第27話 戻り始めた時間
大会の公式の記録としては失格として残っていた。
登録していた者とは違う選手が泳ぎ、しかも15メートル以上のバサロキックでルール違反したとして無効になったのである。
しかしそれは新が泳ぐ前から覚悟して挑んだ結果だった。
試合の結果よりも河本との勝負が重要で、勝ったことが新の中では誇りとなっていた。
インターハイに出場できるかできないかは関係なくなっていたのだ。
龍馬たちもそれは理解してくれているようで、大会の結果がどうなろうと何も言わなかった。
ただ新が河本との勝負に勝った喜びがそれぞれの胸中にあったのだろう。
失格を言い渡された時はむしろ歓迎するかのように何故か喜び合っていた。
それを見て新はさすがに龍馬たちのことが心配になったが、仲間が楽しそうな様子を見て笑っていた。
そんな大会も試合が全て終わって閉会式も済んでしまった。
新たち歌島水泳部は荷物を整え、水着も着替えて大会を後にする。
それぞれの帰路に着いた。
「それじゃあ新、俺たち用事あるから先に帰るよ」
会場の玄関に出ると、龍馬は不意にそう言った。
「えっ、用事ってなんだよ」
「宗と勝平はこれから打ち上げで、俺はデートの約束があるんだ」
龍馬がそう言うと勝平が「えっ、お前も来ないのかよ」と言い、宗は「せっかく水泳部で打ち上げようってのにさあ」と不満を漏らす。
新は三人の意図が汲めず、動揺しながら言った。
「えっ、打ち上げあるなら俺も行くけど」
「ばーか、お前はここで待っとけ。まだ用事が残ってるだろう」
龍馬に言われてもその用事に見当も付かず、まだ納得できない。
水泳部で開かれるだろう打ち上げに参加しようとしても三人は「いいから」と言うばかりで連れて行ってもらえなかった。
新は訳もわからずそのまま会場前に残される。
三人の背中が離れていくのを一人眺めていた。
すると突然誰かに背後から抱き着かれた。
動揺して慌てていると声が掛かる。
「だーれだ」
声を聞いて安心した新は冷静に答える。
「それって普通は目を隠すよね、初乃さん」
新が抱きつかれたまま初乃と向き合う。
同じように腕を腰に回して抱き締めた。
そしてようやく龍馬たちの意図を理解する。
龍馬たちが気を効かせたのか、それとも初乃にこの場所で待つように言われていたのか、それはわからなかったが、そんなことは今、気にすべきことでなかった。
新は心にある想いのまま腕に力を込める。
「新くん、変わったね」
「そう?」
「そうだよ。前までの新くんなら、私が貼った絆創膏も剥がせなかったと思うよ」
初乃に付けられたキスマークを隠すための絆創膏。あれは新が大会前日の特訓でいつの間にか消えてしまっていた。
それでもその印はまだ薄らと残っている。
初乃が指でなぞるとまた赤みを帯びた。
新は胸元にいる初乃に言う。
「泳いでる間も初乃さんの応援が聞こえたよ。すごく嬉しかった」
「背泳のいいところわかってもらえた?」
「うん。これからもっと背泳を練習するよ。それで今度は正々堂々河本先輩に挑んでインターハイに出る」
初乃は新の話を聞いて目を細めながら微笑む。
久しぶりに見た悪戯っぽい笑みを見て、新は胸を高鳴らせた。
「練習の前にしてほしいことがあるんだけど、新くん気付いてくれないかなあ」
そう言われて新も目を細めて微笑む。
触れ合っているところから初乃もまた胸を高鳴らせていることを感じて、新はゆっくりと手を初乃の頬へ伸ばした。
そうしてしばらく二人は微笑みながら見つめ合う。
しばらく離れていた分を取り戻すように、甘い時間を送り始めていた。
空仰ぎ泳ぎ 堀河竜 @tom_and_jetli
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