神田小噺

和田蘆薈

言伝て

 江戸の町には迷惑をかける人間が多かったのですが、中には悪気があってやっている訳ではなく、ただ単にバカな人間もおりまして...



ドンドンッ、ドンドンッ!


「久吉の親方ぁ!久吉の親方ぁ!」


ドンドンッ!ドンドンッ!


「なんだい、なんだい、朝っぱらから。

うるさくて眠れねぇじゃないか。」


戸を明けようとし、グッ、グッ。


「全く立て付けの悪い戸だねぇ。まったく誰が建てたんだよ。

あ、あたしか。うんとこしょっと!」


ガラガラガラ


「あれ与平さんじゃねぇか。久しぶりだねぇ。調子はどうだい。」


「へぇっ、お久しぶりですぅっ!

お陰さまで調子は でごぜぇますっ!」


「なんだい、なんだいそいつは。うなぎ登りとは違うのかね。変わったやつだねぇ。それで甚八さんは元気かい?」


「へぇっ、尾てい骨と恥骨、元気に折ってます!」


「び、尾てい骨と恥骨って骨折じゃねえか。そんな大怪我して元気って大したもんだねぇ。

え?なんだい?しぶといもんでって?

バカなこというんじゃないよ。あんたのお師匠さんだろ。まったく、それでなんだい?

用件は。」


そうだ!というような表情で


「へぇっ、そうでした。師匠から言伝てを賜ってまして、へぇっ!

そいつがですねぇ、えぇっと、えぇっと...

すいやせん、忘れましたっ。もういっちょ聞いてまいりまぁす!」


そういって与平は師匠のもとへ戻っていきました。

しばらくするとまたこちらにきて


ドンドンッ、ドンドンッ、久吉の親方~と声がして


「久吉の親方ぁ!聞いてきたんですけど、その前に1つ謝らないといけないことがあってですねぇ、へぇっ!」


あぁ、あれだね言伝てごときで手間かけたことを詫びるんだな。申し訳ありません、親方ぁ!いずれ何らかの形でお詫びいたしますから、絶対いたしますから!ってな。

何だかんだこいつもいいところあるんだよ。


そう久吉は思ったわけですが


「へぇっ!実は親方もう1つ折れたところがあって、へぇっ!」



久吉はこてんとなって


「なんだい、そっちかい。あたしゃてっきり詫びるもんだと思っていたよ。まぁいいよ、何処を折ったんだい?」


「へぇっ、心です」


「Oh,my God!」


「あと言伝て忘れたんでまた聞いてきますっ!へぇっ!」


「あたしの心も折れたよ!まったく困ったもんだよ。

待てよ、あいつの事だから三度目の正直なんてうまくいくわけがない。

むしろ二度あることは三度あるだな。しょうがねぇ、直接出向いてやらぁ。」


久吉は家を出て甚八のもとへ向かいました。

道中...


「まったく、あいつは何でこんなにバカなんだか。ちょっと歩いただけで忘れるなんて鶏じゃあるまいし。 しっかし、あいつが鶏ならあたしは何だろうねぇ。ちょっと聞いてみっか。」


そう空を見上げて


「お~い......お茶...

なんつってな、なんつってな。 

おっといけねぇ、お~い、鳥さんよぉ

あたしはどんな人間だ~い?」


― アホー、アホー ―


「なんだよ、ふざけるんじゃないよ。だいたい、鳥に何が分かるってんだよ。

と言ってる間に着いたねぇ。」


久吉は与平の師匠である甚八の家に入り


「ごめんくだせぇ」


すると甚八が出てきて


「はいはいはい、おや久吉さんじゃないか。久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」


「あぁ、何とか元気にやってるよ。

そっちは...もう治ったみてぇだな。

ところで、あんたのところの与平さんがあたしへの言伝てを忘れるもんだから来たんだよ。」


甚八は罰が悪そうな表情をした。

すると与平が帰ってきて


「師匠、申し訳ありません、へぇっ!親方への言伝て忘れてしまいました。へぇっ!

あ、親方来てらっしゃったのですね。へぇっ!」


すると甚八は困った顔して


「まったく、いい加減覚えるんだよ。

久吉さんには明日の夕方巳の刻に来てくださいと伝えるんだよ。

いいね、しっかり覚えておくんだよ。」


与平はへぇっ!と言って久吉の家に向かって行きました。


すると久吉は驚いた表情をして


「ちょいと甚八さんよ、今のは正気かい?

え?ってそんな表情するんじゃないよ。

今、あんたはあたしへの言伝てを与平にしたろ。 んでその時あたしは目の前に居たろ?

にもかかわらず、あいつをあたしの家に向かわせた。正気かい?」


すると甚八はくっくっく、と笑いだして、


「久吉さんよぉ、今日が何月何日か分かるかい?」


久吉は拍子抜けして


「そんなすぐ言われても分からないよ。

えーっとね、今日はね」


と、言って周りをキョロキョロと見た。

そして口に指を入れ、先を湿らせ空気に当てて、


「あっ、4月1日だね」


甚八は感心した様子で


「いや、驚いたねぇ。そんなので分かるのかい。まぁ正解だよ。今日は4月1日。何の日か分かるかい?」


久吉は、はっ!っとした表情になり


「なんだい、そういうことかい。最初から

言ってくれよ。じゃあ答えるよ。

ずばり...


エイプリルフールだね!」




「いいえ、私の誕生日です。」




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