第43話 1-40 ジャガイモ

 フェアが帰ってから暫くの間、今後の事を考えていた。

 まあ、これからの事は、とにかく屋台を開業してからの事だ。

 今夜は明日の開業に備えて、風呂へ入って早寝だな。

 厨房のかまどへ火を入れ湯を沸かす。

 竈は二つ有るので両方とも使う。

 大鍋を二つ使っても、風呂の湯船は満たされないので、屋台のコンロも使って寸胴鍋でも沸かす。


 湧かした湯をポチットと俺で風呂場まで運ぶ。

 レイは、竈で次の湯を沸かす担当だ。

 こりゃ、かなりの重労働だ。

 もっと効率良く、風呂へ入る手だてを考案する必要があるな。

 料理人たる者、清潔が第一だから、毎日の入浴が望ましい。


 屋台のプロパン・ガス・ボンベを流用して、湯沸かし装置が出来れば良いのだが……。

 むっ、そう言えばスクラップ屋の社長の家じゃ、ソーラー型の湯沸かし装置が屋根に設置してあったな。

 なんでも、今は屋根の上にはソーラー・パネルが設置してあるけど、昔は湯沸かし用の水槽が屋根に設置されていたんだとか。

 俺は見た社長の家でしか見たことはねぇんだけどな。

 うむ、あの構造なら俺にも自作できそうだ。


 そんな事を考えながら、俺は一人で風呂に漬かっている。

 西洋型の浅い湯船なので、どうも落ち着かねぇけど身体が温まる。

 さて、レイやポチットの入浴時間が無くなっちまうから、そろそろ出るか。

 俺は、入浴前にレイの収納から出して貰った新しい下着と服を着て、浴場から出た。

 また、高級宿屋の時みたいな事が起きないように、ちゃんとタオルは用意している。


「あぁ~、良い湯だった。レイとポチットも入ってくれ」

「はい、ご主人さま。では二人で入らせていただきますね」

「ああ、お湯を少し足した方が良いかもな」

「そ、それなら、あたしが運びます」

「そうだな、まだ鍋に湯が沸いているから、それ足してくれ」

「は、はい。ご主人さま」


 ポチットは厨房へ行き、大鍋の湯を軽々と持ち湯船へ向かう。

 レイは、その後に付いて行く。


「ああ、レイ、脱衣籠の中に俺の洗濯物入っているけど、気にしないでくれ」

「はい、そのまま収納しても良いのですけど、洗濯してみますか?」

「そうだな、ポチットの服もあるだろうから、そうしてくれるか?」

「はい、ポチットちゃんと相談してみます」

「頼んだ。それじゃ、ゆっくり入ってくれ。俺は先に寝ちまうかもしれねぇけどな」

「はい、それじゃ、お休みなさいませ」

「ああ、お休み」


 レイは、そう言うと浴場へと入って行く。

 俺は、そのまま自分の寝室へと行き、ベッドへ腰掛ける。

 未だ髪の毛が乾いていないのだが、ドライヤーなんて気の利いた物はねぇ。

 自然乾燥しかねぇので、直ぐに寝るわけにもいかねぇな。

 少しだけ窓を開けて、外の空気を入れる。

 ひんやりとした風が火照った身体に気持ち良い。


 概ね髪の毛が乾いたところで、服を脱いでベッドへ潜り込む。

 うん、藁のベッドじゃ無くて寝心地が良いな。

 掛け布団も、ふかふかだ。

 こりゃ、ひょっとすると羽布団かな……。

 そして俺は、そのまま目を閉じると直ぐに寝てしまった。


■ ■ ■ ■ ■


 窓から差し込む日の光で、俺は目を覚ます。

 カーテンも有るのだが、閉めるのを忘れてた。

 朝日と共に目覚めるのも久々だ。

 レイが実体化しているので、夢の中に出てくる事もねぇしな。

 俺はベッドから出て服を着る。

 部屋の外へ出ると、既にレイとポチットは起きていた。


「お、おはようございます。ご主人さま」

「おう、おはよう、ポチット」

「ご主人さま、おはようございます。ゆっくり休まれましたか?」

「ああ、レイ。どっかの精霊が夢に出てくる事も無かったからな」

「それは、ようございました。朝ご飯は、いかが致しましょうか?」

「朝飯かぁ~。朝っぱらから、中華じゃ芸がねぇしな」

「もう、屋台の食材も殆ど残っていませんしね」

「まあ、新しい屋台を召喚してもらっても良いけど、今夜から開業するから、食材を使いたくねぇな」

「ちゅ、厨房にパンが有りました」

「パンか。そんじゃ、パンとスープにするか?」

「は、はい」


 幸いにもパンが有ったようだ。

 屋台には、三人分くらいならスープも残っているから、それで済まそう。

 俺は、屋台のコンロに火を入れてスープを温める。

 スープを入れている寸胴鍋には、煮込まれた具材も残っているが、こりゃ食えない。

 孤児院で飼っている鳥の餌かな。

 鳥の他にも、何か飼っているんだろうか。


 犬でも居れば、煮込んだ豚骨なんて大喜びなんだろうけどな。

 流石に犬人族のポチットに食わせる訳にもいかねぇし……。

 ポチットが厨房から持ってきたパンは、焼きたてとは行かねぇが未だ硬くは成っていねえ。

 スープも温まったので、何時もの醤油だれじゃなくて、胡椒と塩でさっぱりスープに仕立てる。

 少しだけ残っていた焼き豚と残りの葱を刻んで具の代わりだ。


「さあ、出来たぞ。食え」

「いただきます。あれ? 醤油スープじゃ無いですね?」

「ああ、さっぱり塩味スープだ」

「い、いただきます、ご主人さま。お、美味しいです! このスープも」

「おお、そりゃ、良かったな。まだ有るから、お代わりして良いぞ」

「は、はい。パンも美味しいです」

「本当ですね、このパン美味しくて、スープと合います」

「もぐ、もぐ……。ほんとだな。このパン、うめぇな……待てよ、何処かで食った味だな」

「そう言われれば、何処かで食べた記憶があります」

「こ、このパンは、あの高級宿屋で食べたパンと同じ味です」

「おおっ! ポチット、良く覚えていたな。こりゃ、あの宿屋のパンだ!」


 ポチットの言うとおり、このパンは高級宿屋で食べたパンだった。

 そうか、フェアがオーナーだと言っていたからな。

 あの宿屋で焼いたパンを、孤児院へも配給しているんだろうか。

 たぶん、高級宿屋じゃ焼きたてのパンだけを出して、残ったパンを孤児院に回しているのかもしれねぇ。

 そのパンを、俺達にも提供してくれたって訳か。

 こりゃ益々、孤児院への支援をしねぇとな。

 それにしても、ポチットの味覚記憶力は凄えな。


「ポチット、良くこのパンの味を覚えていたな」

「は、はい。とっても美味しいパンだったので……。それと、匂いが全く同じでしたので」

「成る程、匂いか……。犬人族って、鼻が良いのか?」

「そ、そうなんです。味覚よりも嗅覚で食品を覚えます」

「嗅覚か。それじゃ、俺の料理の匂いも覚えたのか?」

「は、はい。ご主人さまのお作りになる料理は、全て覚えました」

「そりゃ凄えな。流石に犬人族だな」

「ご、ご主人さまの作られたお料理なら、離れた場所からでも嗅ぎ分けられます」

「ふーん。料理人には、味覚と嗅覚は大事なんだ。ポチットもガキどもと一緒に、料理を覚えるか?」

「よ、宜しいのでしょうか?」

「ああ、いいとも。俺の手伝いも欲しかったしな」

「は、はい!」


 未だ俺じゃ弟子を取るには年季が足らねぇけど、ポチットも奴隷の契約が切れるまでに手に職を持てば、困ることは無くなるしな。

 レイは精霊だから、困ることは無いだろうし……。

 何事も経験が不可欠だけど、料理人には持って生まれた才能を生かす事も欠かせねぇ。

 まあ、これから先は判らねぇけど、とにかくラーメン屋台を成功させるのが先決だけど、先を見越しておくに超した事はねぇからな。

 さて、フェアとの約束もあるし、孤児院へ行ってガキ共へ料理の基礎でも教え込むか。


 孤児院へ出向くと、夕べ家に来ていた年長組のガキ共や、それより下のガキ共が居た。

 加えて孤児院を卒院したけど、定まった仕事を得られていないという13歳~15歳くらいのガキ共も集まっていた。

 既に朝飯は済ませていて、俺達が来るのを待っていたらしい。

 先ずは、包丁の使い方や食材の下ごしらえの仕方を教え込もう。

 厨房に併設されている食材庫を覗いてみると、かなりの食材が備蓄されていた。


 最初からまともな食材を使って練習するんじゃ、食材がもったいない。

 厨房を管理している年配の女に聞くと、家畜用の餌も有ると言う。

 取り敢えず無駄にしても餌なら、そのまま家畜に与えられるな。

 そこで、家畜用の餌や、菜園で育てる種などの置き場へと行く。

 そこには、麻袋に入った餌が沢山積まれていた。

 袋の中身はと開いている袋を覗いてみて俺は驚いた。


 麻袋の中身は、なんと馬鈴薯ジャガイモだった。

 しかし、全ての馬鈴薯は芽が出ている。

 こりゃ、このまま料理して食ったら腹を壊す。

 厨房の管理人に尋ねると、芽が出た馬鈴薯は種芋として売られているので、格安で購入できるとの事だ。

 むろん、人や家畜が食うと腹痛を起こすことは知っており、芽が出た馬鈴薯は食材にはならないと言う。

 だから芽が出た段階で価格が大幅に安くなるって訳だ。

 間違っちゃいねぇが、これだけ大量の馬鈴薯を種芋だけにするのは勿体ねぇ。


 俺は麻袋を一袋担ぎ、厨房へと戻る。

 そして、ガキ共へ包丁の使い方を教えて馬鈴薯の皮むきを教えた。

 さらに馬鈴薯の芽をえぐり取るコツも教え込む。

 これを守らねぇと大変な事になる事もしっかりと叩き込んだ。

 食材の下ごしらえは、絶対に手を抜かねぇように教え込む。

 ガキ共はナイフを器用に使いこなして、馬鈴薯の皮を剥き、かなり長く育った芽も丁寧にえぐり取っていく。


 もう一つ、緑色になっている馬鈴薯は、食材にならねぇから皮は剥かずに家畜の餌へ回すようにも言う。

 なにせ、馬鈴薯の毒は最悪、死ぬからと口を酸っぱくして言い聞かせた。

 ガキ共は、頷きながらも怪訝な顔をして言う。


「おじさん……お兄さん、本当に芽が出た芋食えるのか?」

「食えるぞ。まあ、後で食わせてやるから、しっかり丁寧に皮剥いて芽を根本からえぐれ」

「うん」


 ある程度の皮剥きが済み、それを今度はカットする仕方を教える。

 まあ、これは慣れが必要だけど、今日は不格好でも構わねぇ。

 そして芋のカットが終わる頃には、丁度昼時となった。

 厨房に備え付けの竈に火を入れて、大きな鍋に油を注ぎ込む。

 適温になった油へ、細切りにカットした馬鈴薯を放り込んで狐色になるまで揚げる。

 揚がった馬鈴薯を金笊かなざるで掬い揚げて行き、熱いうちに塩をまぶす。


 馬鈴薯料理は簡単で美味い。

 そう、ポテトフライだ。


「さあ、出来たぞ。熱いうちに食え。火傷するなよ」

「本当に食えるのかい、お兄さん?」

「ああ、美味いぞ。どれ・・・・・・うーん、美味い! ポチットもレイも食え」

「はい、頂きます。うん、ほくほくで美味しいです」

「あ、あたしも頂きます。うわー、カリっとした歯応えで中はホクホクで、美味しいです」

「俺も食う・・・・・・。ホ、ホントだ美味い!」

「「「「「嘘みたいだけど、美味い!」」」」」

「そうだろ、そうだろ。安い食材でも、ちゃんと下ごしらえして料理すれば美味くなるんだよ」

「「「「「はい!」」」」」

「キー様、これは美味しいですわ」

「あれ? フェア、何時の間に・・・・・・」

「美味しい匂いに誘われてしまいましたわ。これ、本当に毒芽のお芋なんですか?」

「ああ、そうだ。芽をしっかり取り除くのと緑色になった部分は使わなければ食えるんだ」

「存じませんでした・・・・・・。恐らく、王都の料理人や一般家庭では誰も知らないでしょう」

「勿体ねぇな。こんな美味い馬鈴薯を種芋にしか使わねぇなんてよ」

「本当ですわね。このお料理なら、今すぐにでも屋台で出せますし、宿の料理にも使えますわ」

「そうだな。芽が出た芋と塩、後は揚げる油さえあれば出来る」

「卒院して仕事が得られない子達に、優先して覚えさせてくださいませ」

「ああ、今日もしっかりと皮剥きと芽の取り方教え込んだからな。五日も練習すれば大丈夫だろ。それと、午後にはちょっと難易度の高いカットも教える」


 俺とフェアの会話を、仕事が無くて困っていた少年少女達が、目を輝かせて聞いている。

 よし、ガキ共の屋台、第一号はこれで決まりだ。

 同じ馬鈴薯を使えば、直ぐに真似されるだろうが、芽が出た馬鈴薯なら仕入れ値が安い。

 まともな馬鈴薯を使っても同じポテトフライは出来る。

 しかし、原価が違うから屋台で真似されても値段で勝負出来るからな。

 この世界に、ポテトフライの屋台が誕生した瞬間だった。






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