神尾文彦の追跡(4)

 堂部が死んでから一週間が経過した。


 案の定警察は神尾に対してあまり良い印象を持たなかったようだ。ここのところ神尾が外出する度に体格の良い男たちがこそこそとついてくるということが続いている。


「ヘタクソだな」


 そう呟く神尾だが、別段警察の尾行を不快だとは思っていない。ある意味では好都合ですらあった。


 この日の外出先は、国道沿いのラブホテルでもなければ繁華街のハプニングバーでもない。五十海の旧市街地にある図書館だった。


 館内に足を踏み入れた神尾はさっそく受付カウンターの横に置いてある端末で蔵書を検索した。そうして、少し遅れてやって来た尾行の刑事たちに皮肉たっぷりな会釈をすると、文庫コーナーに向かった。


 一冊目『メグレ罠をはる』、なし。二冊目『高木家の惨劇』、なし。三冊目『斜め屋敷の犯罪』、なし。検索した時にはどれも貸し出し可になっていたのにどういうことだろう。そう思いながら『日本の作家・ナ行』の棚まで進んだところで神尾は表情を歪めた。


「アンタは……」


「ああ、神尾さん、奇遇ですね」


 立っていたのは私服姿の森村だった。


「刑事の仕事はやめにしたのか?」


「今日は非番でして」


 何が非番だと神尾は心の中で毒づく。森村が両手に抱えていたのは、案の定と言うべきか、神尾が探していた文庫本だった。もちろん『地獄の奇術師』もある。


「休みも仕事熱心なことだな」


「ひょっとして神尾さんも目的は一緒でしたか。先取りしてしまって申し訳ない」


 森村は本を抱えたままぺこりと頭を下げる。そういうところが神尾にはたまらなく腹立たしく感じられる。


「別にそういうわけじゃない」


 舌打ちのついでに背後に目を向けると、本棚の陰で尾行者たちがとまどったような表情を浮かべている。森村の登場は彼らにとっても予期せぬ出来事だったようだ。


「どうです? ここで会ったのも何かの縁。堂部さんの件について少し話をしていきませんか?」


「……取り調べというわけじゃなさそうだな」


「もちろん、ただの雑談ですよ」


 ああ、そうかい。しかしそれなら尾行の刑事たちには退場してもらわなければならないだろう。神尾は「良いだろう。付き合うぜ」と言った後で、くるりと体の向きを変えた。


「あんたたちも付き合えよ」


 呆気にとられる二人に向かって、神尾は続けた。


「なんなら尾行のイロハを教えてやったっていいんだぜ?」

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