真っ赤なピザ

平中なごん

真っ赤なピザ

「その宅配ピザ屋に電話して〝真っ赤なトマトソースのピザ一枚〟って注文すると、魔界にあるその店からピザを配達に来るんだって。でも、家に来てピザを渡そうとしたら〝頼んだのは赤いソース抜きのやつです〟って断らなきゃダメだよ。でないと喉を切り裂かれて、自分の血でトマトソースみたくピザを真っ赤に染められちゃうんだって」


 ――そんな都市伝説が、まことしやかにネット上で語られている。


〝トマトみたいに真っ赤〟だなんて、いかにもこじつけの作り話…というか、もはやギャグの域であるが、実際にそのピザ屋へ電話した人物がいるらしい……。


 その人物とは、SNSで知りあった友人のリアルな知りあいの男である。


 通常、この都市伝説に関した記事では〝その宅配ピザ屋〟とあるだけで、店名も電話番号も語られてはいない(※筆者も知らないので以降〝○○ピザ〟と表現する)。


 ところが、何よりこの手の話が好きだったその男は、ネットを駆使して検索しまくり、ついにその店の名と電話番号の書かれたページを見つけてしまった。


 もし、どんなに探してもそれを知ることができなかったならば、きっと今でも楽しく都市伝説を追えていただろうに……。


 無論、それ知ってしまった彼は、「どうせ誰かが嘘書き込んでるだけだろう」と疑いながらも、さっそくその店に家から電話をかけてみた。


 すると、予想外にも電話はつながり、


「……はい。〇〇ピザです。ご注文は?」


 と、くぐもった低い男の声で、短くそう尋ねられたそうだ。


「あ、は、はい……あ、あの、真っ赤なトマトソースのピザ一枚……お願いします」


 おそらく「あなたのおかけになった電話番号は…」と、お馴染みの女性ナレーションが聞こえると思っていた彼は、少々面食らいながらも都市伝説の通りに例のピザを一枚注文した。


 ただし、この時はまだ、「これはきっと、どこかにある本物のピザ屋の番号を勝手に使ったんだな」となお疑っていたそうだ。


「はい。かしこまりました。すぐにお届けにうかがいます……」


 彼の注文に、電話の向こうのくぐもった声はやはり短くそれだけを答え、ガチャリと乱暴に電話は切られた。


 思わず注文してしまったが、もし実在するピザ屋だったら、本当にピザを持ってきてしまう……いや、でも、そういえば、住所も名前も何も訊かれなかったが……。「


「ま、ほんとに持って来ちゃっても食べればいいだけだし……」と、疑念を抱きながらも軽い気持ちで待っていると、1分ほど後。


 プルルルルルルル…。


 不意に電話のベルが、一人でいる静かな部屋の中に鳴り響いた。


 「電話したのはついさっきだし、まさかな……」と思いつつもおそるおそる出てみると……


「もしもし、〇〇ピザです。今、あなたの家の1km前まで来ています。もうすぐお届けにうかがいます……」


 案の定、そんなピザ屋からの報告だった。


 それだけを伝え、またガチャリと電話は乱暴に切られる。


 驚きはしたが、「ずいぶんとマメなピザ屋さんだなあ」などと暢気な感想を抱き、再び彼が待ち始めると、すぐにまた電話が鳴る。


 プルルルルルルル…。


「あ、もしもし…」


「もしもし、〇〇ピザです。今、あなたの家の500m前まで来ています。もうすぐお届けにうかがいます……」

 

 出てみると、今度もそんなピザ屋からの報告で、やはり一方的にそれだけを伝え、電話はぶっきらぼうに切られる。


 あまりにマメなその報告に、さすがの彼もなんだか少し怖くなってきたそうだ。


 プルルルルルルル…。


 しかし、また少しすると再び電話が。


「は、はい。もしも…」


「もしもし、〇〇ピザです。今、あなたの家の100m前まで来ています。もうすぐお届けにうかがいます……」


 こちらの反応などまるで気にすることもなく、くぐもった声は今度も一方的にそれれだけを伝えてくる。


 プルルルルルルル…。


 プルルルルルルル…。


「……は、はい。もしも…」


「もしもし、〇〇ピザです。今、あなたの家の50m前まで来ています。もうすぐお届けにうかがいます……」


 最早、受話器をとることにも恐怖を覚え始める彼だったが、その後も電話は鳴り続け、その異様にマメ過ぎる報告も続けられる。


 しかも、だんだんとその距離を縮めながら……。


 プルルルルルルル…。


「もしもし、〇〇ピザです。今、あなたの家の10m前まで来ています。もうすぐお届けにうかがいます……」


 プルルルルルルル…。


「もしもし、〇〇ピザです。今、あなたの家の玄関前まで来ています。もうすぐお届けにうかがいます……」


 玄関まで来ているのに、なぜチャイムを鳴らさずに電話をかけてくるのだろう?


 今、玄関の前ということは、もう後がない……次に電話がかかってきたら、いったいどうなってしまうのだろうか?


 血の気の失せた顔で受話器を置き、それ自体、恐怖の対象となり果てた電話の前でそんなことを考えていた矢先。


 プルルルルルルル…。


 またしても目の前の電話が、けたたましく甲高いベル音を鳴り響かせた。


 プルルルルルルル…。


 プルルルルルルル…。


恐怖が邪魔をし、彼は受話器をとることを躊躇うが、電話のベルは鳴り続けたまま、いっこうにやむ気配を見せない。


「……も、もしもし…」


 このまま放置しても何が起こるかわからないし、やむをえず、小刻みに震える手で受話器をとり、恐れながらも耳にあててみると……


「もしもし、〇〇ピザです。今、あなたのすぐ後まで来ています。もうすぐお届けにうかがいます……」


 くぐもた声は別段調子を変えることもなく、今度もそう現在地を報告してきた。


 だが、今度は〝あなたの後〟……それはつまり、この部屋の、しかもすぐ真後にいるということになってしまう。


 と、その言葉の意味を理解した瞬間、背中に何か嫌な気配を感じ、彼は思わず後を振り返った。


 するとそこには、一目でピザ屋とわかる制服を着て、同じくピザ屋のキャップを目深にかぶった男が一人、手に薄っぺらい正方形の箱を持って立っていた。


 いつの間に……玄関の戸は鍵がかかってるはずなのに、どうやって入ったのだろう?


 しかも、音もなくこんな所にまで……。


 そのいかにもありふれた平凡な見た目に反し、この状況は明らかに、そいつがこの世のものでないことを物語っている。


「◯◯ピザです。ご注文の真っ赤なトマトソースのピザ一枚、お届けに参りました」


 にも関わらず、その男は場違いにも平然と、そんな台詞を電話と同じ声で告げる。


  姿形と言動、その日常的な存在と起きている非日常的な現象……すべてがチグハグで現実味がなく、まるで夢でも見ているような心持ちである。


「……ハッ! あ、あの、赤いソースは抜きでお願いします!」


 恐怖ばかりでなく、疑問や戸惑い、様々な感情がぐるぐると頭の中を駆け巡ったが、その都市伝説で語られている約束事を思い出した彼は、咄嗟にそのことを叫ぶように告げた。


「わかりました。赤くないものですね」


 その突然の注文変更にも、ピザ屋は特に不満そうな態度を見せることなく、やはり抑揚のない調子で静かにそう答える。


 まさか、本当に魔界からピザ屋が配達に来るとは思ってもみなかったが、これでなんとか喉を切り裂かれずにすみそうだ。


 そう、密かに彼がホッと胸を撫で下ろした刹那。


 シュ…と何かが風を切るような音が聞こえたかと思うと、目の前に真っ赤な噴水のようなものが勢いよく吹き上がった。


 時間差を置き、喉に焼けるような痛みを感じた彼は、それが自分の大動脈から噴き出した鮮血であることに気づく。


 見ればピザ屋の手には、ピザを切り分けるための円形刃のカッターが握られている。


「な、なんで……」


 ピューピューと、空気の漏れる音混じりに彼が疑問を口にすると、ピザ屋はそれに答えるかの如く、真っ赤に染まったピザの箱をどこか満足げに開いて見せる。


「ではこちら、赤いソース抜きのピザになります」


 最期、彼がその箱の中に見たものは、真っ赤な鮮血に染まる箱の外側とは裏腹な、真っ白いトマトソース抜きのピザだった――。


 翌日、喉元を切り裂かれ、出血多量で死に至った彼の遺体が自宅の電話の前で発見された。


 全身の血を失ったその死体は、あたかもトマトソース抜きのピザのように真っ白だったという……。


                           (真っ赤なピザ 了)

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