第6話「一家団欒」

 僕は家族となら、あまりストレスを感じることなく会話ができる。18年も一緒にひとつ屋根の下で生活していれば、お互いのことはだいたい理解している。外で感じるような疎外感は無い。


「転校してきた子はどう?」


 母が言った。

 両親と妹、そして僕は食卓を囲み、晩御飯を食べていた。一家団欒というやつだ。


「んー、なんだろう…………変わってる」


「え? お兄ちゃんがそれ言う?」


 横から妹の友乃ゆのが口を挟む。友乃は僕のひとつ下だ。


「友乃、それ言っちゃだめ」押し殺した笑いを浮かべながら、母が言った。「さとる、気にしてるんだから」


 僕が変であることは、家族の中でも自明の事実だ。学校では誰ともつるまず、基本的にひとりで行動していることは家族にも隠さず言っている。ただ、学校で嫌がらせをされていることは言っていない。言ったって解決するものではないからだ。

 母の茶化すような口振りからして、僕が自分の変人なところを本気で悩んでいるとは思っていないようだ……。

 しかし、残念ながら、僕は本気で悩んでいる。悩みすぎて、諦めの境地に達している。……でも、そういう意味では、今は悩んでいないとも言えた。複雑だ。


「ふたりともひどいな……。今日、乙顔と初めて喋ったよ。やっぱり、とびきり変わってた」


「ふうん、悟が言うんだからよっぽどなんでしょうね」


「お母さんも!」


 と友乃。


「あら、やだ。ごめんなさい」


 ふたりのそんなやり取りに、僕は「やれやれ」と首を振った。しかし、本当に落胆しているわけではなかった。同じ変人扱いでも、これはいい。僕のことを変人扱いしながらも、それで構わないという雰囲気が家族内にはある。それどころか、変人であることが、僕のひとつの貴い特徴として捉えられている空気さえ感じる。

 外ではこうはいかない。外は異様に均質化された空気で満たされている。その空気から外れた人間は排斥される運命にある。


 ……まあ、それにももう慣れた。無理に状況を改善しようとせず、周りの空気に合わせて大人しくしていれば、被害は最小限で済む。幸い僕が通っている学校の生徒は最低限の節度は持ち合わせているらしかった。どうにもその場にいられなくなるほどのことは、彼らはしてこなかった。その分ネチネチしているわけだが、それは耐える決心さえあれば、どうにでもしのぐことができる。


 僕と母、そして友乃がたわいもない話をしている間、いつも父は難しい顔をして新聞を読んでいる。特に気難しくて扱いにくいというわけではなく、単に恐ろしく無口なだけだ。


「え!? 悟が女の子とランチ?」


 僕が昼休みの出来事を話すと、母がものすごく驚いたように口をパクパクさせた。唾が飛んで気持ち悪いから、僕は思わず顔をしかめる。

 それに気づいた母は、ごめんごめんと口を押さえる。ごめんは一回でいい。


「お兄ちゃんが誰かと一緒にお昼ご飯を食べるなんて……。しかも、女の子と……」


 友乃が信じられないといったふうに、口をぽかんと開けている。こちらは食べ物をちゃんと飲み下した後だ。よかった。


「お兄ちゃん、変わったね」


 友乃はそう付け足した。


 変わった……か。確かに、僕は変わったかもしれない。今までの僕だったら、たとえお昼ご飯を誘われても断っていただろう。

 変わった。確かに僕は変わりつつあった。これは、悪い傾向ではないだろうか。変わるということは、その果てに悪い結果を導く可能性も上がるということだ。僕は考え方がどこまでもネガティブだ。


「いい傾向じゃないか」父がおもむろに口を開いた。父が口を開くのは、いつも突然でおもむろだ。「その、乙顔さんのおかげかもしれないな」


 父は時々喋り、決まって的を射てくる。

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