第44話 1-41 開業

 出来たてのポテトフライを昼食代わりにガキ共が揚げるそばから食っていく。

 刃物を待たせるのには未だ早い年少のガキ共も目を輝かせて食う。

 揚げたてのポテトフライは美味いからな。

 胸焼けしそうだが、ガキ共の食欲は消えやしねぇ。

 まあ、腹一杯食うと良いさ。

 俺も、揚げたてをつまみ食いしながら、ひたすらカットされた馬鈴薯を揚げていく。


 年長組や、屋台予備軍のガキ共は、手分けして馬鈴薯の皮むきとカットをしているが、彼らは食欲よりも作業に夢中と言った感じだ。

 そんなポテトフライ祭りも一段落し、俺達も昼食の時間と休憩を取る事にした。

 残ったポテトの他に、厨房を任されているおばさん達が作ってくれた家庭料理だ。

 具だくさんのスープは、味噌味じゃない豚汁のように見えたが、これが中々美味い。

 特にパンとの相性が抜群に良い。

 高級料理は美味くて当然だけど、さすがに家庭料理、特にお袋の味はやっぱり最高だな。


 俺達が昼食を終わり、お茶を飲んでいると年少組のガキ共が、馬鈴薯の皮を集め出した。

 馬鈴薯の皮は、そのまま家畜の餌にするみたいだ。

 馬鈴薯の芽の部分が混じらないように注意だけはしておいた。

 そして、馬鈴薯の芽は絶対に口に入れないよう、口を酸っぱくして言っておく。

 家畜の場合でも、大量に馬鈴薯の芽を食えば毒にあたってしまうし、小さなガキ共が間違って口に入れてしまえば大変な事になるからな。


 休憩も済み、午後はポテトフライの応用編だ。

 皮を剥いた馬鈴薯をスティック状にカットするんじゃなくて、今度は薄くカットしてみせる。

 この薄くカットするのは、包丁で作業するのは主婦でも難しい。

 元の世界じゃ殆どの家庭には有るだろう、スライサーを使うのが一般的だ。

 だが、いっぱしの料理人なら均一の薄さで包丁を用いてカットして行く事は当然ながら容易い。

 しかも、俺が使うのは大きななたのような中華包丁。

 俺が紙のような薄さで馬鈴薯をスライスしていくと、ガキ共から「おぉ~!」と言う歓声と共に、「凄い……」と驚嘆の声が漏れる。


「さあ、今度はお前達がやってみろ。年少のガキ共は芋の皮むきと芽を取る作業を続けろ」

「「「「「はい、師匠」」」」」


 師匠か……。

 俺は、昔の自分の姿と、ガキ共を重ね合わせてしまう。

 俺のラーメン修行の師匠は寡黙だった。

 しかし、面倒見は良く、持っている技術を俺に惜しむ事無く叩き込んでくれたよな。

 もっとも、俺も決して出来がよい弟子じゃ無かったんで、毎日怒られながらの修行だったっけ。

 それも、今となっては良い思い出。

 それにしてもこんなに早く、師匠の立場になるとは思ってもみなかったよ。


 ガキ共のスライスした馬鈴薯の厚みは、1㎜以上ある厚みが殆どだ。

 しかも、厚みにバラツキが多くて、稀に薄くスライスできても、途中で切れてしまう。

 まあ、これも包丁……じゃなくてナイフの練習だから、最初は仕方がねぇよな。

 そんな簡単に薄くスライスする事が出来る程、料理は甘くねぇ。

 まだまだ馬鈴薯は山のようにある。

 薄くカットする感覚を手が覚えるまで回数を重ねて経験して覚えて行くしかねぇんだ。


「よし、そんじゃ、薄切りはそこまでにして、同じ位の厚みに切れたの選んでより分けろ」

「「「はい」」」


 不揃いの厚みにスライスされた馬鈴薯を、大凡同じ厚みにより分けさせる。

 一番多いのは1mmちょいだが、2mmほど有るのも多い。

 そして俺が見本でカットした0.5mm程度の厚みの馬鈴薯。

 俺はガキ共が作業している間に、さらに3個ほどの馬鈴薯をスライスしていた。

 既に、鍋の油は馬鈴薯を揚げるのに適温となっている。

 俺はスライスした馬鈴薯を鍋の油に投入。


 薄くカットされた馬鈴薯を油の泡が音を立てて包み込む。

 焦げないように注意しながらしっかりと馬鈴薯の水分が抜け、狐色に揚がった頃あいで金属製のざるで掬い揚げて、油切りようの器へと移す。

 ここで、塩を適当に振りかけて、油が切れるまで少し待つ。

 さあ、ポテトチップの出来上がりだ。


「出来たぞ、食ってみろ」

「うん。熱っ……ポリッ。美味い! こんな食感、初めてだよ、おじさん……師匠!」

「美味いだろう。これは、冷めても美味いんだ。しかも、冷めてから日持ちもする」

「師匠、なんて言う料理なの?」

「これはポテトチップと言うんだ」

「そんじゃ、お前達の切った馬鈴薯も油へ入れてみな。同じ厚みのやつだけな」

「「「はい」」」


 ガキ共は、自分の切った馬鈴薯を油へと投入していく。

 当然、厚みがあるので、揚げる時間は長くかかる。

 その見極めを、自分の目と感覚で覚える。

 さらに油から出した後の食感も覚え込ませる。

 馬鈴薯から完全に水分が抜けるまでの見極めは、油の泡や素材の色などで判断するしかない。

 均一な薄さだったら、油の温度で揚げる時間も判断できるが、馬鈴薯の水分量などは季節によっても変化するから、これも経験で覚えるのが一番だ。


「レイとポチットも食ってみろ。まだ熱いから気を付けてな」

「はい、頂きます~」

「あ、あたしも頂いてよろしのでしょうか?」

「ああ、食え、食え、美味いぞ」

「ポリッ……お、美味しいです! ご主人さま」

「これがポテトチップなんですか。名前は知っていたけど、初めて食べました。なんだか、止められなくなりますね。ポリッ、ポリッ」

「ほ、本当です。もっと頂いてよいでしょうか? ご主人さま?」

「ああ、食え、どんどん食え。まだ食いきれない位、揚がるからな」


 ガキ共の薄切りにした馬鈴薯が、こんがりと狐色に揚がり油から出される。

 見た目は美味そうだ。

 だけど、厚みがあるので、恐らく……。

 俺は、塩をふりかけないまま、一枚掴み口に運ぶ。

 うん、まだ中心部の水分が抜けていない。


「食ってみろ」


 ガキ共が自分で揚げたポテトチップを口に運ぶ。


「食感が全然違います……。不味くはないけど……」

「ああ、揚げる時間が足らなかったから、昼に食ったポテトフライに似た食感なんだ」

「油に入れている時間が違うだけで、こんなに違った食感になるんですね」

「そうだ。厚みが薄ければ短い時間で済む。厚みがあれば、余計に時間がかかるんだ。それを覚えろ」

「もう一度、油に入れても大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。二度揚げってのも技としては有るくらいだ。だけど、塩をふったら駄目だぞ」

「はい。やってみます」


 真剣な顔で、一度揚げた厚切りポテトを再び油へ戻す。

 中の水分が抜けるまで揚がるのを待ち、油から出す。

 そして試食。

 今度は中までしっかりと水分が抜けている。

 だが、二度揚げしたのでなんとなく表面が硬くなってしまった。

 しかも、煎餅せんべいのように真ん中が膨らんでしまったポテトもあったりして、やはり二度揚げはポテトチップには向かないな。

 こういった事も覚えさせるため、失敗を繰り返させる。

 これが、料理を自分の技として覚える基本だからな。


 それからは、試行錯誤をガキ共にさせながら、ポテトチップを大量に作る。

 当然、休憩にはポテトチップ三昧だ。

 正直、俺はもういらねぇ。

 だがポチットとレイ、そしてガキ共は「美味しい」、「止められない~」と言って食っている。

 お前ら、太るぞ。


 まあ、今夜から俺達は屋台の本番開業だから、今から腹ごしらえしておいた方が良いのだけどな。

 そして、ポテトチップは冷めても美味いから、孤児院のガキ共のおやつにもなるし。

 屋台予備軍のガキ共には、薄切りを均等に行えるようになるまで何度もやらせた。

 それでも、やはりナイフを使っての薄切りは、なかなか難しいようだ。

 俺は中華包丁でも和包丁でも、同じ厚みに切りそろえられるけどな。

 やっぱり、手っ取り早くやらせるには、スライサーを作ってもらうのが良いかもしれねぇ。


 ガキ共にポテトフライだけでなく、ポテトチップの作り方を教えたのには訳があるんだ。

 基本的にポテトフライは揚げたてで売るため、注文があってから揚げる。

 しかし、油は常に温度を保たねばならないので、客が居ない間はプロパン・ガスが勿体ねぇ。

 そこで客待ちの間に、作り置きする事が出来るポテトチップを揚げる。

 これが冷めると美味くなくなるポテトフライと、冷めても美味いポテトチップの違いだ。

 もっとも、これは売る側の理屈だけどな。


 やがて、厨房で夕食を準備するために、おばさん達が戻ってきたので、今日はここまでだ。

 俺達も、今夜の開業の準備をしなけりゃならねぇ。


「よし、お疲れさん。今日はここまでにしよう」

「師匠、有り難うございました」

「ああ、まだ初日だからな。そうだ、お前達三人は、仕事ねぇんだよな?」

「はい……」

「そんじゃ、屋台の商いの勉強がてら、今夜は俺の屋台を手伝え」

「えっ、師匠の屋台をですか?」

「そうだ。まぁ見学だな。見て覚えるのも必要だからな。いいか?」

「「「はいっ! お供します」」」

「よし、そんじゃ、後片付けしたら、行くぞ」

「「「はいl お願いします!」」」


 俺達は、厨房の片付けをしてから孤児院を出る。

 レイに頼んで、収納からラーメン屋台を出して貰う。

 ガキ共三人は、「おぉ~」と驚くが、「収納鞄凄いなぁ」とか言っている。

 出した屋台をポチットが引き始め、今夜の運用場所へと向かう。

 もちろん、運用場所は歓楽街の中だ。

 場所は、あの高級宿の公園のような前庭。

 すでにオーナーのフェアには、庭での運営許可をもらっているからな。


 俺達三人とガキ共三人は、ポチットの引く屋台と一緒に歓楽街へと入って行く。

 既に、歓楽街の通りには大勢の人が集まりだしている。

 夕食を、ここで食べる客も多いのだろう。

 そして、酒場で働く女達も大勢が行き交っている。

 夕日に照らされた歓楽街の街並みは、どことなくロマンティックな感じだ。

 夕日と中華そば屋台は、やっぱり似合うな。

 俺は屋台に装備してあるラジオのスイッチを入れ、MP3プレーヤー・モードにセットしてから、BGMのチャルメラの音を流し始める。


「チャララ~ララ♪ ララ~ラララララ~♪」


 さあ、いよいよ俺の異世界屋台、精霊軒の開業だ。






 第一章 了



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異世界屋台 ~精霊軒繁盛記~ 舳江爽快 @heesokai

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