神尾文彦の追跡(7)
翌日の午後、神尾は市立病院の中の喫茶店で利根と向かい合っていた。
「忙しいところすまない」
「いえ。今日は洗濯物を取りに来ただけですから」
淡々と言って、利根はコーヒーカップを口元に運んだ。
今日はサイドテールぎみにした髪に黄色のシュシュを巻きつけている。
「結局葬儀はどこが主催することになったんだ?」
利根は堂部のデビュー作を出版した会社の名前を挙げた。
「あの男には家族がいなかったからな。親戚とも疎遠だったようだし、それがベストかも知れないな」
「それで相談と言うのは?」
「シティサイド沼田の鍵を借りたい。事件のことでちょっと調べてみたいことがあってな」
「職業探偵って、殺人事件の調査もやるものなんですか?」
「条件による」
そう言って、神尾は天井を見上げた。利根の父親が入院しているのは六階だったか。もちろんここから見えるのはゆっくりと回転するファンぐらいのものだ。
「――堂部とはできていたのか?」
「その質問は警察からもさんざんされましたけど、答えはノーです。先生と私は雇用主と被雇用者の関係に過ぎません。もちろん私を拾ってくれたことには感謝していますし、尊敬もしてはいましたけれど」
「失礼なことを聞いたな」
「事件の真相を探るのに必要な質問だったと、そう思うことにします。コーヒー代を払う気は失せましたが」
神尾は無言で伝票を自分の方に引き寄せた。
「それと鍵の件ですが、一つ条件をつけても良いでしょうか」
「条件によるな」
「私も一緒に行かせてください」
「助手なら間に合ってる」
「邪魔するつもりはありませんよ。ただ、オフィスの掃除をしたいんです。あれっきり、ずっと足を運んでいなかったので」
「君に給料を支払う人間はもういないと思うが?」
「契約しなくては生きていけませんが、契約だけでは生きている価値がありませんから。要はけじめの問題なんですよ」
「わかった。好きにしてくれ」
神尾は立ち上がって、利根の少し後ろの席に腰掛けた二人組に近づいた。
「捜査本部に連絡を入れといてもらえるか? アンタらにとやかく言われる筋合いはないと思うが、後でうるさいことを言われるのも面倒だからな」
ガタガタ音を発てて立ち上がり、喫茶店を出て行く二人組の背中を見やりながら、神尾は小さくため息をつく。相変わらず尾行が下手な奴らだ。
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