくって何かを探しているようだった。彼女はページをめくり終えると、その内容を読み上げた。

「えー、車での通勤中、居眠りをして交通事故で死亡。赤信号の交差点で意識を取り戻し、トラックに横から……」

「もういい!もう結構だ、全然…思い…出せない……。」

太った顔の男性は大きな声で制止するが、その声はだんだんと小さくなっていき、悲壮な顔で下を見て黙ってしまった。

 プランタは本を閉じ、再び杖を握った。

「こんなことはどうでもいいので、誰か『ストップ』って言ってくれませんかぁ?」

彼女が呼びかけると、3人は口々に不満を口にしたが、痩せ顔の男性だけはすぐさま「ストップ。」と呟いた。すると、そのすぐ前にあったルーレットが音を立てて硬直した。

 そこにあった2文字は、声の主を驚愕させ、「おい」と抗議の声を上げた太った顔の男性も含めた3人も、その2文字を見ると固まるしかなかった。プランタは、その反応に不思議そうに首を傾げ、止まったルーレットを覗き込んだ。そこにはなんと「歌姫」と書かれていた。彼女は杖にしがみつくように笑い悶えた。

 しばらくすると、彼女の杖の先が緑色の光を放った。すると、ルーレットからひとりでに文字が浮き上がり、ルーレットの前で宙に浮いていた。しかし、4人とも光景に反応する余裕はなく、しばらく唖然としていた。

「お、おおおおおい何だよ歌姫って!明らかに魔物と戦えないだろコレェ!どうしろっていうんだよ!!」

歌姫に決まった男性は、我に返ると大声でプランタに抗議した。その声に、笑い悶えていたプランタは、息を何度も整えようやく口を開いた。

「この、ルーレット、100に分かれているんですが、最後の1つになったとき、魔力が足りなくなってしまって。自分でも流石にこれはどうかとは思ったんですが、悪戯心に負けてしまって……てへ☆」

彼女はようやく言葉を返すと、舌を出しブリッ子して、どうにか誤魔化そうとする素振りを見せた。

「何が『てへ☆』だよ!」

歌姫は、不安に塗れた顔で抗議した。プランタは、ほんの少しだけ申し訳無さそうな笑顔になった。

「ま、まぁ一応、仲間を強化する職業として成立して…いなくはないですよ?」

 彼女は、表情をまたもや営業スマイルに戻して余裕を取り戻すと、焦った様子ですぐさま話を続けた。

「さ、さぁ、一番の大外れ職が出た今が強い職業を手に入れるチャーンス!被りなし!どころかもうこれでサポート系の職業は出ません!お早めに!!」

彼女は強引に話を終わらせ、他の3人を急かした。

「ちょっと!まだ話は終わって……」

荒れた顔の女性は、抗議を続けようとしたが、太った顔の男性が遮るように「ストップ」と呟き、続けて丸顔の女性も同じ言葉を叫んだ。

 すると、太った男性の目の前のルーレットのみが硬直するように止まった。その場の全員の視線がそのルーレットの針の先に集まる。針が指しているのは、「剣士」であった。それを見ていたプランタは調子を取り戻し、余裕を取り戻した。

「おーっと、前の人と被るといけないのでひとりずつ、ですよ。ともあれ、下界の人気職の『剣士』、おめでとうございます!」

彼女が言い終わると、またも彼女の杖が緑の光を放ち、文字がルーレットから浮かび上がった。剣士に決まった男性は、安堵の表情を浮かべ、ため息ついた。

「ではもう一度~!」

プランタが言い終わるやいなや、ふたりの女性はほぼ同時に「ストップ」と叫んだ。丸顔の女性が非難の声を上げるが、硬直するように止まったのは、荒れた顔の女性の前のルーレットであった。「武道家」の文字を見た荒れたの女性は、不安の表情を浮かべた。

「『武道家』って何よ、あたし経験ないわよ……?」

彼女は声を震わせて呟き、その顔を絶望に染めた。しかし、プランタは眉ひとつ動かさず、まだ丸顔の女性のほうを向いた。

「さて残るはあなただけです、さっさと決めちゃいましょう☆」

彼女は営業スマイルのまま、丸顔の女性を急かした。丸顔の女性は戸惑い、目を伏せながら「ストップ」の一言を呟くと、最後のルーレットが音を立てて硬直した。針が指し示し、浮き出てきたのは「自然魔術師」。彼女は不安気にプランタを伺い見た。しかし、プランタの顔は、相変わらず営業スマイルの下に隠れていて、その職業の良し悪しを読み取ることはできなかった。

「はい、ではみなさんの職業が出揃ったので、それぞれ職業と私の魔力に見合った能力値を配布しまーす!」

 プランタの言葉に続いて、宙に浮かんだ職業の文字の下に何やら文字が現れた。

 自然魔術師 剣士  歌姫 武道家

  体力E  体力A 体力E 体力D

  武力E  武力C 武力E 武力C

  敏捷E  敏捷C 敏捷E 敏捷B

  魔力A  魔力E 魔力D 魔力E

  感覚B  感覚E 感覚D 感覚D

その文字を見た彼女は笑いを堪えていた。歌姫は、目にした自分の能力値を見て一瞬固まり、他の3人の能力値と見比べた。他の3人も大体同じような行動をしていたのだが、歌姫だけは何度も何度も見比べていた。彼の顔はみるみる不安で真っ青になっていく。対象的に剣士はニヤついていた。自然魔術師は相変わらず不安げで、武道家はムッとした表情でプランタを睨みつけていた。プランタはまた笑い悶えていた。

「ちょっと!あたし…と歌姫の人、Aないんですけど、不公平なんじゃないの?!」

武道家はプランタに向かって怒鳴りつけ、歌姫の能力値に同情の目線を送り、またプランタを睨んだ。プランタはよろめきながら体勢を立て直し、苦笑いを浮かべた。

「申し訳ないですが、武道家はバランスのいい能力値が必要になる職業なので、それ以上の能力値は私の魔力では与えられませーん。歌姫は……、うん、どうせ戦闘には参加ほぼできないので、他の人に回したらこうなりましたー。うーん、これでは家畜にも勝てませんね☆」

彼女は、そこまで言うとまた笑いだした。歌姫は、何を言うでもなく口をパクパクさせていた。武道家は、歌姫が何も言わないのを確認するように目線をできるだけ左に送り、またプランタを睨みつけた。

「そんなのいくらなんでも不公平すぎるわよ!」

彼女がそう言っても、プランタはしばらく笑っていたが、呼吸を落ち着かせると、営業スマイルを纏って続ける。

「さて、ではみなさんに新しい体を配布いたしまーす!」

「ちょっと!」

武道家は、そこまで言うと口をつぐみ、目線をそらして疲れた表情をした。4人の顔には諦めの色が浮かんでいた。

 プランタが杖から手を離すと、またもや杖は直立した。続いてプランタが本を開くと、宙に浮いていた文字が本の中へと流れ込んでいく。4人はただ、その不思議な現象を呆然と見つめていた。

「まずは歌姫、あなたには歌の妖精の血を受け継ぐハーフセイレーンの女性の体と服、セレナの名を授けます。」

プランタが言い終わると、歌姫は頭の先から別人の頭へと変貌、体が形成されていった。青い長い髪、大きく青い瞳、垂れ気味の目元とやはり青い眉の美しい顔、青を基調とした民族っぽい服、そこそこ大きな胸、背中には小さな翼、小ぶりだが主張をしているお尻、関節などところどころ羽毛に包まれた、身長にして1.4m強の小さな体を授かった。

 セレナと名付けられた歌姫は、体の感覚と足がつくのを感じ、両手を目の前にかざし、手を閉じたり開いたり、裏返してみたり、肩、そして脚の方を見た。しかし、見えなかった。彼女は顔を赤らめ、ゴクリと生唾を飲み込むと、その視線の先にあるものを手で触ると、少し興奮した表情で少し揉んだ。

「おぉ、これは……。意外と下着の固い感触が……。ハッ!!」

彼女の心の声は口から溢れてしまっていた。その声を聞いた他の3人はすべてを察してしまった。他の女性たちは一様に呆れ顔に、剣士はその様子を見ようと必死で視線を向けようとしていた。しょうがないよね、男の子だもんね。セレナは誤魔化すように笑い、頭をかいた。

 プランタは咳払いをして、営業スマイルに戻し、剣士を見た。

「えー、では剣士、あなたには…えーっと…割と何でも大丈夫だけど……」

彼女が首を傾げて迷っていると、剣士が口を挟んだ。

「じゃ、じゃあ今のままの人でもいいんじゃ……」

「人が魔族に滅ぼされそうだから、みなさんを使いに出すのに?死にそうですけど、ご希望ならまぁ。」

プランタがそう言うと、剣士はぎょっとして制止しようと声を出した。

「やっぱりいいです……。えーっと、竜人とか…強そうですよね……。」

彼は、焦るように視線をあっちへこっちへと泳がせ、弱々しい声で言った。

「じゃあ、竜人は私の魔力では足りないので、蜥蜴の精霊の血を受け継ぐハーフリザードマンの男性の体と服、リチャードの名を授けます。」

プランタが言い終わると、剣士は頭の先から別人の頭へと変貌、体が形成されていった。全体的に鱗に包まれた不毛の頭に小さな目、人にしては離れ過ぎな位置にあるギョロッと飛び出し黒くくすんだ目と周りの鱗、少し前の方に伸び気味で鱗に守られた口、要所要所には鱗があるものの基本的には人の肌、美醜の判断のつかないが種族的には整っていそうな顔、緑を基調とした丈夫な服と白い鎧兜、しっかりとした大胸筋、腹筋、上腕二頭筋、ゴツめの体、関節にもやはり鱗、退化を感じさせる細めの小さな尻尾、身長にして2mほどの大きな体を授かった。

 リチャードと名付けられた剣士は、体の感覚と足がつくのを感じたが、まずは目をギョロギョロと動かして広い視野を楽しんだ。

「おぉ、見える!見えるぞ!!」

「う、ギョロギョロしててキモい……。」

それを見ていたセレナは、不快の表情で呟いた。リチャードは、新しい視野を楽しんだ後、やはり手や脚の様子も確認していた。

 「次は武道家、あなたには猫の精霊の血を受け継ぐハーフケットシーの男性の体と、ケントの名を授けます。」

プランタが言い終わると、武道家は頭の先から別人の頭へと変貌、体が形成されていった。黒髪の短い髪、頭には黒い毛がフサフサの猫耳、猫目の金の瞳、頬には長い毛が左右に3本ずつ、口の中には猫のような牙を備えた美少年の顔、白に黒い帯の道着、少し小柄ながらしっかりと鍛えられ締まっている胸筋や上腕二頭筋、収納式の鋭い爪と肉球を備えた手足、モフモフのそれほど長くない尻尾、身長にして1.6mほどの体を授かった。

 ケントと名付けられた武道家は、体の感覚と足がつくのを感じると、同様に手足の様子を見て、複雑そうな表情を浮かべた。

「男かー。うーん、実感ないなぁ……。」

彼は呟きながら胸板の感触を確認すると、「おぉ」と関心の声を上げ、今度は尻尾をもふもふし始めた。

 「最後に自然魔術師、あなたには自然の精霊の血を受け継ぐハーフエルフの女性の体と服、エレナの名を授けます。」

プランタが言い終わると、自然魔術師は頭の先から別人の頭へと変貌、体が形成されていった。その間に、ケントはコッソリ股間を確認していた。金髪の編み込まれた長い髪、その上から降ってきて頭に収まった黒い三角帽子、それほど大きくはない美しい青い瞳、高い鼻、エルフらしい形状の長い耳、薄くやや長めの唇、右の口元にはホクロが1つ、色白の美しい顔、緑を基調とした自然風の服、比較的華奢な体、豊満な割に形のいい胸、大振りなお尻、長めの腕と脚、身長にして1.7mの体を授かった。

 エレナと名付けられた自然魔術師は、体の感覚と足がつくのを感じ、手などを確認したが、それほどの違いを感じないのか、すぐに他の人の様子を見始めた。

 4人が新しい体に夢中になっていると、プランタは、左手の本から全部で4ページを次々と破り、セレナの前にやって来た。

「はい、これあなたの分の資料なので、下界で提出してくださいねー。」

彼女はセレナに破ったページの1枚を差し出すと、セレナはそれを受け取った。

「下界でって、どこで誰にですか?」

セレナは問いかけながら配られた資料に目を通すと、そこには自分の分の職業名、能力値に加え、名前と種族名、性別、担当天使が記載されていた。担当天使の部分は判のようになっていて、契約書のようにも見えた。

「行けば連れて行かれるので、詳しいことはそこで。」

プランタの返答はまるで役所のたらい回しのようで、不安を煽るものだった。続いて彼女はリチャードに資料を配った。

「あの、武器忘れてないですか?」

リチャードが受け取りながら問いかけるが、プランタはもうケントのもとに向かっていた。

「魔力不足ですね。下界で適当に調達してください。」

彼女はそう言って、ケントに資料を差し出した。自分の尻尾を触っていたケントはそれをやめ、資料を肉球で挟んで受け取った。

「だいたい、何で全員ハーフなの?」

ケントも資料に目を通しながら問いかけたが、もうエレナの分の資料を渡すところだった。

「魔力不足ですね。」

プランタはエレナに渡しながら答えた。それしか言えんのか、お前は。エレナは受け取った資料をろくに見ず、セレナの方を向くと、笑顔で駆け寄った。

「あーっ!セレナちゃん可愛いー!!えいっ!!」

彼女はそう言いながらセレナに抱きつき、頭を撫でくりまわした。セレナの顔には大きな胸が当たっていて、その顔は真っ赤になっていた。こんなシチュエーション普通にあったらいいのにね。しかし、彼女には性的に興奮する様子は見られなかった。

「百合だ。」

リチャードはそう言うと、ケントとともに手を合わせて拝んだ。

 プランタが咳払いをすると、4人は改めて彼女のほうに向き直った。

「はい、ではこれで私の面倒な今日のお仕事もほぼ終わりです。みなさんの体にはすでに2つの技術が備わっているので、下界の人たちに使い方を習いましょう。正直まったく期待してはいませんが、せいぜい魔物を1匹でも減らしてくださいね〜。では解散、下界のみなさんによろしく〜☆《逆召喚》~!!」

 プランタが言い終わると同時に、周りの景色が古びた教会となり、プランタの姿も、あの忌まわしきルーレットの姿もなくなっていた。戸惑う4人のもとに、ヒゲを蓄えた老神父がひとり駆け寄ってきた。

「勇者様御一行でございますね、こちらへどうぞ。」

「勇者〜?!」

4人は不揃いな驚きの声を上げた。そう、いつの間にかトントン拍子で進んでいた契約の内容は、救世の勇者になることだったのだ。しかし、もう始まってしまった。セレナは先のことが不安になって倒れてしまった。

 ―何が天使だ、あんなヤツ、むしろ悪魔じゃないか。―

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